夢幻パーク   作:砂漠のデスラクーダ

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夢幻パーク 第一幕 暫定版

夕暮れの空は、灰色と紫が混じり合い、どこか現実味を失っていた。

 沈みかけた太陽の光が、廃墟となった遊園地「夢幻パーク」を不気味に照らしている。

 正門のアーチは、かつて子供たちと家族の歓声に包まれていたはずだ。

 だが今は、ペンキの剥がれた「夢幻パーク」の文字が、古い墓標のように風に揺れている。

 

 藤原ナオキは、重い足取りでその門の前に立っていた。

 彼の視線の先には、朽ち果てた観覧車のシルエット。

 錆びた鉄骨が空に突き刺さり、いくつかのゴンドラは窓ガラスが割れ、風に揺れて軋む音を立てていた。

 

 (……あの日から、ずっとここが夢に出てくる)

 妹の小さな手を引いて歩いた、あの夏の日。観覧車の中で聞いた幼い笑い声。

 あの日、彼が妹を迷子にしたこと――

 それが、ナオキの人生に消えない影を落としていた。

 

 ポケットに忍ばせた赤いリボンを指先でなぞる。

 「何かが、ここで終わればいい」

 声に出さず、ナオキはただそう願った。

 

 背後から、細い足音が近づいてきた。

 「……すみません」

 振り返ると、長い髪をひとつに結んだ女性が立っていた。

 リュックを肩から下げ、手には小さなメモ帳。

 瀬戸カナエ――大学で心理学を学ぶという彼女は、どこかおずおずとした雰囲気をまとっている。

 「ここ、夢幻パーク……ですよね?」

 「うん」

 ナオキは短く答える。

 カナエは、少しだけほっとしたように微笑んだ。

 「やっぱり、ちょっと怖いですね。……私、こういう場所に来るの初めてで」

 「僕も、だよ」

 ナオキは、彼女の声が震えているのに気づいた。

 「でも、何か知りたいことがあって」

 「……同じです」

 二人はそれ以上、理由を語らなかった。

 

 しばらくして、軽快な足音が近づいてきた。

 「おーい、ここで合ってる?」

 スポーツバッグを肩にかけ、明るい表情を浮かべた青年が現れた。

 青葉タケル。

 「廃墟探検って、やっぱワクワクするな! SNSで見て飛んできたけど、他にも来る人いるのかな」

 タケルはスマホを取り出して自撮りを始める。

 「こういうの、やっぱり記念に残さないとさ」

 カナエが小さく笑うと、タケルは得意げにピースサインを作った。

 

 その直後、カメラのシャッター音が響いた。

 「やっぱり、いい雰囲気だな」

 黒縁メガネの男が、プロ仕様のカメラを首から下げて現れた。

 緑川シュンスケ。

 廃墟探索系の動画配信をしているらしく、門のアーチを夢中で撮影している。

 「廃墟系の動画、今夜はバズる予感しかしない」

 彼は誰に言うでもなく、門のアーチを撮り続ける。

 「視聴者のリクエストでね。まさか本当に人が集まるとは思わなかったけど」

 「動画……配信ですか?」

 カナエが尋ねると、シュンスケは軽くうなずいた。

 「そう。視聴者のリクエストでね」

 「……私も、ネットの噂で」

 カナエがぽつりと呟く。

 

 そのとき、低い声が三人の背後から聞こえた。

 「……賑やかだな」

 革ジャンを着た男が、無精ひげを撫でながらゆっくりと歩いてきた。

 黒崎リョウタ。

 地元紙の記者らしい彼は、ポケットから小さなノートを取り出し、何かを書き留めている。

 「ここで何か、面白いことでも起きるのか?」

 「さあ……」

 ナオキは答えに詰まる。

 リョウタは観覧車の方をじっと見つめていた。

 

 しばらく沈黙が流れる。

 風が強くなり、門柱の錆びたプレートがカタカタと鳴った。

 

 「すみません」

 静かな声が、門の影から聞こえた。

 ワインレッドのカーディガンを羽織った女性が、ゆっくりと近づいてくる。

 灰原アミ。

 彼女は門柱に指を添え、「1989年開園」の文字をそっとなぞった。

 「昔、ここで働いていました」

 誰も何も言わなかったが、その言葉に場の空気が少し変わった。

 

 最後に、細身の女性が一人、ためらうように歩いてきた。

 白いワンピースが風に揺れ、長い髪が顔を隠している。

 白鳥サヤカ。

 彼女は門の前で立ち止まり、何度もスマホの画面を見てはため息をつく。

 「……やっぱり、帰ろうかな」

 小さな声が風に消えた。

 

 「無理しない方がいいですよ」

 カナエが優しく声をかける。

 「でも、せっかく来たし……」

 サヤカは俯きながらも、小さくうなずいた。

 

 こうして、七人が自然に門前に集まった。

 誰もが自分の理由を語りたがらず、ただこの場所に引き寄せられたようだった。

 

 「じゃあ、入ろうか」

 ナオキが静かに言うと、七人はそれぞれ無言でうなずいた。

 錆びついた門を押し開けると、軋む音が夕闇に響く。

 園内に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 湿った土の匂い、錆びた鉄の臭い。風が吹き抜けるたび、どこか遠くで観覧車のゴンドラが軋む音がする。

 

 メインストリートは、かつてパレードが行われた広い通りだった。

 今は雑草が伸び放題で、舗装のひび割れから小さな草花が顔を出している。

 色褪せたポップコーン屋台、壊れたベンチ、売店のガラス越しに見えるクラウンくんのピエロマスク……

 かつての賑わいの名残が、今はどこか不気味に沈黙している。

 

 「……これ、昔のマスコットだよな」

 タケルが売店の窓に顔を近づけ、ピエロマスクを指さす。

 「クラウンくん。パレードの時は人気だったんです」

 アミが懐かしそうに目を細める。

 「今見ると、なんか怖いな。夜のせいかな」

 タケルが苦笑する。

 

 「やっぱり、帰った方がいいんじゃ……」

 サヤカが小さな声でつぶやく。

 「大丈夫だよ。みんな一緒だし、幽霊なんていないって」

 タケルが明るく返す。

 「でも、こういう場所の“空気”って、やっぱり違う気がします」

 カナエが静かに言う。

 

 「おい、あれ見てみろ」

 シュンスケがカメラを向ける先、看板に赤いスプレーで「帰れ」と落書きされていた。

 「やべ、雰囲気出てきたな」

 タケルが冗談めかして笑うが、誰も返さなかった。

 

 「廃墟のこういう落書き、よくあるけど……なんか、本気で書いた感じがするな」

 リョウタが短くつぶやく。

 「スタッフが書いたんじゃないですよね?」

 カナエが尋ねると、アミは首を横に振る。

 「閉園後、何度か侵入者があったみたいです。でも、こんなに大きく書かれてるのは初めて見ました」

 

 風が強くなり、屋台のテントがバサリと揺れる。

 遠くで、子供の笑い声のようなものが一瞬だけ聞こえた。

 「今の……聞こえた?」

 サヤカが顔を上げる。

 「気のせいじゃね?」

 タケルが肩をすくめる。

 

 「……気をつけて。パークの中は、昼と夜で全然違うから」

 アミが静かに言う。

 

 七人は、メインストリートを奥へと進んだ。

 途中、ポポリちゃんの壊れたオブジェが雑草の中に転がっているのを見つける。

 「これ、誰かが蹴ったのかな」

 タケルがつぶやく。

 「いや、たぶん……風で倒れたんだと思います」

 カナエが言うが、その声にも不安が混じっている。

 

 「動画、回していい?」

 シュンスケがカメラを構える。

 「どうぞ。今夜はバズりそうですね」

 タケルがピースサインを作る。

 「……でも、なんか寒気がする」

 サヤカが腕を抱きしめる。

 

 「昔は、本当に賑やかだったのに」

 アミがポツリとつぶやく。

 「パレードの時、子供たちがここで踊ってたんです」

 その言葉に、誰もが一瞬だけ、過去の夢幻パークの賑わいを想像した。

 

 だが今は、ただ風の音と、どこか遠くから響く観覧車の軋みだけが残っている。

 

メインストリートを抜けると、広場の中央に朽ちたメリーゴーランドが現れた。

 かつては鮮やかな色彩に彩られていたはずの屋根は、今やくすんだ灰色に変わり、

 装飾の一部は剥がれ落ちて骨組みがむき出しになっている。

 柵の周りには、雑草が絡みつき、足元には割れたガラス片や古いチケットが散らばっていた。

 

 「ここ、思ったより大きいな」

 タケルが柵越しに身を乗り出し、木馬を見上げる。

 その馬たちは、どれも首や脚が不自然な角度で止まっている。

 「……夜の遊園地って、こんなに静かなんだ」

 カナエがぽつりとつぶやいた。

 

 アミはゆっくりと柵の内側に入り、木馬のたてがみを軽く撫でた。

 「昔は、子供たちが順番待ちしてたんです。

  この馬、人気だったな……」

 彼女の声には、懐かしさと寂しさが混じっていた。

 

 「でも、今はもう動かないんですよね」

 サヤカが不安げに木馬を見つめる。

 「閉園の直前、夜に一度だけ勝手に回ったことがあるって噂、知ってる?」

 シュンスケがカメラを回しながら言う。

 「それ、本当なの?」

 タケルが興味津々で尋ねる。

 

 アミは少し黙ってから、

 「本当です。私、その場にいたから……。

  誰も乗っていないのに、音楽が流れて、ゆっくり回り始めて……。

  あの時は、本当に怖かった」

 と小さく付け加えた。

 

 「……そのとき、何か見たんですか?」

 カナエが声を落とす。

 「覚えていません。ただ、急に寒くなって、背中を誰かに撫でられたような気がしたんです」

 アミは木馬から手を離し、柵の外に戻った。

 

 そのとき、風が吹き抜け、屋根の上の装飾がカランと音を立てて落ちた。

 「うわっ、びっくりした……」

 タケルが肩をすくめる。

 「……何か、いるのかな」

 サヤカが声を震わせる。

 

 シュンスケはカメラのファインダー越しに、中央の木馬をじっと見つめていた。

 「目の下、赤い筋が……」

 「サビだよ、きっと」

 ナオキが自分に言い聞かせるように答える。

 

 「……でも、なんか見られてる気がする」

 カナエがそっと言った。

 

 ふと、柵の陰に転がる壊れたポポリちゃんのオブジェが目に入る。

 それは、まるで誰かを待っているかのように、傾いた頭で静かにこちらを見つめていた。

 

 「行こう。ここに長くいると、変な気分になりそうだ」

 リョウタが低い声で促す。

 

 七人は、メリーゴーランドを後にして、さらに奥の建物へと歩き出した。

 

ミラーハウスを出た七人は、言葉少なに歩きながら、園内の奥へと進んでいった。

 夜の空気はますます冷たくなり、風が吹くたびにどこかで金属が軋む音が響く。

 

 やがて、巨大な鉄骨の影が姿を現した。

 ジェットコースターのレールは、闇の中でうねる蛇のように園内を貫いている。

 その途中、脱線した車両が斜めに止まり、草むらに半ば埋もれていた。

 

 「ここが……あの事故の現場か」

 シュンスケがカメラを構えながら呟く。

 「レール、歪んでるな」

 リョウタが懐中電灯で足元を照らす。

 「昔、ここで何人も怪我したって聞いた」

 アミが静かに言う。

 

 車両の側面には、赤黒いシミが残っていた。

 「これ……血?」

 サヤカが顔をしかめる。

 「サビだろ、多分」

 タケルが強がってみせるが、その声もどこか上ずっている。

 

 「事故のあと、しばらくこのまま放置されてたんだ。

  整備士も亡くなったって噂がある」

 アミが遠い目で語る。

 「本当に、ここで何があったんだろうな」

 ナオキがぼそりと呟いた。

 

 そのとき、リョウタが何かを見つけてしゃがみ込んだ。

 「……これ、ノートの切れ端か?」

 地面に泥まみれの紙片が落ちている。

 リョウタはそれを拾い上げ、懐中電灯で照らした。

 

 「“地下の真実”……?」

 紙には、震えるような字でそう書かれていた。

 

 「地下って、どこだ?」

 タケルが不安げに辺りを見回す。

 「たしか、この近くにスタッフ用の階段があったはず」

 アミが思い出すように言う。

 

 「行ってみよう」

 リョウタが短く言い、七人は事故車両の脇を抜けて、レールの下に隠れるように設けられた小さな鉄扉の前に立った。

 

 扉には、古びた南京錠がかかっていたが、錆びて今にも外れそうだった。

 「開けられそうだな」

 シュンスケが慎重に錠を外すと、扉が重い音を立てて開いた。

 

 地下へと続く階段の奥は、真っ暗だった。

 「……行くしかないか」

 ナオキが小さく息を吐き、懐中電灯を握り直す。

 

 七人は、互いの顔を確かめ合いながら、ゆっくりと階段を降りていった。

 その背後で、脱線した車両が風に揺れて、ギシリと不吉な音を響かせていた。

 

鉄扉の向こうは、想像以上に深い闇だった。

 階段を一歩降りるごとに、空気が冷たく湿っていく。

 足元に水たまりができていて、誰かの靴が静かに水音を立てた。

 

 「……本当にスタッフ用の通路なの?」

 タケルが小声で尋ねる。

 「ええ。閉園前は、ここを使って園内を移動していました」

 アミが先頭で懐中電灯を掲げる。

 「でも、事故の後は立ち入り禁止になったはず……」

 彼女の声が、どこか遠くで響くように感じられた。

 

 壁には古い案内板が錆びついて残っている。

 「管理棟→」「スタッフルーム→」

 矢印の先は、闇に飲み込まれて見えない。

 

 「なんか、息が詰まるな……」

 タケルが肩をすくめる。

 「地下ってだけで、もう十分怖いよ」

 サヤカが消え入りそうな声を出す。

 

 「ここ、事故の後にスタッフが一人、行方不明になったって噂がある」

 リョウタが短く言う。

 「死体も見つからなかったんだって」

 シュンスケがカメラを回しながら付け加える。

 

 「パークの闇に飲まれた、ってこと……?」

 カナエが不安げに呟く。

 

 やがて、通路の奥に古びた扉が現れた。

 アミが手を伸ばしてノブを回すと、重い音とともに扉が開いた。

 

 旧スタッフルームの中は、埃とカビの臭いで満ちていた。

 壁には従業員の集合写真が色褪せて貼られ、机の上には壊れたパソコンや散乱した書類が積み重なっている。

 

 「……ここで何か隠してたんじゃないか?」

 リョウタが机の引き出しを探る。

 「これ、USBメモリ?」

 カナエが埃まみれの小さなデバイスを見つけた。

 

 アミは静かにそれを受け取り、しばらく見つめていた。

 「閉園直前の記録が入っているはずです。……もし、私に何かあったら、必ず外に持ち出して」

 彼女はナオキにUSBを手渡す。

 

 「何かって……」

 ナオキが言いかけたとき、通路の奥から冷たい風が吹き抜けた。

 壁の隅で、誰かが立っているような気配がした。

 

 「……アミさん、早く戻ろう」

 タケルが呼びかける。

 

 だがアミは、何かに引き寄せられるように、部屋の奥の扉へと歩み寄っていく。

 「ここ、開けてみます」

 彼女が扉に手をかけた瞬間、部屋の照明が一瞬だけ点滅した。

 

 「アミさん!」

 皆が駆け寄るが、アミの姿はもうそこにはなかった。

 

 「嘘だろ……」

 タケルが呆然とつぶやく。

 

 ナオキは手の中のUSBを強く握りしめた。

 壁には、アミのワインレッドのカーディガンの切れ端が引っかかっていた。

 

 「絶対、どこかにいるはずだ」

 タケルが必死に呼びかける。

 

 だが、返事はなかった。

 地下通路には、再び静寂だけが戻っていた。

 

 

 

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