淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
「所でこのタブレットという道具、まこと便利じゃのう」
夜の静けさの中、男が淹れたコーヒーを啜りながらニュースアプリを見ていると、封印の間から銀狐がぬっと顔を出した。いつもの調子で、目をきらきらと輝かせながら語りだす。
「電波とやらを飛ばして、文字や絵をやり取りし、果てには“動画”とやらまで見られるとな。なにより、人の手元一つで、どこぞの遥か彼方の出来事が、まるで目の前のように見られるとは……なんともまぁ、都合の良い時代になったものじゃ」
男は笑いながらタブレットを向けた。
「まあ、慣れれば何てことないですけどね。今じゃ誰でも使ってますし」
「そう、それよ。それが妙じゃと思わんか? “誰でも使える”……“何の知識もなくても、道具一つで力を得られる”というのは、あまりにも人に都合が良すぎると思わぬか?」
銀狐は座布団の上にちょこんと座り、まるで霊験あらたかな講釈師のように、しっとりとした声で語り始めた。
「ワシの予想でしかないが……この“電波”なるものも、この“タブレット”とやらも、起源は術と変わらぬ気がするのじゃ。昔、神力や妖力と呼ばれた目に見えぬ力が、人の“信じる力”によって姿を得たように、これらの“科学の産物”もまた、人の信仰の延長線にあると思えてならぬ」
男が眉をひそめる。
「……科学の信仰?」
「うむ。“それっぽい説明”で人々を納得させ、論文として“世界の仕組みの一部”に組み込む。学会とやらは“その筋の祈祷師”と変わらぬ存在よ。彼らが“これはこの法則で動いておる”と説明し、人々がそれを信じ、疑わなくなる。そうすれば、それはもう“現実”になるのじゃ。信仰の力で術を成立させておるのと、いったい何が違うというのじゃ?」
「……つまり、科学も術と同じで、世界を騙してるってことですか?」
「そう。しかも“上手く騙してる”という点で、科学は術以上に成功しとる。もはや誰も疑わぬ。“わいふぁい”やら、“デジタル信号”やら、“解像度”やら……なんびともそれが“正しい”と信じきっておる」
銀狐は、男の手元のタブレットを指差して微笑んだ。
「この便利な道具が動いておるのは、“誰もがそう信じている”からじゃ。ワシには、電波とやらがどう動いておるかはまったく分からぬ。じゃが……“この世界の仕組み”に“都合よく組み込まれた術”なのだろうと、そう思っておる」
男はふっと息をついた。
「じゃあ、僕が“これって術ですよね?”って言いふらしたら……どうなります?」
「その瞬間は変わらん。じゃが、それが広まり、“常識”を塗り替えるほどになれば、あるいは——“タブレットは妖具である”と再定義されるじゃろうな。科学という仮面を脱ぎ捨てて」
「……怖い話ですね」
「信じている常識が砂上の楼閣であるというのは怖いかの?しかし実際には何も心配する必要はあるまい。多くの常識がぶつかり合う昔と違い、今一番強いであろう科学を信じる者は世界の過半数を大きく超えておろう?もはや1000年経ようとも、この定義、あるいは常識は揺らぐ事はなかろうて。」
そう言ってこちらを安心させるように笑った。
「それにこのような世界中の人々が信じる定義が出来たのであればそれこそ、ワシのような術を扱う物にはやりやすい世界よ」
男がハッと何かに気づいたような反応を見せた。
銀狐はうなずき答える。
「そうじゃ、術者とは、あたかもそれが当然のことですよという顔で、世界を騙すのが上手い者のことを言う……。科学信仰は世界中の多くの者に信仰されておる、つまり補助も大きい。つまり科学信仰を元に扱う術は……」
「力の消費を極限まで抑えて、術を行使する事が出来るって事ですか?」
「うむ、お主も術のなんたるかがわかって来たようじゃのう?そうじゃ、これだけ強固な共通観念であれば、うまく利用さえ出来たなら、強大な術も消費少なく使えようて」
世界の見え方が一変する話、銀狐さんの世界の見え方と自分の見え方の違いに驚いた日だった。