淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
「……ほう、これが“すーぱーまーけっと”というやつか」
その朝、男に誘われてやってきたのは近所の大型スーパー。
封印を脱し外を歩けるようになった銀狐にとって、二度目の外出である。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、銀狐は目を細めてしみじみと呟いた。
「現代は市場がのうなって、これが代わりになっておるのか……一か所で何もかもが揃うとは、便利な世の中よのう」
「まぁ、その分お店の人と話したりする機会は減りましたけどね。自動化も進んでますし」
「ふむ……ちと味気ない気もするのう」
銀狐は買い物カゴを手に持ち、店内をゆっくり歩き始める。
青果コーナー、鮮魚コーナー、精肉コーナー、日用品、菓子、調味料、総菜……その全てが一つの空間に整然と収まっている。
「にしても……米に麦、卵に鶏肉、塩に酢……なにゆえこれほどまでに品数が多いのじゃ。見ておるだけで目が回りそうじゃぞ」
「でも便利ですよ。料理の材料が一気に揃いますから。たとえば今日は、筑前煮と味噌汁、それと焼き魚が食べたいと思ったら──」
男はカゴに鶏もも肉、にんじん、ごぼう、味噌、豆腐、サバの切り身をテンポよく放り込んでいく。
「──はい、これで全部。ね、便利でしょ?」
「……確かに、これは恐ろしく便利じゃのう……」
銀狐は感心しつつも、どこか物足りなさそうに唇を尖らせた。
「じゃが……なんじゃろうな……やはりどこか、面白みに欠ける気もするのじゃ」
「面白み?」
「市場には市場の“勢い”があったのじゃよ。野菜の青臭さ、魚の匂い、売り手の声、客との掛け合い──品物を見て、話して、値切って、買う。そういう“やり取り”もまた、買い物の楽しみの一つであったのじゃ」
「……ああ、それなら“商店街”がありますよ。肉屋は肉屋、八百屋は八百屋で並んでて、それぞれの専門店がずらっと軒を連ねてる」
「商店街……ほう、それっぽい響きじゃな。そなた、そういう所にも連れて行ってくれるのか?」
「ええ、もちろん。今度の休みにでも行ってみましょうか」
「約束じゃぞ?」
銀狐の表情がふっと緩み、笑みが浮かんだ。
その顔はどこか、懐かしいものに触れた子どものような──そんな喜びに満ちていた。
「にしても、最近の野菜はえらく綺麗じゃのう。昔のものはもっと泥まみれで、虫がくっついとったものじゃ」
「衛生管理が厳しくなってるのと、洗浄処理が徹底されてるからですね。工場で洗ってから店に並ぶんです」
「工場で野菜を洗う……まことに現代とは、どこまで機械が支配しておるのじゃ……」
その後も、銀狐はあらゆる商品にいちいち驚き、時に目を輝かせ、時に眉をひそめた。
そして、会計。
今回は自分がやると銀狐が申し出る、多少の苦戦はあった物の無事にセルフレジを使うことに成功した。
「ふふん、わらわ、だんだん慣れてきたぞ? そろそろ“ポイントカード”なるものも作ってみたいのう」
「……そのうち、“Tポイントの民”とか言い出しそうですね」
「なんじゃそれは」
買い物袋を手にスーパーを後にする銀狐。
その姿は、どこか誇らしげで、楽しげで、同時に懐かしさに満ちていた。
「なぁ、男よ。今の買い物も良かったのじゃが……やはり、そちらの“商店街”とやらにも行きたいのう。専門の店で話しながら物を選びたいのじゃ」
「はいはい、次の休日に行きましょう。商店街は買い物だけじゃなく、食べ歩きも楽しいですよ」
「ほう、それはよいのう! ふふふ、また楽しみが増えたぞ!」
こうして、銀狐の現代探索はまた一歩進む。