淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
朝。
目覚ましのアラームよりも少し早く目が覚めた。
時計を見ると、まだ6時半。寝直すには微妙な時間だ。
けれど、隣の部屋から聞こえてくる湯の音と、台所から漂ってくる味噌汁の香りで、自然と目が覚めた。
銀狐さんが朝食の準備をしてくれている。
「おはようございます、銀狐さん」
「おお、おはよう。ちょうどご飯が炊けたところじゃ」
キッチンの奥から顔を出す銀狐さんが、にっこり笑う。
その笑顔が、やけに柔らかくて、まっすぐで──
朝からちょっと眩しい。
「……えっと、なにかいいことでも?」
「ふふ、なんでそう思うんじゃ?」
「いや、なんか……いつもより機嫌良さそうだったので」
「うむ、今日は“作戦二日目”じゃからの」
「え?」
「なんでもない、なんでもないぞ」
そう言って、ひょいっと視線を逸らす。
でも耳が少し赤くなっていたのは見逃さなかった。
──“作戦”?
なんのだ。どういう意味だ。というか、なんで俺に隠すような口調なんだ。
もやもやしながら味噌汁をすする。
出汁がちゃんと効いてて、今日もおいしい。
(……いや、それどころじゃなくて)
(最近、銀狐さん、なんか……ほんと、変じゃないか?)
午前中。
近所のスーパーに日用品を買いに行くことになった。
「今日の献立、何が良いかのう」
「最近カレー多かったんで、今日は和食ですかね?」
「うむ。お主の好物も作ってやるぞ」
「好物……って、え、なんでしたっけ俺の?」
「なんじゃ、忘れておるのか? この前の肉じゃが、うまいと三回も言っておったじゃろ」
「あっ、言った……気がします」
(そんなことまで覚えてたの……?)
レジを済ませて、荷物を分担しようとしたときだった。
銀狐さんが自然に俺の腕に手を添えた。
「のう、手が塞がっておるなら……こうしておる方が歩きやすかろう?」
そっと、腕に寄りかかるように手を絡めてくる。
距離、近っ……!
「え、いや、大丈夫ですけど……?」
「そうか? ワシはこれが歩きやすいと思うんじゃがのう?」
(えええええええ!?)
何も考えられないまま、商店街の通りを腕を組んだ状態で歩く俺。
気づけば周囲の視線がちょっと気になる。
けれど──不思議と、悪い気はしなかった。
むしろ、手のぬくもりと、銀狐さんの髪から漂う香りが心地よくて。
(いやいや、これやっぱり変だよな?)
午後、帰宅してお茶を飲んでいたとき。
銀狐さんが急に、俺の髪を手で整えた。
「……ここ、寝癖じゃな。直してやろう」
「えっ、あ、すいません……」
不意に触れられた指先に、どきりとする。
整髪の動作にしては、ゆっくりすぎた。指が、髪をなぞっていた。
ほんの数秒だけ、呼吸が止まった。
(……完全にアウトじゃん、これ)
でも、銀狐さんはまったく気まずそうな様子も見せず、しれっとお茶を飲んでいた。
その自然さが、逆に怖い。
「……あの、銀狐さん」
「ん?」
「最近、なんか……その……距離近い気がしますけど、俺、なんかしました?」
「ふむ? 何も悪いことはしておらぬぞ」
「いや、そうじゃなくて……なんかこう……」
「……のう、男よ。ワシのことをどう思っておる?」
「えっ!?」
唐突に来た。どストレートな球が。
むしろ剛速球が胸に突き刺さった。
「そ、そりゃあ……」
言葉が出ない。
正直に言えば、今の俺はかなり動揺してる。
銀狐さんが俺のことをどう思ってるのか、何となく察し始めてる。でも、それを口に出すのは──まだ、怖い。
「……そりゃあ、大事に思ってますけど」
「ほう、大事とは?」
「……っ、いえ、えーと、その──」
「ふふふ。顔が赤いぞ」
「う、うるさいです……」
煎茶を一口飲んで、口元を隠す。
でも顔の熱さは誤魔化しきれなかった。
その夜。
布団の中で、今日一日を反芻していた。
朝食時の“作戦”発言。
買い物中の腕組み。
髪に触れられた感触。
「どう思っておる?」というあの質問。
……どう考えても、あれは“そういう意味”だった。
好き、っていうやつ。
恋とか、そういう──感情。
でも、じゃあ俺は──どうなんだろう。
(……いや、たぶん、俺……)
そこまで考えて──
その答えには、まだ触れないまま、俺は目を閉じた。
けれど一つだけ、確かなことがあった。
(銀狐さんのことを考えてる時間が、最近、やけに多い)