淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
目が覚めると、味噌と出汁の香りが部屋に満ちていた。
カーテンの隙間から柔らかな朝日が差し込み、ふと横を見ると、部屋の奥の方で銀狐さんが小鍋の蓋を開けていた。
朝食の味噌汁を作っている。
当たり前の光景。でも、ふとした拍子に「それってすごいことじゃないか?」と胸の奥がざわめく。
起きて、顔を洗って、台所の椅子に座る。
「おはようございます」
「うむ。おはよう。ほれ、味噌汁が仕上がったぞ。今日はじゃがいもと玉ねぎじゃ」
「ありがとうございます」
ちゃぶ台の上には、焼き魚、小鉢の漬物、炊きたての白米。そして湯気の立つ味噌汁。
旅館の朝ごはんみたいだなと思いながら箸を持つ。
ふと、銀狐さんが何気なくお茶を差し出してくれたとき、俺の胸にこんな疑問が浮かんだ。
(……これって、もう家庭じゃないか?)
午前中。
部屋の掃除を済ませ、ゴミ出しに行こうと玄関を出ると、近所の奥さんに会った。
「あらまあ、いつも綺麗にしてるのねえ。……奥さんがしっかりしてるのかしら?」
「えっ」
「この前も、お二人で一緒に買い物してるの見かけたから、仲良しさんなのねって」
「あ、いえ、その……!」
言いかけて言葉が詰まる。
どう言えばいいのか、咄嗟に出てこなかった。
と、そこに銀狐さんが後ろから出てきた。
「うむ、こちらではいつも世話になっております。主婦業というものはまだ慣れぬが、こうして暮らしておると、学ぶことばかりじゃのう」
にっこり、自然に、堂々と。
……え、受け入れた!?
いや、そう見えるように“振る舞って”くれたのか?
それとも、本気で……?
奥さんはにこにこしながら「仲睦まじいのね」と言って去っていった。
玄関に戻った俺は、なんとも言えない胸のざわつきを抱えたまま、靴を脱いだ。
その夜。
銀狐さんが入浴中、俺はリビングでソファに沈みながら天井を見上げていた。
頭の中で、ぐるぐると、同じ言葉が回っていた。
(……家庭。って、なんだろう)
一緒に食べて、一緒に笑って、生活を分け合って、時には喧嘩もする。
そういうのが家庭だとしたら──
(……今の生活って、もう“それ”なんじゃないか?)
そしてもう一つの問いが浮かぶ。
(……俺は、この生活をずっと続けたいと思うか?)
その答えは、考えるまでもなかった。
(思う。めっちゃ思う)
この空間が好きだ。
銀狐さんの声が、表情が、手のぬくもりが、ここにある毎日が──たまらなく、愛おしい。
だったら。
だったら、ちゃんと伝えなきゃいけないんじゃないか。
女性に全部任せて、空気で済ませるなんて、そんなのカッコ悪い。
(……俺から言おう)
決意は、静かに、でもはっきりと心に根を下ろした。