転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う 作:小雨乃小藪
本土から出発する日となった。
瑞鳳と不知火、そして、大将と埠頭で話をする。
「霞君、また本土に来たときは、ここによって来なさい」
「ありがとうございます。大将さん」
瑞鳳が寂しそうな顔をする。
「はぁ……どっちかの霞ちゃんは、やっぱり残ったり、しない?」
「瑞鳳、あなた、先程もその話をしていましたよ」
不知火が呆れたように言う。
「だって! いい研究対象なんだから! 仕方ないでしょ……」
そう、霞……本来の霞は、新しい身体を手に入れた。
新たな駆逐艦娘の霞として生まれ変わった霞は、他の艦娘がそうであるように、所属を決めなければならない。所属は、大本営の判断で決定される。大抵は、建造された鎮守府に配属されたり、ドロップされて最初に保護された鎮守府に配属されたりする。霞の場合は想定外の建造ということで、中途半端な立ち位置にいた。一応、横須賀鎮守府で建造されたため、横須賀鎮守府に配属というのが一般的な決め方だ。
しかし、霞は普通の建造の途中に介入して行われた特殊な建造であった。普通とは違う方法での建造のため、瑞鳳がいる研究室に配属した方が良いのではないか、と話し合われた。そこで、霞が意見を言った。
霞が所属する事になる鎮守府は、第91鎮守府になった。あの元ブラック鎮守府。戦力増強というのもあり、また、霞自身が私の近くにいたいからだという理由で。年に一度、本土の研究室、瑞鳳に身体を診てもらう事を条件に決まった。
同じ鎮守府に所属できればよかったのだが、同じ鎮守府に同じ艦名の艦娘は所属できないらしい。これは、名前を呼ぶときに混乱が起きるからだ。納得である。
「霞……えっと、私達の、……第138鎮守府の霞、そろそろ行かないと……」
「そうね。って、二人はもう出てるのね」
洋上から、早くしなさい、と霞の怒鳴り声が聴こえる。私は急いで洋上へ行く。
「それじゃ! 三人とも、お別れです! ありがとうございました!」
「ああ、気を付けて」
「警戒を怠らずに」
「本土に来たときは! 必ずよってね! お願いだよ!」
私は洋上へと飛び込んだ。
横須賀鎮守府が見えなくなって、青い空と海と、白い雲と波しか見えなくなった。風は穏やかであるが、波が高い。天気も晴れ。まさしく、天気晴朗なれども、浪高し。日本海海戦当日の様な陽気。
「ねぇ、霞」
私が個人無線で呼び掛けると、霞も前を見ながら、何よ、と言った。先頭は山風が進む。ラバウル近海までの道は山風しか知らない。私は出血多量で意識を失っていたから、第138鎮守府までの道のりが分からない。霞も同様に妖精さんの中にいて表にいなかったため、道順は知らない。ついでに、私は海図の見方も分からない。山風は道案内を兼ねている。
私は躊躇いながら、訊く。
「霞は……本当に、この身体じゃなくても……よかったの?」
またその話、と霞が呆れた様な顔を後ろに向ける。自分で決めたこととはいえ、やはり本人に何度も聞いてしまう。大丈夫、これでいい、とは答えてくれたが、私が納得できないでいた。
霞は前に向き直って、話す。
「私はみんなが助かればいいのよ。自分の優先順位は低いのよ。助かったら、儲けものってぐらいにしか思ってなかったわ」
そう言って、霞は何かを考える様にして黙った後、ふふふ、と笑った。
「私も、あんたも、似ているわね。自分を犠牲にするところとかね。だから、あんたが私の身体に入ったのかもしれないわ」
「でも、私は、一度死んだ身だ。だから、霞に身体を渡したかった」
私は話を戻す。どうしても、納得できないからだ。自分の中で、どうして納得できないのか、それは判らないが、それでも腑に落ちない感情を抱いている。
しかし、私の疑問に、霞は短く答えた。
「私もよ」
「え?」
霞が続ける。
「私も、艦艇のときの記憶があるのよ。その記憶では、私は終戦間近まで生き残った。その間、僚艦は沈んでいく。関わった船は壊れて行く。自分も何度も損傷したわ。そんな日々で、私は、坊ノ岬沖で沈んだ。あんたと一緒で、私も一度死んだのよ」
駆逐艦の霞の記憶。それは、私にはないものだ。艦艇の記憶。第一世代(ドロップ艦)と第三世代(建造艦)しか持たない経験。便宜上、第二世代の艦娘として扱われる私は、霞の持つ記憶を想像できないでいる。
「だから、私はあんたの決めた事なら、不満はないわ。だから、これでいいのよ」
そう、と言って私は何と言っていいのか、判らず、黙る。霞も特に何も話し掛けて来なかった。それでも、どこか納得の様な感情が私に宿ったのを感じた。
三隻は、航海に必要な遣り取りだけで、青い海の上を滑って行った。
いくつかの港を経由して、数日の時間が過ぎ、第91鎮守府へと辿り着いた。ここで、霞とはお別れになる。
寄港の連絡をして、港に着くと、金剛と榛名がいた。
「ようこそデース! 第91鎮守府へ!」
「今日は、ここに泊って行くんですよね? 部屋は用意してありますよ」
「ありがとうございます」
霞が敬礼する。
「この度、第91鎮守府に配属される事になった、朝潮型駆逐艦の霞です」
金剛と榛名も敬礼し返す。ようこそ、と声を掛け合って、自己紹介をする。
自己紹介の遣り取りが数回終わって、金剛は私に近付く。私は慌てて、敬礼する。金剛が、楽にしてくだサーイ、と言い、私は直る。
「アナタが、憲兵を引き付けてくれた、艦娘デスカ?」
「えっと、ブラック鎮守府を解放した時の作戦ですよね? それなら、私が囮をしました。第138鎮守府の霞です」
よかったデス、と金剛は嬉しそうに私の手を取った。手を触られて、私はドキッとした。
「アナタのおかげで、私達は、あの提督から解放されました。お礼を言っても言い足りマセン!」
「そ、そんな。私は、ただ戦力を分散しただけで。それに、最後まで役に立てたかどうかも不明ですし」
「そんなことアリマセーン! 確かに、私達を避難してくれた、電と菊月、そして、そこにいる山風には、同じ様に感謝してマース。ですが、陰の功労者とは、誰が何と言おうと、霞、アナタですヨ」
「あ、ありがとうございます……」
私は照れ臭くなって、そっぽを向いてしまった。山風と霞が微笑んでいたのが、見えて、さらに、恥ずかしくなった。
金剛に案内されて、私と山風は今日泊まる部屋へと行く。霞は榛名に案内されて、配属される部屋へと行く。ここで、一旦お別れだ。
「そういえば、ここに配属された、司令官さんに挨拶は?」
「アア……司令官というか、提督代理デスね。彼女は、今は近海の警戒に当たっています」
どうやら、大将の信頼できる艦娘を司令官代理として、第91鎮守府と第138鎮守府に送っているらしい。その後、正規の提督が両鎮守府に着任するという。
「それなら、第138鎮守府も司令官不在なんですね」
「そう言う事になりマース」
そんな世間話をしながら、部屋に辿り着いて、一晩泊まることになった。
燃料と弾薬等を満タンにした艤装を背負って、私と山風は埠頭に赴く。
迎えとして、金剛と、霞が来ている。提督代理は忙しくて、今日は一日部屋で書類仕事のため籠りっぱなしらしい。一度、挨拶に行ったが、書類の山が執務机を覆っていたのが、印象的だった。提督代理は瞳の色が曇っていた。元ブラック鎮守府という事で仕事が多いらしい。恨むなら、前提督に。
ついでに、提督代理は大淀だった。
「それでは、行ってまいります」
「ええ、向こうに着いたら、向こうの提督代理に、これからご近所としてよろしくお願いしマース、と言っておいてクダサイ」
「わかりました」
そう言って、私は霞に向く。
「霞」
「……何よ?」
少し俯いていたが、呼び掛けると顔を上げて、いつも通り、勝気そうな顔をする霞。
「また、会えるから、ね。あまり心配しないでね」
「……別に、心配はしてないわ。あんたは五年間も頑張って来たのでしょ? 逆に、私の方が、練度が低いから、鍛え直さないといけないわ。でも」
そう言って、霞は笑う。
「いつか、うちとあんたの所でやる演習では負けないから。それまで、沈みなさんなよ!」
「……うんっ!」
私と山風は海へと飛び込んだ。
「ねぇ、霞」
並走している山風から声が掛かった。
「ん? なにかしら、山風?」
「その……霞は、……やっぱり、寂しかった……? もう一人の霞と別れて」
私は考える。そして、笑う。
「寂しかったけど、また会えるってわかっているからね」
「でも、……」
山風が何か言いたそうにして、何も言わない。私は山風が言いたいことが分かった。
「わかっているよ。……確かに、今は戦乱で、どちらかがいつ死んでもおかしくはないわ。もしかしたら、どっちとも沈んでしまうかもしれない。絶対なんて、ないのかもしれない。けれどね……」
そう言って、山風を見る。山風も私を見ていて、目が合う。
「信じてるから……だって、ずっと私の妖精さんに宿っていたんだから」
ねー、と同意を求めて、後ろを振り返ると、ヒゲの妖精さんが親指を立てて、右手を突き出す。山風は少し、クスッ、として笑った。私も笑い、続ける。
「そう、一緒にいたから、……信頼できる。私は一緒にいた感覚は少ししかなかったけど、それでも信じられる理由としてはそれだけで、十分な気がするわ」
そうやって、青い海を波を掻き分け、進む二隻。
第138鎮守府に着いた。埠頭には、電がいた。
「霞ちゃん、山風ちゃん、お帰りなさいのです」
「ええ、ただいま。心配させてごめんなさいね」
電は目をぱちくりした。
「心配ですか? 電は心配してませんでしたよ」
あれ? と私はがっくしきた。勝手に心配させたと思ってしまっていた、自分に恥ずかしくなる。
電が首を傾げる。
「あれ? 覚えていませんか? 霞ちゃん、約束してくれましたよね?」
「え? 何のこと?」
今度は私が首を傾げた。電は溜息を吐く。
「『電の許可なく、勝手にいなくならない』と約束してくれたじゃ、ないですか」
そういえば、そんな事を言った気がする。この鎮守府に辿り着いて、次の日の朝にそんなことを約束した。
だから、と電が続ける。
「心配していませんでしたよ」
にっこりと笑う電に、私は信頼された照れくささから、頬を掻いた。
さぁ、と言って電が、歩き出す。
「とりあえず、ここの司令官代理さんのところに案内するのです」
「私が、ここの提督代理になった、加賀よ。よろしく」
航空母艦の加賀が、執務室の机から顔を上げて、自己紹介した。
私と山風は敬礼をする。
「本日付で、第138鎮守府に復帰することになりました、霞です」
「同じく……山風……です」
「ええ、話は聞いているわ。色々と活躍してくれた様ね。新しい提督が着た後、私はここ所属の艦娘になるから、その時はまたよろしくね」
短い遣り取りだけして、私と山風と電は執務室を出た。電は秘書艦だったが、私達の部屋まで案内してくれるようだ。歩いている途中、何人もの艦娘とすれ違った。
「そっか、第91鎮守府から、何人かこっちに配属になった娘がいるって言ってたね」
そのため、部屋割りも前の様にはいかないようで、別々の部屋になるらしい。寂しい様な、同じベッドに侵入してくる者がいない安心感があるやら、複雑だ。
「数としては、約三十人が配属になりました。一気に大所帯なのです」
そう言って、電は少し暗い顔をする。
私は首を傾げると、電は、いえ、と言って話し出す。
「やっぱり、ブラック鎮守府から来た娘達だな~って思っただけです。みんな、とは言いませんが、やはり多くの艦娘が心に傷を抱えているみたいですね」
何ともやり切れない話だ。それだけ、第91鎮守府の前提督や憲兵達は艦娘を虐げていた証拠だろう。新しい憲兵も第91鎮守府に配属されるらしい。私達の鎮守府にも後日新しい司令官と共に、やって来るらしい。
「そういえば、霞ちゃんは、覚悟はできましたか?」
「覚悟?」
電が、ふふふ、と笑う。
「前に言っていたじゃないですか? 駆逐艦娘の霞として生きて行くのか、それとも前世の姿に戻る方法を探すのか」
ああ、と私は納得して、考える。
前世の姿にはそこまで未練はない。前世では一度死んだのだ。まったく未練がないとは言い難いが、それでも駆逐艦娘として生きて行く覚悟は出来ている。新しい生を謳歌しようと思っている。
その旨を話すと、電も山風も、納得してくれた。
「それで? 駆逐艦娘の霞として生きる覚悟があるのなら、やっぱり霞としての振る舞いも身に付けないといけないですね」
電がそう言って、にっこり笑う。私は戸惑う。
「いや、でも、個体差はあると思うから、あまり霞に似せなくてもいいのでは……」
「まぁ、そうですね。今言った事は気にしないでください」
そう言って、部屋に辿り着いた。扉は開いていた。
部屋割りは同型艦で集められた。これは同型艦で一緒に行動した方が、艦隊行動をとりやすいという基本的な理由のためだ。わざわざ、違う部屋に配属して、夜間任務で関係のない娘を起こすのも申し訳がない。
私の部屋には、駆逐艦娘の霰がいた。奥半分が畳の部屋で、正座して窓の所で外を見ていた。
電が前に出る。
「霰ちゃん、こちら、今日から復帰する霞ちゃんです。仲良くしてくださいね」
霰が振り返る。どこか、暗い瞳をしていた。私は少々緊張しながら、挨拶をした。
「霞よ。第二世代の艦娘だから、艦艇の頃の記憶はないけど、よろしくお願いね」
霰は頷いて、そして、窓の外に顔を戻した。電は鼻から軽く息を出した。
「霞ちゃん、まぁ、分かっている思うのですが、霰ちゃんも傷ついた一人なので、よろしくお願いしますね」
電はそう小声で言った。私は頷いた。
「とりあえず、霞ちゃんの机と衣装棚は右です。霰ちゃんが左なので、よろしくお願いします。服とかは必要なものは電が揃えましたので、確認してください」
それでは、と言って私を置いて、電は山風と次の部屋に向かった。山風が、「頑張って」とエールを送るのが心地よかった。
山風が廊下を曲がるのを見送ってから、私は扉を閉めた。
扉を閉めると同時に、霰の肩が激しく揺れた。え? と思うと、霰がこちらに向いた。
「扉……開けて……」
私は言われた通りに、扉を開けた。霰の震えは収まった。頭を垂れて、私に多分感謝の意志を示し、そして、窓の外を見た。
なぜ? と思ったが、もしかしたらブラック鎮守府でのことを思い出すのかもしれない。確か、脱走防止用に牢屋の様な部屋で寝泊まりをしていたと菊月が言っていた気がする。それと関係があるのかもしれない。
私は靴を脱いで近付いて、一緒に窓の外を見た。海が見える。陽は真上にあって、遠くの海を白く染めている。波が穏やかである。
「何、見ているの?」
「…………」
訊いたが霰は何も言わなかった。私は諦めて、右の衣装棚を開ける。霞の、朝潮型駆逐艦娘の衣装が数着と、寝間着、それと下着があった。
いまだに、下着は慣れない、と思いつつ、ある程度揃っていることを確認して、特にすることもなくなった。
私は霰の観察をすることにした。
夕方になった。お昼ごはんは海上で取ったため、そろそろ夕ご飯の時間かな、と思う。
結局、霰は一切動かずに、窓辺の床で座って、外を見ていただけだった。どうやってコミュニケーションを取ればよいのか、何の手掛かりも得られなかった。
そんな事を考えていると、山風が来た。
「霞、……そろそろ夕ご飯だけど、……一緒に行く?」
夕食に呼んでくれたみたいだ。私は頷いて、霰に向く。
「霰も、一緒に行く?」
霰は何も反応しない、が。
ぐぅううううううっ~
腹の虫の音がした。霰からだ。私は笑顔になる。
「ほら、お腹もすいていることだし、食堂へ行きましょ?」
近付いて、肩に手を置くと、霰が泣いているのに気が付いた。
「……悲しいのに、なぜ……? ……お腹は空く」
私は目を瞑って、そして開いて、霰の斜め前に座る。
「お腹を空いているのは、生きている証拠よ。だから、食堂に行きましょ? ね?」
霰は頷き、私の手に引かれるように、部屋を出た。
「久し振りだな、霞」
「菊月! 久し振りね」
食堂では菊月と出会った。菊月も第138鎮守府に所属する事になった。やはり前の、第91鎮守府は辛かったのだろう。
私と山風と霰と菊月で、テーブルを囲み座る。食事は当番制で、本日の担当が台所で作ったものを私達が受け取ると言う形になる。
「菊月がこっちの鎮守府に配属になると心強いよ」
「どの口が言う。お前や電の方が戦力的には上だろ」
あははは、と笑って誤魔化す。知っている人がいるのが安心感がある、とは恥ずかしくて言えなかった。
「しかし、……そうか、霰と同じ部屋になるんだったな」
そう言って菊月が声のトーンを落として言う。
「そうよ。それがどうかしたの?」
「いや、……この話は後でしよう。今は食事だ」
四人でいただきますを言った。
食事が終わって、霰と部屋に戻ると、菊月が部屋まで呼んできた。
私は菊月と一緒に埠頭まで行った。風は少々強く、波が高いが、天気は晴れだ。
「それで? 話したい事って何?」
「ああ、……霰のこと、というか、新しくここに配属された艦娘全員に言える事だ」
私は身を固くした。
「まぁ、終わったことだが、それでも、後遺症がやはり、多かれ少なかれ全員にあるはずだ。もちろん、全員が全員、それを表に出している訳ではない。だから、その、心のケアは私達がするしかないんだ」
そこで言葉を切って、海を見る菊月。
「前の提督は……脱走防止用に牢屋の様な部屋に艦娘を収容していた。これは前に言ったかもしれないな」
私は頷く。
「鍵を外から掛けられた上、時々、憲兵から扉を叩かれて、出撃させられる。いや、出撃自体はいい。しかし、一度出撃した者が、帰るのはなかなかなかった」
話は続く。
「暴力も振るわれた。特に、霰は、独特な話し方をするから、それにいちゃもんを付けられて、ストレスのはけ口にされたらしい」
「酷い……っ!」
私が喉から声を出す。腸が煮えくり返る。菊月が優しい目をする。
「まぁ、どう接すれば、良いのかは分からないが、とりあえず、優しく接するしか、我々にできることは、なかなかないだろう。それでも、何か案があれば、教えて欲しい。それだけ、言いたくてな」
私は強く頷いた。
☆☆☆☆☆
それから、何度となく話し掛ければ、霰とはよく話をするようになった。電からは、「最近霰ちゃんばかりにかまって、少し寂しいのです」と揶揄われたり、山風が拗ねてしまったり、したが、何とかなっている。
一日の任務は正規の司令官がいない鎮守府では、近海の警戒と敵拠点の偵察と補給遠征のみで、激しい戦闘はほとんどない。空母は提督代理の加賀さんを含めて、三隻。他二隻は軽空母なので、敵拠点の偵察などでは良く組むことがある。そのときに霰とも一緒に出撃もした。
「新しい司令官が来る日時が決まったのです」
食堂で、電がふと言った。私が復帰してから一ヶ月も経った日だ。
「ちょっと……遅い……?」
「なんでも、政治的な遣り取りがあったらしくて、手続きが滞ったみたいですね」
山風の質問に電が答える。私達は五人で席を囲んでいた。菊月と電が向かいに、私の左右に、霰と山風がいる。
新しい司令官は一か月後にこの第138鎮守府に来るらしい。
「新しい司令官……ね。どんな人が来るのかしら?」
「なんでも、若い男の少佐らしいのです。大将さんが、人柄も含めて選んだ人なので、大丈夫だと思うのですよ」
そこで、私は霰が暗い顔をしているのに気が付いた。
「どうしたの、霰?」
「ん……、新しい司令官は……優しい人がいい……」
その言葉の裏には、ブラック鎮守府での出来事があるのだろう。想像するしかできない。
朝食を終え、今日は休暇である私は、他の娘達と交流しようと思って、とりあえず、電のいる執務室に来た。
「霞ちゃんが、声を掛けた方が良い娘……ですか?」
「ええ、私も何か手伝えることがないかなって思って」
そう言う事でしたら、と一枚の紙を渡された。
「新しい娘の一覧表なのです。正直、私と加賀さんだけでは、全員としっかり話せない事が多くて、助かるのです。心に傷がある娘のケアが万全にできているか、不安だったのです」
話を聞くと、部屋に引き篭もっている艦娘もいるらしい。
まだ、新しい司令官が来る前だ。その前に、ある程度、話を聞いて、どうしたいのか、判断したいと。もしもの場合、本土に行って療養してもらうかもしれない娘もいるらしい。
私は全員と話すことにした。
一週間を使って、新しい娘の話を聞いていると、あることが分かった。
どの娘も戦闘に対しては忌避感はないようだ。これはおそらく、艦娘としての本能か、何かが影響しているのだろう。全員が第一世代か第二世代の艦娘で、艦艇としての記憶も関わっているのかもしれない。
しかし、全員が全員、新しい司令官に対して、疑心を抱いているということも分かった。まだ会ってもいないというのに、深い不信感と猜疑心を持っていた。
おそらく、司令官・提督という立場の人間に不信感を抱いているのだろう。やはりブラック鎮守府での経験は悪い方に作用しているようだ。
そのことを電に伝えると、困った様な顔をした。
「そればっかりは、もうどうしようもありませんね。司令官さんが来てから触れ合って行って、その中で信頼関係を築いていくしかないのです」
「でも同時に、早急に対処しないといけない案件でもあるわ」
加賀が執務机から、意見を出す。
「もし、不信感が命令無視や反乱行為に発展した場合は、解体を視野に入れないといけないわ」
解体。それは工廠で艦娘を殺す事と同意義だ。ゲームでは、ダブり艦などが起きた時に、近代化改修と同様に、行われる措置。しかし、この世界では、艦娘の死を意味する。
同鎮守府に、ダブり艦が出た場合は、大本営を通して、他の鎮守府に移動になるのだが、ブラック鎮守府と呼ばれる鎮守府では解体を行っていると噂されている。悪行としてのニュアンスが大きい。それこそ、反乱軍や海賊に対する措置だ。
何か良い方法はないか、話し合ったが、結論は出なかった。
私は部屋に戻って、布団を敷いて、横になる。深いため息を吐いた。
「霞……何か悩んでいる?」
霰が声を掛けてくれた。私が艦娘・霞であると言うのもあるが、話し掛け続けて来た甲斐もあって、互いにフランクな関係になっている。
「いや、悩みって言うか……まぁ、新しい司令官の話よ」
「新しい司令官……」
霰が少し身構えた様に感じた私は慌てて補足する。
「新しい司令官はいい人らしいんだけど、他の娘が、どうも疑い深くなっててね」
なるほど、と霰は頷く。
「やっぱり、みんなも、前の司令官にイジメられたから……」
霰が辛そうな顔をする。私は上体を起こす。
「大丈夫? ごめんなさいね。こんな話しちゃって」
「ううん……大丈夫」
霰は首を振る。そして、最近するようになった笑顔を見せる。
「霞、優しいね」
「や、優しいかしら? 私自身は普通に接しているつもりだけどね」
霰が頷く。
「優しい。……霰は、本土で建造されたんだけど、その時本土で『駆逐艦娘の霞は気性が荒い』って聞いたから」
確かに、本来の霞なら、気性難かもしれない。しかし、そこには思い遣りや過去の武勲から来る自信などが手伝ってそうさせるのだろう。他の艦娘には世話焼きの態度も示していた。
そこで、待てよ、と思う。これが役に立つのでは、と。
次の日、電と加賀に私のアイディアを話した。
「いや、電達はいいのですけど、霞ちゃんは、大丈夫なのですか?」
「確かに、上手くはまれば、効果はあるでしょうが……しかし、やって来る司令官が優しい人だとは決まっていないのよ。失敗する未来しか見えないわ」
心配する電と加賀。しかし、私はこれ以外に方法が思い付かなかったのだ。
「とりあえず、試しにやってみて、それで駄目なら、新しい案を考えればいいだけですよ。ね? 司令官も大将が選んだ人格者なんでしょ? 大丈夫大丈夫。それに私は一度死んだ身。恐れる事なんて、ほとんどないわ」
「全くないとは言わないのですね……」
電が笑って、加賀に向き直る。
「この案で行きましょう、加賀さん」
「でも……いえ、そうね。本人がそう言っているのだから、そうしましょう。その他のサポートは私達がするわ」
話が決まった。
新しい司令官が来る日となった。連絡は量子通信で暗号化され、送られたため、深海棲艦にはバレていない。第138鎮守府、通称ラバウル近海鎮守府にも、量子技術が持ち込まれ、有効に活用している。
「霞……っ!」
廊下を歩いていると、後ろから呼ばれた。振り返ると、山風だった。
「やっと、見つけた……っ。電から、話聞いたわ」
「ああ、あの話ね」
私は照れるように頬を掻いた。
「私は反対……っ! だって、霞が嫌われたら……っ!」
私は山風の肩を軽く叩く。
「大丈夫よ、私は。それと、ごめんなさいね。私を好いてくれるあなた達に不快な思いをさせるかもしれなくて」
でも、と私は強く言う。
「これで、他の娘達が司令官に対する不信感を拭えれば、良い結果になるから、私は辞めないよ」
山風は何か言いたそうにして、諦めた様に脱力した。
「霞が……そこまで覚悟しているのなら、私は止めないよ……」
不本意だけど、と付け加えるのを忘れずに山風が恨めしそうに睨んだ。私は空笑いをした。
「補佐はするよ……でも……っ! 無理は、無理だけは、しないでね……?」
私は頷いた。
もうすぐ、司令官が到着する。
私が決めたことは、単純な話だ。
霞、本来の霞と同様に、司令官を罵倒する事だ。罵倒して、司令官が怒鳴らなければ、優しい人物だと他の娘に印象させることができる。
つまりは、印象操作だ。私が悪役をして、司令官がその被害を受ける。被害を受ければ、その分だけ、他の艦娘の同情票が集まる。その上で、司令官が笑って、私の罵倒を受け入れたら、他の娘達には、司令官に対する抵抗が少なくなる。罵倒でも、大人な対応ができる司令官として。
第91鎮守府の前の提督や憲兵が、ちょっとしたことで暴力や罵倒を行ったことを考えると、有効だと思う。
それほど、効果があるかは分からないが、やってみないとわからない事もあるだろう。
この話は司令官に一切話していない。知らされていないからこそ、信憑性が増す。そもそも、連絡しようにもすでに、船に乗って、連絡する手段が限られていたのも原因だ。連絡して、深海棲艦に見つかっても、意味がない。
そして、私は埠頭にいた。電と加賀もいる。他の艦娘も怯えながらも、どんな人が来るのか気になって、窓や壁の陰に隠れて、見ている。
沖に船が見えた。護衛の艦娘も船の周りに展開している。
ここからが、本番だ。私は駆逐艦娘の霞だ。ここから、私の新しい生活が始まる。
転生して、海の上を路頭に迷い、電に会い、山風を助け、ブラック鎮守府も成敗し、本来の霞も助け出し、色々とあった。だからこそ、乗り越えられるだろう。ゲームでの霞も、司令官の事を思って、あえて強い口調を使っていたのだ。
それが私にできるか、と言われると、弱気になるが、それでも、手本がある分、やりやすいだろう。
船が到着した。縄を
さてと、ここからが本番だ。
電と加賀が敬礼するのに対し、私はしない。護衛の艦娘が訝しげな顔をする。
私は口を開く。
「あんたが、新しい司令官? クズみたいな顔してるわね。何よ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔して? ……私? 私は霞よ。ガンガン行くわよ。ついてらっしゃい」
転生したら駆逐艦娘の霞になっていたので、とりあえず司令官をクズ呼ばわりしようと思う。
-END-
拙作を最後までご覧になっていただき、ありがとうございます
以下長文となります
内容としては、当たり障りのないことを書いています。……おそらく?
お時間を取らせてしまうことになるでしょう
興味がない、あるいは他のことをしたい、また余韻を楽しみたい、などの方はお手数ですがブラウザバックをお願い致します
あ、お読みになってくださるのですね
それでは、いくぶんか、お時間をいただきます
本作は、一度投稿した作品の再掲載版です
そのことは1話目の後書きで書かせていただいたので、省きます
本作は、思い入れのある作品です
私が完結できた作品では二つ目のものになります
一つ目のものもアカウント削除に伴い消えました
またいつかそちらも再掲載したいとは思っておりますが、内容と表現が未熟であったため、改定する予定です。当分は無理でしょう。閑話休題
二つ目の完結作品である本作は、自分の書きたいものを書いた作品となっております
ノープロットでノープラン。ただ筆の乗るまま、しかし筆をある程度コントロールする臨機応変さ。それが問われた作品だと思います
今回、評価バーが赤くなりました。お気に入り・感想・評価付与・しおり・ここ好き、そして何よりアクセス数、全てに感謝です。時間を惜しまず読んでくださり、嬉しい限りです
以前も、多くの方に評価していただきました。アカウント削除に対して再び謝罪を。ごめんなさい
今回と同様に以前も思いましたのが、「自分が書きたいものが他の方々の心を多少なりとも動かした」という点です
それはすごく印象的で、PCの奥底に眠っていた本作を読み直し、当時の記憶が蘇りました
俗な話ではありますが、やはり評価されると心躍るものがあります。とはいえ、次の作品で調子に乗りまして誹謗中傷を浴びることになりました。反省です。削除したとはいえ、ご指摘の内容は覚えております。過ちは繰返しませぬ
評価される。これはマイルドドラッグです。少量なら人生を豊かにさせます。しかし、度が過ぎれば悲しいことを引き起こしかねません
特に今回、自分の作品へ向き合う姿勢を変えてしまいました
とはいえ、評価されることに一喜一憂することは自然なことだと思いますし、けっして悪いことでもありません。一番大事なことを忘れずに0~10の評価やお気に入り登録の数、感想、アクセス数を楽しめばよいのだと思います
ここまで書いて、私が自分の作品をネットに投稿しようとしたきっかけを話したいと思います
とはいえ、長い話ではなく、単純に、「このままでいいのか?」という誰もが抱きがちな人生についての問いからです
趣味で、二次創作やオリジナルを書いておりました。どこにも応募せず、どこにも公表せず、そして未完のままPCの底に落とす創作活動でした
良く言えば自由。悪く言えば無駄。そこから自然と湧いた問いでした
「完結させよう」「誰かに見せよう」「本作を突き詰めよう」
そう思いました
完結すれば何かが変わる。誰かに見せれば何かが変わる。突き詰めれば何かが変わる。紆余曲折あり、そう思いました
結果はどうだったか。それはご想像にお任せします
さて、今後の活動ですが、匿名投稿で続けたいと思います。これも1話目の後書きで書いていますので、ご興味のある方は無理のない範囲でお読みになってください
おそらく名前も変わるでしょう。文章スタイルも変わるでしょう。オリジナル・二次創作。二次創作でも原作が変わるでしょう。それでも続けていきます
当面の目標は二つ
一つは、最初に完結させた作品の改定作業です。これは時間がかかるでしょう。それくらい、手入れをしないといけないと思います。なので、その作品には申し訳ないですが、後回しにさせていただきます
そして、二つは、やはり、誹謗中傷された作品のリメイク再掲載です
意外に思われた方や、止めとけと仰る方がいらっしゃると思われます。それでも未完のまま終わらせたくない。最後まで書ききりたい。そう思いました
その作品は、最後の構想までできております。後は、肉付け作業のみ。私はもう調子に乗りません。評価だけに惑わされません。そうすることで、本作は完結するだろうと希望的観測を抱いております
とはいえ、そちらの作品も匿名投稿になります。ここではまた別の話。別の機会にさせていただきましょう
改めまして、拙作をお読みになってくださり、ありがとうございます
自分のことばかり後書きで話してしまい、また、誰目線? と聞こえそうな書き方。申し訳ありません。しかし、決意表明したかったのです。読者様の寛大な心に最大限の感謝を!
それでは、拙作が読者様の心の糧となり、人生をより豊かなものにすると信じて、筆を置かしてもらいます
それでは、また、次の機会に
長文失礼しました