後、にとりは早とちりする性格だと解釈してます
「君が俺の新しい可愛い子ちゃんかい?俺の名前は葉月。たしか君は射精丸文だっけ?よろしこ!」
「死ね」
世の中、男女の出会いは甘酸っぱい林檎のようだと言われている。しかし、私たちの出会いを例えるなら腐った林檎だろう。初心とか恥じらいとか、へったくれもない。
私の名前は射命丸文。決して射精丸という卑猥な名前じゃないと言っておこう。
「なるほど!好感度は0からか!これは攻略のしがいがあるねえ!!ありますねぇ!!」
終わった。私の人生とか自尊心とか、色々終わった。
目の前で猿のようにキャッキャっと騒いでいるこの鬼、葉月の噂は子供の時から有名だった。
曰く、鬼の四天王の次期候補である。
曰く、女好きである。
曰く、花嫁候補(部下)を募集中である。
一言でまとめよう。ろくでもない鬼のろくでもない噂はどうやら本当だったらしい。
「さてさてさてさて。射精「射命丸です」丸も「訂正しろや」俺もまだぎこちない雰囲気の中で話していると思うんだ。だからそこでとっておきの提案がある!」
「それは?」
「親睦会ってことで下着屋さんに行こっか」
「あなたは地獄に行ってみますか?」
「し、死にますそれ⋯⋯」
こいつが死んでもさして影響は無いだろう。
⋯⋯精々、私の仕事が無くなる程度。
「私の名前は射命丸文。貴方の軽率な行動を監視するために、天魔様から派遣された一妖怪です。形式上は貴方の部下となりますが⋯⋯仮の契約であることをお忘れなく」
私たちの出会いは葉月さんが萃香様を拾う数十年前だったことだと記憶している。
「そういえばお前と射命丸の噂、有名になっていたぞ」
時刻は昼時。にとりが腹の足しにでもと馳走してくれたキュウリの浅漬けをかじっていたときだった。
俺とアイツの噂?はて、今更取り上げるネタなんて無い程には関係が長いというのに。
「なんでも、鬼が天狗を孕ませて子鬼を産ませたとか」
「ブフッ⋯ォッ」
驚きのあまりキュウリを吹き出してしまった。
どう見ても萃香のことです。本当にありがとうございました。
しっかし、なぜそんな噂がたつんだ?先日の酒盛りで萃香のことは拾い子と紹介したはずなんだが。
「ふん。火のない所に煙は立たない。二人の関係が長かったこと、射命丸が以前にも増してお前の家に足繁く通うようになったこと、子鬼が二人を親のごとく慕っていること。⋯⋯なに、別に私は咎めているわけじゃあない。昨日まで親しかった異性が気付けば横で寝ていた。なんてのは古今東西よくある話だ」
若干早口でまくし立てるように語ったにとりは、言い終わるとさも不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「いやまあおおむね事実ではあるが⋯⋯にしてもだ。俺は既に血縁関係はないことを明言している。大方、俺と射命丸を冷かそうとするものだろ。遊び心の割にはたまったもんじゃないけどな」
「そうかそうか。お前はその程度の認識か。あいつは、⋯射命丸はかなり大事に捉えていたけどな」
はい嘘乙。あいつはこういう場合、まず爆笑してから俺の悪い所を延々と語った挙句、そんなことはありえないと結論づけてから静観します。
決してそんなことはない。
「⋯⋯⋯バレたか。射命丸についてのは冗談だ」
「ああそう。噂自体は本当なのね」
まったく、とんだ迷惑だ。当事者の身にもなれっての。
やけ食いと言わんばかりに皿に置いてあるキュウリを貪る。うむ、美味い。漬け加減が絶妙だ。
「⋯⋯私もそのくらいの噂が立つほどの知人が欲しいものだな」
嘆息混じりににとりがつぶやく。
あれ、もしかして妬いてるのこの子?あら可愛い。毒気はあるものの、その内には少女相応の可憐な感情があったのだ。そんな君にはバラが似合うと言っておこう。「ああでも一途にお前を愛しているというわけじゃないぜ?俺はいつだって皆の葉月なんだ。誰か一人だけを愛することなんて出来ないし、逆もまた然り。だから射命丸の件もそうなんだが、俺に限ってそんなこt⋯⋯むぐぁ?」
気付けば俺の口はにとりの手で塞がれていた。
美少女のキュウリ臭い手。うん、これもアリですな。
「お前、もしや噂が本当です。とは言わないよな?」
切りそろえられた前髪の隙間からギロリとメンチを切ってくるにとり。机の対面越しにしては威圧感がある。
あれ、おかしいな。何も言ってないはずなんだが⋯⋯
「じゃあさっきのは何だ?一途に愛しているわけじゃないだの、俺は皆の葉月だの、一人『だけ』を愛せないだの」
ふむ。なるほど。心の声が
「漏れ出ていたか!!」
「そうかそうか。遊び心でカマをかけたつもりだったのだが、よもや本当だとはな⋯⋯これで私も遠慮なく試作品の威力を試すことができそうだ」
あ、まずい。何がって、まあ色々とだが最もなのは心の声が最悪のタイミングで漏れ出ていたこと。
いや違うんすよにとりはん。本当に。萃香は拾い子で、射命丸は、こう、遊び友達に近いといいますか。
「ほう、女の前で知り合いをセフレ呼ばわりするか。つくづくお前は女心をもてあそぶサイテーな奴だな」
ちょ、ちょ、待った。違う、ズレてる。
一度話のキャッチボールを成立させよう。俺がボールを投げる度に一々それを叩き落とすことをキャッチボールとは言わないと思うんだ。
「お前はッ!本当にッ!サイッテーなッ!奴なんだなッ!」
お前といる時だけは最高な奴でありたいぜ。なんて言い訳は通じず、にとりは片手で爆弾か何かを起爆させると、それを俺の背中におしつけて思いっきり尻を蹴飛ばした。
刹那、感じたのは灼けるような背中の痛みと臀部を中心に駆け巡る快感。
家の壁を突き破りながら吹き飛ばされる中で俺は思ったんだ。
明鏡止水の扉の鍵は一つだけではないのだと。
⋯⋯尚、爆発によるにとりの家の被害は最小限。壁と屋根の修理も数日で終わったらしい。本人も無傷とのことだった。