ルーセント・アーカイブ   作:Arcaeaスキー

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0-2.究明者が戦うということ

「おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 そう言った黒服に、軽く頷きを返して答えとした。現在時刻は朝7時。朝御飯はしっかり食べることにしている私にしては珍しく遅起きで、仕方ないのでなにか手頃なものと思っていたのだが……。

 

「朝ご飯、できていますよ。私のような者の手料理で申し訳ありませんが」

「……いや、構わないのですが」

 

 料理、できたんだ。素直にそう言いかけた口をぐっと抑え、私は席に着く。脂がまだふつふつと音を立てるような、焼きたての赤身の魚がメイン。第八テラ……汝ら聞き給え。リフォンはいくつもの【沃土(テラ)】という世界と、それらを繋ぐ橋と、【心臓(ハート)】と呼ばれる核によってできた世界だった……その第八テラで主食になっていた、コメとかいう穀物。それに、香り高い茶色のスープ。

 

「どうぞ召し上がってください。和食があなたのような異界の方の口に合うかはわかりませんが……気に入っていただけたら嬉しいものです」

「大いなる(リフォン)の意志の元、この食事が遣わされたことに感謝いたします」

「なるほど、それが我々にとっての『いただきます』に該当する祈りの言葉ですか」

 

 いただきます。なんとも簡略化された祈りの言葉だが、端的かつ的確で良い。恐らくは、食を命を奪うことと考えていることから来ているのだろうその祈りを、私はいたく気に入った。

 

「そのいただきますという言葉、食後の祈りに類するものはありますか?」

「えぇ。『ご馳走様でした』と我々は祈ります。この世界では一般的に神を信じていない、あるいは真剣な信仰を行っていない者の方が多く、長い祈りなどはあまり見られませんね」

 

 黒服の言葉を聞き、改めて述べ直す。

 

「ここはリフォンではない。だから、仕来りには従います……いただきます」

「箸は使えますか?」

「第八テラで使ったことがあるので、大丈夫です」

 

 箸を使って魚の切り身をほぐし、一口目を口へ運ぶ。

 

「うん……美味しいですね?」

「それはなによりです。たまたま鮭の良いものを見つけてしまいまして。これは焼魚に良いと思ったのですが、お気に召しましたか?」

「えぇまあ、とても気に入りました……うん、うん」

 

 黒服は私がコメとサケを交互に食らうのをにこやかに(表情が分かりやすい訳では無いからアレだが)見ていたが、ふと不思議そうに言葉を発した。

 

「そういえば、話し方が少し柔らかくなりましたね」

「そうですか?」

 

 全てを失ったあの日から何かを希望することも無くなった私だ。珍しい期待に胸をふくらませたことが、エルと居た過去の私を思い出させ、そのまま私本来の喋り方も思い出させたと言うべきなのだろう。

 

「えぇ、随分と。人を刺せるトゲを自らに突き刺し続けるような気配は薄れました」

「また酷い言い様を……事実ではあるのが言い返せないところではあるのですが」

「細かく聞かせていただいても?」

「残念ながらお断りの方向で」

 

 黒服がまあ、そうだろうなあ、みたいな反応をしているのを尻目に食事を終える。

 

「ご馳走様でした。……大変美味しかったです、想像以上でした」

「お褒めいただき、ありがとうございます。よろしければこのまま朝の支度をしていただいて、その後出立しましょうか」

「……どこへ向かうのでしょうか」

 

 黒服は空の皿を持って台所なのだろうところへ歩み、何かを捻って水を出し、皿を洗いながら告げる。

 

「本日の目的地は、アリウス自治区です」

 

 そんなわけで、歯磨き(リフォンと変わらなかった)と洗顔(リフォンとは違った。洗顔フォームってなんだろう)を済ませて黒服が開く黒いもやのようなものをくぐった先。

 

「到着です。本来ならとてつもなく時間をかけた道程なのですが、今回限りということでマダムもお許しをくださいまして」

『よく来ましたね、黒服。それに侘棄とやら』

「おはようございます、マダム。昨日の約束通り、足を運ばせていただきましたよ」

 

 ぶぉん、と目の前に光でできた身体を表したのは、先日の円卓を囲んでいた赤の女……黒服曰く、マダム、あるいはベアトリーチェというものであるらしい……だった。

 

『出迎えをそちらに回しています。すぐ着くでしょうが、彼女らが私が貸し出す戦力です。お好きにどうぞ』

「重ねて感謝いたしますよ、マダム。あなたにも良い利があると良いですが」

『それはなんとも……しかし、その女の力を見れるというのはひとつの利益です。それで手打ちとしましょう』

 

 そうベアトリーチェが言い終わった時、音を立てずに近寄る者たちの影を私は悟った。

 

「……ッ!」

「無駄だよ」

 

 飛び出して来た少女を変換していない『天剄』で弾き飛ばして、悠然と構える。

 

「四人一組……そういうことかな。出迎えとしては随分豪華だね」

『……サオリの奇襲をこうも簡単に。その者はスクワッドのリーダーでして、私の手駒としては最も優れていると思っているのですが』

「良いとは思いますよ。究明者にそのようなことは通じないだけで」

 

 残りの面々もサオリと呼ばれた少女のハンドサインで姿を現して、四人の兵が並ぶ。

 

「……マダムのご命令でお迎えに上がった。アリウススクワッド、リーダーの錠前サオリだ。よろしく頼む……初手以降は黒服の指示を聞くようにと言われている」

「えぇ、そのように委託されています……では、早速戦闘能力テストを開始しましょうか」

「黒服。四人同時で構わない……彼女らは四人でひとつの手合い、違う?」

 

 黒服はそうですね、と頷いて、また黒いモヤを出現させる。

 

「キヴォトスでは一般的に市街地での戦闘を行います。私が保有している廃都市を使いましょう……あの者らがちゃんとやってくれていれば市街地戦そのままの環境となるはずです」

「了解した。……行こう、みんな」

 

 後ろの三人が頷き、モヤに入ろうとするのを私は静止した。

 

「五分です」

「なんだ?」

「五分、事前準備の時間をどうぞ」

「……なるほど。姫、ヒヨリ、ミサキ、Aパターンを試す。頼むぞ」

「「了解」です!」(なんらかの手話に近しいもの)

 

 四人が消えたあと、黒服は不思議そうに尋ねる。

 

「よろしいのですか? 彼女たちはいわば、戦闘のプロとして育て上げられた兵士。それに事前準備の時間を与えるとは……」

「構わないと言っています。私が、『格上』ですので」

「傲岸不遜とも言える自信ですね……」

 

 傲岸不遜。そうかもしれないが、しかし「試す」と言われているのだ。なら、相手の用意の悉くを無為にするほどに絶対的な力を見せつけねばなるまい。これ以上試すことなど何も無いと、そう言わせれば良いのだと。私はそう考えていた。

 

 児戯にも劣る力比べは、一回でも無駄だ。

 

「五分です」

 

 一瞬で、カタをつける。

 

 

 

 飛び出した先は市街地の広場であった。空は薄曇りで陽光はなく、乾いた空気とはそこがリフォンでは珍しかった

 

 巡る『天剄(てんけい)』を掴むと、流れるようにその流動をコントロールし、存在を探すべく薄く、広く広げる。

 

「アリウススクワッド! かくれんぼが好きなら付き合ってあげようか!?」

 

 私はそう声を張りつつも、『大気(エア)』に天剄を混ぜ込み、纏う。天賦究明者、連番を得た神の如き超越者といえども、その大元は創形師(シェイパー)に過ぎず、創形師の戦いの発展として天賦究明者の戦い方は存在する。

 

 創形師の戦いとは、純粋なエネルギー、その出力を以て望むがままに世界を動かすことである。

 

 と言っても、その自由は限りなく低く、本来は僅かな改変を以て万象に対抗するものである。

 

 だが、新たな神とすら時に形容される天賦究明者に、(リフォン)は赦し賜う。そう、更なる自由を、圧倒的な力を。

 

 ソレは、恐らくは極めて正確無比な一撃だったろう。今地に堕ちた、鉄の礫。遙か遠くから、音を超えて飛来したソレは、私の身体に到達することなく地に落ちる、堕ちる。

 

「飛び道具ね。本格的にかくれんぼ? 雑に壊していいってわけじゃないだろうし……まあ、後で謝ればいいか」

 

大気(エア)』が渦を巻き、鋭くうねる。私が指揮者の如く振り上げた右腕に従って、鉄の礫が飛んできたその方角へ向け、意志持つ数多、不可視の奔流が空を駆けた。

 

 私が贈る、開戦の号砲。近い方角の遠距離からまたも鉄礫が飛び、奔流が向きを変え礫の飛んできた方向を蹂躙していく。

 

 その結果を確認する前に、ひゅるる、と風を切る音。

 

「……へぇ?」

 

 ズドォンッ!! と鳴り響く轟音。それは正しく爆発だったけれど、私には通らない。

 

 どういうものかは知らないが、それが私にとってあまりにも無害であることは知っている。

 

 あぁ、あぁ、そうだろう。事前準備したあなた達は強いのだろう。

 

 だが、「強い」だけでは倒せない。倒れない。例え、忌むべき烙印、六の連番を背負っていたとしても。最も弱く、儚い究明者と蔑まれたとしても。それでも私は、『世界と神』(リフォン)に選ばれた者、その末席に座っているのだから。

 

「おおおおおっ!!」

 

 声を荒げ、サオリと呼ばれたリーダーが再び襲い来る。左斜め後ろからやってくる彼女に対処すれば、当然眼前のどこかから姿を現して爆発を放ったのであろう者が再度の準備を整える可能性がある。

 

 やるならさっさと仕留めよう。そう私は心決めにした。知らない手合いはなにかする前に封殺に限るものだ。

 

「『神糸(ストランド)』」

 

 身体から解き放った天剄を、そのまま出力して糸に変える。髪かなにかみたいに解き放たれた金の糸は、空中を少しだけ揺蕩い、そして一斉にサオリの方向へ飛び出す。

 

 それの結果は今度はこちらから無視してやって、私は前へ思いっきり飛び出した。

 

 片手を後ろに向けるのは天剄を後ろに放出して勢いをつけるため。究明者の理論的最速移動法は天剄によるブーストであり、肉体のみで行う最大火力はもちろん……

 

「んなっ」

「……!?」

 

 目の前で目を丸くする姫と呼ばれていた子とミサキと呼ばれていた子から、ミサキの方……大きな筒のようなものを手にした彼女を見た時、なぜかリフォンの大砲のようなイメージが浮かんだのが決め手だった……へ向けて全力で撃ち込む、加速した肘。

 

「がっ!?」

「っ!!」

 

 まあもちろん、天剄を移動以外に回せば何かしらもっと火力あることは出来るんだけれどと思いつつ、勢いを殺しきって滑り込み、反転してもう一人も……と思った矢先。ずだだだだだっという音が響き、私の身体に鉄の礫が飛んでくる。

 

 纏った『大気(エア)』がそれから私を守り抜くが、しかし気になるものだ。鉄の礫は単発だけではなく、多量に放てるものがあるようだ。

 

 恐らくこのキヴォトスで普遍的に使われる武器の一種なのだろうその鉄の礫は、継続的に私に撃ち込まれ、姫を守っているようでもあった。

 

 だが、無意味。

 

「穿ち抜け」

 

 ひゅごっ、と。身体にまとわりついた大気が私の意思から槍を成し、音を超える。

 

 形を創ると書いて創形師。その基礎にして真髄が、鉄の礫を正面から吹き飛ばし、二本目の槍が『神糸』に半身を絡めとられたサオリへと突き刺さる……ことはなく、吹き飛ぶ。その様に軽く驚きながらも、三本目を姫へと撃ち込みこれまた吹き飛ばし、背後で動き出そうとしたミサキへ四本目をくれてやる。

 

「う……ぁ……」

 

 意識が朦朧としているのか、声を漏らすミサキを持ち上げ、倒れ伏す二人の元へ運んだ時。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあっ!!!?」

「おや」

「ぐぇぇっ! ……あ。……お、お取り込み中失礼しました?」

「いや逃がすかァ!」

 

 不可視の奔流が蹂躙した方角から、恐らく大嵐となった奔流に吹き飛ばされたヒヨリという少女が空から落下してきて、一瞬の沈黙の後一言述べて走り出したのを逃さず、『神糸(ストランド)』と槍の五本目六本目を連打する形で意識を刈り取る。

 

「『槍』で死なないなんて。硬すぎでしょ、さすがに……」

 

 そう口に出しつつ、四人をまとめて『神糸(ストランド)』で縛り上げれば制圧完了。

 

 圧倒的な力による、完全なる勝利を収めた彼女は、ふと思うのであった。

 

「……黒服にはどう連絡すればいいんだろうね?」

「安心してください。見てましたので」

 

 そう思った途端、黒服がモヤから現れたので心底安心した。その辺の話、ちゃんと詰めとけばよかったなぁ……。

 

 

 

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