背負ったものは? 作:トッテラカン
大冒険時代。
それは富を持つ者ですら叶わぬ夢を持ち、富を持たぬ者に永遠の夢を与える。
それは名誉でもあり、富でもあり、自由であり、何より浪漫であった。
人々は一斉にダンジョンへ潜り、果敢に、そして無謀に己の命を打ち捨てる。
ある男がいた。
その男は浮浪者であり、帰るべき場所を持たない。
訪れた災厄に呼応するように人々がその身に備えた魔法も超常の異能すらも持ち合わせていない。
とりわけ秀でた才もなく、小賢しいだけのどこにでもいる男だ。
一切の恵みすらなく、ただの凡愚程度の劣等として一生を送り、孤独に死ぬ。
そんな男が突如としてダンジョンを潜ろうとした。
それが始まりだ。
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1層の火葬室。
それはダンジョンと呼称される多くの領域の上層に存在する不可解な空間だ。
そんな例に漏れる事なく、地方都市である西ソルドナの地下洞穴の上層にも火葬室があった。
比較的深度の浅いダンジョンとはいえダンジョンである事に変わりは無く、毎日のように蘇生の叶わない程に損傷した死体が此処に運び込まれる。運び込まれた死体はダンジョンの炉心に焚べられ、下層の機能の一部を停止、もしくは稼働させることができる。
尤も、どの機能にそれが作用するかはダンジョン次第……あるいは人々の信仰する神の慈悲次第だろう。
大半の機能はダンジョン内のエネミーや宝箱の排出、照明の点灯などのギミックの解除の判定となるが、偶に未知なるトラップの稼働や
そんなリスクを犯してまで人々が火葬室で仲間の死体、あるいは拾った死体を処分するのには理由があった。
秘路。
極々低確率で、どこかの階層に未踏領域へと繋がる道が現れる。
その未踏領域には常軌を逸した武具や魔導書、
10年以上続く大冒険時代においても、秘路が発見されたのは四度だけだ。
8年前。大地を突き破り、天へと届かんばかりの高度を持った塔と呼ばれた歴史上最大級のダンジョン。
20分にわたるエルバニト大昇降機の上昇中のみ、僅か1メートル程度の幅の足場が現れた。
当時調査に来ていたアルンヘイム皇国騎士団の総長である巌の轍、バラディアが発見し、多くの犠牲を出しながらもこのダンジョンを踏破した。
踏破までに出た死傷者は僅か14万3451人。
5年前。鋼鉄城として今なお残る最小規模のダンジョンにして宿主であるアルンヘイム皇国に甚大な被害を齎し続けたダンジョン。
恐るべき事に王城自体がダンジョンと化し、当時の国王までもがエネミーとなってしまった悍ましき事件。
無数の国民と兵達の屍により築かれたのは転移陣。
王城とは遠く離れた密林に密かに存在するダンジョンならざる遺跡内部にてダンジョンコアが発見され、事態は収束した。
この事態を収束させたのは、連合国家ルクスが誇る勇者の末裔、
この功績により彼女はアルンヘイム皇国より公式に神の使徒……即ち勇者として認められ、不可侵にして中立の勢力として世界に広く知れ渡った。
踏破までに出た死傷者数86万224人。
2年前。北方に位置するダルバディヤにて一つの島が凍結され、氷監島と呼ばれたダンジョン。
探索者自身の戦闘力ではなく、精神的な強度を要求した特異なこのダンジョンは犠牲者を一人も出す事なく踏破された。
秘路を発見したのダルバディヤの隣国、数年前に樹立した新国家カカロイの上位探索者、織り成す螺旋のモルケイア。
彼女の発見した秘路は未だ公表されず、そしてこのダンジョンは新たな牢獄として彼女に管理されている。
そしてこの日、ゾルドナのの地下洞穴に英雄が足を踏み入れた。
「うひゃあ〜、随分出遅れちゃったね」
視界に映る無数の人混み。
何者かが秘路を発見し、
報告を受けたギルド上層部と各国の政府機関は万全を期すべく調査団を派遣、第一次、第二次の調査の結果ダンジョン攻略の鍵となる要素は発見されないまま、規制が解除され一般の探索者達の入場が許可された。
「にしても発見者の人も勿体無い事したよね、秘路を発見するなんて一生遊んで暮らせるくらいの出来事なのに放棄するなんて……」
開幕見当もつかないとばかりに肩をすくめた少女に対して、付き添いの大柄な男は暫しの思案ののち口を開く。
「さぁな。秘路の発見とはそれだけで世界を切り拓く偉業。罪人ですら恩赦が得られる。後ろめたい過去があろうとなかろうと譲るとなれば、余程の弱者くらいしか思い浮かばんな」
「でも、名前も告げなかったんでしょ?褒章だけでも十数年は遊んで暮らせるじゃん?」
「らしいな。だがどちらにせよツキは我々にも巡ってきた」
「まあそだね」
男の言葉に少女はニカッと笑顔を見せて同調する。戦闘能力ならいざ知らず、殊探索という面においてはこの二人を上回る者はそう多くない。
彼女……赤毛の人間の少女、エルは最善の選択肢を常に選び続けるスキル、導きの灯火を保有する。
その精度は高く、
その特性故に彼女はこれまで生き延び、無謬にして最善の経験を積み重ねてきた。
一方の大柄な男はエルフであった。エルフには珍しい重装は彼を彼たらしめる一つのアイデンティティですらあった。
名はウェールズ。
エルフの中で奇異なスキル封詞牢甲はあらゆる加護と呪いを退ける代わりに跳ね除けたそれらを自らに質量として課し、それに伴い自らの肉体の強度が質量に伴うレベルで成長していく。
尋常を遥かに上回る身体能力と強度を持つ彼を人は祈りの大樹と呼んだ。
そんな突出した戦闘力と運命力をもつ彼らは紛れもなく、この一堂に会した探索者の中では上澄みだろう。
「さてエル、お前から見てどっちの方が面白そうなんだ?」
彼らの眼前には3つの道。
左側は既に探索され尽くされており、無数の探索者が肩を落としながら帰還している。
中央は相当強いエネミーがわいているのか、時々重傷を負った探索者が運び込まれ、時には火葬されている亡骸が見当たる。
そして右側、誰もいない。
「うーん、右はないね」
「む、そうか?俺としては狙い目だと思うがな」
「確かに全然探索が終わってないと思うけど、やめた方がいいよ。多分いや絶対
浮ついた雰囲気だった彼女が珍しく真面目にそう言った。
何も見えない。
エルの言葉の重大さを噛み締め、ウェールズは残る二方を見つめる。
彼女が何も見えないというのならば、それはきっと何一つとして得るものがないという事。
それは金銭や装備品といったものだけではなく、経験さえも得ることはない。
成功だろうと失敗であろうと、人は何かしらの経験を積む。
彼女のスキルが何も見えないというという事は、それはきっも生還など万に一の確率もないという事だ。
死んでしまえば、何も得る事はできないのだから。
「一応聞いておくが、左はどうだ?」
中央の凄惨な光景からは目を逸らしながらウェールズはため息混じりに質問する。
一般探索者とはいえ、その大半が自分達と同じBランクの探索者達だ。
用心するに越した事はないだろう。
「それ聞いちゃう?」
「聞くだろ」
即答であった。
己の命に関わることであるのに、実力に伴った斥候というよりはスキルに頼った運否天賦の占いじみた予言だ。
ウェールズにとってエルの知る状況は是が非でも共有すべき出来事である。
「───────」
思わず彼女の言葉に目を丸める。
そんな事があり得るのだろうかと、声に出しかけてウェールズは思いとどまる。
だがそう聞いてみれば、納得がいく。
10年以上歴史のある西ソルドナ洞穴が攻略されていない理由。
それは秘路が未発見だったというだけでは無い。
エルの言葉を信じるのならば、世界の歴史が変わる事態になろう。
「分かった、覚悟はしておく」
無論、彼に猜疑心はなかった。
これまで幾度となく彼女の勘と眼にその命を預けてきたのだ。
元より信じている神にすら見捨てられた身である、どう捨てようと価値のない命ならばせめて、己を信じてくれる仲間の力になりたい。
「うん!」
こつん、と籠手をぶつけ合い共に歩き始める。
それこそが彼女にとっての動機だ。
法螺吹きと言われようとも、探索者を続けてきた彼女には夢があった。
伝説だ。
かつて読んだ神話や伝説の数々。そこに肩を並べる日を夢見ていた。
神は彼女に彼女がかつて渇望した神話の如き権能を授けたが、人々は彼女を信じない。
何故ならば、彼女の持つ情報を言語化することは不可能だ。
彼女は灯火と表現したが、彼女にとっての灯火は常人にとって理解のできる概念を遥かに逸脱している。
根拠なき推測に命を預ける愚か者はいない。
だからこそ彼女は最大の愚か者を探した。
目の前にいる神の
互いに打算で関わり合ったというのに、いつしか最も信頼のおける存在となったのは2人の間で語種になり、共に笑い合った。
きっと彼女が求めていたのは神話や伝説の戦いではなく、己を信じてくれる仲間だったのだろう。
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探索を始めて数時間が経過した。
間隙に収納した備蓄等はまだまだ十全だが、秘路の探索は長期間に及ぶという事例が少なく、普段の半分程度しか用意はしていなかった。
エルの推測通りだとすれば、2人にはこのダンジョンを攻略する余裕は無いと言えるだろ。
だがそんな逼迫する状況にあっても2人に緊張はなかった。
無論警戒を解いたわけでは無いが、エルの瞳が退くのではなく前進を選んだ。
出現するエネミーの中で特に警戒すべきは四種。
中級の魔術を操り、並の探索者を一振りで致死へ追いやる猛毒の爪を持つ危険度の高いエネミーのレッサーデーモン。
通常個体とは異なり子孫に戦闘経験を引き継ぐことのできる特異な遺伝能力を有したゴブリン、通称スカーゴブリン。
先史時代における屍が邪な魔力の汚染により不完全な形で復元され、ダンジョン内を彷徨い続ける骸骨、アッシェスケルトン。
現代の魔導力学では到底解明不可能な機構を有し、太古の時代から稼働する魔鋼製のゴーレム、決して破壊することが倒す事が叶わないが故に、触れてはならないエネミーと呼ばれた
個体としてとりわけ強力なエネミーは不触機兵だが、最も厄介とされるのは───
「もう!しつこい!」
「落ち着けエル、お前は無理に前に出なくていい」
振り払いながらもウェールズは静止を続ける。
(エルの調子が良くないな。少し前から興奮状態だ)
彼女が焦る程のナニかがあったと言うべきなのだろうか、ウェールズには彼女の心境を理解することは出来ない。
だが、それでも汲み取ってやる程度の事はできる。
この場で既に打ち払った敵の数は20を超える。
エルの盾として、エルの矛として一心不乱ににメイスを振り回していたウェールズだが、ここにきて彼の体力が限界を迎え始めた。
なんて事はない唯の烏合の衆だった。
不触機兵程度ですら、ウェールズにとってみれば硬いだけの格下のエネミーにすぎない。
遠くに投げ飛ばしてから体制を立て直すまでの間に撒いて仕舞えば良いだけ。
不死者とされるスケルトンも同様だ。
レッサーデーモンなど一撃で粉砕して終わる。
だが
スカーゴブリン。
一体一体がCランクの上澄み程度の技量を持ち、ゴブリンとは思えないほどの知性と統率力を持つ個体。
何より厄介なのがその技量。
どこで覚えたのか、どんなタイミングで攻撃を喰らおうとも致命傷を避けてくる。
エルフという種族柄体力の低いウェールズからすれば、一匹当たりに二度も攻撃を振らなければならない上に、無数に湧き出るこのゴブリンは天敵という他なかった。
撃ち漏らしをエルに担当させてはいるが、ウェールズは息切れを起こし始めた。
「くっ、はぁはぁはぁ……不味いな」
肩で息をし始めたウェールズを見てゴブリン達は口角を醜く歪め、腰に備えていた笛を取り出し始めた。
「なっ……」
「嘘」
洞窟内にクツクツと笑い声が響く。
高台に隠れていた伏兵達がわらわらと姿を表して弓を番える。
ウェールズは即座に自らの身で覆うようエルを押し倒して身体を丸め、次の攻撃に備えた。
「嫌、やめて!ボクはっ戦える!」
「黙ってろ。なんとしてでもお前だけは生かして返すぞ」
ウェールズの強靭な肉体はゴブリン達の攻撃を通さない。
剣も槍も矢さえも。
だが
それ故にゴブリン達は身動きが弱まりつつあるウェールズの行動を見極め、伏兵というカードを切った。
その効果は絶大だろう。
四方八方からなる矢の攻撃が止む頃にはウェールズは立ち上がる事さえ出来ない。
ウェールズの祝福は軽いダメージを0にするのではなく、極限まで低下させるだけだ。
少しずつ毒のようにじんわりと蝕むゴブリン達の手段は彼にとって最悪という他はない。
彼1人ならばこの状況から逃走するという手段も講じれただろう。
しかし彼には守るべき存在がいる。
どうする事も出来ない。
正しく八方塞がりだ。
「そんな。もう、目の前なのに!見えるのに!」
エルの叫びが痛々しく響く。
「大丈夫だ、お前は必ず俺が……」
彼女を落ち着かせるように力強く、助ける……と。
そう発しようとして、鉉の絞られるの音に遮れる。
永遠にも近い間。
2人にとってそれは無間が如くの責苦だ。
空を切る音。
覚悟を決める瞬間だ。
直後、目を焼くような光がゴブリン達を包み込む。
「此方です!早く!」
見知らぬ男の声だった。
ウェールズは残った体力を振り絞り、エルを抱えて声の方へと駆け出した。
エル…… 赤毛のボクっ娘。7歳の頃に実家を飛び出してスキルに従うがままに歩み続けて今に至る。ウェールズから貸し与えられた弓を愛用し、精密な射撃で幾度となく彼をフォローして来た。Bランクの探索者の中でも最もAランクに近い実力があるが絶妙に間が悪くイマイチ成果を挙げられない。レンジャーとして斥候や鍵開けなどを担当するも、彼女にはそこまで知識はない。
二つ名は無謬なる兆しのエル
ウェールズ…… 大柄なエルフの男性。あらゆる神秘を遠ざけ、エルフとは到底思えないほどの肉体強度と膂力を有する。神秘を遠ざける体質上、故郷からは排斥される形で各地を転々としている。その体質とは打って変わって篤い信仰心を持ち合わせ、不得手ながらも神官としての治療術が使える事が彼はとっての誇りである。
二つ名は祈りの大樹、ウェールズ
???……丁寧な口調の人物。何処かから2人の様子を観察していたようだ。