淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
休日の午前。
男はのんびりとした表情でいつものようにコーヒーを啜っていた。
仕事もない、天気も悪い、出かける予定もなし。
そんな日はゆっくりと家の空気を吸いながらだらけるに限る。
ふと、隣の部屋──封印の間に目を向けると、薄く開いたふすまの向こうから控えめな電子音が聞こえてきた。
「スプリンクラーをもっと早く買うべきじゃったな……2000G程度を惜しむべきでは無かった、明らかに作業効率が違うではないか」
どうやら銀狐は、今日も“牧場物語”に夢中のようだった。
男は少しだけ微笑んだあと、居間の押し入れをガサゴソと探りはじめる。暇つぶしに、久しぶりにゲームでもしてみようかと思ったのだ。
なんかあるかなと適当にソフトが収納された段ボールを漁る。
取り出したのは、やや色あせたPSソフトのパッケージ。タイトルは──『森川君2号』
「うわぁ〜……マジで懐かしすぎる……あったなぁ、こんなの……」
取り出したのは、やや色褪せたPSソフト『森川君2号』。
男の顔には、思い出したような苦笑が浮かんでいる、子供の頃に買った挙句クリアできず投げだしたソフトだ。
大人になった今ならクリアできるだろうか?
プレイステーションを繋ぎ、ソフトを起動。起動画面からメニューへと進むと、画面に奇妙な生き物──“Pit(ピット)”と呼ばれるキャラクターが登場した。
その姿は人間にも動物にも似ておらず、どこか不完全で未成熟な、しかし不思議と愛嬌のある存在だった。
「ふむ、何をしておるのじゃ?」
封印の間から顔を出した銀狐が、ついと男の横に座る。
「これはですね、育成ゲームってやつで、“Pit”っていうAIの子を育てるんです。何も知らないまっさらな存在なんで、いろんな物に触れたり行動したりしながら、正しいことと間違ったことを学んでいく……」
「ふむ……なるほど。何かを育てるゲームなのかの?面白そうではないか」
「……まぁ、見てればわかりますよ。ちょっと変わってるんで」
画面の中で、Pitが歩き回る。そして、床に落ちていた“うんち”のような物体を見つけた。
「おや、排泄物……じゃな?」
「そうです。で、Pitはこの“うんち”がなんなのか、まだ知らない状態なんです。だから──」
Pitはそれに近づくと、突然、足で蹴った。
『ドガッ!』
Pitはその場で気絶した。
銀狐の耳がピクリと動いた。
「……え、何事じゃ?」
「蹴ったら臭いで気絶するんです。Pitは“何も知らない存在”だから、こうやって自分で試して、何が危険かを学ぶんですよ」
「おぉ……まさしく、赤子のような学習方法じゃな」
男は画面に表示された選択肢から「否定」を選択した。
するとPitはほんの少しだけ困ったような顔をして、「その行為はよくないらしい」と学んだ。
Pitが再び立ち上がる。今度はうんちをそっと手に取った──
「また気絶したのう!?」
「うんちを“持つ”という行為もダメってことですね」
またも「否定」。
しばらく観察していると、Pitは様々な行動を繰り返した。ひっくり返す。匂いを嗅ぐ。なぜか食べる。
結果はすべて同じ──気絶。
銀狐は目を見開いていた。
「……お主、この生き物……あまりにも無垢すぎるではないか?」
「そこがこのゲームの肝なんです。Pitは完全な空っぽ。“この世の物すべてを知らない状態”から、行動を通じて物事を学んでいく……。しかも、プレイヤーができるのは“肯定”か“否定”だけ」
「つまり、“教える”のではなく、“気づかせる”のじゃな?」
「そうですね。たとえば、今のうんち。人間なら絶対に触らない物。でもPitにはそんな常識がない。だから、行動と結果を体験し、俺たちがそれに“NO”を出すことで、やっと『これはダメなんだ』って理解する」
銀狐は静かにうなずいた。
そのうち学習したPitがうんちを避けて歩き、今度は別のアイテム──障害物をキックした。
障害物は排除され道が通れるようになった。
男は「肯定」を選ぶ。
Pitが嬉しそうに笑う。
そこには、ほんのわずかな“成長”が感じられた。
「……この“否定”と“肯定”の積み重ねで、自分の中に行動の是非を積み上げていくんです。悪いことは嫌な結果になるし、良いことは快適な反応が返ってくる。感情と経験、そして周囲のフィードバックがあって、ようやく“正しい行動”が形成される」
「うむ……本当になんともいえぬ独特の存在じゃのう?あまりに滅茶苦茶な行動に振り回されつつも、教育を進めていく間に段々と愛着が湧いてくるもんなんじゃな……」
「このゲーム、あまりに馬鹿馬鹿しくて世間一般ではクソゲー扱いなんですよ、以外と面白いと思うんですけどね」」
Pitがまた、うんちに近づき、投げようとして…また気絶した。
銀狐は笑った。
「ふふっ、まだまだ繰り返し教える必要がありそうじゃな?」
「たしかに……先は長そうですね」
「案外手が掛かる子程可愛いというのは的を得ているのかもしれんのぉ」
二人の休日はこうして過ぎていった。