淫夢厨社会人と封印から出れない妖狐 作:狐耳大すこすこすこてぃっしゅふぃーるど侍
翌朝。
目覚ましの電子音が無情にも男を叩き起こす。
「……はぁ、仕事行きたくない」
男は、重いまぶたをこじ開けて起き上がった。
ふと、昨日の出来事が夢だったんじゃないかと思って押し入れに目をやる。
だがその空間は今も確かに繋がっていた。
押し入れの向こう――封印の間、そこには、畳に座ってこちらを見ている銀狐の姿があった。
「おぬし、起きたか」
「マジで夢じゃなかったんか」
銀狐は昨日と同じ着物姿だ、ピシッと背筋が伸びた正座姿で其処にいた。
「昨夜は少しばかり安らげた、誰かの声が耳に届くのは百年ぶりじゃったんでついつい甘えてもうたな。」
その声はどこか柔らかくなっていた。
「ねえ、その空間ってさぁ、俺は入れたけど銀狐はやっぱり出られないの?」
「封印に触れたのがお主だけであったからなんともわからん。
外との“接点”が今のところ、お主の部屋の押し入れしかない、そもそも結界が他所につながる等いままでなかった事なんじゃ、この結界に綻びでも出来たかのやもしれん。」
「綻びかぁ……それで出られるようになったらいいっすねぇ。」
「中の儂はやはり出られぬようじゃ、だがこうして話はできる。」
男は、出勤前の忙しい時間に部屋の中から銀狐とする会話にワクワクしていたがもうそろそろ出社の準備をせねばならない。
「でさ、朝ごはん食べる?」
「食わずとも問題ないが、……茶と飯の香りは懐かしいの。」
「うち、冷凍チャーハンしかないけど……いいかな?」
「ふむ、それなるものでも結構じゃ。現代の飯を知るのも修行よ。」
――10分後。
「うむ、これは……想像以上に……」
「いける?」
「……のどが渇くのう」
そら昔のあっさりうすしお味が基本の人に現代の塩分過多な食事が合うわけもなかった、やっぱなろう系のように現代の飯すげええええ!とはならない模様、ちょっと期待してただけにがっくし。
そんな騒動で楽しくトークをしていた男は時計を見て絶望する。
「あっヤバ、遅刻する!」
慌ててカバンを掴み、靴を履きながら振り返る。
「じゃあ仕事いってきます、そういや何か欲しいものとかある?」
銀子は、すこし考えてから――
「今の世を知るための書物があれば嬉しいの、といっても書物は高いじゃろ?無理せんでもええからな。」
江戸時代とかと比べて極端に安くなってるから気にしないでと言おうとも思ったがそういうトークしている時間も惜しい。
「本ね、OKでーす、なんか雑誌とか買ってくるよ。」
扉を開けた瞬間、銀狐がぽつりと呟く。
「気をつけてな、人の子。」
「……うん、ありがとう。」
それは、ほんの小さな言葉。
だが、男にとっては、ずいぶんと久しぶりに聞いた、誰かの優しさだった。
その日、会社での会議は最悪だった。
上司には詰められ、資料は飛ばされ、昼食のカップ焼きそばは疲れからかソースを先入れするというありえないミスまでする。
帰宅したとき、男の心はボロ雑巾だった。
だが――
「ようかえったのじゃ」
押し入れの向こうから銀狐が出迎えた、たったそれだけの言葉が妙に沁みた。
「雑誌、買ってきたよ。『週刊なんとか』とか、『料理主婦の友』とか」
「ありがたき幸せとでも言っておこうかの、これで現代の常識が少しは分かる……かのう?」
銀狐は新聞の折込チラシを左右逆から読みながら言った。
「それ裏面、あとそれ右から左に読むんだ。」
「ぬう、難しい……!」
狐の妖が現代社会に適応するのはまだ時間が掛かりそうだった。