淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
最近調子がいい。
朝起きるのも苦じゃなくなったし仕事もなんとかこなせている。
理由はたぶん、毎朝銀狐が用意してくれている水筒にある。
「おお人の子よ、おはよう。
今日も目覚めが良いな、よきことよきこと」
押し入れの中からぴょこんと顔を出した銀狐がまるで賢妻のような笑みを浮かべている。
「ほれ水筒じゃ、今日のは特に自信作ぞ」
男は受け取ってフタを開ける、ふわりとかすかに柑橘が混ざる紅茶の香り。
「ええやん…これ高かったんちゃうん?めっちゃいい匂い……!」
「茶葉はお主が買って来たんじゃろう何言っておるんじゃ。
まぁ今回のは香気を引き立てる術をかけておる、あとお湯の温度は89度きっかりで0.3秒ごとに気を流してな――」
「なんか凄そう、ただ俺にはうまい以外の事はわからんのだ」
「なんと雑な感想じゃ……」
でもそれが日常になっていた。
毎朝違う飲み物が水筒に用意されている。
緑茶の日もあればほうじ茶の日もある、たまにカカオ風味の謎の一杯まで。
どれもこれも不思議と香り高く味が深い。
市販のインスタントとは思えないレベルである。
「狐の術もこういうところに役立つとはのう……」
そう銀狐は言って笑うが男にはもはや魔法でも何でもよかった。
「ありがとな、銀狐さん、今日もむっちゃ楽しみにしてたんだよ!」
「ふふ、そう言ってもらえると、作り甲斐があるというものじゃ」
出勤途中、男はいつもより足取りが軽かった。
水筒の中身をちびちびと飲みながら、心の中でこっそり呟く。
「この一杯がちょっとした楽しみやねんな、同じ毎日の繰り返しじゃない何かってのはすっげぇ助かりますよ…」
繰り返す日々に圧し潰されそうになっていた男にとっては銀狐さんとの仕事以外の会話だけでもありがたかった。
其処にさらに毎日の飲み物まで作ってくれるようになって仕事に行って帰ってくるだけの日常がどんどん色付いていくのを感じる、なんだかこれって幸せだなぁ。
銀狐は、押し入れの奥で微笑んでいた。
術も気遣いも御利益なんて大層なもんじゃない。
ただ彼の一日が少しでも良くなればいいなと思って気持ちを込めて水筒を作った。
最初は受け取ってくれるか不安になったりもした、しかし実際に渡してみれば反応は上々で、それに喜んでくれる彼を見ているだけで自分も嬉しくなった。
毎日変わる飲み物。
毎日続くささやかな贈り物。
毎日変わらず其処にある彼との会話。
たぶん、こういうのが――幸せってやつなのかのぉと思った。