淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐   作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍

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対話、そして報告

 男は、約束の時間にアリスと待ち合わせ、自宅へと案内した。

 

 「ほんとに、押し入れの中に“住んでる”んですのね……」

 

 「はい。まぁ見たらわかります。あと、絶対に失礼のないようにお願いします。銀狐さん、見た目よりだいぶ格が上の方なんで」

 

 本人がハッタリ効かせるのにそう言うておけと言われただけなので良くはわかってないのが本当の所だが。

 

 「承知しておりますわ。失礼のないよう、最上の礼を尽くします」

 

 畳の部屋に通され、男が押し入れの襖を軽く叩く。

 

 「銀狐さん、お客様連れてきました」

 

 「うむ、入れ」

 

 その声とともに、襖を開ける。

 中には、淡い霧のような結界の帳が張られた空間が広がっていた。

 和風の調度に囲まれた静謐な空気のなか、白銀の髪を持つ狐耳の女性――銀狐が、畳の上に穏やかに存在していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 「……これはこれは、初めまして。わたくし、清明連の調査役を務めております、佐竹アリスと申しますの」

 

 アリスはすぐさま深く頭を下げ、両手をついて礼をとった。

 

 

 銀狐は目を細めて微笑む。

 

 「ふむ、口ぶりや所作からして……うわべだけでない礼儀じゃな。よう来てくれた」

 

 「恐縮至極ですわ。……突然の訪問、失礼いたしました。ですが、そちらの御守から発される強き“威”に、我々も無関心ではおれず――」

 

 「ふふ、そうか。ま、儂も黙って隠れておる気はないでな。礼を通した者とは話をせねばなるまい」

 

 銀狐はゆったりと湯を淹れ始める。その所作すら、どこか神聖さを帯びていた。

 

 「さて――そなた、アリスと言ったか。聞こう、そなたらは儂を“何者”と見ておる?」

 

 アリスは一瞬だけためらったが、すぐに言葉を選ぶ。

 

 「……強き神格、もしくは、それに極めて近い存在とお見受けいたしております。

 少なくとも、現代の術者では到底真似できぬ神具を造り、霊的圧を自然と発し、他者を遠ざける力を有するお方」

 

 銀狐は小さく、くすっと笑った。

 

 「過分な評価じゃよ。儂はただの狐じゃ。――ちと、昔に“そう見られた”だけのな」

 

 その一言に、アリスは一瞬言葉を失う。

 

 (“そう見られた”だけ……?)

 

 だがすぐに思い出す。“神”とは、祀られ、信仰された者の行き着く姿でもあるのだと。

 

 「……ならば、“狐神格”としての威は、偽りではなく、世に必要とされるものですわね」

 

 「ふむ、口が上手いの。……それで、何が知りたい?」

 

 「まずは、あなた様が“男”とどのような関係にあるのか。

 我々の世界では、名も知れぬ神格が動いているとなれば、他勢力との摩擦も避けねばなりませんの」

 

 銀狐は男の方をちらりと見て、くすりと笑った。

 

 「まぁ、住まわせてもろうとる間柄じゃ。昔の礼に、と渡した物が、思いのほか大きくなっておっただけの話よ。

 今のところ、争う気はない。安心せい」

 

 アリスは深く頷いた。

 

 「……そのお言葉、何よりの安心ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 湯呑から立ちのぼる湯気。

 銀狐が手ずから淹れた茶の香りが、封印の間に静かに満ちていた。

 

 「この空間……まるで、神域のような安らぎですわ」

 

 アリスがぽつりと漏らすと、銀狐はふっと目を細めた。

 

 「封印されたまま、長らく過ごした空間よ。手入れくらいはせんと、心が腐る」

 

 「……そう、お辛くはなかったのですか? こんな空間に、何百年も」

 

 「辛くないと言えば嘘じゃな。だが……暇を潰す術はある。儂は長生きしすぎたぶん、我慢も覚えた」

 

 アリスは一瞬、言葉を探したが、やがて小さく笑って言った。

 

 「……お茶、とても美味しいですわ。心が落ち着きます」

 

 「ならよかった。“心を和ませる”というのはの、昔、儂が“産婆”をやっておった頃に、よく使っておった術じゃ。

 母と子の心をほぐす手助けをな……まあ、今も変わらぬことよ」

 

 「……産婆……?」

 

 思いもよらぬ過去の話に、アリスは目を瞬かせた。

 

 「ずいぶんと人の世に近いお立場だったのですね」

 

 「人の子に近づきすぎて、“神様”と祀られた事もある。そうされると今度は“神でなければならぬ”扱いになってのう。……気づけば封じられとった」

 

 「……それでも、こうして他者のために力を貸しておられる。

 ……やはり、あなた様はただの妖ではありませんわ」

 

 銀狐はくつくつと笑った。

 

 「ただの狐じゃよ。ただ、少し年を食いすぎただけじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【清明連・報告書(抜粋)】

調査対象:○○区△丁目に居住する一般男性(名は伏せる)

霊的異常:周囲に強い“威”を常時帯びており、低級妖怪や未熟な術者が近寄れぬ状態

 

【確認された要点】

・“威”の発生源は対象の身に帯びた御守。直接的な本人の資質によるものではない

・御守は本人が「銀狐」と名乗る存在から譲り受けたと証言

・当該存在は“押し入れに封印された妖(もしくは神格)”と推測され、実際に対話を果たす

 

【観察結果】

・対象存在は自らを「ただの狐」と称しつつ、明確な神格級の威圧・神具の作成能力を保持

・敵意なし。男との関係は穏やか。恩義による加護と説明

・礼節・対話に応じる意志あり。対立の兆候は一切確認されず

 

【所見】

現代においてあれほどの“威”を自然に放てる存在は極めて稀少。

攻撃性・拡張性の兆しがない限り、当面は接触と観察を継続するに留めるべき。

無用な干渉は、かえって秩序を乱すおそれあり。

 

 ――報告を終えたアリスは、机に腕を組みながら一息ついた。

 

 「ふぅ……まさか、本当におられるとは思いませんでしたわ」

 

 窓の外、夜が静かに深まっていく。

 

 封印された神のような狐と、その存在をまるで気にも留めぬような男。

 奇妙な均衡は、今日もまた、確かに続いていた。

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