彼方楽園のレチタティーヴォ―Interlude4 作:三文小説家
休憩を終えた一行は辺獄の探索に乗り出していた。とりあえず今は上に向かっている。空間が地下鉄を模している以上、出口と地上がある可能性は高い。尤も、地上に何があるのかは行ってみなければ分からない。それを確かめる為にも一度上に行こうという結論に達した。
とはいえ、地上を目指すのも簡単な話ではない。地下鉄の構造は複雑怪奇。上がったり下がったり、無数に分かれ道もある。壁に向かって敷かれ、そこで途切れている、明らかに意味を成していない線路もあった。あくまで模しているのは外見だけで、地下鉄そのものではないのかもしれない。
「えい」
「何をしてんの?」
アヤメが線路の途切れた壁を叩いてみる。特に何も起こらなかった。
「隠し部屋とか無いかなと思って」
「いきなり壁に向かって剣を振るから何かと思ったよ……」
「遮音結界とかだったら私でも分かりませんからね」
「まあ、とりあえずやってみるというのは良い姿勢ね。科学でもそういう事が大発見のきっかけになる事が多いわ」
そんな一幕を挟みつつ、一行は上へと向かう。道中何度か悪魔の襲撃に遭ったが、戦力が揃ってきた今、それほど苦戦する相手ではなかった。
「マッシブーン、《れいとうパンチ》!」
『マッシ!』
マッシブーンが最後の悪魔を倒す。再び地下鉄に静寂が訪れるが、今度はそれを破る者がいた。
「……なあ、アンタ達、まともな人かい? もしかして迷い込んだのかい?」
全員が声のした方向に振り返る。そこにはペストマスクを被った人型がいた。事前に音も気配も無い。かなり高度な隠密を行えるらしい。声と体格からして男性だろうか。いずれにせよ、警戒しない理由はない。
「おいおい……そんなに警戒しないでくれよ……こっちはようやく話の通じる相手が来て喜んでいるんだ」
「……とりあえず質問には答えるわ。私達は迷い込んだ。これで満足かしら?」
とりあえず代表してWeyer String-IIIが答える。怪しさの具現化のような男だが、幸いにも会話は通じる。
Weyer String-IIIの答えに、ペストマスクの男は割と真剣に言葉を返す。
「ほう……それはそれは……では帰る方法も分からないという事か」
「えっと……貴方は帰る方法を知っているんですか? だったら教えてほしいんですけど……」
リコが尤もな問いを投げかける。彼女とて、好きでこんな空間にいるわけではない。それはアヤメもミレーユも同じだった。
ペストマスクの男は静かでありながらいやに大仰な動きで話を始める。
「ここは辺獄。人によって産み落とされた悪魔達の楽園さ……アンタ達も見ただろう? まるで獣のように闊歩する悪魔達を。欲望、色欲、嫉妬、憂鬱……自分で自分のことを普通だと思い込んだ人間達の抱える業たちさ……」
「そうね。それで、ここから出る方法は?」
Weyer String-IIIが少しイライラしたような口調で質問する。彼女にとっては当たり前のことをわざわざ説明されているので当然と言えば当然の反応だが。しかし、リコはあまり他人事ではないように感じた。普通と思い込む人間が背負う業。もしかしたら、自分が生み出した悪魔もいたりするのだろうか。
だが、アヤメがリコの手を握る。
(大丈夫ですよ。貴方が負い目を感じる必要は無いのです)
小声でリコを慰める。人間、欲望が無ければ生きていけないのも確かである。どんな美徳も、十戒を破ることなしには成し得ないものだ。
「結論を焦るものではない……辺獄は人間の業でありながら、本来は人間の世界とは交わらぬもの。だが、今回はそれを交わらせた者達がいる。だから、その者達を殺したまえ。儀式の秘匿を破り、血を流すのだ。アンタ達が呼びこまれた理由は分からない。単なる生贄か、それともアンタ達を始末したいのか。いずれにせよ碌なものではない……」
えらく物騒な解決方法である。リコの手が震えるが、ペストマスクの男は不気味に笑うだけだった。しかし、いくつか重要なことをペストマスクは呟いた。この辺獄は何らかの儀式の結果によるものであるらしい。おまけに儀式を行った者は複数いる。
「私の名はウェルギリウス。縁があれば、また会おうじゃあないか」
そう言って、ペストマスクの男改めウェルギリウスは消えていった。徹頭徹尾怪しく不気味な男であったが、重要な情報をくれたのは間違いない。敵か味方かは分からないが、当面の行動目的が出来ただけありがたいというものだ。
「ウェルギリウス……」
「アヤメさん……何か知ってるの?」
「ウェルギリウスという名は、私達の世界の書物に登場するものです。地獄の案内人として描かれる詩人。どうせなら私達も案内してほしかったのですけど」
『じゃあ、彼は僕達の味方なのかな?』
「さあ? そうかもしれないし、名を騙るだけの別物かもしれない。ひとまずは従ってみるけど、完全に信じたわけでもないわ」
ポリゴン2の質問に、Weyer String-IIIは誠実に答えた。推測するにも情報が少なすぎる。おまけに儀式をしようとしている奴らの居場所も分からない。ウェルギリウスの言う事は頭の片隅に置いといて、とりあえず上を目指すしかない。
今はひとまず、雑談タイムだ。
「ウェルギリウスは書物に登場した名前ってさっき言ってたけど、怪異や悪魔が書物の名前を持つことってあるのかしら?」
ミレーユは異世界の文化というか、実情に興味があるらしい。
「ありますよ。学校には『ザムザ』という怪異が出てきた事もありましたし。そもそも、辺獄自体書物の概念ですからね」
「ザムザ?」
「カフカという人物の書いた、『変身』という小説の主人公です」
「へえ……どういうお話なのかしら」
「ザムザが或る日、突然虫に変身してしまう物語です。結果だけ言えば、ザムザは仕事も家族の愛も失い、ひっそりと死んでしまいます。おまけに、虫になった原因は最後まで明かされる事は有りません」
「…………」
あまりに救いの無い話に、ミレーユは一瞬黙り込んだ。リコは息を詰まらせた。ポリゴン2は引いた。無理もないだろうとアヤメは思う。一般的な感覚としてはそうに違いないだろうから。
「ず、随分と……ハードな話ね……」
「実際、不条理文学、なんて呼ばれてますからね。状況だけ見れば間違いなく悲劇ですし。私個人の憶測ですが……この『虫』は病人や障碍者の暗喩なのでは? とも思える描写でした。最初は献身的に主人公の世話をしていた妹が、いずれ興味を無くすところなんか妙にリアルですし」
「確かに、病人や障碍者、私の世界ではポケモンもかしら。捨てられてしまう事は多々あるわ」
「……そうだね。ラプラス海賊団も、理不尽な理由で捨てられてしまったポケモンの集まりだった」
ポケモン世界の住人達は他人事ではないと深刻な顔をする。ラプラス海賊団を始め、ポケモン世界においては切り離せない問題だからだ。そして、そのほかにも……
各々思案顔になるポケモン世界の住人に、アヤメは冷や水を浴びせるような事を言う。
「まあ、私の憶測が間違っている可能性の方が高いですけれどね。基本的に暗い内容の作品と見なされますが、カフカはこの作品の原稿を朗読する際、絶えず笑いを漏らし、時には吹き出しながら読んでいたそうですから。案外、本人は喜劇のつもりで書いたのかもしれません」
『ごめん。それはそれでドン引き』
ポリゴン2のツッコミが冴えわたる。アヤメの『病人や障碍者の暗喩なのでは』という推測が間違っているにしても、話の内容自体は救いの無い悲劇である。それを作者自身は笑いながら朗読していたというのは実に神経を疑う話であった。
「アレなのかしら。そっちの世界の感性はこっちとはだいぶ違うみたいね?」
「私自身は普通に悲劇だと思ってますよ? ただまあ、シリアスな笑いやブラックジョークなどを好む人もいますからね。こればかりは何とも。国によって違うんじゃないですかねー」
事実、海外の方が色々と容赦無い印象を持つアヤメ。児童文学などでも平均して11歳前後の子供たちがそれなりに酷い目に遭う事が多い。『ダ〇ン・シャン』や『ニッ〇・シャドウの真夜中の図書館』などは普通に残酷な内容であるし。
『リンから聞いた事あるけど、君って残酷な時は残酷だってね』
「ちょっとリンさんとはお話しないといけませんね」
『でもちょっと考えが変わったよ。リンやアヤメさんが残酷なんじゃなくて、君達の世界自体がポケモン世界よりブラックなんだな』
「それについては否定できませんね。童話でも足削がれたり目をくり抜かれたり、熱した鉄靴を無理矢理はかされたりと色々……」
『エグすぎるだろ。本当に子供向けか?』
ポリゴン2、リンの世界の実情を知り始める。なお、リコはミレーユに耳を塞がれていた。当のミレーユも顔を青くしている。そして、アヤメはミレーユに「リコちゃんの前で残酷な話をするんじゃないわよ」と苦情を言われていた。
アヤメは童話とは子供も対象年齢であるし、子供こそこういうことは聞いておくべきだと思ったが、この場は素直に従っておいた。
『とはいえ、僕のアヤメさんへの評価は覆らないけどね。リン曰く、『Deal with devils』の一件は相当エグイって聞いたし』
「あら……話してしまったのですね」
『詳細は聞いてないけどね。でも、あのリンをしてエグイって言わせるんだから、よっぽどのことしたんだろうね』
それを聞いたリコは戦慄する思いがした。ポケモン世界では外道とすら言われるリンをして、相当エグイと言わしめるのはポリゴン2の言う通り余程の事である。リンが詳細を話していないのは、おそらく話してしまったらマズいと理性が働いたのだろう。そもそも話の切り口自体、「僕はアヤメさんほど冷酷にはなれないな……」という、独白か独り言のようなものをポリゴン2が偶然聞いてしまっただけである。もしダイアナあたりが聞いていたら、あまりの衝撃に気絶していたかもしれない。
「『Deal with devils』ッテナンデスカ。アヤメサン」
「ふふふ……」
「ねえ、何したの? 怖いよ?」
『聞かない方がいいタイプじゃないかなあ』
「好きなだけ話していてちょうだい。またリコちゃんの耳を塞ぐわ」
ミレーユがリコの耳に手を当ててジト目でアヤメ達を見る。すると、Weyer String-IIIがポツポツと話し始めた。
「簡単に言えば、アイリスの頭脳と被害者達の妄執が生み出した悪魔のゲームね……魂ト引キ換エニオ前ノ願イヲ叶エテヤラウ」
『うん、相当ろくでもない事だってのは分かった。魂だの悪魔だのってのは比喩だろうけど、それでも相当ろくでもないよね?』
「リンが苦言を呈するレベルよ」
『うわあ……というか、こういう所でリンがマトモだったって言われると却って混乱するよね』
「モシ……(リンさんがマトモだったって時々真顔で言ってきますわね……)」
「キル……(全くでござるな。アメジオやダイアナ殿に外道と評されるリン殿が異世界ではマトモ寄りの思考回路だったとは……)」
「リンさん泣いてますよ」
遠隔で刺されまくるリンだが、目の前にそれを上回る者がいるので完全なとばっちりである。
「というか、そっちの世界の童話ってそんなのばっかりなのかしら? もう少し平和なものは無いの?」
「あるにはありますけど、そもそも童話って実際の刑事事件を基にしているとも言われてますし、こうなるのも必然だと思いますね」
「そんなもん寝物語にすんじゃないわよ! 悪夢しか見ないじゃない!」
「あとは作者が病んでたりすると暗くなる傾向が。アンデルセンとか代表例ですね。赤い靴を履いて踊り続ける羽目になり、最終的に足を切る事になるとか、人間になるために舌を斬られる人魚姫とか」
「いちいちグロいのよ話が! 異世界の文化と聞いて舞い上がってたけど、これ、私は正気を保てるのかしら……」
「まあ、童話って残酷なものも多いですからね。因みに赤い靴は履くと爆発するジェットブーツがそちらにあるとか……」
「一緒にしないでちょうだい。改良中よ」
童話で色々盛り上がる一行。しかし、その雑談の時間は敵の襲来によって終わりを告げた。
「……悪魔かしら」
「今までの敵達よりは少し強いようですね。油断せずに行きましょう」
目の前にいるのは人型の何か。周りには虫が飛んでおり、片腕もカマキリのようになっている。
噂をすれば影とはこのことか。《憂鬱大罪:カフカエスク》が現れた。
童話って結構残酷な事多いんですよね。私なんかは小学生の頃に『本当に怖い白雪姫』みたいな話を親から聞かされていたので、まあそんなもんかなあ、くらいのノリなのですが、ポケモン世界の基準だと大惨事になりかねないのでリコさんの耳は塞ぎました。童話とか児童文学の対象年齢を鵜呑みにするとドン引きされる事がありますからね……
そして、現れた大罪、『憂鬱』。これは意外だったんじゃないですかね(自画自賛)。先に 解説しておくと、『憂鬱』は『怠惰』の原義です。『無為』というよりは『憂鬱』という意味の方が強かったらしいですね。モナークやリンバスカンパニーというゲームで『憂鬱』という大罪は登場しているので、知っている人は知っているかもしれませんが。