メインストリートを進んだ先、広場の中央に朽ちたメリーゴーランドが現れた。
屋根のペンキは剥がれ、かつては色鮮やかだった装飾も今はくすんだ灰色に沈んでいる。
柵の周りには雑草が絡みつき、足元には割れたガラス片や古いチケットが散らばっていた。
屋根の上で傾いたポポリちゃんのオブジェが、月明かりの下で静かにこちらを見下ろしている。
「思ったより大きいな、ここ」
タケルが柵越しに身を乗り出し、木馬を見上げる。
「夜の遊園地って、こんなに音がしないものなんだ……」
カナエがぽつりとつぶやいた。
その言葉に、アミが柵の内側へと静かに歩み寄る。
「このメリーゴーランドは、ポポリちゃんが担当してたんです。子供たちに一番人気で、パレードの時はここが集合場所になってました」
アミは木馬のたてがみをそっと撫でる。
「ポポリちゃんって、どんなキャラだったの?」
サヤカが遠慮がちに尋ねる。
「“みんなの夢を運ぶ妖精”って設定でした。いつも明るくて、子供たちに優しい存在だったんです」
アミの声には、懐かしさと少しの寂しさが混じっていた。
「今はもう、誰も乗らないんだな」
タケルが木馬の鞍をそっと叩く。
「閉園の直前、夜に一度だけ勝手に回ったことがあるって噂、知ってる?」
シュンスケがカメラを回しながら言う。
「それ、本当なの?」
タケルが興味津々で尋ねる。
アミは少し黙ってから、
「本当です。私、その場にいたから……。誰も乗っていないのに、音楽が流れて、ゆっくり回り始めて……。あの時は、本当に怖かった」
と小さく付け加えた。
「……そのとき、何か見たんですか?」
カナエが声を落とす。
「覚えていません。ただ、急に寒くなって、背中を誰かに撫でられたような気がしたんです」
アミは木馬から手を離し、柵の外に戻った。
風が吹き抜け、屋根の上の装飾がカランと音を立てて落ちた。
「うわっ……」
タケルが一歩後ずさる。
「この場所、空気が重い気がする」
カナエが小さく息を吐く。
シュンスケはカメラのファインダー越しに、中央の木馬をじっと見つめていた。
「木馬の目、赤くなってないか?」
「サビが流れてるだけだよ」
ナオキが自分に言い聞かせるように答える。
「でも、なんだか見張られてる感じがする」
サヤカがそっと言った。
柵の陰に転がる壊れたポポリちゃんのオブジェが、まるで誰かを待っているかのように傾いた頭でこちらを見ている。
「このあたりで、そろそろ次に行こうか」
リョウタが短く言う。
その声に皆がほっとしたように動き出す。
七人は、メリーゴーランドの柵を回り込みながら、しばらく広場を歩いた。
タケルが木馬の尻尾を指で弾き、「これ、まだ動きそうだな」と冗談を言うと、カナエが「やめてよ、壊れたら弁償だよ」と笑った。
アミは名残惜しそうに、もう一度ポポリちゃんのオブジェを見上げる。
「パークの夜って、思ったより静かなんですね」
カナエが呟く。
「昼間は、子供たちの声が響いてたんですけど……」
アミが遠い目をする。
「今は、風の音しか聞こえないな」
シュンスケがカメラの録音レベルを確認しながら言う。
「それにしても、どこからか視線を感じる気がする」
リョウタが周囲を見回す。
「気のせいだろ」
タケルが肩をすくめるが、サヤカは不安げに柵の外側に立っていた。
「次は……あの建物、行ってみようか」
アミが指さした先には、古びた洋館のような建物が薄暗い園内の一角に佇んでいた。
入口の上には、色褪せた看板で「ミラーハウス」と書かれている。
窓はほとんど割れ、扉のペンキも剥げ落ちている。
「……鏡の館、か」
ナオキが看板を見上げる。
「廃墟の鏡って、なんか怖いな」
タケルが苦笑する。
「ミラーハウスは、パークの中でも特に人気があった場所です」
アミが説明する。
「イベントの時は、ミラミィが鏡の迷路で子供たちと鬼ごっこをしてました」
「ミラミィって、あのピンクのやつ?」
シュンスケがパンフレットのイラストを指差す。
「そうです。鏡の中にもう一人の自分がいるかも、って……」
アミの声に、サヤカが「やめてくださいよ」と苦笑した。
七人は、ミラーハウスの前で立ち止まった。
タケルが「中、暗そうだな」と懐中電灯を握り直す。
カナエは「みんなで入れば大丈夫」と微笑んだが、その表情にはわずかな緊張が浮かんでいた。
「じゃあ、行こうか」
ナオキが先頭に立つ。
七人は、互いに顔を見合わせながら、ミラーハウスの扉へと歩き出した。
その背後で、ポポリちゃんのオブジェが夜風に揺れ、まるで別れを告げるように小さくきしむ音を立てていた。