彼方楽園のレチタティーヴォ―Interlude4 作:三文小説家
一行は会話もそこそこに辺獄の探索に乗り出した。《The Home》の能力結界の中ならば少なくとも餓死する事は無いが、このままではいつまで経っても出られない。
『それにしても陰気な所だねえ……暗いし複雑だし』
「辺獄というのは人々の感情から作り出されたとも言われています。しかし、仮にそれが真実だとして、先程の悪魔やこの様相を見る限り、負の側面がかなり強いでしょうね」
目に映る風景は地下鉄の線路のようで、やたらと複雑な構造をしている辺りも現実にそっくりである。しかし、今の所、列車らしきものに遭遇した事は無い。轢死の危険が無いのは有難いが、その静けさが何とも言えない薄気味悪さを醸し出している。
メンテナンス不足であろうか。金属部分が所々腐食している。窓が無いからか、あるいは静かすぎるせいか、いてはいけない場所にいる感というか、謎の圧迫感がある。ここらで愉快な《エクスプローラーズ》が欲しい。奴らが襲い掛かってきた方が、幾分空気は軽くなる。
「おっと……」
「ふえええ……」
『あれは悪魔なのかな? なんだか人間の女性のように見えるけど』
現れたのは《色欲大罪:インディセンシー》。鎖に繋がれた人間の女性のような姿をしている。他にも目隠しをされていたり手枷や足枷が付いていたりと、全体的に拘束された虜囚というイメージを想起させる。大事なところは拘束具で隠れているが、服は着ていない。蝙蝠の翼のようなものも生えており、悪魔らしいと言えばらしい。
『これは、捕らわれているのでござるか? もしそうならば助け出さねば』
『いやー、まあ、確かにエロいけどさ……見た目で判断しない方が良いと思うよ』
『そういう意味で言ったわけではないのだが……』
キルリアは呆れた様子でポリゴン2を嗜める。ポリゴン2とキルリアが助け出すか否かの会話をしていると、インディセンシーは鎖を伸ばして攻撃してきた。
「普通に敵ですね」
『捕らわれているわけではなかったか……むしろ、こちらを捕らえる勢いでござるな。敵となれば容赦は無用でござる!』
『さて、真のイケメンってのは女性だからと態度は変えないんだよね。アヤメさん、僕の技は話したよね? さて、どうするのかな?』
インディセンシーは素早い足技で鎖を振り回してくる。アヤメはそれを剣で弾きながら答えた。
「そうですね……では、《トリックルーム》を」
『……いいの? 君は却って不利になるかもしれないよ?』
アヤメはインディセンシーよりも速い。《トリックルーム》は素早さの関係値を逆転させる技だが、アヤメは素早さをインディセンシーに上回られる形となり、不利となる。
「アレグロやプレストだけが音楽ではありませんよ、ポリゴン2」
『なるほど、良い判断だ。《トリックルーム》』
しかし、アヤメは余裕の表情で後ろに下がる。素早さが下がってしまったアヤメは、インディセンシーに直接挑む前衛ではなく、攻撃を受けない後衛に徹するようだ。インディセンシーはアヤメに鎖を伸ばそうとするが、
『させぬでござる! 《ねんりき》!』
「ありがとうございます。キルリアさん」
キルリアの《ねんりき》により鎖を逸らされてしまう。アヤメは予めキルリアに「自分を守ってくれ」と指示していた。
だが、インディセンシーも負けていない。今度は地面の下に鎖を潜行させ、全員の足元から攻撃するという範囲行動を展開した。
「はあ、舐められたものですね」
しかし、アヤメ達は難なく避ける。いくらアヤメの素早さが下がっているとはいえ、鎖が潜行している間に範囲を予測するくらい容易である。
「えい!」
そして、カウンターとばかりにサルビアの投げナイフがインディセンシーの眉間に刺さる。悪魔ゆえにこの程度では死なないが、充分な隙にはなった。
「ポリゴン2さん、《トライアタック》」
『了解』
その隙を縫ってポリゴン2にトライアタックを発動させる。インディセンシーは耐久力は脆い。ポリゴン2の一撃であっけなく倒れた。インディセンシーの身体は砕け散り、闘いは終わった、かのように思えて、
『ぬっ!? アヤメ殿! 新たな敵でござる!』
「こちらも感知しました。今度は三体ですか……」
なんと、新たなインディセンシーと共にアヴィド、アヴァリスも登場した。
『こりゃだいぶコッテリしてきましたねえ……』
『モシ……(犬二体でも強敵だったのに……)』
『どうする? 《トリックルーム》解除する?』
「……いえ、このままでいきましょう。時間泥棒に時間を奪われないようにゆっくりと動いて、アンダンテの時を過ごそうではありませんか」
アヤメはそう言うと雷を纏わせた剣を弓矢のように撃つ《フェイルノート》を構えた。普段と比べれば幾らか緩慢だが、狙いはしっかりと敵を見据えている。所詮は犬であり獣と言ったところか、動きは分かりやすい。
アヤメは自分に向かってきたアヴィドに矢を放つ。一人だけ遅い獲物がいればまずそれを狙うであろうことは予想が付いた。アヴィドに矢をクリーンヒットさせている間に、アヴァリスとインディセンシーがそれぞれ冷気の竜巻と鎖による攻撃を実行する。
「ヒトモシさん、アヴァリスに《だいもんじ》、キルリアさんは《ねんりき》で鎖を防ぎ、ポリゴン2さんは《トライアタック》をインディセンシーに」
「モシ!」
「キル!」
『りょうかーい』
それぞれが攻撃している間、アヤメは地面からの鎖攻撃を音で予測してステップを踏んで回避していた。素早さが下がっているために普段と違って動きが見えやすく、それをパフォーマンスに昇華させている。
「今の私の速さはアレグロからアンダンテに下がりました。しかし、音楽にはラルゴやアダージョといった、更に遅いテンポも有るのです。その時間を奪うことなく、心地よい音楽を作り出す事こそ、演奏者の仕事。レガートの旋律に乗せて、悪魔達にレクイエムを」
そんなアヤメを演出するかのように、頭上からナイフの雨が降る。これは敵の攻撃ではなくサルビアによるものだ。敵を撃ち抜くように、もしくは牽制するようにナイフが降り注ぐ。
アヴィドとアヴァリスはしゃらくさいとばかりにブレスと竜巻で迎撃するが、
「トゥッティ」
アヤメの一言でポケモン達が一斉攻撃を開始した。ヒトモシは《だいもんじ》を、キルリアは《トリプルアクセル》を、ポリゴン2は《トライアタック》を、そして、アヤメは《Zuben el chorus》を連射した。
トゥッティとはイタリア語で『全て』を意味し、音楽用語においては前奏者による合奏を指す。食事の最中にポケモン達と相談して決めておいたのだ。アヤメの戦闘における意味は一斉攻撃。単純な指示ではあるが、使いどころを間違えれば味方にとって壊滅的な結果となり得る。
それを適切な状況下で指示したアヤメの作戦勝ちであった。
『いや、まあ、最後の一斉攻撃の指示もそうなんだけど、よく《トリックルーム》に対応できたよね。戦ってる最中はなんとなく受け入れちゃったけど、素早さ変わってるのに普通に対応するんだもんな。素直に驚いたよ……』
淡々と話しているようでその実、結構驚いているポリゴン2。ポリゴン2の持ち味の一つに素早さを捜査して相手を翻弄するというものがあり、アヤメが即座に対応したという事実は、それが効かない相手がいたという事に他ならない。
「先程も言いましたが、アレグロやプレストばかりが音楽ではありません。ラルゴやアダージョのようにゆっくりなテンポの曲もありますし、リタルダンドやアッチェレランドのような速度変化もあります」
アレグロやプレストは速いテンポの、ラルゴやアダージョは遅いテンポを示す速度記号であり、リタルダンドは『だんだん遅く』、アッチェレランドは『だんだん速く』を示す音楽用語。
更に言えば、アヤメが例えに用いた
『ようするに……?』
「早い動きには早い動きの、遅い動きには遅い動きの旋律が有るという事です」
簡単に纏まったように見えるが、それはアヤメの卓越した音楽センスと戦闘力があってこその話である。他の人間やポケモンがやろうとしてもそう簡単には真似できない。
(敵でなくて良かった)
とポリゴン2は思った。
《トリックルーム》の仕様はこれで合ってるんですかね……? まあ、ちょっとゴリ押し風味になってしまいましたが、アヤメが使うとほぼ踏み倒せると言った感じです。もう少し正確に言うなら、固定砲台化するか、遅いなりの動きをするか、って感じに落ち着きました。動かなければあまり関係ないですからね。ただ、代わりにポリ2と二人ならちょっとキツイかな敵の攻撃を防ぐのが(不可能ではない)。