転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う 作:小雨乃小藪
私は洋上にいた。
青い空、青い海、白い雲、白い波。陽の光はきらきらとさざ波を照らし、私は時々その眩しさに目を細める。
約50m先の向こう側洋上には山風が砲を私に向けて、立っている。その目は真剣なもの。
どうしてこうなったのか。私は溜息を吐く。来る衝撃に心を奮い立たせる。
時は瑞鳳からの提案を受けた時に戻る。
「霞ちゃん、私のモルモットに、なってくれりゅ?」
瑞鳳が言った。私は、噛んだ、と思った。山風は、「噛んだ」と呟いた。瑞鳳は口元を抑えていた。
しばらくして、瑞鳳は咳払いをした。
「霞ちゃん、私のモルモットになってくれる?」
言い直した、と私は思った。山風は「言い直した」と言った。瑞鳳は無視するように、私を見つめる。どこかプルプルしているが、気のせいだろう。
私は、首を傾げる。
「モルモットというのは、具体的にはどうするんですか?」
「おほんっ。具体的には、脳に電極を埋め込んだり、解剖したり、……そんな所かな?」
さらっと恐ろしい事を言う瑞鳳に、身構える。山風も霞の前に出る。不知火は我関せず、扉の所で立っている。
「はははっ、冗談だよ。じょーだん。少しだけ脳波を見たりはするけど、脳に電極埋め込んだり、解剖したりはしないよ」
一先ず安心する。この世界の艦娘の扱われ方がどういったものか分からないから、本気だと思ってしまった。
一応、艦娘を保護する法律や軍法があるのは、第91鎮守府の、つまりブラック鎮守府の件で知ってはいたが、心配なものは心配だ。もともと私はこの世界の住人ではないのだから。
まぁ、大将の紹介だから、そんな心配は必要ないかもしれないが、一応。
「でさ、その夢の中に出て来る霞ちゃんはどういった時に現れるの? 条件とか、状況とか、覚えてる?」
「えっと、……とりあえず、最初に見たのは、私が入渠して気を失っている時に。それが2回ほど。それと、本土に運ばれてからで、2回ほど。その時も怪我で意識を失っていました。その時以外は、見ていません」
「なるほどね。とりあえず、怪我して意識失っていればいいのかな? じゃあ、霞ちゃん、怪我してくれる?」
「え?」
そして、冒頭に戻る。
他に方法はなかったのか、と突っ込みたくなるが、口で言い包められ、仕方なく海上に出る。山風が、実弾で大破まで私を攻撃してくれるらしい。
一応、応急修理要員を積んで、出撃。ダメージコントロールのプロ集団(妖精さん達)が、わちゃわちゃと艤装内を移動するのが、わかる。ヒゲの妖精さんも他の妖精さんと仲良くしている感じだ。
ダメコンの上、山風からの砲撃は浅瀬で行うので、轟沈しても死にはしないだろう。……たぶん。瑞鳳や不知火が、大丈夫だと言っていたから、多分大丈夫だ。彼女達を信じるしか、今の私にはできない。
『それじゃ、始めてね』
無線で瑞鳳の声がする。近くにある浜で瑞鳳が手をふる。その横には何かあったとき用に不知火が艤装を担いでいる。
「っ! ……霞……行くよ……!」
山風が声を張り上げて、砲撃が始まった。
意識のあるまま、私は入渠施設に運ばれ、浴槽に入れられる。緑色の温かい液体が身体を包み込む。
頭にヘルメットのような物を被される。コード類で繋がれた黒いヘルメット。メカメカしい。
「これは脳波を読み取るものだよ〜。非侵略的に脳波を読み取って、こっちの機器に読み取らせるんだ」
なるほど、と思う。入渠施設には、色々な機器が持ち込まれている。瑞鳳の目の前には、パソコンがブルーライトを放っている。
後ろでカチャと鳴る。入渠時間が表示された。
こっから、夢の霞との対談だ。気合を入れよう。
〜〜〜〜〜
青い空。青い海。白い雲。白い波。
私は甲板にいた。12.7cm連装砲が暗く光を反射している。何度見ても実物の砲身は大きく見える。これでも、駆逐艦の兵装なのだから、戦艦の、特に大和の46cm三連装砲を見たら、私は腰を抜かしそうだ。
どっちにしろ、とりあえず、夢に入り込めたようだ。
身体を見る。前世の男の格好だ。さえない、サラリーマン風の格好で、船の上にいるのは場違い感がある。
辺りを見回す。今までは艦首に、本来の霞がいた。しかし、今見るが、艦首には誰も、何も、いなかった。波を掻き分ける、舳先が見えるだけ。
私はとりあえず、艦上を探した。
甲板にはいなかった。船の中に入って、下に降りる。機関室らしい場所、食堂キッチン、魚雷発射管、12.7cm連装砲。どこを探しても見つからない。
あと、探していない場所は。
甲板に出て後ろを振り返る。
艦橋。私は艦橋に上った。
霞はいた。操縦桿に両腕を置いて、身体の体重を預けている。目線は海の先。水平線から昇る雲だろうか。
『霞』
私は呼び掛ける。水の中にいる様な声の響き方。それでも聞こえたのか、霞が振り向く。
『また、来たの』
『ああ、……前回の返事を聞いてなかった気がしてな』
ふん、と霞は窓へ向く。艦首方向。私も窓を見ると、海と空だけが広がっているだけで、陸地は見えない。
『私は……』
霞が口を開いた。
『私は……あなたや他の子を犠牲にしてまで、助かりたいとは思わないわ』
予想外、とはいかないが、私は少し驚いてしまった。しかし、同時に納得もした。確かに、『艦隊これくしょん』の駆逐艦娘の霞は、気が強く、他への言葉遣いはきついものがあるが、心根は優しい。他人が犠牲になるのなら、その代わりに自分を捧げそうな、そんな艦娘だ。
私は山風の言葉を思い出した。どっちの霞にも助かってほしい、と彼女は言ってくれた。
『どっちも助かる方法はないのか?』
『誰かが犠牲になるわ。……私も詳しい事は判らないわ。だけど、……そう、感覚的に、判ってしまうの。この空間にいると、それが嫌でも分かってしまう。全員が助かる方法は、ないわ』
霞が言い切った。瑞鳳から聞かされたが、艦娘も深海棲艦も、いまだに不明な点が多い。オカルト的なものでもある。だから、霞の言葉は、たぶん正しいのだろう。
『それじゃ……私が犠牲になるしか、ないな』
私がそう言うと、霞は目を吊り上げて、怒鳴る。
『簡単に! 言いなさんな! 死ぬって事なのよ!?』
『でも仕方ないだろ? この身体は、本来君のだ。元ある所に戻すのが、正しいだろ?』
『よく考えなさい。私は生まれてからすぐに、あなたに身体を乗っ取られたわ。それから、五年。あなたが、私の身体を使っているのよ。私は一秒だって、自分の身体を使っていないわ! それなのに、私の身体だからと言って、あなたからその体を奪うのは、違うんじゃないかしら? それに、そもそも所有権を主張できないわ。だって、一度もこの身体を使ったことがないのだから……』
『そうは思わない。実効支配されていても、本来の土地は、その土地の所有者に返すべきだ』
『それでも、あんたには、五年間、この身体と共にあったのでしょ? 外で人との縁もできた。私には、一切、そういった縁はないわ。その縁を、私のわがままで、断ち切るのは、いけない! そんな権利なんて、誰も持ち合わせていないのだから……っ!』
そう言う霞は苦しそうな顔をしていた。無理矢理自分を納得させようとしているような表情だった。
助かる方法がない。単純に、私が死ねば良いと言う話でもないらしいことは、霞の台詞から分かる。私が死ねば、この身体も死に、この身体が死ねば、霞も死ぬ。難しい話だ。
しかし、だからと言って、諦める事はできない。目の前で辛そうにしている女の子を、独りにさせる訳にはいかないのだ。
『私は……君を助けたいんだ! だって! 私が君の本来の生活や権利を奪っているんだよ? 私が君が出会うべき人と出会えなくしているんだ! だから! 返したい!』
霞は優しい目をした。
『そんな事はないわ。確かに、私は本来の生活や権利を持つ事ができないけれど、その代わり、あんたを通じて、外の世界を知ることができたわ。そもそも、あんたじゃないと、あの海域から抜け出して、生き延びる事なんてできなかったはずだわ。別に……いいのよ』
『……それじゃ……君は、助かりたくないと、言うのか? それは、正しくないと、思う。だって、本来は君の人生だ』
『まだ言うつもり? そもそも、正しいって言うのは、その人が勝手に考えるだけの、判断よ。絶対的な正しさはないわ。つまり、あんたの独善的で独りよがりな考えよ』
『でも! そうだとしても! 君は……君は、寂しくないのか? こんな世界で、独りで、船に揺られるだけの、人生……』
霞は頭を振った。
『いい? 寂しさって言うのは、慣れるのよ』
私は怒りを覚えた。
なら! と言いかけて、意識が白濁するのを感じる。夢から覚める予兆だ。
私は必死で、頭の靄を払って、言葉を紡ごうとする。
『寂しいなら! 寂しいって言えぇええええええええええええ!』
〜〜〜〜〜
私は目を覚ました。目の前には、山風と瑞鳳、不知火がいた。三人共驚いた様な顔をしていた。
「霞、大丈夫……?」
山風が訊いた。私は頷いて、溜息を吐いた。
「説得はできなかったよ」
「そうみたいね。今さっき、叫んでたのを聞いてたから」
不知火が言う。三人が驚いている理由がわかった。意識がないはずの私が叫んで、驚いたのだろう。
「でもね、いいデータが手に入ったんだ」
瑞鳳が嬉しいそうに、入渠施設に持ち込んだ機材とパソコンに向きながら言う。
「どうやら、霞ちゃんの脳内には、二つの意識があるらしいね。脳波が二つ出てたよ」
「あの……瑞鳳さん」
「ん? 何?」
私は浴槽から上がって、瑞鳳に向く。
「私が消える方法って、わかりますか?」
山風がショックを受けた様な顔をする。私は慌てて付け足す。
「いや、その、……霞は私が消えないと、霞自体がこの身体に浮上できない、みたいなことを言っていたので……でも、私が死ぬって事は、この身体が死ぬってことなので、この身体が死ぬと結局霞も死んじゃう。……その、なんて言うかな……えっと、好奇心とかで知りたいと言うか」
山風は少し安心するような表情をする。私は心の中で山風に謝った。どちらか一方しか助からない場合は、私は私自身を犠牲にしようと思っている。一度死んだ身だ。その上、この身体は、本来霞のものだ。霞に返すのが筋が通っている。
山風は二人が助かる道を探そう、と言ってくれたが、現実的にどちらか一方だけしか助からないのであれば、私は迷わない。
瑞鳳は腕を組んで唸る。
「霞ちゃんを消す方法ね……夢の中の霞ちゃんは、なんて? 消す方法は言ってなかった?」
私は首を横に振った。
瑞鳳は天井を見上げ、そして私に向き直った。
「とりあえず、消えると言うのは、精神世界では死を意味するから。夢の中で死ぬと消えるんじゃないかな? 憶測だけど」
精神世界で死ぬ。そうすれば、消えられるのか。つまり、もう一度、夢を見て、そこで自殺すれば良いのか。
しかし、そもそも、と言って瑞鳳が笑う。
「私が死なせないよ。二人ともが生きられる道を考えてみるから、さっき出会ったとはいえ、知り合いが死ぬのは、もう見たくないからね。霞ちゃんも、あまり、早まった真似はしないでね?」
瑞鳳は悲しい目をしていた。退役した理由が原因なのだろうか。瑞鳳の過去を知らない私にとっては、瑞鳳の気持ちを推し量ることはできない。
とりあえず、研究室に戻ることにした。
「夢の世界を画像化したんだけど、見てくれる」
研究室に戻って、瑞鳳がパソコンと睨めっこして、一時間くらい経った。瑞鳳がノートパソコンを私の前に置く。
そこには、艦上の映像だった。色は白黒だったが、形は夢で見ったものとそっくりだった。12.7cm連装砲、魚雷発射管、等々。
「これです。この風景です。夢で見たのは」
「という事は……この男の人が……霞……?」
山風が驚いたように、画像を見る。
「私、霞がもともと、男の人だって、知らなかった……」
そう言えば、男であるとは言ってなかった気がする。
「ごめんなさい。山風。別に、黙っていたわけではないんだけど……」
「うんん。大丈夫……逆に安心したから」
安心? と私は首を傾げる。山風は何でもない、と頬を染めて、俯く。
とりあえず、と瑞鳳が声を出す。
「しばらく、この研究室にいて欲しんだけど、病院は退院したのよね?」
「ええ、霞はもう退院してあるわ。他の用事は、身分証明書などを新しく作る必要がある位ね」
「それなら、霞ちゃん! 今日からしばらく研究室で泊ってくれると、私が助かるかな?」
「それは……いいんですけど、もしかして瑞鳳さんも泊まるんですか? 私のためにそこまでしていただくのは……」
ああそんなこと、と瑞鳳は奥にある自分のデスクに戻りながら言う。
「私、ほとんど研究室に籠りっきりなのよ。だから、いつもと変わらないわ。それよりも、面白い研究テーマがやって来たんだから、これから楽しみだなって感じ」
この人がどんな人か、判りかけて来た。ゲームの瑞鳳も九九艦爆を推していたから、そんな感じだろう。
その日は寝る事になった。
一週間が過ぎた。
あれから、何度か、脳波を見たり、大破になったり、身分証明書を作るのに出掛けたり、して夢の世界に赴いたが、成果は得られなかった。どうしても夢の霞を説得できないでいる。その上、どちらも助かる道が見つかっていない。
夢の中で自殺をしようとすると、霞が止めて、未遂に終わっている。私は霞に助かってほしい。霞は私に助かってほしい。二人の意見が衝突している間は、どっちも救われない気がする。
研究棟の客間で、寝起きをしている私と山風。不知火は自分の鎮守府を往復して、毎日来てくれる。時間は長期戦を示していた。
「瑞鳳さん。何かわかりますか?」
瑞鳳は唸りながら、パソコンを見ていたので、私が横から尋ねた。瑞鳳は首を振り、溜息を吐く。
「それがね、霞ちゃんが出る夢を見ている時の脳波と、普通の睡眠時の脳波とで、全然違うの。普通の時は一つの脳波しか、つまり、霞ちゃんの脳波だけしか検出できないんだけど、霞ちゃんが出る夢を見ている時だけ、霞ちゃんと夢の中の霞ちゃんと思われる人の脳波二つが出るの。その原理が良くわからなくてね」
霞霞と紛らわしい、と思いながら、要約する。入渠時と、普通の睡眠で現れる脳波が違うという事だろう。
「つまり、入渠している時と、普通の睡眠時とですか?」
「そうそう。つまり、夢の霞ちゃん、本来の霞ちゃんが、どこにいるのか、判らないって感じかな? 当初は、霞ちゃんの脳内に二人分の霞ちゃんがいるのかと思ったけど、違うみたい」
瑞鳳は画面のデータを睨んで、うんうん唸りながら、色々とキーボードで何かをメモしている。
「もしかして……艤装を背負っているから……二つでるとか……?」
山風がふと、口に出した。瑞鳳が勢いよく立ち上がった。
「それだ!」
工廠に来て、艤装を背負う。頭に脳波を検出する機器を被る。
しばらくして、ビンゴ、と瑞鳳が言った。
「つまり、夢に出る霞ちゃんは、艤装に宿っている事になるかな」
「艤装ですか?」
「うん。だから、他の娘に、霞ちゃんの艤装を装着させれば、おそらく霞ちゃんの夢を見るはず」
「えっと、他の艦娘の艤装って、他の娘が装着できるんですか?」
「いや、できないよ」
できないのかよ、と心の中で突っ込む。
しかし、と瑞鳳が言う。
「もしかしたら、艤装を資材にすれば、そっちの方に、霞ちゃんが乗り移れるのかもしれない」
「? どういうことですか?」
瑞鳳は難しい顔をした。
「えっと、説明が難しいな。えっと……艤装の具体的に、どこに、霞ちゃんが宿っているのかを特定して、その部分だけ、新しい艦娘に移植するの。そうすれば、魂がそっちに移れるのかな、と思って」
「それって、新しい艦娘の意識はどうなるんですか?」
「えっとね。建造されるとき、魂が宿るのは、最後なの。だから、魂が宿る前に、霞ちゃんの魂が宿っている場所を移植すれば、なんとかなる? かも?」
「かもって……」
ははは、と瑞鳳が笑う。
「さすがに、前例がないからね。でも、二人が助かる方法として考えられるのは、そんな所かな?」
それでは、具体的に、どこに霞ちゃんが宿っているか、調べよう、と瑞鳳が電極を艤装に付け始めた。
私のほっぺたを触る人がいた。後ろを向くと、艦橋にいるヒゲの妖精さんがにっこり笑っていた。だいじょうぶだよ、と言っているような気がした。
「ありがとう」
私は礼を言った。
結果として、艤装には本来の霞は宿っていなかった。艤装を装着して、海の上にいないと艤装が動かないから、魂の反応も追えないのではないのか、という事になって、艤装を装着したままで、海に出た。艤装には多くの電極が埋め込まれていた。それでも、反応がなかった。
「やはり、入渠のタイミングじゃないといけないのかな……」
「そもそも、夢を見たのは、病院でもでしょ? なら、艤装は関係ないのではないのかしら?」
不知火が言う。
「そうだね……そんな初歩的な事も忘れてたよ」
瑞鳳が項垂れる。
山風が、あっと言う。
「どうしたの山風?」
「そう言えば、病院で、しばらくの間、妖精さんが、霞の近くにいたんだけど……それって関係ある……?」
「妖精さんって、ヒゲの?」
山風が頷いた。
四人全員が、ヒゲの妖精さんを見る。妖精さんは頷いた。
妖精さんに、電極を取り付けると、瑞鳳がビンゴと言った。
「妖精さんに、霞ちゃんが宿ってる……」
「つまりは、どういう事?」
「妖精さんとは別に、霞ちゃんの脳波が検出されたの。つまり、霞ちゃんは妖精さんに憑依しているって事かな?」
「妖精さんから、分離できればいいんですよね? どうやれば……」
「……言いたくないけど、妖精さんを新しく建造した子に埋め込むしかないわね」
「それって、妖精さんは無事なの?」
「そればっかりは……わからないわ」
瑞鳳が唸る。
妖精さん。私がこの世界に来てから初めて、会った子。妖精さんがいるだけで、一人の寂しさを和らげることができた。
その妖精さんが、いなくなるかもしれない、という可能性が心を苦しめる。
そう言えば、霞も言っていた気がする。他の子を犠牲にしてまで助かりたくない、と。あれはそういう意味か。
私が悩んでいると、電極を貼られた妖精さんがほっぺたを触った。
「何?」
身振り手振りで、何かを伝えようとしているが、何を言っているのかわからない。
「あ、私が見てみる。電極で脳波を見ているから、何言っているのかは何となくわかると思うよ」
えっと、と瑞鳳はパソコンのキーボードをたかたかと鳴らす。
「わかったよ。えっと、……え?」
何が書いてあったのか、私はパソコンを覗く。そこには
私ヲ犠牲ニ捧ゲテ
私は首を振った。
「……それは、無理だよ。出来っこないよ」
新しい文字がパソコンに浮かんだ。
大丈夫。助カルカモシレナイカラ
「かもしれないって……少しでもそんな可能性があるのならできないよ」
大丈夫。約束スル。勝手ニ消エナイ。信ジテ
私は、どうすれば良いのだろうか。
私は浜辺に来ていた。横須賀の海。太平洋が見える。青い海だ。背には、太陽が沈んでいく。夕日。赤い光が西から東の海を照らす。
私は落ち着くため、海岸に来た。
山風から、一人で考えた方がいいよ、と勧められて。電がいれば、電と相談もしたかったが、もちろんそれはできない。
私はどうすれば良いのだろうか。
霞を助けたい。これは嘘偽りない気持ちだ。
そして、自分も消えたくない。これも本心だ。
さらに、そこに妖精さんともっと一緒にいたい、という気持ちもある。
決めるのは、私だと言われた。それは確かにそうだ。霞の身体を乗っ取っているのは私だし、妖精さんは私の艤装に付いている妖精さんだ。私の判断で、全てが決まる。
こんな、難しい事を、私一人で決めなければならない。
霞とは平行線。そのままを維持しようとしている。
妖精さんは自分を犠牲にしようとしている。
私は、みんなが助かる方法を考えて、結局自分が消える道を考えてしまう。
浜に向かう前に、山風が念押しをして、「霞と一緒にいたい」と言われた。だから、自分が犠牲になる道は選べない。でも、私は私を犠牲にする道しか、考えられない。
波が岸に打ち寄せる。海は心地良い。心を安らげてくれる。
足を何かが叩く感触した。下を見ると、ヒゲの妖精さんだった。
私は浜に腰を下ろす。
「妖精さん、私は、やっぱり自分が犠牲になる道しか思いつかないよ」
妖精さんは首をぶんぶん振って、バツ印を腕で作る。その姿が、可愛らしくて滑稽に見えて、笑ってしまった。笑う事でもない気がしたが、それでも笑った。
ひとしきり笑って、私は妖精さんに言う。
「私は、妖精さんともっと、一緒にいたい。だから、絶対戻って来るって、約束して」
妖精さんと向き合う。妖精さんは私の瞳をつぶらな瞳で見返す。そして、しっかりと頷き、右手の小指を出した。指切りげんまんだろう。
私はその小指に自分の小指を絡めた。
~~~~~
私は夢の艦上にいた。今度は霞は艦首にいた。
『ねぇ、霞』
あらまた来たの、とでも言わんばかりに、私を見る。
『私は妖精さんを信じる事にした。でも、あなたには、この身体ではなく、他の身体に移ってもらう事になるかもしれないわ。その許可を欲しくてね』
『……私は……なんだっていいわ。この身体に未練はないしね。しかし、私以外が犠牲になるのなら、ごめんだけど』
霞は私を睨んで来る。私は微笑む。
『大丈夫。誰も、犠牲にならないよ。絶対に』
『この世には絶対はないのよ』
霞が睨んで来る。私は首を振る。
『絶対はあるよ。きっとね』
沈黙が二人の間に下りる。
しばらく、見つめ合ったままで、立っていると、霞が溜息を吐く。
『あんたに任せるわ。私はどうしようもできないから。妖精さんも、あんたを信用しているのよね? なら、私に止める事はできなわ』
私は頷いた。霞はどこか諦めた表情をしていた。きっと、妖精さんが犠牲になる可能性の方を危ぶんでいるのだろう。そして、それに対して、自分が何もできない事に憤っているのだろう。
それが杞憂であった、と思わせたい。しかし、私もどうすることはできない。最終判断は、私がしたが、妖精さんが助かるかどうかは、私にも介入できない案件だからだ。
それでも、私は妖精さんを信じる。
信じる事しかできない、自分に嫌気がさすが、それでも、信じる。
~~~~~
「それでは、建造を行うね」
瑞鳳が宣言する。オール30で資材を回す。場所は横須賀鎮守府の工廠。大将が司令官である、鎮守府だ。大将から許可を貰って、建造する。
目の前には、生体ポットの様な鉄製の容器がある。人造人間とか製造しそうである。中身は見えない。銀色の機体をしている。
「私達の研究結果から、途中で、異物を混ぜると、目的の艦娘が建造できることがわかってるの。異物と言っても、目的の艦娘と所縁のある遺物を入れないと、目的の艦娘は建造できないわ。今回は妖精さんの中にある、霞ちゃんの魂。霞ちゃんを建造するには、最適だね」
うん、と私は頷く。山風が心配そうに私の顔を見ている。私は大丈夫だと言って、山風を見て、妖精さんに視線を向ける、信じて、送り出す。
建造が始まった。00:22:00と言う数字が出た。
「とりあえず、残り二分位で、妖精さんを入れるね。妖精さんを入れる時、アラートが鳴ると思うけど、気にしないでね」
時間が過ぎて行く。私は祈るだけだ。
残り二分になった。瑞鳳がさっと妖精さんを持ち上げて、脚立で生体ポットの上を開けた。アラートが鳴る。しかし、それに意を解さずに、瑞鳳は妖精さんを生体ポットに入れた。
~~~~~
そこは青い空、青い海、白い雲、白い波の場所であった。
そこに霞は一人でいた。永遠の寂しさをここで味わうために。
『…………ん?』
気配がして、霞が振り返ると、髭を生やした妖精さんがいた。
『……何よ? あなたも、こっちに来たの?』
霞はそう言って、艦首から海を眺める。妖精が霞の足元まで行って、脚を叩く。
『……大丈夫よ。私は死ぬつもりはないわよ』
妖精さんがほっとする。霞はそれに人間臭さを感じて、微笑む。そして、妖精さんが上を指した。霞は指さした方角を見る。
光の帯が下りてくる。
~~~~~
アラートは鳴り響き続ける。
建造の時間を示す数値がバグを起こしたかのように、増えたり減ったりを繰り返す。銀色の生体ポットは蒸気をあちらこちらから噴き出して、いかにも大変な様子だ。
私は焦る。
「大丈夫だよ。霞ちゃん。これで大丈夫」
瑞鳳が落ち着かせるように言う。私はじっと我慢する。
そして、アラートが止んだ。建造の時間を示す数値はゼロになった。扉が開いた。
煙が噴き出す。だれかが、何かが、中にいるのはわかるが、煙で見えない。
しばらくして、煙が晴れる。
そこには、霞と瓜二つの姿をした少女がいた。勝気そうな目、青銀色の髪、右サイドテール、吊りスカート。
肩にはヒゲを生やした妖精さんがいた。見慣れた、妖精さんが右手を突き出して、親指を上げている。
少女は周りを見る。瑞鳳、不知火、山風、そして、私に目を止める。そして言った。
「霞よ。ガンガンいくわよ。ついてらっしゃい」