観覧車の下。
カナエは膝を抱え、サヤカの名札を握りしめたまま、泣き腫らした目で地面を見つめていた。
ナオキはその隣にしゃがみこみ、何も言わずにただカナエの背中をさすっている。
シュンスケとリョウタは、少し離れた場所で無言のまま座り込んでいた。
タケルは観覧車の鉄骨にもたれ、ぼんやりと夜空を見上げている。
誰もが言葉を失い、ただ観覧車のゴンドラが夜風に軋む音だけが響いていた。
サヤカの死は、あまりにも理不尽で、あまりにも鮮烈だった。
鏡の中で壊され、消えていった彼女の叫びが、今も耳の奥にこびりついて離れない。
カナエは何度も名札を握り直し、嗚咽をこらえきれずに肩を震わせる。
「……サヤカが」
カナエが震える声で呟いた。
「私の目の前で……消えた。助けられなかった……」
涙が頬を伝い、喉の奥が焼けるように痛い。
タケルはそっとカナエの肩に手を置いた。
「カナエ……お前のせいじゃない」
その声も、どこか震えていた。
ナオキは拳を握りしめ、唇を噛んでいた。
「……これが夢なら、どれだけよかったか」
リョウタも、観覧車の鉄骨にもたれかかり、無言で夜空を見上げていた。
「サヤカの分まで、生きて帰らなきゃな」
誰にともなく、ぼそりと呟く。
しばらく、誰も口を開かなかった。
それぞれが、サヤカの最期を思い返していた。
鏡の中で、サヤカが“もう一人の自分”に抱きしめられ、
甘美な微笑とともに血に染まっていく――
あの光景は、現実とも悪夢ともつかず、ただ強烈な現実感だけが残っている。
「……俺、正直怖いよ」
タケルがぽつりと呟く。
「今まで、何度も死ぬかと思った。でも、サヤカが……あんなふうに消えて……」
言葉が途切れ、唇を噛みしめる。
「俺、どうして無事なんだろうな」
自嘲気味に笑うが、誰もそれに答えられなかった。
「みんな……ごめん」
カナエが顔を上げて言った。
「私、サヤカを守れなかった。鏡の中に引き込まれていくのを、ただ見てることしかできなかった」
「違う」
ナオキが静かに首を振る。
「カナエのせいじゃない。あれは……誰にも止められなかった」
「でも……」
カナエは涙をこぼし、サヤカの名札を胸に押し当てた。
「俺も、正直パニックだった」
シュンスケがうつむいたまま言う。
「カメラを回してる場合じゃなかった。もし、あの時もっと早く……」
「やめろ」
リョウタが低く遮る。
「誰のせいでもない。ここは……そういう場所なんだ」
その声には、怒りと絶望、そして諦めが入り混じっていた。
「アミさんのメモ……“鏡の奥に出口がある”ってやつ」
シュンスケがカナエの手にある紙片を見つめる。
「サヤカは、あの鏡に取り込まれた。
でも、もしかしたら、あの中に“出口”が本当にあるのかもしれない」
カナエは涙を拭いながら、必死で言葉を絞り出した。
「もう、普通の方法じゃ絶対に出られない。
でも、サヤカを無駄死ににしたくない」
ナオキが強く言う。
「……俺も、ここで終わりたくない」
タケルが拳を握りしめる。
「USBの中身、もう一度調べられないか?」
シュンスケがノートPCを取り出すが、バッテリーはほとんど残っていない。
「管理室の電源を使えば、あと一度だけ……」
リョウタが提案する。
「サヤカの分まで、絶対に生きて帰る」
カナエが名札を胸に抱きしめる。
「アミさんも、どこかで待ってるかもしれない」
タケルがうなずく。
「……行こう、ミラーハウスに」
ナオキが立ち上がる。
「鏡の奥に“出口”がある。その真実を、俺たちが確かめるんだ」
五人はゆっくりと立ち上がった。
それぞれの顔には、涙と恐怖と、それでも消えない決意が浮かんでいた。
観覧車の下を離れ、五人はゆっくりとミラーハウスへ向かう。
夜のパークは、ますます静寂に包まれていた。
だが、その静けさの奥で、何かが確かに動き始めている――
そう、彼らは信じていた。
ミラーハウスへと続く道すがら、
カナエは何度もサヤカの名札を握り直し、
タケルは何度も後ろを振り返った。
ナオキは拳を握りしめ、
シュンスケはカメラを胸に抱え、
リョウタはポケットの中で何かを握りしめていた。
「もし、これが最後になるなら……」
カナエがぽつりと呟いた。
「サヤカの分まで、絶対に生きて帰る」
「そうだな」
ナオキがうなずく。
「俺たち、絶対に負けない」
タケルが力強く言った。
パークの闇の中、五人の影がゆっくりとミラーハウスへと向かっていった。
その背中には、サヤカの死の痛みと、
それでも歩みを止めない意志が、静かに宿っていた。