「今日は何事もなく平和ですね」
「だな。毎日、これなら書類も少なくて楽なのによ」
今日は特に平和な日だった。大した事件もなく、精々迷子の子どもを保護しただけだ。ひどく暇な日であり、パトロールも先輩とエリー都をドライブしているだけだった。
「明日は王明たちが教団に乗り込むんだったな」
暇なシュヴァルツは王明に話しかける。
「何事もなく終わりますよ。そうだ、その時にアベルも連れて行っていいですか?」
「いいけど⋯⋯何でだ?」
「二人一組にしたいそうです」
「俺はいいが⋯アベルは大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。王明、明日の何時?」
「一応、10時に乗り込もうって話だ」
「わかった。準備しとくよ」
「悪いな」
「気にしないで」
定時まであと一時間、書類も作り終わり、出来ることは温かいコーヒーを啜るだけである。他の治安官たちも暇なのか、駄弁る者や観葉植物の世話をする者やボーっと窓の外を見る者、銃の手入れをしている者もいる。
「マージで暇だな」
「まあ、僕らが活躍しないのは良いことですよ」
僕らが活躍するということは、それほど治安官が必要な事態が起きているということだ。
「そういや、讃頌会だけどよ⋯」
シュヴァルツ先輩が何かを言おうとした瞬間⋯
ビィー!! ビィー!! ビィー!!
「ゼロ号ホロウ拡大を確認! 繰り返す! ゼロ号ホロウの拡大を確認!! 全治安官は第二戦備態勢へと移れ! 全治安官は第二戦備態勢へと移れ!」
赤色のサイレンと警告音が治安局に鳴り響く。ゼロ号ホロウの拡大警報であり、治安官にとっては激務の始まりである。
「はぁ!?」
「まじかよ」
「おいおい、こんな定時前に⋯」
「だぁー! 平和だと思ったらこれだぜ!!」
「クソっ⋯ホロウめ!」
「やだー!」
ゼロ号ホロウの拡大⋯今日は残業確定だね。
その頃、長官室ではダーラン長官が警報を聞いていた。
「っ! ゼロ号ホロウの拡大スピードを確認しろ!」
「え?」
ダーラン長官はゼロ号ホロウを監視していた治安官に対して、焦るように聞く。
「早く!」
「は、はい!」
長官に命令された治安官は監視装置を操作してゼロ号ホロウの拡大スピードを確認する。そこには、明らかに異常な速度で拡大するホロウが映っていた。
「な、なんだこの拡大スピード⋯装置の故障? いや⋯でもこれは⋯」
「直ちに第一戦備態勢へと移行! 全治安官に対して武装命令を発令せよ!」
「り、了解!」
「SATと銃器対策部隊、機動隊にも出動命令を出せ! 非番の治安官にもだ!」
そう言いながらダーランはマイクを手に取る。
「治安局及びパトロール中の全治安官に継ぐ! ゼロ号ホロウの拡大を確認した! だが、今回のゼロ号ホロウ拡大スピードは異常である! 直ちに第一戦備態勢へと移行し武装せよ!」
アベルたちはダーラン長官の放送を聞いていた。彼の焦るような声と、第一警戒態勢への移行の早さから治安官の大半は動揺している。
「もう第一戦備態勢に?」
「武装命令って⋯⋯」
だが、治安官として次に放たれた言葉に多くの治安官が行動し始める。
「諸君らの多くが混乱しているだろうが、今回のゼロ号ホロウの拡大スピードは異常だ! 直ちに我々が行動しなければ市民に大きな被害が及ぶ! 繰り返す! 第一戦備態勢に移行し武装せよ! エリー都を守れ!!」
エリー都を守る。それが治安官の使命である。
「⋯そうだな。俺たちが動かねえと」
「よし、直ちに行動に移せ! ゼロ号ホロウに巻き込まれた市民を救助するぞ!」
「ムーア! 俺と一緒に来い!」
「王明! カズキ! 中央部の市民を助けに行くぞ!」
「俺は住宅街の市民に避難指示をしてくる!」
「ロバートとキャンベルは大通りで交通整理をやれ! 絶対に渋滞が起きる!」
「装甲ドーザー隊も行くぞ! 崩れた建物が避難の邪魔になる!」
各々が出来る事を即座に判断し走って動き回る。武装命令を受けた治安官たちは銃保管庫に行き、サブマシンガンのMMP34やショットガンのSPA12、命を守る為のベストであるTC-V3を装備する。数に限りがある為、一部だけだが野戦帽ではなく頭部を守るシュタールヘルムを装備してホロウに向かう者も現れる。
「アベル! 俺らも動くぜ!」
「はい!」
僕らはTC-V3ベストを着てから走って駐車場に行き、小型トラックのエンジンをかける。市民を乗せて安全圏に避難させる為に使うのだ。
「長官が沢山の車両を納入したおかげで、即座に行動に移せますね」
ダーラン長官が重火器を納入しようとする前に大量の車を納入したのだ。当初は誰がこんなに使うんだとなり、結果パトロールを行う治安官が増えただけだが⋯まさか、こんな風に役立つとは。
「おっしゃ! 飛ばすぜ!」
「安全運転でお願いします」
駐車場のシャッターが上がり、地下駐車場から大量のパトカーと小型トラック、機動隊を乗せたバスやSATを乗せた装甲車が出る。地上の馬舎からは騎馬治安官がMMP34を携えて、ホロウへと向かう。
「行くぞ!」
治安局に残った者たちも忙しなく動き回っていた。
「消防局に連絡しろ! 絶対に火災が起きる⋯救急車の支援も要請しろ!」
「ああ、そうだ! ゼロ号ホロウが拡大してる! 異常なスピードでな! 今回の負傷者の数も異常になるぞ! 中央総合病院は大量の負傷者が来る準備を!」
「軍に増援を要請しろ! 対エーテリアス戦のプロがいないとエリー都は守れん!」
「新入り! 弾薬を掻き集めろ!」
「負傷者の受け入れ準備をしよう。ホールにベッドや薬品を置くんだ」
「警報鳴らせ!」
「ゼロ号ホロウの拡大が確認されました。市民の皆様は落ち着いて新エリー都に避難してください。繰り返します。ゼロ号ホロウの拡大が⋯」
治安官全員がエリー都と市民を守る為に動き始める。
アベルたちはゼロ号ホロウに向かっていた頃、軍の基地内でもホロウに対して出動の準備をしていた。ホロウ拡大を抑えるための先遣隊が編成されていたのだ。
「レテ、装甲車の準備は」
「いつでもどうぞ」
「よし⋯ん?」
基地前が騒がしい。どうやら、大量のパトカーやトラックがホロウに向かって走っているようだ。ライアー小隊の面々は基地の外に出ると、ちょうどトラックが目の前に止まる。
「アベル!」
「トリガー! 軍の方は!?」
「先遣隊派遣の準備をしています。それよりも、この出動数は?」
「今回のゼロ号ホロウは異常だ。僕らは一足先に市民の救助をしてくる」
「わかりました⋯お気をつけて」
「ああ、そっちも」
トラックは猛スピードでゼロ号ホロウへと向かう。その後をパトカーや騎馬治安官が続いてゆき、少し遅れて大量の消防車と救急車もエリー都中央部へと向かう。トリガーは彼らの後ろ姿を見て妙な胸騒ぎを感じていた。
「急ぐぞ!」
「はい!」
だが、こんな時に立ち止まって何かを考えている暇はない。急いで対処せねば犠牲者が増えるだけだ。
エリー都中央部
ゼロ号ホロウの拡大が退勤ラッシュの時刻と重なった事もあり、市民たちは混乱していた。ホロウから逃げようと大勢の市民が自分の足や車で逃げていた。
「逃げろぉ!」
「ホ、ホロウが来るぞー!」
「お婆ちゃん早く!」
「ママー!」
しかし、ホロウの拡大は凄まじいスピードであり、それに応じてエーテリアスたちも無防備な市民を殺そうと無慈悲に襲いかかる。
だが、そうはさせまいとエリー都の中央部付近でパトロールをしていた治安官が拳銃で応戦する。エリー都に銃声と悲鳴が鳴り響く。
「ダナム、本部からの応援は!?」
「あと5分で来ます!」
パトカーの荷台に載せていたショットガンを取り出して、襲いかかるエーテリアスと戦う。
「くっ⋯数が多すぎる」
今、目の前にいるのはアルペカやティルヴィングなどの弱いエーテリアスがメインだ。しかし、いくら何でも数が多すぎる。だが、ここで諦めてしまえば市民への被害が目も当てられないことになる。
「くそったれ! 弾切れだ!」
一部の治安官は弾の切れた拳銃をしまい、警棒でエーテリアスと応戦する。近づくぶん危険だが、背に腹は代えられない。
「パトカーに少し弾薬が積んである! それを使え!」
「了解! っ⋯邪魔だ!」
襲いかかってきたエーテリアスを警棒で殴り、地面に叩きつける。
「ここを死守するぞ!!」
「「「了解!」」」
長い夜の悲劇⋯旧都陥落の始まりである。