彼方楽園のレチタティーヴォ―Interlude4 作:三文小説家
「行きますよ」
アヤメがその一言とともにカフカエスクに斬りかかる。傍らにはエコーズ。アヤメの魔法を増幅する力を持っていたとリコは記憶している。現に、アメジオ戦の時は飛剣を何本も召喚して物量攻撃に変換していた。
(あれ? でも、飛剣の大群はいつも召喚していたような……?)
リコは少し違和感に気付くが、今は戦闘中だと意識を切り替えた。アヤメのサインを見逃さないように。
カフカエスクは周囲の虫を飛ばしてアヤメを牽制する。しかし、それらを一撃で切り伏せてカフカエスクに斬りかかる。しかし、カフカエスクも簡単には攻撃を喰らわず、カマキリの鎌のように変形させた右腕で反撃した。
「
「キル!」
「
「ニャローテ! 《アクロバット》!」
キルリアの《トリプルアクセル》とニャローテの《アクロバット》によってカフカエスクのガードが解ける。
「マッシ!」
更に、マッシブーンの《インファイト》が炸裂。カフカエスクに初めてまともなダメージが入る。だが、カフカエスクは虫達に指示を飛ばし、真空波を撃たせる。
「《Zuben el fermata》!」
しかし、それはアヤメが起こした斬撃の竜巻によって相殺された。
カフカエスクは口から毒液を飛ばし、蜘蛛のように変形した足を叩きつけて《ストーンエッジ》のような攻撃を行い、周囲の蝶から鱗粉を撒き散らす。それらをまた一撃でアヤメが蹴散らす。
「勝てない相手ではありません。落ち着いていきましょう」
『シレっと広範囲攻撃を剣一本で無効化してんのおかしいからね?』
アヤメが味方を鼓舞すると、ポリゴン2がその行動にツッコむ。リンの理念を聞いているポリゴン2は、異世界に転移する条件が〝強さ〟だけではないことに納得している。アヤメは確かに強いが、それは裏を返せば容易に世界を破壊する事の出来る強さだ。そして、アヤメは必要とあらば躊躇いなく世界を壊すだろう。
誰がリンを呼び込んだのかは知らないが、バランス調整に酷く苦労したのだろうことはよく分かった。
「それでも、私単独では勝てない相手はいましたがね……」
『え……』
「雑談はこの辺りにいたしましょう。ポリゴン2さん、私に《トライアタック》を」
アヤメは飛剣を三本召喚し、自身の周りに浮遊させる。その前に、カフカエスクが左腕も鎌に変形させて襲い掛かるが、アヤメが横薙ぎ、袈裟斬り、下段攻撃を宙返りして回避しての兜割りと、剣で全て弾き返す。
負けじとカフカエスクが毒液を吐くが、
「ヒトモシ、《だいもんじ》!」
リコの指示でヒトモシがだいもんじを放ち、相殺。その間にポリゴン2とアヤメの連携技の準備が整った。
「《破壊の三大元素》」
ポリゴン2が放った《トライアタック》の炎、雷、氷の弾丸をそれぞれ剣が纏い、氷の剣は鱗粉を振りまく蝶に、雷の剣はカフカエスクの鎌に、炎の剣はカフカエスク本体に命中し、それぞれの属性の爆発を起こす。
「まずまずの威力ですね。《フェイルノート》との連携を考えてみても良いかもしれません」
アヤメはポリゴン2の《トライアタック》に剣を飛ばす《Zuben el chorus》で割り込む事によってそれぞれの属性の攻撃を放つ《破壊の三大元素》という連携技を考案、実行に移していた。
威力は名に恥じぬものとなっており、冷気を受けた蝶は地に落ち、電撃と爆発を受けたカフカエスクは少なくないダメージを負っている。
「《デスディーリング》」
周囲の分類不明の羽虫が毒の息を吐いてくるが、Weyer String-IIIが解毒作用のある形態にリーヴスラシルを変形した事で無力化される。ならばと羽虫の群れを突撃させてくるが、マッシブーンの両腕に闇のエネルギーを集め、回転しながら相手に突っ込む大技、《DDラリアット》とアヤメの剣を斜めに一閃し遠距離から複数の方向に地を這う高速の斬撃を数本放つ《Zuben es portamento》という剣技によって撃ち落とされる。
「ニャローテ! 《ヴァニシング・リーフ》!」
カフカエスクは毒液をレーザーのように放つ。しかし、《マジカルリーフ》で姿を消してから《アクロバット》で打撃を与えるリコのオリジナル技によって回避と攻撃を両立した反撃を喰らう。
「真空波の乱れ打ち……悪くは有りませんが、旋律が単調すぎます」
アヤメはリーヴスラシルの魔法の斬撃の援護を受けながら踊るように相手を翻弄する《Zuben es laissez vibrer》で真空波を回避しながらカフカエスクと切り結ぶ。右、左、後ろ、跳躍して宙返り、回転して横薙ぎと闘う姿はまるで剣舞のようである。
「キルリアさん、《テレポート》からの《トリプルアクセル》」
「キル!」
「そして、《ねんりき》」
カフカエスクに冷気を纏った蹴りが当たり、羽虫のうちの一匹が《ねんりき》で操作されてカフカエスクに飛んでくる。
「サルビア、周囲の虫を片付けておいてください」
「りょ、了解です! お嬢様!」
サルビアは投げナイフで再び湧いてきた蝶を撃ち落としてゆく。そして、そのナイフをアヤメが拾い、指示しておいたヒトモシの《だいもんじ》を潜らせてカフカエスクに投げつけた。更に駄目押しに《Zuben es arco》の横薙ぎ一閃を加える。
それによって、悪魔、《憂鬱大罪:カフカエスク》は砕け散り、静寂が訪れる。
「憂鬱……」
「アヤメさん?」
その静寂の休憩の中で、アヤメがリコにポツリと呟いた。それが、アヤメの独白の始まりだった。
「私は、リンさんといたときに、とめどない高揚や恋慕と共に、少しだけ憂鬱を感じる事がありましてね……」
その発言に、リコは驚いた。リンは確かに問題行動はするが、他人を憂鬱にさせるタイプではないと思っていたから。何より、リン本人はエンターテイナーとして自分を含めた多くの人を楽しませるために、くだらなく壮大な計画を立てて実行に移すタイプだからだ。
「それは、どうして?」
「私の無力を、痛感しますから」
その発言に、その場のWeyer String-IIIを除く全員が密かに驚く。アヤメの戦闘力や頭脳はカフカエスク戦で披露した通りだ。そのアヤメですらリンの役に立たなかったとはどういうことなのか。
「私は、彼の神様になりたかったんです」
アヤメは嘗て聞いた歌になぞらえて語る。「私の歌で、リンが自分を大事にすればいいのに」「私の演奏で、リンが愛を知ってくれればいいのに」、そう思っていても、その音楽でリンにジュグジュグ腐った傷跡が埋まることはない。
苦しいから歌った。
悲しいから弾いた。
結局、アヤメのエゴの塊だった。がむしゃらに叫んだ曲なんて、アヤメがスッキリするだけだ。こんな音楽で、リンが救えるはずはなかったのだ。
それでも彼を救いたかった。
リンを抱きしめても、叫んでも何も現実は変わらないけれど、それでもリンを救いたかった。彼の痛みを、彼の
やがて、アヤメの胸のうちの醜い心は成長を始める。
アヤメは口にこそ出さなかったが、おそらくリンに勝手な共感を求めていた。
自分達を貶す奴らを殺したい彼ならきっと分かってくれる。
とんだ思い違いだ。
リンは所詮強い。きっと、彼は自分の方法で幸せになる方法を見つけるだろう。
心臓が煩かった。歩く度に息がつまった。自分の醜さに押しつぶされそうだった。
最低だ。最低だ。そんなものは欺瞞と同じだ。
しかし、欺瞞でも謬錯でもリンに
「醜いでしょう? 結局、私は欲に塗れた常人の成りそこないなんです」
「…………」
「きっとこんな話をしたら、リンさんは怒るでしょうね。だから私は、一度は彼を諦めようとしたんです。でも、諦められなかった」
そこまで話して、十歳前後のリコへの人生相談としては重すぎると気付いたのか、アヤメは一言謝罪して口を噤んでしまった。
ただ、リコにとっては少なからず有意義な話でもあった。リコにはアヤメの苦悩が全ては分からない。アヤメが醜いと評する感情も普通の事のように思えたし、少なくともリン自身はアヤメに悪感情を抱いているようには見えなかった。リンの言う通り、あらゆる行動に自己的な欲求は必ず絡むのが生き物であり、例え親切な行動や善と見られる行動だとしても、その中には『良い人だと思われたい』『自分のモヤモヤを解消したい』『平和を保ちたい』など自己的な理由は必ずある。
そして、年齢差はあれど、同じリンに関わる者としてはリコも他人事ではないのだ。リンの言う通り、リコの行動すら独善的になってしまう危険性すらもあるのだから。
リコは知らないが、リンの世界の哲学者の中には存在とは苦悩し、絶望する事であると考える者もいる。有神論的な考えにはなるが、苦悩と絶望、この二つこそが神の恩恵に達する条件になる。無論、リコは件の哲学者、キルケゴールのことなど知る由もないが、似たような結論に至っていた。
「それでも……それだけ悩めるのは、アヤメさんが優しい人だからだと思う」
「……そうでしょうか?」
「絶望に浸ってるわけじゃなくて、えっと……その中でもリンの心を救いたいって思うのは、綺麗な想いだと思う」
リコは上手く言語化できない己の語彙力を呪った。だが、それでもアヤメにはしっかりと伝わったようで、
「ありがとうございます」
と礼を言われた。
>タイトル
カンザキイオリ氏の楽曲『君の神様になりたい』より。