淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
銀狐さんが信仰獲得の為に複数のお守りを作ったので、アリスさんを通じて希望者に配って貰う為に今日は待ち合わせをしていた。
待ち合わせ場所はステーキハウス、御馳走するから其処で落ち合いましょうと連絡をした。
そして現在、レストランのテーブルに運ばれてきたのは、どこか懐かしさを感じる香ばしい匂いを纏ったサーロインステーキ。
その厚さ、その照り、そのジュウジュウと音を立てる鉄板の様相に、アリスは目を輝かせていた。
「ふふふ……なんてご立派なお肉! こういう贅沢、最近しておりませんでしたの。ありがたく、いただきますわ!」
ナイフとフォークを構えるその姿はまさに戦闘態勢。
一口運んでは目を細め、満足げに頷く様子に、男も自然と笑みがこぼれる。
「お守りの話の続きになりますけど、今の時代じゃ、ああいうのってかなり貴重なんですね?」
問いかけに、アリスは肉を咀嚼しながら、一拍置いて真顔に戻る。
「ええ……本当に珍しいものですわ。あれは、今の時代にはもう作れる人がほとんどいない“神具”です」
「神具って……そんなに凄いんですね」
「ええ……でも、ほんの百数十年前までは、ああいうものを扱うのは珍しくもなかったんですのよ」
アリスはフォークを皿の上に置き、ゆっくりと語り始めた。
「明治の文明開化……あれは、この国が数百年の時を越えて、一気に“科学”へと飛び込んだ時代でした。蒸気機関、電灯、活版印刷、列車、電信、そして教育制度。目に見えて社会が変わっていきましたわ。人々は、それまで“神様の領域”として捉えていた自然や病や運命までもが、“法則”によって説明され、制御できると知ってしまった」
「神秘より、論理に頼るようになった、ってことですね」
「まさに、ですわ。火を起こせなければ祈るしかなかった者たちが、マッチや灯油ランプを手に入れた時のように、“困難”が“技術”で乗り越えられるとわかってしまった。その感動はきっと、当時の人々にとっては魔法よりも神秘的だったのでしょうね。神様の言葉より、化学者の論文が頼りにされるようになっていったのですわ」
アリスの言葉には、どこか皮肉と諦念の混じった響きがあった。
「信仰というものは、“信じる”心を土台に成り立ちます。ですが、目に見える奇跡ではなく、目に見える結果を求める社会において、“信じる”ことの価値は急速に下がっていきましたの」
「なるほど……」
「特に打撃を受けたのが、大きな社に宿っていた“大神”たちですわ。彼らは、その威光を維持するために、膨大な信仰のエネルギーを必要としていました。でも、文明の波に呑まれた人々は、神社に足を運ばなくなり、祈らなくなり、ただ静かに忘れていったのです」
「……それで、姿を消してしまった」
「はい。そして、そうした大神たちに守られていた中小の寺社もまた、後ろ盾を失い、次第に力を失っていきました。神職たちも、信仰による収入が得られなくなり、“護り”のための術や道具を維持できなくなっていったのです。やがて、それまで連綿と受け継がれてきた退魔の技術や知識も、ゆっくりと……静かに……途絶えていきました」
「それでも、今の世にもまだ、退魔師はいるんですよね?」
「ええ、でも……昔に比べたら、その数も力も、ほんの名残に過ぎませんわ」
そう言って、アリスは口に残った肉の脂をさらうように水をひと口飲んだ。
そうして消えていった神や技術は、しかし皮肉な事に、再度、科学信仰により、また日の目を見る事になりましたわ。
「あー……前に言ってた鬼なんちゃらのテロ攻撃ですか?」
「そうですわ、栄華を極めている科学、それと枯れた技術である退魔術の組み合わせによって惨劇が起きましたの。前にも話した小妖に武器持たせて特攻させる戦術ですわね。そしてそれに対抗する為に古い技術が掘り返されました。」
「当時はどんな感じだったんでしょうねぇ……。」
「聞いた話では当時はもう見鬼……怪異を見る事すら出来ない退魔師が普通であったそうですわよ?古い文献を漁り、退魔師の資質がある者を見分ける術を見つけ、見鬼の訓練をし……、そんな事をしている間にも被害は凄い事になっていたそうですわ。それに危機感を感じた政府は当時基準としてはかなり強力な銃火器を持たせて、なんとか問題に対処したんですの」
飲み物を飲んで一息ついた後にまた話を続けた。
「そうして苛烈な銃撃戦をしている間に術者も育ち、不利になった反社組織が手を引いたというわけですわ。しかし銃撃戦をしなくなっただけで、術で人を誘導したり催眠に掛けたり、洗脳したり、呪いを掛けたりというのは今でもありますの。科学信仰が行き過ぎて、逆に古めかしい退魔の術が理解出来なくなってしまったのですわね。」
アリスは人々が捨てた物が人々を害するなんてなんだか皮肉めいてますわね、と苦笑した。
「はぁー……そうして目に見えない攻撃に切り替えた相手に対して、寺社仏閣が家単位で残していた子々孫々と続く技術でなんとか対処してるわけなんですね」
「その通りですわ。反社組織も我々も、お互い一度無くした物を再度掘り返してなんとか使っているのが現状、古い時代に比べれば本当に児戯にすぎない物ですわ」
そうこう言っている間にアリスさんはいつの間にかステーキを食べ終わっていた……あれ?本当にいつの間に……?
「……それにしても、このステーキ……本当に素晴らしいですわね。ふふ、こんなに分厚くて、柔らかいなんて……おかわり、お願いできますかしら?」
「はっはっは、もちろん。喜んで、注文しましょう」
男は微笑みながらウェイターの人を呼び止めた、アリスは注文を取りに来たウェイターに、1kgの肉をミディアムレアで注文した。
男は財布の中身を一応確認した。
滅びかけた時代の記憶を語り終えた彼女の横顔には、どこか満たされたような穏やかな光が灯っていた。
いや、ただステーキ肉が楽しみなだけかもしれないが。