淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
休日の朝、目覚ましに邪魔されることもなく男はのんびりとした気持ちで布団から抜け出した。
天気は快晴、空気も少しだけ春めいている。
インターホンが鳴る。
「……来た!」
玄関へ急ぎ足で向かうといつもの配送スタッフが笑顔で荷物を手渡してくれた。
段ボール二箱。
中身は小型ウォーターサーバーと電気ケトル。
「銀狐さん、絶対喜ぶぞこれ」
そう呟きながら封印空間とつながった押し入れの前にしゃがみ込む。
銀狐は中で例によってタブレットで動画を見ていた。
今日の視聴履歴は昭和歌謡番組らしい。
「銀狐さ~ん、ちょっといいか?」
「なんじゃ人の子よ、今日は随分とうきうきしておるな?」
男は電源延長ケーブルを結界の中に通し慎重にコンセントを刺す。
「――よし、通った!」
次いでウォーターサーバーを設置、懐と相談した結果小型サイズにはなったが実用にはまったく問題ない。
その隣には段ボールを棚代わりにした即席の台、その上に乗せた電気ケトルがちょこんと鎮座する。
「……これは?」
「水を出してお湯を沸かせるセット。
で、こっちがインスタントコーヒーと紅茶、それから抹茶にココアに…」
「抹茶!?」
銀狐の目が輝いた。
「懐かしいのう! 里の坊様がわしには高すぎる味じゃと渋い顔をしていたのを思い出す」
「本格的な茶道じゃないけどこれでも美味しく淹れられるよ。…気に入ってくれたかな?」
銀狐は湯気の立つケトルをじっと見つめたあとニヤリと笑った。
「気に入らぬわけがなかろう、嬉しいぞ人の子よ!」
「そっか、気に入って貰えてよかった」
「儂がこの結界の中で湯を沸かし、茶を点て、香りを楽しむ日が来ようとは……まるで夢のようじゃ」
茶碗に湯を注ぎ、湯気とともに立ち上るほろ苦い香り。
銀狐は目を細めて、そっと口に運んだ。
「……ん」
一口。
そして、ぽつりと。
「……ああ……生きてるって、こういうことなんじゃな」
男は笑った。
「その言葉が聞けたら俺は満足ですわ」
その日銀狐は一日じゅう抹茶を飲みながら昭和ミュージカルと歌謡ショーの再生リストを巡っていた。
たまに鼻歌を歌いながらである、封印の間には珍しくゆるやかな幸せの時間が流れていた。
そしてその夜、ふたりは抹茶を手にまたひとつ映画を観た。
抹茶にちなんで茶道の映画でタイトルが闘茶 Tea Fightである。
中国茶と日本茶、双方の茶文化を「闘茶」という一種のバトルで表現している中に親子の絆、茶に振り回される恋人たちの物語がからんでくる。
最後の一番盛り上がるシーン、中国茶と茶道にそれぞれ見せ場が用意されていた、双方作法が美しく、まるでそういう舞であるかのようだった。
極限まで磨かれた技はどんな物でも人を魅了する魔力があるんだと教えられた。