逆襲の弾丸―the Revenge・Bullet― 作:タピオカ&ピスタチオ
ブリーフィングルームは暗い。
天井の蛍光灯は半分しか点いておらず、長机に並ぶ端末の青白い光だけが壁を冷たく照らしていた。
閉ざされた空間の中で、わずかな電子音だけが静かに響いている。
モニターに映し出されているのは、市街地の地図。
そこに打たれた赤い点が、時間の経過とともにじわじわと一帯へ集まり始めていた。
玲雄は壁際に立ち、その画面を見つめている。
ただ見ているわけではない、
表示される地点を追いながら、頭の中で情報が繋がっていく。
時間帯。発生間隔。位置の偏り。
偶然にしては――揃いすぎていた。
「偏りすぎだな」
隊員の一人が低く呟く。
その声には、わずかな違和感が混じっていた。
巧は椅子に浅く腰をかけ、腕を組んだまま画面を
見る。
思考を巡らせながら、短く言葉を落とす。
「実験体の流出か……それとも」
「誘導だ」
玲雄が静かに言葉を切る。
視線はモニターから動かない。
「発生時間が揃ってる。確率も不自然だ。誰かが意図的に刺激してる」
室内の空気がわずかに張りつめる。
誰も否定しない。それが一番現実的な答えだった。
そのとき、扉が開く。
「出動。倉庫地区。暴走体二体」
短い指示。
だが、それだけで十分だった。
――夜の倉庫街。
潮と鉄の匂いが混ざり、空気が重く沈んでいる。
積み上げられたコンテナが影を落とし、視界を細かく分断していた。
奥から、低い唸り声が響く、
先に動いたのは玲雄だった。
影から影へ。
音を殺しながら位置を変え、視界と射線を確保する。
距離、角度、遮蔽物。
必要な情報だけが、自然と頭に入っていく。
一方、巧は正面から進む。
わざと足音を鳴らし、敵の視線を引きつけた。
暴走体が反応する。
コンテナを蹴り飛ばす。
鋼鉄の箱が横転し、地面を削りながら迫る。
「左」
短い声。
巧は迷わず横へ跳ぶ。
直後、コンテナが落下し、衝撃が地面を揺らした。
砂埃が舞う。
その向こうで――玲雄が引き金を引く。
パン、パン。
短い連射だが、弾丸は関節へ正確に吸い込まれる。
やがて、暴走体の動きが一瞬、鈍る。
「三秒」
淡々とした声。
その三秒で十分だった。
巧が踏み込み、拳が鳩尾にめり込む。
鈍い衝撃音とともに、一体目が崩れ落ちた。
残る一体。
その目に、わずかな揺らぎがあった。
巧の拳が止まる。
「まだ戻れる」
短い言葉。
だが、それは“敵”ではなく“人間”として見た判断だった。
暴走体の喉が震える。
「……やめろ……」
かすれた声。
玲雄の指が、引き金にかかる。
撃てば終わる……。
それが最適解だと分かっていた。
だが――引かない。
「五秒」
「何がだ?」
巧が短く返す。
「抑制剤の猶予」
時間が、妙に長く感じられる。
三秒。
四秒。
五秒。
やがて、膝が崩れた。
力が抜けるように、その巨体が地面へ沈む。
暴走は止まり、静寂が周囲を包んだ。
遠くで波の音が聞こえる。
巧は小さく息を吐いた。
緊張が、わずかにほどける。
「……まだ間に合う奴もいる」
玲雄は答えない。
ただ、わずかに視線を落とす。
何かを確かめるように。
「なんとか終わったな……」
巧の呟きに、玲雄は短く返す。
「いや――終わりじゃない。始まりだ」
その言葉には、確信があった。
「確かに……数は異常だ」
後ろにいた隊員も低く言う。
誰もが同じ違和感を共有していた。
偶然ではない。
これは“動かされている”。
玲雄は暗闇の奥を見つめる。
(……誰かが仕組んでる)
暴走体の発生、その偏りに、
すべてが繋がり始めていた。
静かな夜の倉庫街。
だがその裏では、確実に何かが動いている。
火はまだ小さい。
だが、すでに燃え始めていた。
この戦いは――
ここから始まる。
――その帰り道。
G.M.A本部の通路は静かだった。
夜勤の職員がまばらに行き交うだけで、戦場の熱はすでに遠いものになっている。
靴音だけが、一定のリズムで響いていた。
「……珍しく止めたな」
巧が横を歩きながら言う。
視線は前を向いたまま、軽く息を吐いた。
「撃てただろ」
責めているわけではない。
ただ、事実を確認するような口調だった。
玲雄は少しだけ間を置く。
「……必要なかった」
短い返答、
だが、その言葉の奥にわずかな揺れがあった。
巧はそれ以上何も言わない。
踏み込まないことも、選択の一つだった。
そのとき――
「お疲れ様です!」
明るい声が、静かな廊下に響いた。
振り返ると、少女が立っている。
やわらかなハニーブロンドのショートボブに
光を受けて淡く輝き、動くたびにふわりと揺れる。
大きな瞳はまっすぐで、迷いがない。
その笑顔は、この場所には似合わないほど無防備だった。
その子の名前は瑠花。
制服姿のまま、小さく手を振っている。
ここまで急いできたのか、わずかに息が弾んでいた。
「今、戻りですか?」
巧が軽く手を上げる。
「まあな。見てたのか?」
「はい、モニターで少しだけ……」
少し照れたように笑う。
だがその視線は、自然と巧へ向いていた。
隠しているつもりでも、分かるくらいに…。
「すごかったです」
その一言には、素直な尊敬が乗っている。
巧は軽く肩をすくめる。
「仕事だ」
そっけない返し。
だが、どこか柔らかい。
瑠花はそれでも嬉しそうに頷く。
そのやり取りを、玲雄は少し離れた位置から見ていた。
言葉はない。
ただ、視線だけが一瞬だけ向く。
(……普通だ)
戦場とは無縁の存在。
血も、死も、何も知らないような笑顔。
それなのに――
なぜか、目が離れない。
理由は分からない。
分かろうともしていない、
ただ一つ、はっきりしていることがある。
(……遠いな)
距離ではない、
立っている場所の違いだった。
玲雄は視線を外す。
「戻る」
短く言い、歩き出す。
「あ、うん……お疲れ様!」
瑠花の声が背中に届く。
明るく、何も疑っていない声だった。
巧はその場に一瞬だけ残り、軽く振り返る。
「……あいつ、ああいうの苦手だからな」
小さく言ってから、歩き出した。
瑠花は少しだけ首を傾げる。
だがすぐに、いつものように笑った。
その笑顔は――
この世界には、少しだけ眩しすぎた。