出会いはまた今度書こうかな、と。
不審者には気をつけろ。
「お前が不審者だよ」
射命丸さんのツッコミはさておき。
そういう葉月さんの顔はいつになく真剣だったことを覚えている。
どれくらい真剣かと言うと、下着屋で射命丸さんに贈る布の色について考えていた時くらい。⋯⋯つまり、私にとってはあくびの出る話だった。
「いいか?世の中には、妖艶な雰囲気を纏って子を神隠しに合わせる妖怪や、一度怒ったら手のつけれないくらい暴れる癇癪持ち妖怪もいるんだ。今からそいつらの特徴を言うからもし会ったらすぐに逃亡できるよう⋯⋯」
そこから後はあまり覚えていない。
その日はなんとなく頭がボーッてしていて、集中が途切れ途切れになるような日だったから。昼寝すると治ったけれど、その時の葉月さんの話を聴く気になれなかったのは確かなこと。
でも、一つだけ鮮明に覚えている会話がある。
「俺は強いが、瞬間移動はできないし傷を治せる能力があるわけでもない。だから、萃香に何かがあった時はそれはもう手遅れだ」
しっかりと双眸を見つめて話をする葉月さん。そこにはもう、いつものおちゃらけた雰囲気はなかった。
今は葉月さんや射命丸さんが居るから、どんな奴が来たとしても怖くない。でも、もし。もしも、彼らがいない時に私を殺そうとする悪い奴が目の前に現れたら?
そう想像すると身体が震えた。
「まあまあ、萃香様。そう怖がる必要はありませんよ。鬼に危害を加えるようなやつはこの山にいませんし、もし居たとしても行動に移す前に頭と胴体が別れて終わりです」
机に頬杖をついてニコリと微笑む射命丸さん。
「ま、確かにな!ちょっと萃香を脅してしまったけど、そんなことなんて起こるはずがないさ。あくまでも知っておいて欲しいってことが重要だからな」
ガハハハと笑う彼は既にいつもの調子だった。
「何度も言うが俺は強い。だから、安心してくれ」
「でも、葉月さんはよく射命丸さんに負けてますよ?」
「⋯⋯そう、うん。その強いとはまた違った強さが俺にはあるんだ」
「ああ、朝日が俺に生きる意味を与えてくれる」
早朝。
目覚めは非常によろしく、夜中に降った雨の残り露の屋根から土へと滴っている情景がいとあはれ。陽光を反射して一段と眩しい山も尚良し。
巷ではこういう表現が流行っているらしい。なんともまあ知的な趣味である。
「俺の中での流行りはいつだって美少女のパンツをのぞくことなんだがなあ」
ふと上を見上げる。哨戒中であろう白狼天狗(雌である)の姿が目に入った。
左手に盾、右手に鉈。これらと共に美少女から罵倒される幻想を何度抱いたことだろうか。
あいにく現実は厳しい。親愛なる部下の攻略には成功しないし、娘に威厳のある親としての姿なんてこれっぽっちも見せれていない。
だが、君にだけは言葉を大にして伝えよう。例えそれが拙くとも想いを伝えよう。君への想いは森羅万象を焼き尽くす聖火なのだ。
「そこの君!結婚!してください!!」
理由は、頑張る君に一目惚れした。これで十分だろう。
「誰かと思ったら葉月様でしたか⋯⋯よくよく考えたらアナタしかいないんですけどね」
「つれないな、純白の姫騎士を名乗る犬走椛殿。それで返事は?」
「お断りします。後そんな恥ずかしい名乗りをした覚えはないですし、アナタに敬称で呼ばれるほど私は偉くもありません。どうぞ呼び捨てでお願いいたします」
ハキハキと物申す正義感の塊の烈女。それが犬走椛という妖、俺の部下の一人である。
白髪を肩にかかる程度にまで伸ばし、勝気な目が特徴の整った顔立ち。そして小ぶりな腰との対比を描く素晴らしい胸の果実。
ああ神よ。もはや私は何も言うまい。俺はこの娘に一目惚れして部下になることを持ちかけたんだ。あいにく射命丸との相性は悪いようだが。
「それでご要件は?この犬走、準備は整っております」
逆に準備を整えないで哨戒するやつがどこにいるんだという話だが、君のそういう抜けているところも愛せる。断言しよう。
「ま、あれだ。独りで任務というのも寂しいだろ?だからほら、俺も手伝うぜ」
親指をぐっと立てて彼女に優しく微笑む。
決まった。勝負あり。優しく寄り添いつつ、自立した個人を尊重して助け舟を出す。どう見ても花嫁攻略に王手です。本当にありがとうございました。
「いえ⋯⋯そこまで葉月様の手を煩わせるものでもありませんし。それに、上司にこんなことで泣きついてたら無能もいいとこですよ。どうぞお構いなく」
全然王手じゃなかった。むしろここから攻略が始まるらしい。
途方のない道のり(好感度上昇)を歩んだ終点が、花嫁へと至る始点とは中々上手くいってくれないものである。
「いーやだー嫌だー!!!俺はお前と添い遂げたいんだー!!!」
ならばもう一度途方もない道のりを歩むだけさ。こいつの性格は知っている。こうやって強引に誘われると断れないんだろ?
本当は寂しいんだろ?
寂しいんだよな?
「いや、もう。本当に⋯⋯はぁ。どーぞお好きになさってください」
犬走は本気で嫌がってそうだが、構うものか。今日の性格はガツガツ系でいくと決めたんです。ならばとことんなりきってやろうではないか。
決して二重人格などではない。
「では、行きましょう。飛べますか?」
「えっ抱いてくれるんですか!?」
「バカ言わないでください。さっさと行きますよ」
山を白髪の美少女と共に空中散歩。
太陽の優しい光が俺たちの将来を暗示しているかのように進む先を照らし出す。眼下の青々とした木々たちは生命力に満ち溢れ、まるで俺の股間にそびえ立つち⋯げふんげふん。
ほら隣の女の子も小っ恥ずかしそうにしている。先程から熱い視線をゼロ距離から向けてはいるものの、決して振り向かないという強い意志を感じる。
うん。そういう強情なところもいいと思うよ。
だから俺も少し意地っ張りになって、彼女の前に回り込んで顔を見つめるんだ。
彼女の少し赤らめた顔は、目が寄り目で、口をパクパクしながら必死そうに呼吸しており、そう。なんというか、とても見てはいけない”何か”だった。⋯⋯うん、ごめんね。お仕事中に茶化すのは良くないね。
それからは俺も真面目に周辺を警戒しながら空中散歩を楽しみました。
山の哨戒も終わった夕暮れ時。黄金にかがやく犬走の体を見たらドキドキしちゃう。
なんてほざいていたら遂に叩かれてしまった。少しセクハラが過ぎたらしい。反省します。(二度としないとは言ってない)
「顔、見てませんか?」
「ん?あー見てない見てない。君の胸に夢中だった」
「⋯⋯もう!」
犬走は千里眼の能力を持っており、それがあれば山全体を見渡すことなど容易い。しかし能力の使用中は寄り目になって口呼吸になるため、あまり顔を見られて欲しくないのだと。
昔、酒の席で、魚みたいだと弄られた際にグチグチと俺に泣きついてきたことを思い出した。
「にしても、俺がいる時くらいはやめればいいのに」
「任務には決して手を抜きません。それが私の信条ですから」
常に体を動かしつつ全体にも気を配る。要領のいい彼女だからこそなし得ることだろう。
「んじゃ、時間も時間だし俺の家で飯食って帰るか?こっから近いしな」
「いえ、遠慮します」
「射命丸か?」
「まあ⋯⋯」
なんとも気まずそうにササッと目を逸らされた。
まったく、いつまで経っても犬猿の仲なのね君たちは。犬猿というよりも黒鴉と白狼だが。
「申し訳ありません。気分を害してしまい⋯⋯」
「いやいいさ。こっちこそすまんね。射命丸、最近よく来るもんでさ」
「そうですか。では、失礼します」
お持ち帰りの雰囲気では無くなってしまった。
まあでも、時にはこういうしみじみとした一日の終わりもいいのかな?なんて。
犬走は主人公が鬼だから何も思わないだけであって、同族から執拗に弄られたら怒る性格だと解釈してます。少しプライドが高い的な⋯⋯