転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う   作:小雨乃小藪

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第一話 鎮守府

 爆撃機と雷撃機が、雨霰の如く炎を撒き散らす。蜂のような羽音が群れをなして襲ってくる。

 

 偵察機が来てから1時間も立たずに、第一波に荒らされていた。かなり近くにいることはわかるのだが、姿は見えない。アウトレンジで攻撃されている。

 

 中破しているため、速度が遅い。回避能力も弱い。之字運動でもない出鱈目な動きで回避する。爆撃の破片が頬を切り裂く、鮮血が飛び散る。地雷原となった海中。動く機雷となった魚雷達。

 12.7cm連装砲での砲撃は全て外れる。蜂を追い払うのに豆鉄砲でできる訳がない。気休め程度に、空に向かって放つ。防空能力が欲しい。防空駆逐艦になりたかった。どれだけ違いがあるかは知らないけれど。

 

 何故私はこんな目に合っているのだろうか。

 前世では一般サラリーマンだった。命を賭けた戦いをするような世界でもなかった。平和だった。それが急に転生してこの世界に説明もなしに投げ込まれて。もう沢山だ。神という存在がいるのなら、私をこんな目に合わせる理由を教えていただきたい。

 

 

 

 第一波が終わった。必死の攻防のおかげか、生きている。満身創痍だ。機銃を受けたあとが血塗れだ。血で右目が見えない。痛覚があまりない。この体に生まれて良かった点は痛覚耐性があることくらいだろう。

 

 だが、第二波を生き抜けるほど、体力も残っていない。辛うじて進めるが、多分大破している。砲塔が1本折れている。背中の艦橋からは黒い煙が出ている。半袖のワイシャツが破れ、スポーツブラが丸見えだ。

 

 もう死ぬのかもしれない。

 

 後ろを振り向く。妖精さんが心配そうにこちらを見る。私は安心させるように、微笑む。頭から顔にかけて血が流れている。そんな顔で微笑んでも安心はさせられないだろう。それでも笑うしかなかった。

 

「でも、一矢報いたい」

 

 叶わない願いを口に出す。泊地棲鬼を倒せる魚雷はもうない。砲撃だけで倒せるだろうか。ゼロ距離ならいけるかもしれない。夜戦で近づければいいが、多分駄目だろう。完全に警戒されている。

 昼に特攻をかけるしかない。途中で沈められるかもしれない。特攻で動揺してくれることを願うばかりだ。死にたくはない。死にたくはないが、このまま何もせずに終わるのも嫌だ。

 

 敵機が去った空を見上げる。煙を上げながら、進む。そろそろ来るだろう、第二波が。

 

 

 

 

 

 しかし、第二波は来なかった。

 

 敵拠点に近づいても敵が現れない。どういうことだ。罠なのか。泊地棲鬼がいた湾内に入ると、そこは何も誰もいなかった。泊地棲鬼もいない、戦艦ル級も空母ヲ級もいない。駆逐イ級すら見えなかった。

 

 頬を抓ってみる。痛い。思いっきりしたから、赤く腫れているかもしれない。

 夢ではない。いない、という現状は白昼夢ではないらしい。いないのが夢でないのなら、いたというのが夢だったのか。いや、そんなことはない。体の怪我を見る。服はボロボロ、脚は血を流し、魚雷発射管は千切れている。

 

 なら、どうしていなくなったのか。答えは出ない。

 

 陸地に上陸する。静かな海と砂浜だ。そこに人類の敵、深海棲艦がいたとは思えないほどだ。

 

 撤退したのか。泊地棲鬼も満身創痍だった。一度修理できる場所に戻ったのかもしれない。そうするといつかは戻ってくる。

 しかし、先程の航空攻撃は何だったのだろうか。空母だけでも、私にとどめを刺すために残しておくだろう。あそこまで泊地棲鬼に攻撃を喰らわせた。自惚れでなければ、警戒されていたと思う。どうでもいい戦力とは思われていないはず。あと一回の航空攻撃で、トドメをさせると、誰もがわかる状態だ。

 

 考えても仕方がない。背負ったドラム缶を浜辺に置く。亀裂の入った燃料タンクに入れられるだけ補給した。ドラム缶が無傷だったのは奇跡だ。重油がまだまだある。ここから北上しよう。太陽は真上で、指標がない。湾を出て右に行けば、北だったと思う。

 北西の方角のほうが良いだろうか。ここが東南アジアのどこかだとするのなら、北西に進めば、大陸に当たるはず。どっちにしろ指標がない。地図もない。

 

 北に進もう。海に出た。小波が寄せては返す。

 

 ここからも気を引き締めて、警戒を怠らず、進もう。

 

 

 

 

 

 2時間くらい経っただろうか。太陽はあまり傾いてくれない。何度か島に停まって、燃料を補給すること8回目。そろそろドラム缶の底が見えてきた頃、大きな港が見えた。建物も遠目から確認できる。喜びそうになるのを抑えて、海を駆ける。まだ安全地帯とは限らないのだから。

 

 港に着く。

 コンクリートで硬い埠頭。建物が5棟。1つは、工廠、とデカく書かれている。

 上陸するのに、梯子を上った。ちょっと高い。埠頭に降り立つと、目の前の建物が大きく見える。

 入り口はこちらにない。反対側だろうか。おそらくこの建物がこの港の中心施設なのだろう。工廠は後にして、建物を回り込む。入り口が見つかる。司令棟と書かれた板が扉の横に立て掛けている。扉を開ける。

 

 扉を開けて入ると、目の前に螺旋階段があった。2階に続いている。外から見て低い建物だった。二階までしかないのだろう。

 

「すみませ〜〜ん…………」

 

 反応がない。大きな声でもう一度言うが、なんの反応もなかった。

 

 司令棟から出て、次は工廠を目指す。扉から出て、右奥の建物。建物の上に大きい看板が設置されている。

 入り口を開けると、広い空間があった。

 

「あ、妖精さん?」

 

 ちっさい妖精さんがいた。だいたい10人くらいだろうか。扉を開けると全員が作業を止めて、こちらを見た。

 

 背中の妖精さんが頬を叩く。振り向くと、転生時からの付き合いのヒゲの妖精さんが自分の胸を叩く。おそらく、任せて、と言っているのだろう。地面に降り、工廠にいた妖精さん達の元へ行く。

 何か話している。身振り手振りで、手の平サイズの妖精さん達がコミュケーションしているのは、何だか微笑ましい。

 

 話が付いたらしい。工廠の妖精さん達が頷いて、手招きする。付いて来い、と言うことだろう。

 

 工廠の妖精さん達に付いて行くと、建物の別区画に案内された。ここにもプレートがあり、入渠、と書いていた。

 入渠できるのか、と思いホッとする。中に入ると、銭湯の浴室みたいな場所に出た。1つの大きな浴槽が5つに区切られている。浴槽は緑色の湯が張ってあり、湯気が出ている。

 

 艤装を脱ごうとすると妖精さんに止められた。

 

「もしかして、艤装を付けたまま入るの?」

 

 訊くと全員が頷いた。アニメとかでは服を脱いでいた気がするのだが、気の所為だっただろうか。そのまま浴室へ入る。温かい。浴槽は底が深く、階段を降りて、立ったまま入れた。

 

 カチン

 

 後ろで音がした。振り向くと、壁に数字の書かれている凹みがあった。数字は歯車が回り入れ替わるように少しずつ減っている。入渠時間を表しているらしい。

 

 体を見回す。怪我が塞がっていくのを感じる。服も修繕されていくのがわかる。炭酸に包まれるようなシュワシュワ感があった。

 心地よい。久し振りに、ホッと一息つけそうだ。

 

 

 

 

 

     〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 船上にいた。波を豪快に分け、進んでいく。私は甲板に立っていた。

 船の舳先、そこに少女が立っている。見たことある姿の少女だ。

 その少女がこちらを振り返る。勝ち気そうな表情に、どこか寂しそうな影が落ちていた。

 

 

 

 

 

     〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 頬を叩かれる感触で起きた。どうやら寝ていたらしい。ヒゲの妖精さんが起こしてくれた。壁の入渠時間を見ると、ゼロになっている。先程の風景は夢だったらしい。不思議な夢だった気がするが、あまり覚えていない。

 妖精さんにお礼を言って、浴槽から出る。服は新品同然になっており、体も怪我のあとどころか、血の汚れすらない。艤装も、折れた砲塔は真っすぐ伸び、魚雷発射管は蘇り、艦橋も煙が出ていない。

 液体に漬かっていたというのに、服は乾いている。不思議だ。これが妖精さんの技術力なのか。

 

 工廠の妖精さん達が入ってきた。ワイワイガヤガヤ。頷いていたり、脚に寄ってペチペチと叩いたり、祝福してくれているような感じだ。

 

「ありがとうございます、妖精さん達のおかげで体調が蘇りました」

 

 ヒゲの妖精さんが工廠の妖精さん達に何かを渡している。なんだろうか。

 

 それよりも、

 

「あの、お尋ねしたいんですけど、ここは鎮守府ですか?」

 

 訊くと、頷く。やはり鎮守府だったか。他に誰かいるかもしれない。

 

「司令官や他の艦娘はいないんですか?」

 

 ふりふり

 

「いる。……それは司令官がいると」

 

 ふりふり

 

「艦娘がいるのか」

 

 こくこく

 

「何人? 一人だけ?」

 

 こくこく

 

 とりあえず、その艦娘に会ってみよう。

 

 艤装を工廠に預けた。武器弾薬があったので、失敬とばかりに補給した。燃料もあるのは、その艦娘が遠征とかを繰り返しているのだろう。一隻で遠征に行けたかどうかは忘れたが、この世界はゲームとは違う可能性があるので、ゲームの仕様はあまり考えないようにした。

 

 司令棟と工廠にはいなかったので、次は食堂と書かれた1階平屋建ての建物に向かった。

 空も海も青い。それに映えるように、コンクリートの白さと雲の白さが眩しい。建物自体は赤レンガで、シックだけど落ち着きのある軍事施設であった。

 

 食堂に入ると、いい匂いがした。椅子やテーブルが並べられている。椅子はテーブルの上にひっくり返して置かれている。椅子の足が上を向いているのが、寂しさを増していた。その奥に厨房が見えた。大人数の食事を一手に引き受けられるように、広いし、調理道具もしっかりと揃っていた。

 鍋が火にかけられている。誰かが、というかその艦娘が料理をしていたのだろう。

 

 しかし、いない。

 

「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!」

 

 声が壁に沈む。なんの反応もない。誰もいない。

 

 失敬して、鍋の中身を確認する。カレーだった。

 

 くぉう

 

 お腹が鳴った。昨日から何も食べていない。

 流石にカレーを食べるのは気が引けた。いるのがわかっているのだから、まずは許可を貰って食べるべきだ。『千と千尋の神隠し』の千尋の両親みたいになる。

 

 

 

 食堂を出た。一番端の建物に入る。ここには、駆逐艦寮、と書いてあった。

 ここも造りは司令棟と同じで、螺旋階段があった。声をかけたが、誰も出ない。もしかして寝ているかもしれない。1階の部屋を確認する。1階は5部屋あった。畳の部屋で、だいぶ褪せている。掃除は行き届いているが、長い間誰もいなかったのがわかる。

 

 2階も5部屋あったが、畳ではなくベッドだった。こちらも似たような感じだった。

 

 最後の部屋を開けて、誰もいないのを確認して、扉を閉めた。

 

 カチャリ

 

 後ろから何かを装填する音がした。

 

「振り向かないでください」

 

 振り向こうとして、後ろから声がかかった。後頭部に硬いものを当てられる。

 

「これは拳銃です。大人しく両手を上げてください」

 

 従う。

 

「膝をついてください」

 

 両膝をつく。その時頭が銃口から離れた。

 

「両手を頭の後ろで組んで、額を地面に付けてください」

 

 言うとおりにする。目を動かして、伏せたまま後ろを見る。相手の足元だけが見える。

 

「そのまま私の質問に答えてください。答える気があるのなら、『はい』、答える気がないのなら『いいえ』と言ってください」

 

 選択肢はあってないようなものだ。『はい』と答える。姿勢のためくぐもった声しか出ない。

 

「それでは質問なのです。あなたの名前は?」

 

「えっと、か、霞……です」

 

「霞ちゃんですね。どこの所属ですか?」

 

「所属はない、と思います。気がついたら海の上にいました」

 

「第一世代の艦娘、ということですね?」

 

「第一世代?」

 

 わからない単語が出てきた。しかし、相手は私の疑問に答えず、続きの質問をする。

 

「この鎮守府には、どう言う目的で入ってきましたか?」

 

「今まで一人で活動してきましたので、人恋しくて、来ました」

 

 くぉう

 

 奇妙な音が鳴った。私のお腹の音だ。シリアスな空気が霧散するのを感じる。恥ずかしい。

 

「後は、武器弾薬も尽きていたので、補給する場所を求めて来ました!」

 

 何事もなかったかのように、私は続けた。腹の音が聞かれていないことを願う。耳が熱い。

 しばらく沈黙があって、溜め息声が聴こえた。

 

「わかりました。顔を上げていいのです。姿勢も楽にしてください」

 

 やっと開放される。腹の音で同情されたような気がするが、気にしない。同情? いや、そんなことはない。きっと、たぶん、メイビー、オア、プロバブリー。

 相手を刺激させないように、ゆっくりと立ち上がって、振り返る。

 相手は銃口を下げて、安全装置をかけていた。

 茶髪に金色の瞳。そして、セーラー服に、『Ⅲ』というローマ数字のバッヂをつけていた。

 

「暁型駆逐艦、末っ子の電、なのです。とりあえず、ゆっくりと話ができる場所に移動しましょう」

 

 

 

 

 

 建物を出て、食堂へと連れて行かれた。

 今私はカレーを食べている。うまい。久し振りの料理だ。今まではバナナを茹でた料理とも言えない食事だったから美味い。空腹は最高のスパイスとは言ったもので、食べているときは茹でバナナも美味しく感じたが、このカレーは別格だ。うまい。感動的すらある。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまでした、なのです」

 

 電はにっこり笑って皿を下げる。

 

「あ、皿洗いなら私がやります」

 

「いや、いいのです。電がやるので。ゆっくりしていてください」

 

 お言葉に甘えてゆっくりすることにした。皿洗いの音がする。

 食堂を見渡す。広い割には人がいない。寂しい。他の艦娘はどこに行ったのであろうか。

 

 皿洗いが終わって電が戻ってきた。

 

「お待たせなのです。それで、えっと、霞ちゃんの事情を教えてください」

 

「事情ですか?」

 

「はい、ここに来るまでの事情を電も知っていたら、意思疎通がしやすくなると思うのです」

 

 私は頷き、転生を含めてこちらの世界に来てからのことを全部話した。どうしようかとも思ったが、原作『艦隊これくしょん』についても話した。

 電は、相槌を打ち、時々質問をするが、基本的に黙って静かに聞いてくれた。

 

 話し終えると、電は渋い顔をしていた

 

「霞ちゃんの事情はわかりました」

 

 電は考えるように、しばらく黙った。

 

「えっと、転生した、ということは元は人間だったのですよね? それなら『霞ちゃん』と呼ぶのは止めたほうがいいでしょうか?」

 

「いや、霞でいいですよ。今は、姿形が全くもって霞になっているので」

 

「そうですね。なら、今までどおり『霞ちゃん』と呼ばせてもらいます」

 

 電は少し目線を彷徨わせながら、言葉を探している様子だった。

 私は待つ。

 

「とりあえず、転生したこととその『艦隊これくしょん』の話は電以外には喋らないほうがいいと思います」

 

「ですよね……」

 

「と言っても、電以外に話す相手がいないと思うのですけどね」

 

 私は首を傾げた。

 

「えっと、霞ちゃんが話してくれたので、電のこと、この鎮守府のことも話したいと思います」

 

 

 

 

 

 電は本土で建造されました。建造された艦娘のことを第3世代の艦娘と言います。第1世代が霞ちゃんの話で言うところのドロップ艦、というものなのです。第2世代は元々人間だった人を艦娘に改造してできた艦娘。これは霞ちゃんの場合とは違っていて、転生ではなく改造ですね。詳しい話はまたいつかします。

 

 電は初期艦で、この鎮守府、第138鎮守府、通称ラバウル近海鎮守府に配属されました。その時の司令官さんは、実直で賢い方でした。配属された当時は忙しく、でも充実なものでした。新しい艦娘も多く配属されて、この辺りでは一番の大所帯だったのです。

 

 しかし、今から30年前、この鎮守府に配属されて、3年目あたりで深海棲艦の猛攻を受けました。他の鎮守府が潰れていく中、電達の鎮守府は一般市民の避難に奔走しました。一般市民の避難が終わると、大本営はこの地を捨てることにして、撤退という判断を下し、残った鎮守府に避難を呼びかけました。

 

 しかし、遅かったのです。

 

 すでに、敵はここから南東の地に拠点を構え、逃げるのも難しい状況になっていたのです。他の残った鎮守府の艦娘や司令官さん達は次々と海に沈められたのです。電達の司令官さんは逃げても無駄と知り、南東方面の拠点攻略に作戦を変更しました。

 

 多くの艦娘を失いました。この鎮守府も攻撃を受け、司令官さんも亡くなりました。残った多くの艦娘は弔い合戦として出撃し帰りませんでした。他の艦娘は本土へと逃げましたが、辿り着けたのかは不明です。

 

 電は他の娘達が、出撃する中、この鎮守府に留まることにしました。いつか、あの深海棲艦、泊地棲鬼を倒すために。それまでに鎮守府を再建しよう、とこの30年間爪を研いでいたのです。

 

 

 

 

 

「なるほど……」

 

 私は電の話を聞き終えて、深く息を吐いた。30年、長い話だ。前世を含めての私が生きた年齢と同じだ。

 

「そして、泊地棲鬼は、どうなったんだ? 電がトドメを刺したのか?」

 

 電はお茶を注いでくれた。私は礼を言った。

 

「霞ちゃんの話を聞いて驚いたのです。聞いている最中、霞ちゃんが泊地棲鬼を倒したと思っていたのです。こうして生きてここに来れているのですから。もちろん、電が倒した訳ではないのです」

 

 私も電が倒したのかと思ったが、そうではなかったらしい。一体全体どうして泊地棲鬼はいなくなったのか。どうしてあの地に深海棲艦が一匹もいなくなったのか。疑問が残る。

 

 それはおいておいて、いくつか質問がある。

 

「話は変わるけど、爆撃を受けたにしては、鎮守府はキレイだったな」

 

「それは妖精さんにお願いしたのです。本当はボロボロの方が敵に攻撃されにくいと思ったのですが、……廃墟と化した鎮守府は見ていられなかったのです」

 

 愛着がある建物だけに、心に来るものがあったのだろう。一つ疑問が解けた。

 

「なんで電……さんは」

 

「電でいいのです。呼び捨ての方が慣れているのです」

 

「じゃあ、電はどうして一人で残ろうと思ったんだ? 正直な話、他の艦娘とひっそりと残っていた方が勝機はあったはずだ」

 

「みんな、司令官さんを失って正気を失っていたのです。だから、無謀にも敵陣に突っ込んだり、策もなく逃走したり……そう言う電もあまり正気ではなかったですね」

 

 私は否定も肯定もしなかった。30年も淡々と機会を伺っていたというのは正気の沙汰ではない。それだけ電の恨みは強いという証拠だ。目の前の少女がそういった思いを抱いているとは到底思えなかった。

 

「それで……泊地棲鬼がどこかに消えた今となっては、どうするつもりだ?」

 

「ここに残るのです。泊地棲鬼が沈んだという確証はまだ得られていないのです。沈んでいないのであれば、敵はまた戻ってくると思うのです。……それよりも霞ちゃんはどうするのですか?」

 

「私? 電が良ければなんだけど、しばらくはここを拠点にしたいんだけど……いいかな?」

 

 電は快く了承した。

 

 

 

 

 

 その夜は久し振りに風呂に入った。入渠とは違って、駆逐艦寮に備え付けられた共用の大浴場。

 やはり風呂に入らないと、疲労は取れないらしい。そこらへんはよくわからない仕組みだ。

 製油地帯にも風呂場があったが、水道が止まっていて、使えなかった。転生してから初の入浴である。

 

「さてと……困った」

 

 初の入浴である。何が困ったかというと、女の子の体の洗い方がわからない。

 見ないようにしていたが、あれだ、お股とかどうやって洗えばいいのだ。胸はつるぺったんなので男の時と変わらないが、さすがに下半身は無理がある。恥ずかしい。それに洗い方がわからない。

 

 と、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言っていると、浴室の扉が開いた。

 

「霞ちゃん、どうですか? 体洗いましょうか?」

 

「あ、助かる。正直どう洗…………」

 

 後ろを振り返ると、真っ裸の電がいた。タオルは持っているのに、大事な個所は隠していない。幼いが、女の子している体だ。

 

「そうだろうと思ったのです。元男の人ですから、女の子の体の洗い方わからないと思ったので来てみたのですけど、正解だったようなのです」

 

「正解ではない! 前! 前隠して!」

 

 両手で目をふさぐ。電は首を傾げる。

 

「どうしてですか?」

 

「私、元、男」

 

 私が顔をうつ向かせて必死に見ないようにする。耳が熱いのが分かる。

 電は、あぁ、と言って笑う。

 

「電は気にしないのですよ」

 

「私が気にするんだぁああああ!」

 

 電が呆れたように溜息をつく。

 

「霞ちゃん、霞ちゃんは女の子になったのですよ。これから女の子として生きていくのですから、こういったことも慣れないといけないのです」

 

 盲点だった。私は一生このまま男に戻れないのか。当たり前のことに今気が付いた。いや、気づかないようにしていたのかもしれない。どっちにしろ電の言葉は衝撃的だった。

 ショックを受けていると、電が隣に座った。洗い場のシャワーで体を一通りお湯で濡らす。幼いとはいえ、女の子だ。なんだか、いい匂いがした。

 

「それに霞ちゃん? 言葉遣いも変えたほうがいいと思いますよ? 男口調の艦娘もいない訳ではないのですが、駆逐艦娘の霞はそのような口調ではなかった気がするのです」

 

「私以外にも、霞がいたのか?」

 

 他の鎮守府にですけど、と言って電は体を洗い始める。私は顔を反対方向に向けたままどうすることもできない。

 たしかに、個体差はあるだろうが、他の霞とあまりにも違えば不自然だ。原作『艦隊これくしょん』のことや転生したことがバレるというのはないだろうが、何かしら疑われやすくなるだろう。それは望まない。

 

「さてと、次は霞ちゃんの番なのですよ」

 

 洗い終わったのか、電がそう言って私に近づく。

 

「えっと、パスすることは?」

 

「できません」

 

 私は諦めて電にされるがままになった。

 

 

 

 

 

 死んだ魚のような眼をしていると自覚していながら、私は湯船に浸かっていた。電も隣に腰を下ろしている。私は極力見ないようにしているが、電は無防備にも肢体を晒している。ロリコンではないが、童貞には辛い。

 

「霞ちゃんがそこまで落ち込むとは思わなかったのです。そんなに洗われるのが嫌でしたか?」

 

 電が申し訳なさそうな声色で訊く。私は首を振った。

 

「洗われたことは純粋に感謝しています……いや、しているわ」

 

 霞口調を意識しながら電に話す。

 

「それじゃどうして落ち込んでいるのですか?」

 

「それは…………」

 

 ちらりと電の方を向く。電が首を傾げていた。

 私は自分の格好を確認して溜息をつく。

 

「転生してからこっち、生きるのと人を探すのに必死で、自分が二度と男に戻れない、って自覚する余裕がなかったから」

 

「なるほど、それで電に指摘されて、女の子として一生暮らしていくことに気が付いて落ち込んでいる、という訳なのですね?」

 

 頷いた。電は何かを考えるかのように視線を逸らせていた。

 

「まったく戻れない、とは限らないのですよ?」

 

「どういうこと?」

 

 電は両手でちゃぷちゃぷと水をもてあそびながら言った。

 

「この世界、不思議なことは星の数ほどあります。もしかしたら霞ちゃんが元の姿に戻れる方法を知っている人がいるのかもしれませんよ?」

 

「う~ん、いるかな?」

 

「いるのですよ、きっと。まったく可能性がないよりもあると思っていた方が気が楽ですよ」

 

 確かに電の言う通りかもしれない。可能性をわざわざ潰すよりも希望を持って生き続けた方が、何倍も得な気がする。

 

 ありがとう、と私は電に言った。電はにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 夕食。私はあることに気が付いた。

 

「そういえば、ここに無線機は置いてないの?」

 

「あるのです。それがどうかしたのですか?」

 

「無線機で深海棲艦の電波をキャッチして、やつらがどういう状況に陥っているのか、確かめられるんじゃないのかと思って」

 

 受信するだけなら相手にこの場所がばれることはない。泊地棲鬼がどうなったのか知りたい。それによって行動も変わってくるだろうから。言葉は解読するように頑張ればいい。時間はかかるだろうが、何もしないよりはいい。

 いいアイデアだと思ったが、電は首を振った。

 

「深海棲艦の電波は受信できないのですよ」

 

「受信できない?」

 

「昔、深海棲艦の無線を逆探しようとした研究者がいるのですが、失敗に終わっています。おそらく、現代の技術では深海棲艦はまだ謎だらけなのですよ。逆に深海棲艦から人類側の電波は受信され、おそらく解読もされていると思うのです」

 

 ゲームでも深海棲艦はよくわからないものであった。二次創作では独自設定・独自解釈などで創作者の想像が書かれていたが、ここでは詳細は謎なのか、と落胆した。

 一応無線機からは人類側のラジオを受信していた。しかし、戦況は30年前とあまり変わらないらしい。人類が滅びていないことを喜べばいいのか、助けが来ないことを嘆けばいいのかわからない。

 

 夕食は昼の残りのカレーだった。

 

 

 

 

 

 夜になった。今日は食堂で電から色々訊いた。この世界のこと、深海棲艦のこと、艦娘のこと。もしかしたら、ゲームとは違う設定があるのかもしれないし、この後の対策やらが分かってくるかもしれないからだ。

 世界地図を見せてもらった。前世の地球と全く同じという訳ではなかったが、ほとんど似ていた。私が転生したのはラバウルから見て東の海域だった。メラネシアの島々がある地域だった。それが分かっただけでもかなりの収穫だった。私の行動は当たっていたらしい。

 

 話がひと段落して、そういえば、と電がぽつりと言った。

 

「寝るのは同じ部屋でもいいですか?」

 

 電が訊く。私は頷いた。

 

「私はいいけど、電はいいの? 元とはいえ、男と同室は嫌じゃない?」

 

「嫌ではないですよ。掃除するのが楽でいいのです」

 

 首を傾げた。駆逐艦寮の部屋はすべて見たが、掃除が行き届いていた。すべての部屋を電が掃除していることになる。同じ部屋に寝るからと言って、そう変わるものなのだろうか。よくわからない。

 訊こうかと思ったが、止めた。電が立ち上がったからだ。

 部屋へ案内するのです、と。

 

 

 

 

 

 部屋にはベッドが二つあった。最後に覗いた部屋であった。銃を向けられたとき、電は部屋に戻ろうとしていたらしい。

 

「その前はどこに行ってたの、かしら?」

 

 霞口調難しい。

 

「電は畑に行っていたのです」

 

 畑があるらしい。ジャガイモ、ニンジン、などなど。熱帯の地域でも育てられるものは育てているらしい。驚いたのが、米も栽培しているという。昔司令官が存命の時、鎮守府のみんなと一緒に田んぼを作ったらしい。最悪な状況も見越していたのだ。

 電が一人で生きてこれた理由が分かった。

 

「あの……霞ちゃん」

 

 電が改めるように、ベッドの上に正座した。服は先ほど着替えて、現在寝間着だ。私も、昔ここにいた艦娘の使用していたパジャマを拝借して着ている。もちろん着替えは別の部屋でした。女の子になったからと言って、電の着替えを覗くわけにもいかない。電は気にしないといったが、元に戻る可能性を考えるのなら、当然の態度だと思う。

 さて、電だが、もじもじとして、何も言わなくなった。どうしたの? と訊く。電は意を決したように口を開いた。

 

「一緒のベッドで寝てもいいですか?」

 

「…………いや、なんで?」

 

 何とか絞り出してそれだけ訊いた。しかし、電は俯いて、何も言わない。なんとも気まずい。

 

 出会ってまだ一日の相手に対して、一緒に寝ようというのは無理がある。今までの態度から電が敵ではない、と思うのだが、今の言葉で警戒度を上げた。艦娘の姿をしているからと言って、友好的とは限らない。最初に拳銃を向けてきたのは電が先だった。艤装こそつけていなかったが、私が艦娘であるというのは電もわかっただろう。それなのに銃を向けたということは同じ艦娘でも警戒する対象なのだ。

 

 私が警戒度を上げているが、電はもじもじし始めた。まったくわからない。

 

「えっと、聞いても、笑わない約束をしてほしいのです」

 

 私は首を傾げた。

 

「それは話す内容によるかな」

 

 うー、と口をとがらせる電。私はそれを油断なく見つめる。

 

 電は観念したかのように話し出す。

 

「寂しかったのです。人肌が」

 

 短くそれだけを言って、顔を両手で覆った。

 

 拍子抜けした。嘘を言っている様子はない。もしかして私の警戒は取り越し苦労だったのか。

 

「一つだけ確認したいんだけど」

 

「はい……なのです」

 

「最初に会ったとき拳銃を向けてきたけど……あれは?」

 

 顔を上げた電。なぜそれを今? という顔をしている。

 

「えっと、艦娘と言っても、全員が全員人類の味方という訳ではないのです。たまに海賊になったり、反乱軍となったりする娘もいるのです。だから、一応警戒として拳銃を向けたのです」

 

「ついでに聞くけど、電は海賊でも反乱軍でもないのよね?」

 

「もちろんなのですよ! え、電、疑われてたのですか!?」

 

「いや、だって、初対面の相手に対してあまりにも無防備だったから……」

 

 電の頬が膨れる。

 

「電だって、寂しかったのです! 30年も一人でここにいたのですよ! 意を決して頼んだのに、まさか海賊や反乱軍を疑われるとは思わなかったのです!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 電がそっぽを向いた。これには慌ててしまう。いや、悪いのは私なので、仕方がないのだが。

 

「ごめん! 機嫌直して! 私にできることがあれば何でもするから!」

 

 きらん、と電の目が光った気がする。

 

「なんでもいいのですね?」

 

 あ、と思ったが遅かった。

 

 

 

 その夜は電と一緒のベッドに入って寝た。決してやましいことは何も起こらなかった。電が寝ぼけて抱き着いてきたが、何も起きなかった。ただ、その日は久し振りの寝具にもかかわらず、眠れなかった、とだけは言っておこうと思う。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。私は電を起こさないように、ベッドから逃げた。

 

「はぁ~……女の子ってやわらかいんだな……」

 

 外を歩きながら、そんなことを呟く。世界は広い。まだまだ知らないことが、体験していないことが、星のようにあるのだろう。

 電が背中に抱き着いてきた感触を思い出し、忘れようと首を振る。

 

 今一番大事なのは、この後の方針だ。しばらくはこの鎮守府を拠点に頑張ろうと思うが、問題は何を頑張るかだ。

 目標や目的がなければ、ここにいたって何もなりはしない。

 

 人に会う、という目標はクリアできた。生きることも当分ここにいれば死にはしないだろう。深海棲艦の攻撃も受けていないから、戦死することもないだろう。やっぱり後は元の姿に戻ることだろうか。

 

 元の姿に戻る。しかし、元の世界に戻るのは諦めている。明らかに死んだのが分かるからだ。元の世界に戻れないのなら、元の姿に戻っても意味がないのではないのだろうか。

 

 いや、一番は自分がどうしたいか、だ。意味がある、意味がない、ではなく、感情的にどうしたいかだ。

 元に戻れないと聞いて、ショックは受けた。しかし、戻りたいか、といえば疑問が残る。もちろん女性の身体は不便ではあるがそれも慣れだろうと思う。

 

 そこで気が付いた。私はあまり以前の姿や以前の暮らしに未練がないようだ。なぜだろうか。

 前世の暮らしを思い出そうとする。一人暮らし、自炊、会社、上司、同僚の噂話、死んだ両親、電車、駅のホーム、後ろからの衝撃、飛び出る。

 冷汗が出てきた。前世の記憶を思い出すと死んだことを思い出して、怖い。これが前世に戻りたくない原因かもしれない。

 

 適当に散歩をしていると、鎮守府の門が見えてきた。外に出られるらしい。気分転換にでも外に出てみるとしよう。

 

 昔はこの鎮守府の近くにも住居が立ち並んでいたらしい。いまではすべてが廃墟と化していた。

 

 廃墟となった家々を横目に、進む。

 

 私はこの世界で何をしたいのか。思った以上に前世には未練がない。もちろん前世の姿にも未練がない。童貞だったのは悔しいが、だからと言って戻りたいかというとそうでもない。

 この姿で、この世界で、私は何をしたいのか。

 

 いつの間にか浜辺についていた。砂浜である。海水浴ができそうなほど広い。漂着物が多い。人が掃除をしていない証拠だ。

 

「あれ?」

 

 大きな漂着物があった。人の形をしている。

 

「いや、人だ!」

 

 私は駆け寄る。艤装を背負っている。艦娘だ。

 

「大丈夫か!? しっかりしろ!」

 

 息はしている。しかし、酷い怪我をしていた。すぐに鎮守府に連れて行かないといけない。

 

 担ごうとするが重い。一人では運べない。電を呼ぼう。

 

「待ってろ! すぐに救援を呼ぶから!」

 

 私は鎮守府へと戻るのであった。

 

 

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