「でんじろう先生、実験は失敗です!」
その声は、ネルフ本部の一角にある極秘実験室に響き渡った。叫んだのは葛城ミサト。上官とは思えぬラフなシャツ姿に缶ビールを片手、だがその表情は真剣そのものだ。
対するは白衣にゴーグル、黒縁眼鏡の老科学者——米村でんじろう博士。どこかとぼけた表情のまま、彼はミサトの怒号にも眉ひとつ動かさない。
「いやー、ミサトくん。実験とは失敗の繰り返しなんだよ。これも想定の範囲内というか、むしろ大成功なんじゃないかね?」
「どこが!? 初号機がラムネを噴き上げてるじゃない! しかも炭酸ミント味! サードインパクトどころか、サード・スカッシュよ!」
実験の内容はこうだ。使徒の出現が減り、ネルフにも平時運営の波が来ていた昨今、政府主導の「科学教育推進プロジェクト」により、でんじろう博士がネルフに招聘された。目的は、「エヴァンゲリオンを使った科学教育番組の制作」。
「初号機にラムネとメントスを注入し、その内圧と圧力変化の科学を検証しよう!」
その提案が通ってしまったのが、すべての間違いだった。
シンジは「えぇ……やるんですか、こんなの……」とブツブツ言いながらパイロットスーツに袖を通し、アスカは「バカじゃないの?でんじろうって誰よ」と大声で不満をぶつけた。レイは「命令なら」といつも通りだったが、ミサトは胸中不安でいっぱいだった。
しかしでんじろう博士は笑顔で言った。
「さあて、メントス投入、カウントダウンいってみようか!」
5、4、3、2、1——
ボフン。
初号機の口部から、青緑色の炭酸泡が凄まじい勢いで吹き出し、格納庫の天井に届く勢いで噴射された。
「うわあああっ!!」
「シンジくん、舌がミント味になってるわよ!」
「格納庫がラムネくさい! 誰かタオル持ってこい!」
事態を収拾するのに丸一日を要した。
だが博士はめげない。次の実験を提案してきた。
「今度はリリスと静電気実験をしてみよう!」
「おい待てバカ! リリスに風船こすりつけるな!!」
「見たまえ、この前髪の逆立ち具合!プラスの電荷だよ! 見事だ!」
翌日、セントラルドグマで停電が起きた。碇ゲンドウは額を押さえた。
「……またでんじろうか」
葛城ミサトの怒りは静かに、だが確実に高まっていた。
そして三度目の実験。最悪の事態が起きた。
「今回はねえ、マグマダイバー作戦の再現だよ! マグマの熱伝導をテーマにしたエッグ・クッキング実験!」
「実戦だったあの作戦を遊びに使うな!!」
実験内容はこうだ——使徒の卵(レプリカ)を高温マグマに沈め、エヴァで回収し、温度と加熱時間の科学的変化を分析する。
「見てくれたまえ、ちょうど半熟だ! 完璧なとろみ具合!」
だが、マグマの熱で実験用ダミープラグが暴走。初号機が温泉地に誤射された熱線で、箱根の一部が温泉たまご風味に。
「温泉地がゆでたまご臭いのよ! どうしてくれるのよ!」
でんじろう博士は反省の色もなく、サンプルたまごを手に笑っていた。
「科学って、素晴らしいねえ!」
その瞬間だった。ミサトの瞳に炎が灯った。
「……もう限界。いい加減にしてくれる? あんた、ネルフをなんだと思ってるの?」
「ん? 科学の殿堂じゃないかね?」
「ちがーーう!!」
彼女はビール缶を床に投げつけ、ブーツで踏み潰した。豪快な破裂音。シンジもアスカもレイも一歩後ずさった。
「あんたの実験で、ネルフの格納庫は泡だらけ、リリスは静電気でアフロになってるし、温泉地はたまごくさいし! あんたねえ……!」
ミサトはぎり、と奥歯を噛んだ。
「次やったら……次、ふざけたら……」
博士がまた一歩近づいた。
「実はね、次は“使徒風船で飛ばす宇宙実験”を考えててね。プラグスーツ着たまま成層圏まで――」
バチン!!
ミサトの平手打ちが、静寂を切り裂いた。
「死ぬぞでんじろう!!!」
天井の警報が鳴り響く。ゲンドウが、ふと呟いた。
「……迎撃準備だ。対象、科学者」
「教育は大切だが、命あっての科学実験」
そう、ミサトは身をもって学んだのだった。
──完──