彼方楽園のレチタティーヴォ―Interlude4 作:三文小説家
アヤメが目を覚ました後、キルリア達はアヤメが二、三日の間の水や食料はどうしていたのかと聞いた。まさかずっと飲まず食わずなのか? と心配になったのである。アヤメ曰く、どうやら三日分の食料は持っていたようだが、それは尽きてしまったようだ。
「さて、どうしましょう?」
『死活問題でござるな……アヤメ殿は勿論、我々ポケモンも飲まず食わずでは限界があるでござる』
「悪魔の肉でも食べます?」
「モシ……(それは流石に最終手段にしたいですわね……)」
などと話し合いながら歩いていると、その解決策は案外早く見つかった。
「サルビア!?」
『とポリゴン2殿!?』
「お、お嬢様~」
『あれ? 君達もいるの?』
「お嬢様と知らない生き物が。あわわわ」
一人のメイドの少女とキルリア達の仲間であるポリゴン2が一緒にいた。メイドの方は何やらテンパっているが、ポリゴン2の方は飄々と話しかけてくる。
『ん? お嬢様? は、初めましてだね。僕はポリゴン2。好物はハンバーグだよ』
「ご丁寧にありがとうございます。私は小夜風アヤメです。
『見た目に反してクセが強い』
「み、みみみ皆さん初めまして! 私はサルビア……です。
『わしはキルリア。見習いではあるが騎士をしておる』
「ひゃあ!? 頭の中に声が!?」
「すみません、サルビア。少し休憩したいのですが」
「あ、は、はい! 《The Home》!」
初対面同士の自己紹介もそこそこに、アヤメがサルビアに要望を伝える。すると、突如としてアヤメ達の周りに異空間が展開される。警戒するポケモン達に安心するようにアヤメは言い、暫くすると一軒家の中のような景観となっていた。
速やかに情報交換に移る。特に、人語を話すポケモンというのはアヤメにとっては新鮮だった。
『僕は人間によって作られたからね。人間の言葉で話せるんだ』
「なるほど。人工的に創られたポケモンというのもいるんですね」
アヤメはサルビアと名乗ったメイドを一瞬だけ見る。
『どうしたの?』
「いえ、サルビアが心を開いた理由が分かったと思いまして」
『ふーん、なるほど? それにしても、君がリンの言ってた〝アヤメさん〟か。確か、人間の文化を色々知ってるってリンが言ってたんだよね。僕、人間によって作られたから歌とかの人間の文化にも興味結構あるんだ』
「おや、話せば長いですよ。なにせ、音楽は人類文明が生み出した文化の中でも最高傑作ですから」
『おっと思想も強い』
一方で、サルビアとキルリア達も打ち解けていた。サルビアは料理をしながらだが、キルリアと楽しそうに会話をしている。
『ふむ……サルビア殿もまた、人工的に作られた存在という事でござるか』
「あ、は、はい! 今は『月夜の森の従騎士』という名前で活動させていただいてます」
『ほうほう。ところで
「あ、え、えっと、私達は26人いて、それぞれにアルファベットが割り当てられているんです。私はHの文字を賜っています」
『肩書持ちが26人……それ程の規模の騎士団は初めて聞くでござる』
他にも、サルビアの持つ能力についてもキルリアは聞いた。彼女の能力は《The Home》。住居のような異空間と食糧を生成する能力であり、壁に被せるように異空間を作ることで擬似的に壁を抜けることも可能だったりと、かなり便利な能力である。
やがて料理が完成し、運ばれてくる食事にアヤメは舌鼓を打つ。ポケモン達にも要望を詳細に聞いた上でサルビアが木の実などの食事を出した。アヤメ達の世界には存在しない食べ物である故に生成するのは苦労したが、サルビアは文句一つ言わずにやってくれた。
「I know the moon, And this is an alien city.」
『それは、君の世界の言葉?』
「ええ。私の母国語とは違いますけれど、とある詩の一節です。『異郷の地で、月だけが我が旧友』みたいな意味ですかね」
『へえ~、知り合いがいないという状況を、月だけが知っていると表現するわけか。面白いね。今度使ってみようかな。ちょうど僕も、異郷の地にいるわけだし?』
「ぜひ、使ってみてください。孤独を癒す言葉になるかもしれませんし、月だけは自分のことを知っていると安心する事もできるかもしれません」
『他にはそういうの有ったりするの? アヤメさんの好きなフレーズというか』
「そうですね……好きなフレーズというよりは座右の銘ですが、『The balance distinguishes not between gold and lead.』。翻訳すると、『天秤は金も鉛も区別しない』となります」
『ふーん、確かに天秤が測るのは質量だけだ。でも、それはどういう意味合いで使っているの?』
「人間は皆平等であるという意味です。因みに、天秤は神話において、神が用いる裁判の道具として扱われる事もありますよ」
『前半だけなら手放しで褒められる座右の銘だったんだけどな。後半がなんか不穏なんだよな。まあでも、リンの『卑怯、汚いは敗者の戯言』よりはマシかなあ』
いきなり神とか言う単語が登場したことに不穏さを覚えるポリゴン2。アヤメの気品あふれる態度からして、単なるものの喩えではない予感がひしひしと感じられる。まさか自分が神だとまでは思っていないだろうが……
なお、キルリア達やサルビアは苦笑いをしていた。ポリゴン2の嫌な予感は的中している。アヤメの天秤は友好的な者には慈愛に、敵対する者には殲滅に傾く。そして、後者に対する容赦の無さを彼らは知っているのだった。
リンは自称するように外道だが、アヤメは無慈悲と言ったところか。どちらが怖いというのは無意味な議論であろう。以前、リンは「外道な自分を褒めそやす女の子は嫌だ」と内心で嘯いていたが、少なくとも無慈悲な女の子には褒められている。
「ふふ、リンさんらしい座右の銘ですよね。しかし、私は彼をあまり卑怯者とは思えないんです。狐とてイヌ科の獣。或いは狼の眷属かもしれない。彼の策略は強さです」
アヤメが少し頬を染めてリンについて語るのを見て、ポリゴン2に一つの疑惑が生まれた。
『ねえ、もしかしてアヤメさんって、リンのこと好きなの?』
『キル……(正解でござる。おそらく、リン殿への愛情を聞いたら三時間くらいは語ってくれそうであるぞ)』
『モシ! モシ!(なんですのそれ! 聞いてみたいですわ!)』
『マジかよ。アイツ複数の女性から好かれるタイプだったのか。意外だな。いや、別に性格面が問題にならないなら順当なのか? 顔以外スペック高いし』
『キル……(ポリゴン2殿、リン殿が泣くでござるよ……)』
『そんなことはどうでもいい。それより、リンの話を合算すると、
「失明したくないので現実から逃げます」
『この声量で聞こえてんの!?』
現実を直視すると失明してしまう。それはアヤメも例外ではないのだ。時には現実に向き合う事も必要だが、今はその時ではない。一方、ポリゴン2はアヤメの地獄耳に驚いていた。彼女の前では内緒話は出来ない。
『アイツ、たしか清楚なお嬢様が好みとか言ってたけど、ドストライクな子に好かれてんじゃん』
「あら、ありがとうございます。でも、異世界で強力なライバルが現れてしまいましたからね。彼女の事も嫌いではありませんが……」
そう言いつつ、アヤメはリンの転移前にリコが《だいばくはつ》しそうなことを十回以上はやっているが。しかし、出会う時期に付いてはアヤメもどうしようもなく、将来リンがリコと出会う事など予想できようはずもない。
この世で最も強いのは案外と物理法則かもしれない。
「まあ、一応納得できる事情はありますからね。納得感が100Gとするなら、無視された怒りが50Gというくらいには」
『なにその単位。質量?』
「無視された怒りが上回っていたら、その分だけ彼を殴っていました」
『じゃあ数値が逆だったら50回殴られてたってこと? 怖いなあ』
「流石にもう少し少ないですよ。50回殴るって、疲れますし、時間もかかりますし」
『もうちょっと別のところを心配してほしいね』
「それにしても、育てる気が無いならどうして産んだんでしょうね。私の両親も昔は大概でしたが、彼ほどではありませんでした」
それでもアヤメは絶望した。リンが味わったそれがどれ程の物かと思えば、アヤメは彼を責める気にはなれなかった。
(一夜の過ちという可能性もゼロではありませんが……話を聞く限り根っからの研究人間のようですし、そんな〝非効率〟なことをするでしょうか。情報が少なすぎて何とも言えませんけど)
予想し得る限り最悪のケースは、リンの両親がリンを何らかの〝研究〟に使う為に産んだという可能性。いわゆる人体実験に近い何か。だが、そうだとしたら放置したというのが謎である。やろうと思えば自分達の都合のいいように色々と刷り込めただろう。
それとも放置する事が実験だとでもいうのだろうか。そもそもリンが実験対象というのもアヤメの憶測にすぎない。
(……こんな話、リコさんの前ではできませんね。直ぐにその可能性を思いつく私も、大概かもしれませんが)
いずれにせよ、証拠も何もない今では無意味な思考だ。他人の家庭をあれこれ邪推するというのも気分のいいものではない……にもかかわらず、アヤメが色々と考えてしまうのはリンの両親を恨んでいるからだろう。彼を此処まで苦しめた両親を。
分かっている。
これが逆恨みに近い何かだという事は。だから、アヤメはリンの両親に出会ったとして、この怨みを基に攻撃する事は無いだろう。ただ冷静に彼らを蔑み、彼ら以上の愛情をリンに注ぐまでだ。それが親子愛とは違う形だとしても。
(まあ、尤も―――
彼らから攻撃してくるのならば、その限りではないが)
アヤメは自身の推測、否、妄想が外れている事を願った。
アヤメが考えているのはあくまで可能性の一つです。というか、ほぼ三文小説家の妄想です。彼女の妄想だけで終わる可能性もありますが、こういう事を考えているというのは書かせていただきました。
それよりも、思った以上にポリ2がアヤメと相性のいい事に驚いています。凄まじく会話のテンポが良い。