主人公からすると美少女の全てがご褒美なのでしょう
「ん⋯⋯起きた」
木の格子で作られた窓の外を見ると、夜明けが近づいているのかほんのりと光が灯っていた。
横の布団を見るとグーグー寝息をたてながら熟睡しているメシ⋯⋯葉月さんの姿。時々歯ぎしりして、寝返りをうっているあたり嫌な夢でも見ているのだろうか。
「んぅ⋯⋯まだ、ちょっと眠いかも」
前言撤回。起きないことにしよう。鬼は嘘が嫌いだけど、誰にもバレなかったらそれは嘘じゃない。冗談で済まされる範疇なのだ。
「いい夢が見れますように」
布団に潜り込んで目を閉じ、スースーと呼吸すること暫し。
もう一度、深い眠りへと落ちていった。
「今度こそ起きなくちゃ」
ガバリと上半身を起こして窓の外を見れば、どこまでも広がる青色が目に映った。どうやら今日は快晴らしい。
何気なく横を見れば、葉月さんは既に起きたのか無造作に布団が畳まれていて、その上に木の実が沢山置いてあった。朝ごはんということなのだろう。
「でも、先にトイレ行きたいかも」
コンコンとトイレの引き戸をノック。中から返事は無い。誰もいないっぽいね。
それじゃあお邪魔します。
ガラガラと引き戸を開けるとそこには──ー葉月さんがいた
「⋯⋯うん?きゃあああああぁぁ!!!萃香さんのエッチぃ!!!」
ゆっくりと扉を閉める。
どうやら最悪な夢を見ている途中らしい。腹の減り具合やら扉の触感やら、中々現実的な夢だけれど、恨むのなら現実の二度寝した私を恨むべきだろう。
というか、夢であろうとノックしたなら返事くらいしろよ⋯⋯
背後でガラガラと引き戸を開く音がした。
「さっきは済まなかったなマドモアゼル。もう大丈夫だ。要件は?この扉の先に用があるって言うのなら、俺もお供するぜ」
引っぱたいておいた。
いや、うん。流石にもう慣れたよ⋯⋯最悪な夢であって欲しかった。
「痛みすら快感へと変わる境地。それを明鏡止水という」
「お前だけだよ」
朝。いつも通り萃香と二人っきりの食事。
小さな口を懸命に動かして、木の実をポリポリと食べている姿に癒される毎日。しかし、何故だろう。メシア(笑)の一件以来、彼女は俺に対して冷たくなったような気がする。
「で、今日は予定とかありますか?射命丸さんは来ますか?」
「射命丸は来ないよ。その代わりに俺とデートしようぜ」
「つまり無いってことですね」
彼女は週に何日かは必ず来る。それは萃香を拾う前もそうだったのだが、拾ってからは以前にも増して来るようになった。
しかし、今日は満月。このような日の一大イベントと言えば、鬼の酒盛り。俺たちは特に何もする必要は無いが、天狗や河童は準備に駆り出される為てんてこ舞いの1日となる。彼女もそれに漏れない。
「今日は夜に出かける。射命丸から聞いているとは思うが、酒盛りだ。そこで萃香を皆の前で紹介する。太陽が沈む頃に家を出るから、それまではゴロゴロしていてくれ」
「分かりました。き、緊張しちゃいますね」
なんて言いながら、前髪を整えて手で角を磨く萃香。
果たして彼女は、この妖怪の山の住民に受け入れられるのだろうか。もし、拒絶でもされたら⋯⋯やめよう。湿っぽい話より明るい話だ。俺にはそれが似合ってるんだし。
夜。ご丁寧にも松明が設置された道を歩き、ひたすら山の頂上を目指す。聞こえる音は虫のさざめきと、地面を踏みしめる俺たちの足音のみ。
てくてくと歩き、やっとこさ頂上へ。辺りの木が切り倒されて平地となっているそこでは、いくつもの焚き火の側で盃を片手に騒ぎあっている無数の鬼がいた。
「ん?おお!葉月か!おっそいなァお前はいつも!しかも、なんだ?そんな小さい子を連れて、一足お先に父親になっちゃいましたってか!?母親はどこ行ったよ!」
「家族向けの会場はあっちだぜ!」
「「ガハハハハ!!!」」
「いやいや、母親なんて!!こいつに惚れ込む女は射命丸以外いるわけないだろ!」
「おいやめろ。家族向け会場に俺が溶け込めると思うか?無理だろ絶対に。あとお前、射命丸に失礼だ」
既に酔っ払っていたロクデナシもとい、独身男の会場。
こうやって声量だけは莫迦みたいに大きく、男としての器や性格が大したことがないからいつまで経っても独身なのだ。はっきりわかんだね。
「しっかし、よくもまあこんな小さい鬼を捕まえたもんだ。お前にロリコンの気質なんてあったか?ああこれ、お前用の酒な」
違います。娘でも妻じゃなくて、捨て子を拾っただけです。捨て子に手を出すほど俺も落ちぶれちゃいない。あと、酒はありがとう。
萃香はこのむさ苦しい男たちの雰囲気に馴染めないようで、俺の服をギュッと掴んで背後に隠れている。⋯⋯隠れてはいるが、ぶっちゃけ角が大きすぎて意味を成していない。まったくもう、お茶目さんなんだから。
「んで、そこの嬢ちゃんの名前は?少なくともオイラはこの山で見かけたことがないぞ」
「ああ。伊吹萃香って言う。この前、この山付近を散歩してたら捨てられてたから拾った。少なくともここ出身の鬼じゃない」
「おお、そうか。それは何とも気の毒だ」
もう少し何か言われるとは思っていたが、思っていたよりも周りの反応は淡白なものだった。口々に可哀想に、だの大変だったなだの、むしろ彼女に同情している。
中には涙を流している奴だっていた。ホント、酒癖の悪さもそうだが、この涙脆さも鬼って感じがするよ⋯⋯
「もう暫くしたらコイツを連れて各場所で紹介するから、それまでは俺もここに混ぜてくれ。萃香、ほら酒だ」
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
「ガハハハハハ!!うし!今日は華のある鬼が来た記念日ってことで飲み明かすか!!」
「おお、そうだな!」
良かった。少なくともコイツら(しかし全員独身男である)は萃香を受け入れてくれた。
それだけで俺は胸のつかえが取れたような気がして、どことなく安心した。ちなみに、萃香にとって配られた酒は薄いようであまり酔っていなかった。結構度数はキツイはずなんだけどね⋯⋯
酒盛りも全体的に佳境に入った頃。
俺は萃香を連れて家族グループの鬼たち、仲良しでかたまったグループの鬼たち、独身女性グループの鬼たちと様々な場所で彼女を紹介した。
それぞれの反応は「あっそう」だったり「よろしく」だったりと至って普通のもので、もし彼女が拒絶されたら⋯⋯なんて考えていた自分がバカらしくなったよホント。
時々「えっあの少女趣味に子供!?イヤだわ助けなくちゃ」なんて声も聞こえた気がするが、きっと気のせい。そうであってくれ。
そして、何事もなく明け方には酒盛りが終了。酔いつぶれて寝込む独身男共を放置して俺たちは帰路に着いた。あまり酒を飲めなかったけど、まあそういう日があってもいいだろう。休肝日だ。
「萃香、なんかゴメンな。男しかいないむさ苦しい雰囲気の中で酒盛りって」
「謝らないでください。それよりも、嬉しかったです。この山の彼らが私を受け入れてくれたことが」
「まあ、あんな奴らでも情に厚くて涙脆い典型的な鬼だからな」
「⋯⋯あの、ありがとうございます。メシ⋯⋯じゃなくて、葉月さん」
はいメシアです。何がありがとうですか?萃香さん。
「⋯⋯もうっ!!」
引っぱたかれた。なるほど、これが興奮という感情か。明鏡止水へと一歩近づいたような気がする。
「正直、あの時の私はボロボロで、多分誰も拾いたくなんてなかったと思います。私だって自分で自分の匂いが分かってしまうほど、臭いって自覚してましたし。でも貴方はそんな私を拾ってくれて⋯⋯本当に、ありがとうございます」
「まあまあ、気にすんなよ。俺はお前とあえて嬉しいぜ?」
は、葉月さん⋯⋯!なんて眼をウルウルさせつつ見つめる彼女は、やはり愛らしい。
さて、勝負所だ。こういう時、できる男はどうする?この言葉だけで終わらせるか?
いいや違う。もっと他にあるはずだ。考えろ。それを考えて、口に出せ⋯⋯!!
「そんじゃ、ちょっと抱きつくね」
「台無しだよ」
感動的な雰囲気は一瞬で崩れた。