彼方楽園のレチタティーヴォ―Interlude4 作:三文小説家
リコとニャローテと合流したアヤメ達はアヤメの反響定位やキルリアのテレパシーで警戒兼人探しをしながら進んでいた。第一目標は脱出から救出、もしくは合流へと変わっていた。無論、脱出路を探すのも並行してはいるが。
「そうですか……六英雄のラプラスが……」
「うん……アヤメさんはどう思う?」
その中でリコはラプラス海賊団についてのくだりを話し、アヤメに意見を求めた。リンとは違う感性を持つアヤメはどう思うのか、純粋に気になったのだ。もしかしたら、リンとは違う結論を出すかもしれない、という淡い期待も持っていたが。
「そうですね……私がその場にいれば、即刻殲滅していたと思います」
「せ、殲滅……!?」
なお、その期待は無残にも打ち砕かれた。なんとアヤメは水上警察に引き渡すという手順すら踏まずに遭遇した時点で殲滅すると宣ったのだ。リコはアヤメとリンが同じ意見である事は覚悟していたが、現実はその更に上を行っていた。
アヤメは六英雄に会った事は無いし、憧れも無い。故に相当ドライな答えが返ってくるだろうなというのは覚悟はしていたが……リコはまだ心情的に受け入れられないものの、とりあえず理由を聞くことにした。
「えっと……それは、どうして?」
「そうですね、色々な考え方がありますが……まずサルビアはどう思いますか?」
「え……殲滅でしょう」
リコは少し驚いた。優しく、少しオドオドしたサルビアの口からあまりにも自然に『殲滅』という言葉が登場したことに。リンやアヤメの世界ではそれが普通なのだろうか。
しかし、これでは終わらない。
「だって……家に虫が入って来たら、殺しますよね?」
「…………」
リコは絶句した。仮にも英雄と呼んでいる相手を、家に入ってくる蠅や蚊と同じ扱いにしているのである。或る意味、今までの意見の中で一番酷いかもしれない。
リコがサルビアを見ると、サルビアが首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうかといった風情で、悪意のような物は見られない。彼女の能力は《The Home》。家の女主人であれと定められた彼女にとって、虫だろうが六英雄だろうが家の領域を侵した者は等しく敵なのだろう。実に合理的であり、機械的な判断である。
「まあ、このように『見敵必殺』というような単純な理屈を展開することも出来ますし、私の場合はもう少し複雑ですけれど、結局結論は変わりませんね」
「アヤメさんはどう思うの……?」
リコに問われてアヤメが話したのは、転移前の世界に存在するアイヌという民族の考え方だった。
まず、自然界に存在する動物(主にヒグマを指す)のことを〝キムン・カムイ〟と呼んでいる。これは〝山の神〟という意味であり、肉や毛皮を与えるために人里に降臨した神として崇拝している。
しかし、人や人の食糧の味を覚えてしまったヒグマは〝
「なんか……思ったより難しいね?」
「まあ、神の国だの地獄だのは置いておくとしても、ウェンカムイは討ち取らねばならないというのが根幹です。自然における一つの在り方であると肯定して、更にその上で〝悪しき神〟は狩らねばならないのです。人の味を覚えてしまった獣は、双方に害をもたらしますから」
自然界の動物を神と尊敬した上で、〝悪しき神〟は討ち取らなければならない。それはあまりにも美しく、そして残酷な論理だった。
「The balance distinguishes not between gold and lead.」
〝天秤は金も鉛も区別しない〟。アヤメの座右の銘だ。天秤は乗せた物の価格は見ずに質量だけを計量する。転じて差別を戒める言葉だが、今回の場合は人間もポケモンも六英雄も〝悪しき神〟となった存在は平等に殲滅するべきだという意味になる。
「
アヤメが言う殲滅は罰であり救済でもある。人の食糧しか食べられない劫罰を背負う悪しき神に、魂の救済を与えるのだ。アヤメに存在するのは、ある種の慈悲である。おおよそ、ポケモン世界では慈悲とは受け取られないであろうが。
尤も、蠅や蚊と同列に扱ったサルビアよりは神と扱うアヤメの方がマシかもしれないが、結局殲滅と言う結論が変わらない以上は五十歩百歩か。
「おばあちゃんがいなくて良かった……」
「貴方のおばあさまは確か……」
「うん。ラプラス達の在り方を肯定してた。『協力し合って食べ物を手に入れ仲間達と分かち合う。私らの考える良い悪いじゃない。それが彼らの生き方、自然における一つのあり方さ』って」
アヤメは指を口元に当てて静止する。
「…………何か言いたそうだね。アヤメさん。言っていいよ」
「では僭越ながら。とても素晴らしい宗教だと思いますよ。ええ。
「同時に、愚かで残酷でもある。リンさんの言う通り、医療物資として使われる可能性もありましたし、そうでなくとも、間接的に飢餓へと引きずり込む海賊団の行為は
「公共の……敵……」
改めて言葉にされると、事態の重さが浮き彫りとなる。アヤメの世界には『ヨハネの黙示録』という書物があり、未来の苦難の予言と解釈される四騎士が登場する。その中の一人が司るのが『飢餓、もしくは飢饉』である。飢饉の原因はバッタなどの虫である事も多いが、ラプラス達のやっていることはそのバッタの群れと同じだ。黒い馬に乗り、食料を制限するための天秤で飢餓を引き起こす騎士。
ダイアナはリンを傲慢と評したらしいが、傲慢なのはどちらだ、とアヤメは思う。ダイアナは終末をもたらす神にでもなったつもりだろうか。
「それに、もう少し現実的な話をしましょうか。数学の時間です。ラプラス達は今以上の暴力行為に及ばざるを得なくなったでしょうね」
「リンも言ってたけど、あまり納得は出来てないかな……犯す罪がどんどん重くなっていくっていうのは、ちょっと飛躍し過ぎにも感じるし……」
「簡単な話ですよ。それしか手が無くなるからです。人間側も馬鹿ではありませんからね。積み荷の紛失が頻発するとなれば、原因究明や航路変更、もしくは事業の自粛に乗り出すでしょう。生活を積み荷の強奪に頼るラプラス達は新たな『仕入れ先』を探す事になる。それを無限回繰り返せば、いずれ人間達が住む陸地に辿り着き、人間を殺してでも奪うという選択肢しか残らない」
「…………」
「ラプラス達が善であるか悪であるかは問題ではないのです。それしか手が無くなれば、そうせざるを得ないのですから」
〝無限回繰り返す〟。その発想はリコやポケモン達には無かった。そして、ゲーム理論的に考えてナッシュ均衡を探せば、ラプラス達には更なる暴力に手を染めるしか道が無いという恐ろしい事実に気付かされたのである。
『帰納法か。なるほどね。リンの仮説が補強された感じだな。僕達の世界で起きている略奪も、それしか手が無くなったから起きた、とも考えられるしね……そして延長上にある最悪のケースとして……』
『人間とポケモンの……』
「全面戦争でしょうね」
ポリゴン2の発言に引き続いて、アヤメとキルリアが結論を出す。自然における一つの在り方などと言う話では収まらない、事態はそこで止まる事は出来ないのである。
「……本当に危なかったんだ」
リコはアヤメの論説に芯から震えた。あくまで可能性の一つ、思想の一つである事は分かっているが、それでもかなり恐ろしいと思う。特に、現実に即した数学的帰納法やゲーム理論の話は。
リコがこの考え方を思いつかないのは、ある種仕方のないところもある。アイヌの世界観に関しては異世界の話であるし、小学生で帰納法やゲーム理論を思いつく人は少ないだろう。
「なんだか面白い話をしているわね」
リコがアヤメの言葉を反芻していると、上からハープに乗った麗人が降りてきた。
「Ms. String!」
「やっと見つけたわ、アイリス。それと、契約精霊たちも」
Weyer String-IIIが上から声を掛けると、ポチ、エコーズ、ヴィローサがアヤメのもとに馳せ参じる。辺獄攻略の人数が一気に増えた瞬間だった。
本当にダイアナさんいなくて良かったです。