淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐   作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍

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見なくていいやつその4

ある日の昼下がり、男は机に突っ伏していた。

 

風邪というほどではないがどうにも体がだるく微熱があるような気がする、眠気と倦怠感にまどろんでいたそのとき、ふすまが音もなく開いた。

 

 「……具合が悪いんかの?」

 

 銀狐の声が静かに響く。

 

男がうっすらと目を開けると、銀狐が心配そうに覗き込んでいた。

 

 「ああ、ちょっとだけね……風邪ひいたってほどでもないんだけど、なんか熱っぽくて」

 

 「うむ、ちと待っておれ」

 

 そう言って奥へと戻った銀狐は、ほどなくして再び現れ、男のそばにぺたりと座った。そして手を男の額にかざし、ゆっくりと目を閉じる。

 

 「――ホイミ」

 

 その一言とともに、銀狐の手のひらから淡い光がじんわりと広がった。熱が引いていくような感覚に、男は思わず目を見開いた。

 

 「……いや、待って。今、ホイミって言った? ドラクエの、あれ?」

 

 「うむ」

 

 「なんでドラクエ? 回復魔法ならなんかそれっぽいのあったじゃないですか」

 

 「あるにはあるがの、これは“補助”があるのじゃよ」

 

 「……補助?」

 

 銀狐はにっこりと笑いながら、小首をかしげた。

 

 「教えてやろうかの。……ワシが操る力は、大きく分けて“神力”と“妖力”がある。前者は信仰から生まれ、後者は恐れや畏怖から生まれる。つまり、術を扱う為の力というのは人の心――感情から発生するものなのじゃ」

 

 「……感情から力が?」

 

 「うむ。だが、人一人の心で生み出せる力などたかが知れておる。神はその感情の力を束ねて扱う、そうして大きな力を使えるから神足りえるんじゃな」

 

 銀狐は、畳の上に座り直しながら続ける。

 

 

 

 「しかし、信仰される存在とて、力任せに無茶をしたらすぐに力が枯渇してしまう。だからこそ、我らは“補助”を使う。多くの者が信じる“常識”を拝借し、術の基盤にすることで、力の節約ができるのじゃ」

 

 「……それが“ホイミ”?」

 

 「そう。“ホイミ”という言葉を聞けば、ドラクエを知っておる者の大半は“回復する”という認識を持つ。しかも、長年に渡って広く浸透し、無数の人間の無意識にすり込まれておる。回復魔法として、それなりに“常識”の域に達しておるのじゃ」

 

 「つまり……“ホイミ”って言えば、“回復するのが当然”って世界が思ってくれる?」

 

 「お主、なかなか飲み込みが早いな。術者とは、そうやって“あたかもそれが当然のことですよ”という顔で、世界を騙すのが上手い者のことを言うのじゃ」

 

 男はぽかんと口を開けたまま、何度かまばたきをした。

 

 「え、つまり世界って……ちょろい?」

 

 「……ちょろい、ではなく、“融通が利く”と言うのじゃよ。人の無意識は時として神すら凌ぐ力を持つ。それに乗じて、術を滑り込ませる。そういう知恵と狡猾さが、術者には必要なのじゃ」

 

 男は、改めて銀狐を見た。

 

 「じゃあ、銀狐さんが今さっき使った“ホイミ”も、ドラクエ由来の共通認識を土台にして、術として成立してるってこと?」

 

 「うむ。もちろん、全てを共通認識それだけに頼るわけにはいかぬ、…… 軽い回復や疲労回復なら、これで充分なのじゃ。」

 

 「つまり、人々が信じれば信じるほど効く……ってことか」

 

 「信じる者は救われる――とは、よく言ったものじゃのう」

 

 銀狐はくすりと笑い、また男の額に手をかざした。さっきよりも少しだけ、長く、優しく。

 

 「ホイミ――っと」

 

 その瞬間、またほんのりとした温もりが額に広がり、だるさが霧のように溶けていく。

 

 「……ありがとう。いや、マジで助かります」

 

 「よいのじゃよ。普段から世話になっておるのじゃからの。……ふふ、にしても“ホイミ”で通るとは、ドラクエというもの、なかなか偉大じゃな」

 

 「そうだね……次は“ザオリク”とか“ルーラ”とかも試せたりして?」

 

 「ふふ、それはどうじゃろうな? あれはちと高等すぎる術じゃ。が、共通認識がもっと強まれば……あるいは、の」

 

 男は寝間着のまま苦笑しつつ、テレビの電源をつけた。

 

 画面に浮かぶレトロなドラクエのタイトルロゴを見ながら、少しだけ現実と非現実の境が曖昧になっていくのを感じた。

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