淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
梅雨入り前の晴れ間が差す午後。
縁側の障子を開け放つと、淡い陽光が部屋を柔らかく照らしていた。
「銀狐様、ご機嫌麗しゅう。佐竹アリス、お目通しを願いますわ?」
ひときわ丁寧で芝居がかった声が廊下から響く。現れたのは、整った制服風のスカートスーツに身を包んだ、金髪の退魔師。彼女はいつものように、上品さとやや過剰な気合いをまとっていた。
「うむ、くるしゅうない。着て(来て)くれて感謝するぞ」
銀狐はいつもより少しだけ背筋を伸ばし、にこりと笑った。そしてアリスを、押し入れ奥の“封印の間”に招き入れる。
ちゃぶ台に湯呑みが並び、三人が腰を落ち着けると、銀狐は静かに切り出した。
「今日そなたに相談したいのは、昨日連絡した通り──現代の神が、どのようにして過ごしておるか、を確認したくての」
「はい、それについてご説明を……」
「ほら、ワシは封印されていたから外の事をほとんど知らんじゃろ? 現代の神はどのようにして馴染み、過ごしておるのかと思うての。金の問題もあるし……な」
言いよどむ銀狐に、アリスは少し目を瞬かせ──そして得心がいった様子で頷いた。
「かしこまりました。今の時代において、神霊の方々がどのようにお過ごしになっているか、ということですわね?」
そして、彼女は静かに首を横に振った。
「……しかし、率直に申し上げますと、“神霊”と呼ばれるお方は、今やほとんどが姿を隠し、世俗から離れてしまっておりますの。祠が忘れられ、信仰が風化し、やがてその気配も見えなくなる……。ご要望には沿いたいのですが、“他の神々”の今の姿を、私たちもほとんど知り得ておりませんの」
「そうか……」
銀狐はその言葉を聞くと、わずかに肩を落とした。
「あれだけおった神々も、ほとんど隠れてしまったのじゃな……。寂しいものよ」
その声音には、数百年単位で時代を見つめてきた者ならではの、静かな喪失感がにじんでいた。
「……けれど、銀狐様。お金の面だけで申せば──」
アリスは話を切り替えるように微笑み、
「すでに、銀狐様のお守りによって救われた方々が“ぜひお礼をしたい”と仰っておりますわ。中には相当な資産家の方もいらっしゃいますし、寄付という形での謝礼であれば、受け取ることも可能ですのよ?」
「ふむ、しかしの……」
銀狐は湯呑みに視線を落とし、少し唸った。
「赤心から祈ってくれておる相手に金をせびるのは、神様としては、こう……わかるじゃろ?」
「……まぁ、なんとなく言いたい事は分かるかな……」
男がそう相槌を打つと、アリスはにっこりと笑い、次の提案を投げかけた。
「であれば──何処かに社を設けて“神への相談所”として開放するのはいかがです? 困った方の相談を受けて、解決の糸口をお示し頂く。そしてその対価として、相談料を“喜捨”という形で受け取るのですわ」
「なるほど、それなら“お礼”の体裁じゃな」
「はい。ですが社を立てる伝手など……お持ちではございませんわよね?」
「ないわい、そんなもんは」
「そこは我々清明連にお任せくださいまし。地元の宗教ネットワークを辿れば、社の一つや二つ、すぐに建てられますわよ。こういう時のコネと伝手こそ、我が組織の得意分野ですもの」
「……おお……すごいな……」
「ついでに、身分証の問題もご心配なく。こういった時にお話を通せる議員の方が複数おりますの、彼らとはかなり親密ですので」
「でもそれ……社を建てるとして建物の税金とか大丈夫なんですか?」
と男が尋ねると、アリスはさらっと答えた。
「宗教は無税ですのよ? もちろん管理者が“ちゃんと居れば”の話ですが」
彼女はにこりと笑って、男を見た。
「……何処かに引き受けてくださる方がいらっしゃれば、ですけれどねぇ……? どこかに、いらっしゃらないかしら?」
「……ああ、俺にやれってことですね」
「いえいえ、とんでもございませんわ。ただ私は教会の管理がありますので……あなたが神職者として引き受けてくだされば、全て丸く収まりますわね?」
「……俺にできますかね?」
「事務処理や煩雑な手続きは、すべて清明連が一手に引き受けますわ。責任者として“名前だけ”お貸し頂ければ、他はなんとでもなりますの」
「まあ……そういう事なら、こちらは問題ないです」
「待て、待て待つのじゃ!」
と、急に銀狐が叫んだ。
「ワシはまだやるとは言っておらんぞ!? 現代は昔と比べて何もかもが違うのじゃ! 相談などと一言に言われても困るわい! むしろワシの方が相談したいくらいじゃというのに!」
しかしアリスは怯まず、優しく言った。
「銀狐様、深く考える必要はございませんわ。昔ながらの不可思議に悩む方々に、少しアドバイスを頂けるだけで良いのです」
「ふむ……」
「むしろ今の時代こそ、そういった“古き術”の知識が求められているのですわ。銀狐様が皆様を助ける……そのお姿を、私はとても尊いと思っておりますの」
銀狐はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……しかし……」
「それに、仮に“社を構える”としても、それはまだ先の話ですわ。まずは、どのような社にするか、設計と段取りに数ヶ月単位でお時間を頂きますし、実際に建築するとなるとさらにお時間を頂きますわ」
「……それまでに、現代社会に慣れてもらえれば、効率よく物事が進むとは思いませんか?」
「……即断など、できるわけがなかろうが」
「はい、その通りでございますわ。ですので、どうか──“選択肢の一つ”としてお考えくださいませ」
銀狐はふぅ、とひとつ息をついた。