転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う   作:小雨乃小藪

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第二話 艦娘

 電を呼びに鎮守府に戻る。駆逐艦寮を駆け上がる。部屋の扉を開けると、電が起きていた。

 

「か、霞ちゃん! どこ行ってたのですか!? 起きたらいないから心配したのですよ!」

 

 目に涙をためて迫る電に私は狼狽えた。

 

「いや、その、あの。で、でも! 今はそれどころじゃない!」

 

 私の剣幕に異常を察したのか、電は眉を顰めて黙った。私は唾を飲み込む。近くの浜で艦娘が怪我をして倒れていることを説明した。

 

「重くて運べなかったから、電の所に来たと……」

 

 頷く。電は唇に指を当て、考える。

 

「担架が必要なのです。工廠にあったはずなので、まずは工廠へ行きましょう」

 

 電と私は工廠へ向かった。

 前を進む電に訊く。

 

「艤装は?」

 

「艤装は必要ありません」

 

「でも、馬力が出るだろ?」

 

「それは海での話なのです。陸では力が出せないのです」

 

 海から離れると艦娘のエンジン部分は作動しない、つまり、怪力ではなくなるらしい。砲撃や魚雷は撃てるが、反動はすべて体に来る。痛覚耐性もあるが、陸で受けた怪我は入渠では治らない可能性が高い。

 陸で発砲したことを思い出す。怪我しなかったのは運がよかったのだろう。骨折も打撲もなかった。もし怪我をしていたら、と思うとぞっとする。

 工廠に着くと、妖精さん達が驚く。急いできたから慌ただしかっただろうか。電が懐から何かを出し、近くの妖精さんに渡す。

 

「朝早く申し訳ないのですが、可及的速やかに担架を持ってきてくださいなのです」

 

 ラジャーと敬礼をして動き出す妖精さん達。電は私に振り向く。

 

「その娘の状態は怪我を負っているということだったのですが、艤装はどうだったのですか? 大破? それとも中破?」

 

「たぶん大破……だと思う。けど、焦ってたから違うかもしれない」

 

「何にしろ、入渠させたほうがいいでしょう」

 

 妖精さん達が担架を持ってきた。下に車輪が付いている。艦娘用の担架らしい。艤装を背負っている艦娘も運べるようになっていると言う。

 

 今度は私が先頭になって、砂浜へと駆けた。

 

 

 

 少女は砂浜にいた。やはり意識はなさそうだ。電が担架を低くさせる。少女の隣に横付ける。少女は俯せになっている。

 

「いっせーのーせっ、で肩と腕を持ち上げてください。電が脚と腰を持ちますので」

 

 持ち上げた。二人掛かりでも重い。ごろん、と俯せから横向きに転がすように担架に乗せた。電と一緒に担架を持ち上げ高くする。

 

 担架を押して工廠へと急いだ。

 

 

 

 少女を入渠の浴槽に入れた。少女は意識がないまま、立った姿でプカプカ浮く。とりあえず、私はホッと一息つく。

 

「大破ですね」

 

 入渠時間を見てから電は言った。かなりの時間がかかるようだ。

 

「霞ちゃん、この娘の名前はわかりますか?」

 

 電の質問に、私は少女を見る。

 緑色の長髪、制服は血で汚れているが黒っぽい、ヘヤピンを左右の前髪に付けている。

 

「おそらくだけど……山風?」

 

「ゲームでもこんな姿でしたか?」

 

「ああ、特に前髪のヘヤピンと緑色の髪から判断した」

 

 電も頷く。

 

「電の記憶とも一致するのです」

 

 この鎮守府に昔配属されていた、と電は言う。ここに配属されていた山風がその後どうなったかは言わなかった。私も訊かなかった。

 私は屈んで、山風の顔を見る。顔面蒼白で、頭から血を流している姿が痛々しい。

 

 こんな幼気な少女が戦場に出ないといけない世界なのか。元々が人間なのか、それとも生粋の艦娘なのかはわからないが、それでも見ている分には辛い。ゲーム時代は可愛い娘に萌えていただけだったが、世界が現実のものになると、あの頃の自分をぶん殴りたくなる。何が、萌え、だ。目の前で少女が苦しんでいるのに、何もできないなんて、悔しいとか以上に自己嫌悪に陥る。

 

「霞ちゃん」

 

 電が呼ぶ。振り向くと電が呆れた顔をしている。

 

「あまり思い詰めないほうがいいのですよ。この娘が怪我を負ったのは霞ちゃんのせいではありません」

 

「だけど……」

 

「電も昔何もできない無力さに嫌になったことがあるのです。でも、自分を責めるのは自己満足でしかないのです。それよりも建設的なことを考えた方がその娘のためにもなるのです」

 

 一理ある。頭では理解している。それでも心はどうも踏ん切りがつかない。

 電が溜息を吐く。

 

「それよりも、霞ちゃんは電に言うことがあると思うのですけど」

 

 私は首を傾げた。電がふくれる。

 

「電に黙って、浜辺に行っていたことですよ! 起きた時独りで、どれだけ電が心配したか!」

 

「ご、ごめん」

 

「もう黙ってどこかへ抜け出したりしませんか?」

 

 電は怒り心頭な表情だったが、すこし不安そうにも見えた。

 

「もう、二度と、電に黙って、どこかに行ったりしません」

 

 私は誓った。電は鼻から息を出して、怒りを収めてくれた。不安の影も消えていた。私の見間違いだったのかもしれない。

 いや、電は30年も独りで戦ってきたのだ。自分をごまかしたりはしていただろうが、本心ではやはり寂しかったのだろう。そこに私が現れて急に消えたら、寂しさが爆発してもおかしくはない。

 

「とりあえず、この娘の入渠が終わるまで、食堂へ行きましょう。まだ朝ご飯も食べてないのですから」

 

 

 

 

 

 朝食を終え、工廠へ向かい、少女の元へ行く。入渠の浴槽が血塗れであった。血の匂いが充満している。電が眉を跳ね上げた。

 

「どういうことなのです?」

 

「ど、どうしたの?」

 

 電は入渠時間を見る。ゼロになっていた。

 

「入渠が終われば、怪我が治って、血も治まる。ついでに、血の汚れも消えるはずなのです。なのに、この娘の場合は、血の汚れが残ったまま……」

 

 電は言いかけて、何かに気づく。

 

「早く浴槽から出しましょう!」

 

 私は疑問を抱えながらも、少女を引き上げようとするが重い。電も手伝って、何とか引きづって出す。

 

「やっぱり……」

 

 電は少女の容態を見て、零す。少女は頭の怪我が治っていない。頭から血を流したままになっている。

 

「電、一体これは」

 

「話はあとなのです。艤装を外して、医務室に運ぶのです」

 

 とりあえず、言うことに従う。艤装を外す。電が担架を持ってきて、乗せる。そのまま司令棟1階にある医務室へと急いだ。

 

 

 

 

 

 治療は電がした。私はただ見ていることしかできなかった。

 

「とりあえず、応急措置はしたのです」

 

 そう言って少女を医務室のベッドに寝かせる。少女はここに置いてあったパジャマを着ている。花柄で温かそうな色だ。もちろんだが着替えは電がした。私は退出していた。

 

「それで、一体全体どういった状況なのか、教えてくれ」

 

 訊くと、電は少女をちらりと見てから、話しだした。

 

「おそらく、彼女は艤装を付ける前に怪我をしたのだと思われるのです」

 

 艤装を装着している間の怪我は入渠で治る。しかし、艤装装着前の怪我は艤装を付けても入渠では治らない。艦娘は人間と艦の半々の性質を持つ。艤装を付けている間は艦としての性質が強く、艤装を外している間は人間としての性質が強い。性質が強いというだけで、艦娘は艤装を付けていない時でも耐久力は人間よりもあるが、治るかどうかは別の話なのだ。

 入渠は船を直すことだ。人間を治すことはできない。だから、人間としての意味合いが強い艤装装着前の怪我は治らない。艤装装着前でも耐久力は人間よりも上だが、痛覚は艤装を付けてないと人間と同じだ。

 

「ややこしい話なのですが、細かいことを省いて結論だけを言えば『入渠で治せるのは艤装装着中の怪我だけに限る』ということなのです」

 

「ということは、この少女は艤装を装着していない時に負った怪我を放置したまま艤装を付けて出撃した、ということなのか?」

 

 おそらく、と電は渋い顔をする。艦娘が艤装を付けていない間に怪我を負う原因を考えてみた。問題は二つに分解できることが分かる。一つは、どういった経緯で艤装を付けずに怪我を負ったのか。二つは、この島にどうやって辿り着いたか、だ。

 基地か鎮守府かが深海棲艦に襲撃されて怪我を負った。最初に思い付いたのはこれだ。艤装を付けずに怪我を負った理由としては現実味がある。しかし、この近海には他に鎮守府も基地もない。現在の人間側の前線基地はリンガ島、と電がラジオで聞いていたらしい。それが本当なら、ラバウルまで流れ着くのは難しいだろう。たとえ襲撃されて遠くまで逃げることができた、としてもピンポイントでここに辿り着くのは無理がある。

 ならば、船に乗っている時に襲撃されたか。艦娘の力を使わずに、昔ながらの船を使ってどこかに行こうとしていた。その最中に深海棲艦に襲撃された。攻撃を受け怪我をし、その後船に積んでいた艤装を装着した。それなら話の筋は通りそうだ。

 しかし、電は、否、と答えた。

 

「そもそも艦娘が船の上に乗ることは稀です。緊急事態に戦闘ができなければ艦娘がいる意味がないのです。だいたいが船と並走して移動します。それに、船がこの近海近くまで来るとは思えないのです」

 

「海流に乗った、というのはどうだろうか?」

 

「この近海の海流は南から北、もしくは西から東に流れているのです。なので、海流に乗ったなら本土か南アメリカに辿り着いているはずなのです」

 

 難しい。海流には詳しくない。

 

 そう言えば、と私は電の態度に疑問を感じた。

 

「電は、彼女が流れ着いた理由、分かっているのか?」

 

 電が黙る。その沈黙が、何故か私には怖く感じた。

 

「とりあえず、霞ちゃん。口調が男の人のになっているのですよ。彼女が目覚める前には矯正しておいてください」

 

 む、と口をつぐむ。忘れていた。前世の世界と前世の姿に未練がない。つまり、この世界でこの姿で生きていくことを密かに決めていた。それなら霞の口調に慣れとかないといけないだろう。

 

「えっと……それで、電は分かるの? 彼女がここに流れ着いた理由?」

 

「…………おそらく」

 

「聞かせてもらってもいいかしら?」

 

 霞口調が違和感ある。慣れていこう。

 

 電は躊躇うようにこちらを覗き込む。私は首を傾げた。

 

「…………一応、電の予想なので、本気にはしないでください」

 

「それは分かっているわよ」

 

 早く、と目で訴える。電は諦めたのか、溜息をついた。

 

「基地で、もしくは鎮守府で怪我を負ったのだと思います。ただし、深海棲艦に襲撃された訳ではないと思うのです」

 

「じゃあ、どうやって……」

 

「人間、なのです」

 

 頭の中が真っ白になった。電が続ける。

 

「おそらく彼女がいたのは艦娘が日常的に暴力を振るわれる場所だったのでしょう。着替えをしている時に体を見させてもらったのですが、殴られた跡があったのです。日常的に暴力を受けていたのは間違いないでしょう」

 

 日常的に暴力。この娘に。信じられない。

 

「暴力を受け、頭に怪我をし、そしてそのままの状態で無理矢理出撃された。……そんなところでしょう。出撃されたのなら、ラバウル近海にいたとしても違和感はあまりないのです。だって、ここは敵陣なのですから。敵陣に出撃するのは不思議ではないのです」

 

「ちょっと待ってくれ。確かに艦娘は陸では無力かもしれないが、海に行ったら強いだろ? 海から鎮守府に砲撃をすれば暴力を振るうやつを倒せるじゃないか」

 

「人質を取られたのかもしれません。それくらいはしそうです。それに艦娘の多くは人間に対して敵対的にならないのです。昔一緒に戦った記憶があるからでしょう。もちろん海賊や反乱軍になる娘もいるのですが、わずかです」

 

 医務室が静かになった。電は私の様子をうかがっているのか、話をやめた。私は、何を言っていいのか分からなかった。まるで、二次創作のブラック鎮守府のような話に、現実味を感じなかったとも言えるし、電が淡々と説明している姿に戸惑っているのかもしれない。

 少女を見る。ベッドに寝かされて、静かに胸を上下させている。頭には包帯が巻かれていて痛々しい。もし艦娘でなかったら、死んでいただろう怪我だ。

 そう、痛々しいのだ。腹の底から上がってくるものがあった。この少女が何をしたのか。人類のために戦っているのではないか。それなのに、暴力、前世で言うとDVにあたるのか、を受ける理由は存在しない。

 

「霞ちゃん、これは電の予想なのです。あまり真に受けて、怒りを出さないでください」

 

「……っ! なんでっ! くっそ! なんで、電はそんなに冷静なんだよ!」

 

「まぁ、そういったこともあるのでしょう」

 

 冷酷な物言いに、私は電の胸ぐらをつかんだ。電はいたって冷静だった。私にはわからない。ここまで淡々とできるのか。電の視線は冷たかった。

 

「霞ちゃん、落ち着くのです」

 

 そう言って電は私の手に両手を添えた。私は振り払った。電が医務室の壁にぶつかる。電は顔色を変えずに言う。

 

「霞ちゃん? さっきも言ったのですが、これは電の予想なのです。もしかしたら違うかもしれないのです」

 

「それならっ! どうしてそんな! 冷静にそんな残酷なことを言えるんだよ!」

 

 わからない。そんな予想ができること自体、私にはわからなかった。それも淡々と、まるで指示通りに動くロボットのように。

 

「昔からそういった鎮守府や基地はあったのです。ブラック鎮守府ですか? まさしくその通りなのです」

 

 電は腕を組んで鋭い目を向けた。

 

「それと、電が淡々と言ったのは、怒ると会話ができなくなるからです。勘違いしてほしくないのは、電はブラック鎮守府に対して、煮え切らない思いを抱いている事なのです。決して、それがいいとか、それがしかたないとか、思ってませんからね」

 

 冷水を浴びせられたような感覚だった。一気に冷静になった。私はなんてことを。電を壁に叩きつけてしまった。少女の力とはいえ、暴力を振るった。やっていることはブラック鎮守府の奴らと同じじゃないか。

 

「ごめん……」

 

「気にしてないのです」

 

 電はさらりと言った。私は情けなくなった。少女が目を覚ました。

 

 

 

 

 

 少女が目を覚ました。うなるように息を吐きだして、目を開けた。電が少女のベッドの脇に行く。

 

「こんにちは。大丈夫ですか?」

 

 しばらく少女はぼーっと電の顔を見ていたが、次第に意識がはっきりしてきたのか、医務室を見回す。

 

「ここは第138鎮守府、通称ラバウル近海鎮守府、なのです。あなたの鎮守府とは違う鎮守府になるのです」

 

 電が説明する。少女は目をぱちくりして、電に顔を戻す。

 

「あなたの名前は分かりますか?」

 

「名前……」

 

 少女はつぶやく。電は眉をひそめた。

 

「あたし、名前、思い出せない……」

 

 頭を抱える少女。痛いのか苦痛の呻きを出す。

 

「無理はしないでください。今は意識が目覚めて、頭が混乱しているだけなのです。いずれ名前も思い出すのです。それまでゆっくりしていてください」

 

 こくん、と少女は頷いて、目を閉じ、沈むように眠った。疲れが残っているのだろう。もしくは怪我の影響か。

 

「頭から血を流しすぎたのが原因かもしれません」

 

「治るの?」

 

「さすがにそれは……。医療は応急処置くらいしかわからないのです」

 

「とりあえず、私達はここにいた方がいいかしら? 彼女が目覚めるまで」

 

「そうですね。起きて誰もいなかったら寂しいですからね」

 

 電は担架を工廠に戻してくると言って、医務室を出た。医務室にはベッドが一つしかない。椅子を持ってきて少女のベッドの横に座る。優しい息遣いが聞こえる。

 

 

 

 電が出て行って、小1時間。少し遅いな、と思っていると、少女が目を覚ました。

 

「あ、起きた?」

 

 私が言うと、ぼーっとした目でこちらを見た。それからまた医務室を見回し始めた。

 

「ここは?」

 

「ここは医務室よ」

 

「医務室……」

 

 そう言って、起き上がる。上体だけ起こして、痛っ! と言って頭を押さえた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 少女は答えない。代わりに、頭を押さえて何か考えている顔をした。

 

「思い出せない……」

 

 小さかったが、私にはそう聴こえた。少女の顔色が変わった。頭を振った。左右に激しく振り始めた。

 

「いや……っ! いや、思い出せない……! 怖い……! え? あたし、名前……! いやぁあ……!」

 

 慌てた。少女が明らかに混乱している。いやいや、とうわ言みたいに首を振り続ける。

 医療には詳しくない。難しいことはできない。電もいない。私が彼女を落ち着かせなくてはならない。私でもできることで、彼女を落ち着かせなくてはいけない。

 

 何も思いつかない中、少女は足をばたつかせた。体全身で不安を追い出そうとしている。しかし、うまくいっていない様子だ。このままでは傷口が開いてしまう。

 

 そうだ、と私は彼女に抱き着いた。人のぬくもりは安心効果があったはずだ。

 

 一か八かで、抱き着いた。少女は大きく肩を揺らす。

 

「大丈夫、大丈夫よ。私がいるわ。落ち着いて、私がいるから」

 

 そう言ってなだめる。何度も何度も、大丈夫、と言い聞かせる。少女は最初こそ離れようとしたが、次第に落ち着いていって、気が付いた時にはすっかり大人しくなっていた。

 とりあえず、一件落着か。私は彼女から離れる。彼女は、あ、とこぼし、どこか名残惜しそうに私を見る。

 

「落ち着いた?」

 

 訊くと、目を伏せて、頷いた。

 

「それじゃ、『山風』という言葉に聞き覚えは?」

 

 訊く。しばらくじっとしていたが、わからない、と答えた。見た目はゲーム時の山風に似ていたが、違う可能性も考慮して「山風」と呼ぶのは避けた方がいいだろう。しかし、呼び名がないのは不便だな。あとで、電と相談しよう。

 

「お腹は空いてない?」

 

「……空いて、ない」

 

 そういった時、お腹の音が聞こえた。私は食べたばかりだ。彼女のお腹の音だった。少女は益々顔を俯かせた。耳が赤いのが見える。羞恥心は忘れてないようだ。

 

「何か、食べ物、持ってくるわね」

 

 できるだけ優しい微笑みを浮かべて、私は席を立つ。扉に向かおうとすると、裾をひかれた。振り向くと、少女が裾を、ちょん、と摘まんでいた。

 

「いかない、で……ひとりに、しないで……!」

 

 私はまた同じ失敗をするところだった。女の子の扱い方はよくわからないが、ここは一緒にいた方がいいだろう。私は椅子に戻る。

 

「わかったわ。しばらくしたら、もうひとり、戻ってくるから、それまで我慢してね」

 

 少女は俯きながらも小さく頷いた。

 

 電が帰ってきた。

 

 

 

 

 

 取って返すように電が戻って食べ物を取りに行った。今朝の残りの食事。それを山風はゆっくりだけどおいしそうに平らげた。噛みしめるように、静かに、食べ終わった。

 ごちろうさま、と言った山風に対して、電が、お粗末様でした、と答える。

 電と話し合った結果、少女を「山風」と呼ぶことが決まった。緊急事態に咄嗟に呼ぶことができなかったら、命にかかわる可能性もある。見た目がはっきり山風だと分かるということもあり、たとえ違ったとしてもその時に訂正すればいいとなった。山風にも了承してもらっている。

 

「落ち着いたところで悪いのですけど、どのくらい覚えているか分かる範囲で確かめたいと思うのです」

 

 電の言葉に、山風は頷く。

 

「まず、『艦娘』という言葉に聞き覚えは、ありますか?」

 

 山風は思い出そうとするが、首を振った。

 

「どこに住んでいたか、そういったことは覚えていますか?」

 

 首を振った。電は考えるように顎に手を置いた。

 

「それでは、体の怪我については……何か覚えていることはありませんか?」

 

 私は腰を浮かしかけたが、電は目で制した。大人しく座る。

 山風は、しばらく眉を寄せていたが、首を振った。

 

「なるほど、分かったのです。今のところは、山風ちゃんは重要なことは何も覚えていない、と思っても良さそうなのです」

 

 山風が明らかにしょんぼりする。私は山風の頭をなでた。

 

「そんな落ち込まなくてもいいのよ。これから思い出していけばいいんだから」

 

 山風は頷いて、上目遣いで、ありがとう、と言った。

 

「でも、思い出さないでいるのは、不安……」

 

「確かにそうね。何か思い出すのに良い方法はないかしら?」

 

 考えていると、電が手を挙げた。

 

「一つだけ、試したいことがあるのです」

 

 

 

 

 

 私は海にいた。何故か、電と戦うことになった。山風は埠頭にいる。車椅子に座って、こちらを見ている。私と電はそこまで沖には出ていない。観戦するのには心配ないだろう。

 

「いや、なんで戦うことになったの?」

 

「さっきも説明したのです」

 

「もう一回頼むわ」

 

 電が溜息を吐いて、説明し始めた。

 

「艦娘であることは艤装を見ればわかるのです。でも、いきなり海に投げ出すのは心配なのです。そこで、私達が海の上で戦うことで記憶を刺激させるのです」

 

「別に、戦わなくても」

 

 電は首を振る。

 

「いや、戦闘みたいに激しいほうが、記憶に大きなショックを与えることができると思うのです。もちろん演習という形なのでペイント弾です。そのせいで全く思い出さないかもしれません。そこはやってみないとわからないのです」

 

 私は渋い顔をする。しかし、電は無視する。

 

「それではそろそろ始めるのです。どちらか一方が大破判定を出すまで、続けるのです。それと、本気でやってください。それがリアルの戦闘っぽくなり、いい刺激になると思うからなのです」

 

 私はどうしていいのかわからず、突っ立ていると、ほっぺたを叩かれた。ヒゲの妖精さんだ。艤装を置いていたため会うのは一日ぶりか。妖精さんは親指を立てる。やる気である。

 私は溜息を吐いた。

 

「仕方ないわね。やるからには、勝たせてもらうわよ」

 

「電も負けないのです」

 

 両者目を合わせて、ある程度距離をとる。演習の開始は電の空砲だ。電が右手を挙げる。背中の艤装から伸びる10cm高角砲が空へと向く。

 

 空砲が鳴った。

 

 私は右手の砲を電に向けて放つ。一発で夾叉した。五年間一人で戦ってきた成果だ。私は電に向かって進む。接近は駆逐艦の戦闘の基本だ。おそらく。

 

 電は私の向かってくる方向とは直角に進む。私は同航戦に持っていこうと、追う。後ろから電を狙う。何度も撃つが当たらない。まるでこちらの攻撃を予想しているかのように避ける。一発も当たらない。

 電がターンしてこちらに向かってくる。反航戦。電も砲撃する。私は避け、電とすれ違う。

 私はすぐさま反転した。すると、雷跡があった。三本。左右の逃げ道に一本ずつと本命の一本。魚雷は真っすぐ私に伸びる。これはこのままだと避けられない。私は目の前に迫る魚雷を跳び越えた。ジャンプである。電は驚く。跳び越えるのは予想できなかったのだろう。海水面に水飛沫を上げさせ着水する。私は砲撃を再開する。

 弾幕を展開しながら、魚雷を放つ。砲撃の水柱の陰になるように放った。予想通り電は雷跡に遅れて気が付いた。予想進路上に魚雷が迫る。私は砲口を向ける。私みたいに跳んで避けたとしてもそれを狙い撃ちする。

 しかし、電は海面に砲弾を撃ち込み。魚雷を爆発させる。電は水柱の中に消える。

 私は舌打ちをして、近づく。妖精さんが頬を叩いて海面を差す。魚雷があった。

 

「いつの間に!」

 

 何とか直撃を避けるが、魚雷が爆発する。被弾。小破。続いて、砲撃が飛んでくる。ペイント弾が顔に当たる。中破。さらに、魚雷が迫る。

 

 私は止まぬ波状攻撃になすすべなく、大破した。

 

 

 

 

 

「お疲れ様、なのです」

 

 電がそう言って、タオルを渡した。ペイント弾のペイントをそれで拭く。私は溜息を吐いた。

 

「電、強いわね」

 

「だてに、30年一人で戦ってません。3年間は艦隊行動も得意だったので、またあとで一緒に練習でもしますか?」

 

「まぁ、……また時間があれば、ね」

 

 埠頭に戻る。梯子を上ると、山風が迎えてくれた。

 

「二人とも、おつかれ……」

 

「ありがとう、山風。それで、何か思い出した?」

 

 車椅子上の山風は首を振る。呆気なく負けてしまったのが、原因だろうか。戦いも一般的なものではなかったような気がする。もう一度やる気は起きないが。

 

「とりあえず、何回か演習を見せて、山風ちゃんも一緒に艦隊行動の練習でもするとよいのです」

 

「私はいいけど、山風はまだ無理なんじゃない?」

 

「あ、あたしは、大丈夫、だと思う……」

 

 電がにっこりと笑う。色々と決まってしまった。私は嫌な顔をした。また負けるのは嫌だ。一応元男で年下の女の子に負けるのは、悔しい。

 

「霞ちゃん、もしかしてもう疲れましたか? 電はまだまだやれるのですよ」

 

 年下(33歳)に負けたくない。前世含めて私は年上(35歳)だ。私は再戦することに決めた。

 

 

 

 その日は電に一勝もできずに終わった。

 

 ついでに、山風は艦隊行動はできた。戦うことはできそうになかったが、海の上の進み方は体が覚えていたようだ。

 

 

 

 

 

 日が暮れた。夕食を済ませ、部屋に戻る。せっかく山風が起きたので、私と電の部屋に三人で寝ることにした。ベッドが二つしかないので、私が床に布団を敷いて寝る。

 

「霞ちゃん、私が床で寝るのですよ」

 

「いや、ここは私が床で寝る。というか、そうさせて」

 

「あたしとしては、一緒に寝ても、いいよ……?」

 

 山風がとんでもないことを言った。私は首を振る。

 

「怪我してるんだから、傷口が広がるといけないわ。一人で寝た方がいいわ」

 

「傷口、広がるかな……?」

 

「肘が頭に当たったりとかしたら、開くでしょ?」

 

「霞ちゃんって、そんなに寝相悪いですかね?」

 

「いや、念のためよ。念のため」

 

 それなら、と電がにやりと微笑む。

 

「電のベッドで一緒に寝ますか?」

 

 なんだか雲行きが怪しい。私は首を振る。

 

「一緒に寝るのはなし」

 

「なんでですか? 同じ女の子なのですよ?」

 

 電はにやにやしている。わざとやっているのか。山風の手前、元男であったことを楯に断れない。

 

 まごまごしていると、山風が、あたしも一緒に寝る、と言い出した。

 

「いや、山風は怪我があるから……」

 

「一緒に、寝たくない、の? 霞?」

 

 上目遣いで言われると、謎の罪悪感が襲う。

 

「傷口が開いたら、いけないから……」

 

「電。あたし、は、一緒に寝ちゃ、だめ?」

 

 治療は電がした。だから、山風は訊いたのだろう。

 電は笑って、大丈夫なのですよ、と言った。私は諦めた。山風は何故か喜んだ。

 

 

 

 その日は三人で一緒のベッドに入った。私が真ん中で、左右に山風と電が「川」の字になって寝た。

 寝たと言っても、私は寝付けなかった。寝返りを打つこともできなかった。前世の私なら喜んだろうが、現実と理想はこうも違うものなのか、と悩んだ。

 

 

 

 

 

     ☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 一週間が過ぎた。山風も走り回れるくらいに、元気になった。傷口も塞がって、艦隊行動だけでなく、演習もするようになった。もちろん包帯も取れた。

 演習の成績は、電が無敗、私が10戦5勝5敗、山風が全敗。どうやら山風の練度はそこまで高いわけではないようだ。

 

「まぁ、霞ちゃんが強いので、山風ちゃんの練度がはっきりとわからないのですけどね」

 

「それを電が言う?」

 

 昼食を終え、食器を洗いながらの雑談。この後も特にすることがないため、演習でもしようか、と言うことになっている。

 

「二人、強い。あたしも、頑張る」

 

 山風が両腕をぐっと握る。微笑ましい姿に私は笑顔になってしまう。山風は首を傾げる。ここ一週間の日常。外は穏やかな陽気。風も強くなく、波も穏やか。

 

 そんな昼に、けたたましいサイレンの音が響いた。この鎮守府に来てから初めてのことだった。

 

「この音は?」

 

 電に訊く。

 

「深海棲艦がこの鎮守府に近づいていることを示しています。まぁ、駆逐イ級でも反応するので、あまり心配はいらないと思うのですが……一応確かめてみましょう」

 

 洗い物を中途半端に残し、電はキッチンから出た。私も山風も電に続く。

 

 

 

 

 辿り着いたのは司令棟の警報機室という場所で、レーダーが搭載されている。電は慣れた手つきで部屋の機械を操作している。

 

「ここのレーダーは深海棲艦の大きさで敵の艦種を特定できるような機能が備わっているのです」

 

 そう言って、大きな画面に、赤い点と青い点が出てきた。電は目を細めた。

 

「結果は?」

 

「えっと……戦艦が三隻、重巡が二隻、ですね。それと……」

 

「それと?」

 

 電が振り返る。

 

「艦娘、駆逐艦が一隻なのです」

 

「追われているってこと?」

 

 そのようです、と電が頷く。

 

「出よう。その娘を助けよう」

 

 私はそう言っていた。山風も頷く。電は何かを考えるように、腕を組む。

 

「電、行こう」

 

「ちょっと待ってください。本当に助けるのですか?」

 

 私は首を傾げる。電が目を見る。

 

「もしかしたら、海賊、または反乱軍の艦娘かもしれませんよ。そのとき、電達が後ろから撃たれるかもしれないのです」

 

「海賊や反乱軍じゃないかもしれないわ」

 

「いや、ここは敵陣ですよ。忘れたのですか? こんなところにいる艦娘は訳ありなのは確定なのです」

 

「それはあとで確かめればいいわ。今は向こうも追われている。海賊や反乱軍でも、艦娘は艦娘よ」

 

 電は目をつむる。それから、目を開けて立ち上がった。

 

「分かったのです。行きましょう」

 

 私は山風を見た。

 

「山風はお留守番ね」

 

 驚く山風。電は頷く。

 

「もちろんなのです。練度が低いのです。戦艦三隻が相手の場合は、きつい言い方にはなるのですが、足手まといになるのです」

 

「……わかった。無事に、戻ってきて」

 

 私も電も頷いて、部屋から出る。工廠へと向かった。

 

 

 

 

 

 海に出て、沖へと進む。久し振りに、深海棲艦と戦う。久し振りと言っても、一週間ではあるが。

 前を電が進む。頼もしい背中に私は微笑む。後ろを振り向く。ヒゲの妖精さんがいた。ヒゲを撫でている。埠頭を見ると、山風が心配そうに見ていた。必ず戻ってくるから、心配しないで、と心の中でつぶやく。

 

 海は平原のように平らだった。波は私達が立てるもの以外はない。日も真上にある。

 

 砲撃の音がした。敵が見えてきた。前を進んでいる艦娘は煙を上げている。ここからだと顔が見えない。

 電が空砲を撃った。こちらを知らせるためのものだ。気が付いたのか、艦娘が横へ大きく避ける。砲撃の始まりだ。

 

 駆逐艦の砲撃は戦艦にはダメージを与えきれない。それでも撃つのは、こちらに注意を向けさせるため。追われている艦娘を逃がすため。

 何度か当たっているが、まったく動揺した様子がない。向こうも撃ってくる。腹に響く音。外れて後ろに大きな水柱。海面が揺れる。バランスを取りながら、敵に近づく。

 そろそろ、と電が魚雷発射管を構える。私も電に倣う。

 

「なのですっ!」

 

「沈みなさい!」

 

 魚雷が走る。向こうも遅れて雷撃した。それでも、私達はすでに回避行動をとっている。私達の魚雷は敵へと吸い込まれるように伸びた。

 

 大きな爆発音。水柱、その次に煙、そして炎が上がる。

 一隻を残して、沈んだ。その一隻、戦艦タ級は反転して、逃げる。

 

「逃がす訳ないでしょ!」

 

 私は追おうとする。しかし、止まった。進路上に水柱が上がったからだ。戦艦タ級は後ろを向いていて、撃てるわけがない。そもそも水柱が戦艦の大きさではなかった。

 

「霞ちゃん! 避けて!」

 

 え、と後ろを向く。遠くで電が叫んでいる。目の前には雷跡。あ、と思うと、接触した。

 

 

 私の意識は途切れた。

 

 

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