転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う   作:小雨乃小藪

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第四話 内地

     ~~~~~

 

 

 

 

 

 私は船上にいた。流石に何度目かの既視感のあと、ここが夢の中だと気がついた。何度も見る夢。12.7cm連装砲、艦橋、煙突。船は白波を分け、前へと進む。空は青い。雲はちぎれて、浮かんでいる。風は心地よい。

 

 艦首を見る。右にまとめた髪型の特徴的な少女。白い半袖のシャツ。吊りスカート。腰に手を当てている。

 

 少女が振り向いた。勝ち気そうな表情から哀愁のような、寂寥のようなものが読み取れた。

 

 あなたは?

 

 言葉に出す。声になったかどうかもわからない、か細い、弱い、かすれた声になった気がした。しかし、少女には聞こえたのか、より悲しそうな顔をする。

 

 私は……

 

 そこで意識が遠ざかる。

 

 

 

 

 

     〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 私は目を覚ました。見知らぬ天井が見えた。白い、落ち着きのある天井だ。

 壁に目を移動させる。天井と同じ色。右に窓があった。大きな窓だ。カーテンは中途半端に閉じられている。窓が開いているのか、風を受けてカーテンは膨れ上がったり萎んだりを繰り返す。陽の光が帯になって、揺らめく。

 

 上体を起こす。体を見る。白いシーツの布団に私は包まっている。ベージュの病衣を着ている。綺麗な緑髪の少女が椅子に座って、布団に顔を埋めている。

 意識がはっきりしていくと同時に、その少女が誰だかわかった。駆逐艦娘、白露型八番艦、山風。

 綺麗な寝息をたてて、すっかり寝ている。起こすのは気の毒だ。私は周りを見渡す。

 

 病院の個室らしい。ベッドが一つ。簡単な棚が一人分。窓と反対側の壁に横に開く扉がある。点滴が左腕に付けられ、一滴一滴落ちて行く。静かなリズム。

 少なくとも記憶にない場所。転生してから初めてくる場所。第138鎮守府、電が所属する鎮守府ではない気がする。カーテンの隙間から入る陽の光が昼間であることを教えてくれる。熱帯の暑さはない。穏やかな気候。

 

 扉がノックされた。扉を見る。扉が開けられた。淡い桃色の短い髪の少女が入ってきた。

 

「目が覚めたのね」

 

 そう言って、扉を閉める。少女は艦娘だ。『艦隊これくしょん』に出てくる陽炎型駆逐艦二番艦の不知火に特徴が似ている。

 

「あなたは?」

 

 一応訊いてみる。山風を起こさないように、優しい、おとなしい声を使う。向こうもそれに気がついたのか、近づいてきて、小声で言う。

 

「駆逐艦娘の不知火よ。第二世代の艦娘だから、駆逐艦の不知火の記憶は持っていないけれどね」

 

 第二世代。確か、人間から艦娘に改造されたという。私も霞の体を持った元人間という点は同じだった。

 

「……ここは?」

 

「本土、横須賀の軍病院よ。あなた、血を流しすぎていたから、輸血のために本土まで運んだの」

 

 そう言えば、そうだった。左の太腿を触ると包帯の感触があった。脚を銃で撃たれて、森の中で血を流しすぎて意識を失ったのだった。艤装を付けていな状態で怪我を負ったから、入渠では治らないのだった。その後どうなったのだろうか。

 ブラック鎮守府の艦娘を開放する作戦。作戦は成功したのだろうか。大将は間に合ったのだろうか。電は艦娘の避難を成功させたのだろうか。

 

「そうね。とりあえずは、大成功と言えるでしょうね。あなた達の活躍は」

 

 不知火が語る。

 私が憲兵所を襲撃する音で、憲兵たちは鎮守府の入り口にほとんど集まった。電と山風と菊月は第91鎮守府の艦娘全員を洋上に避難させた。時々憲兵が邪魔したらしいが、数が少なく難なく無力化させたらしい。その後大将が到着。第91鎮守府の司令官と憲兵は拘束され、本土へと送られた。

 その次に、なかなか戻って来ない私を捜索すると、森の木の洞の中で気絶しているのを発見。急遽本土へ送ることになり、山風が同伴することになった。大将と電と菊月、それから第91鎮守府の艦娘は現地に残ることになり、色々な手続きをしているらしい。

 第91鎮守府の提督はまもなく軍法会議にかけられる。しかし、彼は軍事的な成果を出しているため、判決は長引くだろうと予想しているらしい。

 艦娘を虐待していたのは悪いことだが、人類側にとってみれば、艦娘の虐待など些事だと主張する軍人もいるらしい。その話を聞いたとき頭に血が登って、目眩がした。不知火から無理はするなと言われた。

 

「数日はここで療養するといいわ。まぁ、早く帰りたいと言うのなら止めはしないけれど」

 

「……しばらくはここに厄介になるわ。……そう言えば、私を追ってきた憲兵は、何で私を殺さなかったのかしら」

 

「さぁ、それは後ほど調査するわ。今は、生き延びられたことを喜びなさい」

 

 それもそうね、と呟く。不知火は、それじゃ、と言って最後まで席に座らず扉へと向かった。

 

「何かあったら、ナースコールで呼びなさい。私はあなたが帰るまで世話をするように言われているわ。この病院にいるからナースコールで私の名前を出せばすぐに向かうわ」

 

 そう言って、出て行った。私は閉まる扉に礼を言った。病室が静寂になった。カーテンが風になびく音がする。他の病室で人の話し声がかすかに聞こえる。何を言っているかはわからない。穏やかな陽気。山風はすやすや寝ている。

 

 私はひとまず横になった。天井を正面に見据え、物憂げな気持ちが去来する。

 ブラック鎮守府の司令官や憲兵は拘束され、目標は達成された。軍法会議は長引くらしいが、司令官としては任を解いて、内地での任務に就かせるようだ。少なくとも第91鎮守府の艦娘は守れたのだろう。第138鎮守府、つまり電の所属している鎮守府にも影響はないだろう。しかし、私の中はもやもやしたものが残った。

 もやもやの原因は色々あるだろう。生き延びたこともそうだし、これから私がどう進めばいいのかもそうだ。その中でも一番のもやもやは、やはり夢の内容だ。

 

 軍艦。12.7cm連装砲。右サイドテールの少女。

 

 あの少女はおそらく、駆逐艦娘朝潮型十番艦、霞。つまり、今現在の私の体を構成している人物だ。

 なぜ何度も彼女の夢を見るのか。それも怪我を負って意識を失ったときに見る。何か法則的なものがあるのだろうか。そもそも彼女は何者だ。私の体の本来の持ち主なのか。それなら私は将来、彼女に体を返さなくてはならないのだろうか。

 

 疑問が尽きない。情報が少なすぎる。謎が多い。今悩んでも仕方ないのかもしれない。

 

 私は横の山風を見る。可愛い寝顔をしている。私は頭を撫でる。気持ちよさそうにしている。

 

 霞に体を返す、ということは皆とお別れする、ということだ。電や山風や、少しの間とはいえ菊月とも。数は少ない。期間も一週間から二週間の間だけだ。それでも、悲しいものがある。

 もともと私はこの世界の住人ではない。この世界にいる事自体が間違っているのかもしれない。それでも、居たいと思うのは間違いなのだろうか。だが、本来は彼女の体だ。返すのは当然とも言える。

 

「ん……ん?」

 

 山風が起きた。眠気眼を擦っている。私は山風に微笑みかけた。

 

「おはよう、山風」

 

「おはよう……。っ……! 霞、起きたの……!? 体は、大丈夫?」

 

「ええ、今の所は大丈夫よ」

 

 よかった、と山風が胸を撫で下ろす。

 かなり心配させてしまったようだ。私は頭を下げる。

 

「ごめんなさい。心配させて」

 

「本当だよ……。自分から一人で囮をやるって言ったときも、反対したのに……大丈夫の一点張りで……電は心配ないって言ったけど……あたし、作戦中、ずっと心配だった……」

 

 作戦上、鎮守府の艦娘を全員洋上に退避させるのに、人員が割かれるとわかっていたための、一人での囮だ。戦略的には艦娘の避難のほうが重要だ。鎮守府に潜入するのも、数が2隻や1隻だと、不審がられる。それに、私としては一人で戦ってきた時間が長かったため、一人での囮のほうが気が楽であった。

 それでも、心配させたのは変わりがなかった。

 

「ごめんなさい」

 

 もう一度謝った。山風は許してくれた。

 

「一応着替えとか、この棚に入れておいたから……。あたしもこの病院で、霞が治るまで、いるつもり……いいでしょ……?」

 

「ええ、ありがたいわ」

 

「不知火が、一緒の部屋にしようか訊いてきたから、お願いした……。もうすぐベッドがもう一台来ると、思う」

 

「別に良かったのに」

 

「いや、あたしが一緒の部屋で、寝たかったの……」

 

 どういうわけか、山風にはとても懐かれてしまった。好意を寄せられるのは悪い気はしない。悪い気はしないが、夢を思い出してしまう。いつか別れなくては、ならないのだろうか。

 

 山風が首を傾げた。

 

「霞、どうしたの? 顔色が、悪い」

 

「あ、ああ、なんでもないわ」

 

 私は誤魔化して、その日は他愛のない話をして、夜になった。山風のベッドは夕方運ばれてきた。

 

 

 

 

 

     〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 私は夢の船上にいた。

 今までは入渠のときや怪我で意識を失ったときに見ていたが、今回は病院で療養中のときに見ている。まだ怪我の後遺症が残っているからだろうか。何かしら法則でもあるのだろうか。難しい。

 

 風は髪を撫でる。頭に手を置くと、最近まで馴染みのある髪触りではない気がする。よくよく見ると、自分の体は前世のときの男のものだった。黒髪短め、背も三十代平均並み。

 懐かしさもあるが、私は前を見た。艦首方向。

 少女がいた。右サイドテールの特徴的な少女、霞。

 

『あなたは、霞、なのか?』

 

 私の問いかけに少女は振り向く。水の中にいる時のような声の聞こえ方がする。

 

『……名前なんて、正体なんて、意味はないわ』

 

 どういった意図の発言なのか、判断に困る。哲学的な、抽象的な、あやふやな言い方だ。

 私は続ける。

 

『あなたは、私の体の本来の持ち主ということでいいのか?』

 

『そうね。その表現が一番正しいわ』

 

 会話が成立したことに少し喜ぶが、少女の表情は暗い。

 それもそうだ。体を訳のわからない人間に乗っ取られているのだ。私なら怒る。喚く。そして、怒っても喚いても意味のないことを知って、悲しむ。彼女も同じとは限らないが、そう想像できる。

 

『あなたは……体を取り戻したいと思うのか?』

 

 一瞬、彼女から怒りのような感情の表出が感じられた。だが、瞬きの間にそれは悲哀の色を帯びていた。

 

『だから、それに意味があるのかって話なのよ』

 

 諦めている。私は彼女をそう見た。諦めているから、悲しそうな顔をしている。少なくとも私がこの世界で生きた五年間、彼女は自分の体を取り戻そうとした。しかし、全て無意味に終わった。諦めた。そう感じた。

 

『諦めるな』

 

 私は思わず口にしていた。彼女は侮蔑の表情を向けた。

 

『あなたに、何がわかるというの?』

 

『わからない。けど、駆逐艦娘の霞は、諦めない。私は前世でそう学んだ。少なくとも諦めたりはしない』

 

 それだけ言うと、私の意識はぼやけてきた。夢が終わる。

 

 

 

 

 

     〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 目が覚めると、病院のベッドであった。山風が隣のベッドで寝ている。すやすやと寝息が聴こえる。私は上体を起こす。

 

 夢の少女は、霞だというのは確定している。戻りたいかどうかは訊けていないが、おそらくこの体に戻りたいのであろう。でないと、あのような悲しい顔はしない。それとも他に悲しむべきことがあるのだろうか。

 何にしても、もう一度あの少女と話し合う必要がある。

 

 私は再びベッドの中に包まった。

 

 

 

 

 

 三日が過ぎた。あの夢はあれから見ていない。あの夢を見る条件は一体何であろうか。わからない。見たいときに見れないのは不便だ。

 体の方は順調に回復していっている。あと一週間もしないうちに退院できると言われた。

 

「霞……最近、暗い顔ばかりしている……」

 

 山風が覗き込んで言う。ベッドの上体を起こして、背を預けている格好の私は、そこまでわかりやすかったのかと驚く。

 

「ごめんなさい。ちょっと悩んでいて」

 

「何を……?」

 

 私は迷った。前世の話をするべきだろうか、と。『艦隊これくしょん』の話以外なら話してもいいかもしれない。

 

 私が悩んでいると、山風が両手を振った。

 

「あ、言いたくないなら、言わなくても、いいよ……?」

 

 そうは言っても、寂しそうな顔は隠せていない。どこか雨の日の濡れた子犬を思わせた。私は苦笑して、前世の話をすることに決めた。

 

 

 

 

 

「なるほど、で、その本来の霞は、元の体に戻りたいって……?」

 

「わからない。でも、たぶんそう思っていると思う」

 

 私は山風に転生したことを言った。『艦隊これくしょん』の話はしなかったが、元は人間で、死んで、霞の身体になっていることは伝えた。

 

「その、夢の中の霞は、戻りたいとは思っているかもしれないけど……あたしは、今の霞にいて欲しい」

 

 顔を上げる。山風が真剣な顔をして、私の瞳を覗き込む。

 

「いなく、ならないで……」

 

「そうは言っても、この体の本来の持ち主は彼女だから……」

 

 私は顔を伏せる。山風は首を振る。

 

「だから、二人が助かる道を、考えよ?」

 

 私はハッとした。盲点だった。彼女を救うことだけ考えていて、自分が助かる道を考えていなかった。もちろん今でも、どちらか一方しか助けられないということであれば、彼女を助ける。一度死んだ身だ。何かの間違いで転生憑依してしまっただけ。そこは変わらない。しかし、山風が私に残っていて欲しい、と言うのであれば、両方が助かる道も検討してみても良いのかもしれない。

 

 扉が叩かれた。入ってきたのは、不知火だった。

 

「ちょっといいかしら?」

 

「どうしたのかしら?」

 

「大将が帰って来られて、あなた達に直接会いたいそうよ」

 

 

 

 

 

 病室に大将が来た。50代くらいの年齢だろう。背はしっかりと伸び、体は鍛えられているのがわかる。白髪交じりの頭で、髭はしっかりと剃られている。

 

「霞くん、体の方は大丈夫かい?」

 

「はい、一週間もすれば退院しても良いということでした」

 

 私はそう言って、頭を下げた。

 

「大将には、この度、作戦に加わっていただき、ありがとうございました。電が信頼している方なので、来るとは思ってはいましたが、本当に来ていただいて、なんとお礼をいってよいのかわかりません」

 

「そんな堅苦しくしないで欲しい。いつも通りで、そちらの娘もね」

 

 大将は気遣うように、私と山風に言った。このわずかな遣り取りで大将の人柄がなんとなくわかった。私は肩の力を抜く。山風はまだ背筋をピシッと伸ばして、緊張している。

 

「山風くんには、向こうで会ったが、霞くんとはこれが初対面だね」

 

「はい」

 

「君の活躍は聞いているよ。一人で五年間も戦い抜いたらしいじゃないか。それに、ラバウル方面の敵拠点を弱体化させたのも君らしいじゃないか。すごいことだよ」

 

「そんな。私はまだまだです。電には手も足も出せませんでした」

 

 ふむ、と大将が微笑む。

 

「あの娘は本土にいた頃から強かったからね。演習では戦艦娘や空母娘と並び立つ活躍をしていた。もちろん実戦でもね。第138鎮守府の司令官が死んで、その後鎮守府も陥落した時はだいぶショックを受けた。しかし、それが虎視眈々と復讐を狙っていたというのだから、流石だと思ったよ」

 

 そういえば第138鎮守府は今後どうなるのだろうか。

 私がそう思ったのを汲み取ったのか、大将が説明する。

 

「第138鎮守府、通称ラバウル近海鎮守府は、正式に編成しなおすことになった。今まで通り電は第138鎮守府所属とし、君達二人も配属という形にした。さらに、第91鎮守府所属だった艦娘の一部を第138鎮守府所属とした。……第91鎮守府に残りたくないという者がいてね。その者たちの気持ちを斟酌したわけだ。まぁ、戦力増強の目的もあるけどね。それと、第91鎮守府に残る者は今まで通り任務に就く。二つの鎮守府の司令官は……臨時であるが派遣してある。どちらも信のおける者たちだ。心配はないよ」

 

 ありがとうございます、と私は頭を下げた。

 

「何、上に立つ者として当たり前のことをしたまでだよ」

 

 それと、と大将が後ろを振り返る。大将の後ろには不知火が控えていた。不知火は銀のトレーを大将へ差し出す。大将はトレーの上にあるものを白い手袋をはめた手で受け取る。

 

「ラバウル近海にいた泊地棲鬼の弱体化に貢献したとして、霞殿に勲章を授ける」

 

「え!? で、でも、私は弱体化はしたかもしれませんが、止めは刺せていません。それに、第91鎮守府が倒したのでは?」

 

 うむ、と大将が言う。

 

「確かに、第91鎮守府が行った貢献は大きい。しかし、その第91鎮守府の記録では、思った以上に敵の損傷が激しく、今まで以上に楽に攻略できた、とある。戦没艦も二隻。そのうち、一隻は菊月くん、もう一隻は山風くんだとわかっている。つまり、誰も死なずに済んだ。これも霞くんのおかげなんだよ」

 

 勲章よりも山風が第91鎮守府所属だったことに驚いた。私は山風の方を向く。山風は首を振った。

 

「まだ、記憶は、戻ってないよ……。でも、あたしがここに生きているのは、霞のおかげ……。ありがとう……」

 

 ありがとう。その言葉を受けて、不覚にも目に熱いものが込み上げてきた。私は顔を伏せた。目を閉じる。熱いものを堪えるために、心を落ち着けようとする。

 

 五年だ。五年の月日があった。一人で戦い続けて、泊地棲鬼に絶望して、それでも諦めずに戦った。

 誰かのために戦ってきた訳ではない。自分が生きるために戦ってきた。それでも、「ありがとう」の一言は温かかった。

 

 上を向く。目を開ける。天井がぼやけて見える。やはり、目を閉じる。大将も不知火も山風も、誰も、何も、言わなかった。

 

 

 

 

 

 一通り落ち着いて、勲章を大将自らが私の胸に付ける。胸章。なんだか付けているだけで誇らしく感じるのは私だけだろうか。

 

「さて、長居するのも悪いから、私は帰るとするよ。他に何か必要なものとか言いたいこととかないかい?」

 

 いいえありません、と言おうとしたとき、山風が勢いよく手を挙げた。

 

「あ、あの……っ! ひとつだけ……」

 

 注目されて、尻すぼみになる山風。大将が首を傾げる。

 

「なんだい、遠慮せずに言っても大丈夫だよ」

 

 山風が私を見た。私は首を傾げる。山風が私に近づいて、耳打ちする。

 

「あのこと、言っていい……?」

 

 私は何のことかわからず、眉を捻らした。山風はもう一度私に近づいて、耳元で言う。

 

「霞と、夢の霞、二人の話」

 

 山風が何を言いたいのか合点した。しかし、私は渋った。

 

「でも……大将に悪い気が……」

 

「何だね? 私に遠慮しなくていい。言いなさい」

 

 大将がそう言うが、私は渋る。大将に言うのは畏れ多い気がした。転生というオカルト的な話を軍の高官に言うのも憚られた。山風は私に言う。

 

「二人が助かる道を、あたしは考えたい。でも、あたし達だけでは、二人が助かる道を、思い付けない、かもしれない。だから、大将さんに相談するだけでも、何か進展があるかも……。だから、……っ! 言ってみよ……?」

 

 山風が懇願するように言う。私は悩んだが、大将に向いた。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

「なるほど、本来の霞……か」

 

 大将は椅子に座って、腕を組んだ。私は頭を下げた。

 

「すみません。こんな荒唐無稽なことを言ってしまって。けれど、事実なんです」

 

「にわかには、信じがたいが……」

 

 そう言って、大将は後ろに立って控えている不知火の方を向いた。不知火は首を振る。

 

「はい。艦娘の前世、つまり艦艇の頃の記憶があるというのは何度も聞きますが、人間から転生したという実例は不知火も聞いたことがありません」

 

 うむ、と大将。山風が身を乗り出して言う。

 

「でも、本当なんです……っ! 霞は、嘘を吐くような、艦娘じゃない、です……っ!」

 

 大将は手を振った。

 

「いや、別に疑っている訳ではない。ただ、初めて聞く内容に驚いただけだ」

 

 さてと、と大将はそう言って、顎をさする。私は訊く。

 

「やっぱり、本来の霞を助ける術は、思い付きませんか……」

 

「そうだな……すまない。私は力になれそうもない。不知火くん、君は何かわからないかね?」

 

 不知火は腕を組んで考え込む。

 

「不知火も……二人を助ける手段を思い付きません」

 

 私と山風は脱力する。そりゃそうだ、と私は頭を振る。転生とか、夢とか、オカルトチックにもほどがある。

 しかし、と不知火が顔を上げる。

 

「一人だけ、艦娘や深海棲艦について研究している者がいます。一度、その者に話を聞いてみるのも良いのではないかと愚考いたします」

 

「もしかして、彼女か? しかし、彼女は……」

 

 山風が前へ乗り出す。

 

「ぜひ……っ! その人に会わせてください……っ!」

 

 私は山風の必死さに温かい気持ちになるのを感じた。

 

 

 

 

 

 次の日。私は怪我が治っていたため、その研究者の下へと足を運んだ。案内は不知火。大将は仕事に戻った。忙しい中、第91鎮守府の案件に関わってくれた上に、私の病室まで来てくれた。そして、研究者へ連絡もしてくれた。大将には足を向けて寝れないな、と思った。

 

 軍病院から車で一時間して、その研究者がいる研究室に着いた。運転は不知火がした。艦娘も建造やドロップされてから十八年以上経てば運転免許の試験を受けられるらしい。

 

 研究室は、クリーム色の外壁だった。直方体のビルではなく、半球型の建物だった。

 

 不知火がガラス扉の横にある受付に行く。

 

「昨日、入館希望を連絡した艦娘の不知火です」

 

 受付のおじさんが小窓から顔を出す。

 

「身分証などはございますか?」

 

 不知火は懐からカードを渡す。受付の人は受け取り、確認する。不知火が私に向いた。

 

「そういえば、あなたは第一世代の艦娘だったわね。後で、身分証を作ってもらいましょう」

 

「あ、そうね。ありがとう」

 

 受付が確認を終わり、「どうぞ、お通り下さい」と言って、ガラス扉が自動で開く。

 

 

 

 

 

 エレベーターを上がった辺りで、そういえば、と隣の山風が少し緊張しながら、不知火に訊いた。

 

「今から会う、研究者さんって……どんな人、ですか……?」

 

 ああ、と不知火は廊下を進みながら、私達に振り向かずに言う。

 

「元艦娘なのよ。変人ではあるけど、悪い人じゃないから」

 

 元艦娘? と私は首を傾げる。元々人間だったのか、生粋の艦娘だったのか。不知火は私の心を読んだかのように説明する。

 

「生粋の艦娘よ。第一世代。でも、退役したのよ。理由は知らないわ」

 

 着いたわ、と不知火。山風はさらに緊張度を高めていく様子だった。私は、大丈夫よ、と背中をさすりながら、どの艦娘か気になった。不知火が扉をノックした。

 

 はいどうぞ、との声に不知火は扉を開ける。

 

 部屋は綺麗に片付いていた。奥のデスクに背の低い、銀髪の少女がいた。

 

「ようこそ、待ってました。元艦娘の瑞鳳です。よろしくね。早速だけど、話を聞かせてくれるかしら?」

 

 

 

 

 

 私が話を終えると、瑞鳳は、ふむふむと頷くだけで、何も言わない。何かを考えているようだ。山風は私の隣で居心地悪そうにソファーに座っていた。不知火は立っているのが落ち着くということで、壁に寄りかかりながら、話を聞いていた。

 

「なるほどね!」

 

 嬉しそうに瑞鳳は私達の前のソファーで揺れながら、顔を上げた。

 

「何か、わかったんですか?」

 

「ん? いや、何もわからないよ?」

 

 じゃあ何で嬉しそうなんだよ、と声が出掛かって、なんとか止められた。瑞鳳はもう一つ頷いて説明し始めた。

 

「実を言うと、科学的に魂の存在が叫ばれ出したの最近なんだよ。それまでは、約五十年前のとある実験、私達艦娘が現れる前の研究で人間には魂がないって実験結果が出てたの。その実験って言うのがね、脳の物質的な反応と精神的な意識が沸き上がる反応、どちらがタイミングとして早くに反応が現れるかの実験なの。脳の反応が先に出れば魂がない。意識の方が早ければ魂がある、って簡単に言えるわね。結論から言うと、意識よりも早く脳の方が反応したの。これはね、人間の意識が脳の思考プロセスから出て来た物質的な現象で、魂なんてない! って結論が導かれるわけなの」

 

 一気にそこまで言って、瑞鳳は私達の反応を見た。私は内容が完全に理解できたわけでなかったが、頷いた。山風は私の袖を強く握った。

 

「でもね、最近の実験結果だと、どうも違うらしいのよ」

 

「違うというのは……どういったことが?」

 

 私が訊くと、瑞鳳は天井を見て、また私達に向き直った。

 

「もう一度、実験精度を高めて、脳と意識、どちらが早く反応するかを再現実験を行ったの。それも、ほんの2,3年前のことよね。するとね、五十年前の研究結果と違って、意識の生成の方が脳の反応よりも早かったの」

 

「ということは、五十年前の実験結果が間違いだった、ということですか?」

 

 私が訊くと、瑞鳳は首を振った。

 

「おそらく違う。論文を見ても、当時の実験に間違いが出るところはなかったし、結果も明らかに脳の方が早く反応してたの。ここから導かれることは、この五十年くらいの間に、何かが変わった、ということよ」

 

「何か?」

 

 そう、と瑞鳳が嬉しそうに、口角を上げた。

 

「この五十年で変わったこと、それは、深海棲艦が現れ、艦娘が産み出された」

 

 瑞鳳は立ち上がって、デスクへと向かった。私は瑞鳳の気迫に圧されて、力が入っていたのを脱力した。『艦隊これくしょん』での瑞鳳と違う気がする。熱心に艦これをプレイしていたわけではないので、記憶違いかもしれないが、ここまで圧しが強かっただろうか、と疑問が残る。時々、九九艦爆を推していた気がするが、ここまで前のめりになるのは知らない。あとは「卵焼きたべりゅ?」くらいが記憶に残っている。

 

 瑞鳳が戻って来る。手には資料を持っている。

 

「実際に、深海棲艦と艦娘が現れてから、物理法則も変わっているのよね。今まで素粒子の理論で標準理論って言うのがあったけど、それが、深海棲艦が現れてから、相次いで標準理論と違った結果を出すようになったし、遺伝子学でも子が受け継ぐことがあり得ない遺伝子を表したり、色々とね、変わったの」

 

 だから、と瑞鳳はにっこり怪しく笑う。

 

「霞ちゃん、私のモルモットに、なってくれりゅ?」

 

 

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