淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
銀狐は、手の中のタブレットをじっと見つめていた。
ここから出られた時今の時代の事を知らねば無用なトラブルを起こしかねない、その為今の時代を学ぼうと思ったのだ。
その方法は色々な作品を手当たり次第に視聴してみる事だった。
そしてわかった事、現代には目を見張るような素晴らしい物語が溢れている事だった。
恋、友情、努力、涙、裏切り、再会、復讐、転生……。
「まったく、飽きぬのう」
江戸で見た芝居も面白かったが、ここまで多彩ではなかった。
だが、視聴を重ねるうちに銀狐はふと立ち止まった。
「……あれこれ詰め込んでも、腹は膨れぬな」
知識を得ても、すぐに使う場があるわけでもない。
焦ってどうにかなることでもない。
「よい。焦る必要はなかろう。……儂は今を生きているのじゃから」
そう呟いて銀狐は一度タブレットを置き結界の中で寝ころび天井を見つめた。
――そのときだった。
ふいに、音楽が流れ始めた。
タブレットの自動再生機能によって、次に選ばれた動画。
軽やかなリズム、伸びやかな声。
テンポよく流れる台詞と歌と踊りの不思議な混ざり合い。
「これは……?」
表示されたタイトルは、『鴛鴦歌合戦』。
モノクロの映像。どうやら古い作品のようだった。
銀狐は、画面に釘付けになった。
「……なんじゃ、これは。時代劇の皮をかぶった、……唄じゃ。唄の芝居じゃ……!」
役者が台詞を口にするたびに、音楽がかぶさる。
登場人物が突然、感情を歌にして踊りだす。
どこか懐かしくて、けれど新鮮。
その自由さに、心を奪われた。
「こういうものもあるんじゃなぁ」
銀狐は呟く。
「今は昔という決まり文句で始まる物語、ワシの生きてた時代程じゃないにしても古き良き時代の名残が今の世にもまだ残っておる、これはなかなかたまらんの。」
古くても面白さは今の物に負けてないのを見て、古い自分も元気づけられた気がした。
夕方。男が帰ってきた。
「ただいまー……」
「おかえりじゃ人の子よ、今日はよいものを見たぞ」
「ん? アニメ?」
「違う、…なんと言ったらええのかの?歌じゃ。古き時代の歌と芝居の融合。鴛鴦歌合戦という表題の作品じゃ、知っておるか?」
男は首をかしげた。
「知らないな。そんなのあったっけ?」
「ふふふふふ、もったいないのぉ。これは現代と江戸の狭間のようなものじゃ、よいものじゃぞ」
その夜、銀狐はもう一度、今度は男と一緒に『鴛鴦歌合戦』を観た。
二人で同じ場面に笑い、同じ台詞にうなる。
「この武士、見た目によらず踊るのう」
「歌うタイミング完璧すぎて面白すぎるだろ!」
見終わったあと、銀狐は静かに言った。
「……こうして、誰かと“ひとつのもの”を見るのは、ええものじゃのう」
「うん……すげぇ、いい時間だった」
封印の空間とアパートの部屋。
それでも、同じスクリーンを見つめる時間だけは、隔たりがなかった。
銀狐は、胸の中にほんのり温かいものを抱きながら、そっとタブレットを撫でた。