淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
「ただいまー」
玄関の扉を開けた瞬間、香ばしい香りが鼻をかすめた。出汁の香り、焼き魚の匂い、そして炊きたてのご飯の湯気。畳の匂いと合わさって、どこか懐かしい空気が部屋に満ちていた。
「よう帰ったの、ご飯はできとるぞ」
押し入れの奥からぴょこんと顔を出す銀狐は、割烹着姿でちゃぶ台の横に正座していた。ちゃぶ台の上には、焼き鯖の塩焼き、茄子の煮浸し、小松菜のおひたし、味噌汁に、少し固めに炊かれた白米。お盆に並べられたそれらは、まるで旅館の朝食のように整っている。
「うわ、すごい……ちょっとした和食屋さんみたいだ」
「ふふん、味も保証付きじゃ。ワシが作ったのじゃから上手いに決まっとる。」
「流石だぁ……ではさっそく、いただきます」
「うむ、いただくとしよう」
二人で手を合わせてから箸を取る。銀狐は焼き鯖の皮をぱりっと剥がし、小さく口に運んで目を細めた。
食卓には、静かで穏やかな時間が流れる。箸が皿を叩く音、味噌汁をすする音、時折交わす感想の一言。それだけで十分だと思えるような、落ち着いた夕餉だった。
そして、半分ほど食べ終わったところで、銀狐がふいに口を開いた。
「なぁ、人の子よ」
「ん?」
「……ワシも現代に慣れたとは、全然言えぬが……こうして封印から出られた以上、やはり働いて幾ばくかでも金銭を稼がねばなるまいと思うての」
「え?」
「家事をこそこなしておるとはいえ、生活のすべてをお主に任せておるのも……正直、心苦しいと思うての?どうにかならんかと、タブレットで働き口というものを調べてみたのよ」
「おお……」
「しかしの、どうにも“現代の労働”というやつには“身分証明書”というものが必要らしいではないか」
銀狐は箸を置き、ため息をひとつ。
「ワシにはそのような物は用意できぬし、お主も、それを偽ることなどできまい?」
「まあ、うん。役所に“封印されてました”なんて言えないしね」
「じゃろう? ……そこで思うたんじゃが……このような時、普通の神はどうしておるのじゃろうか? 現代の神様事情というのを、ワシは一切知らんのじゃ」
銀狐は、すっと背筋を伸ばした。
「それを知るために、あの……なんじゃったか……アリスの所属しとる……」
「清明連?」
「そう! 清明連に話を聞いてみたいのじゃよ。彼奴らはこの時代に生きておる神職系の集まり、何か知っておろう」
銀狐は真剣な眼差しでこちらを見つめた。
「手間を掛けるがお主から、かの者に連絡を取ってはくれんかのう?」
「もちろん、いいよ。食事のあとで電話してみるね」
「……うむ。いつも手間を掛けさせて、すまんのう」
「それは言わない約束でしょおとっつあん!」
そう言うと、銀狐は吹き出した。二人で観た時代劇の台詞をなぞり、ちゃぶ台越しに“はっはっはっ!”と笑い合った。
* * *
食後、食器を片付けてから、男は携帯を手に取りアリスに連絡を取った。要件を伝えると、少し驚いたような声のあと──
『ぜひ伺わせていただきますわ。明日、午後にはそちらに伺いますので』
と、力強く答えてくれた。
「……ありがたい……感謝でしかないな、ほんと」
こうして、明日。
銀狐とアリス、そして男の三人が集まり相談をする事になった。