アベルとシュヴァルツはエリー都中央部に来ていた。周りには避難する市民が大勢おり、治安官たちが避難誘導などをしている。
「市民の数が多いですね」
「乗せられる人数には限りがある⋯足の遅い子供と年寄りを優先するぞ」
「了解」
全員を乗せて避難したいが、さすがに不可能だ。なら、足の遅い人たちを乗せてエリー都に続く大通りまで避難させるのが優先である。
「お年寄りと子どもの方はこちらに!!」
子どもとその親を小型トラックに乗せる。目の前にいるのは子どもが五人と親が三人である。トラックに乗せられる人数が八人のため、幸いにも丁度である。
「わ、私たちも乗っていいんですか?」
親の一人が聞く。子どもを免罪符に、体力の有り余っている自分たちがトラックに乗ることに罪悪感を覚えているのだ。
「もちろんです。さあ、乗ってください」
親と子ども、両方助けなければ意味がない。遺された方の悲しみはどうなる。
子どもとその親を乗せ、すぐにトラックで大通りへと向かう。道中では救助隊が怪我をした市民の応急処置していたり、消防隊が火災を鎮めようと奮闘していた。
「ママぁ⋯」
「大丈夫よ。お父さんがエーテリアスをやっつけてくれるわ」
「パパ、私たちのお家は?」
「大丈夫だぞ。今は皆で新しいお家に引っ越しているんだ」
車内では子どもたちは不安そうに涙を流し、大人たちは心が挫けそうになりながらも、子どもたちをあやしている。それを見たアベルは振り返る。
「安心してください。必ず皆様を安全圏まで連れていきます」
「⋯治安官のお兄さん。パ、パパも助けて」
「こら⋯」
「もちろん。お父さんのお名前は?」
「ステュクス⋯」
アベルは一瞬だけ驚く。顔見知りの名だったからだ。
まさか、こんな混乱の中でもご家族と出会うなんて、意外と世間は狭いらしい。
「わかりました」
そう言うとトラックは止まる。どうやら、大通りに着いたらしい。まだ混雑もしていないため、ここからなら歩いて行けばエリー都まで安全に行けるだろう。
「よし、ここらでいいだろう」
「はい。皆さん、安全圏に着きましたよ」
トラックから降りて荷台を開け、市民を降ろす。
「ここから、真っ直ぐ進めば新エリー都です。振り返らずに避難してください」
「ありがとうございます! 助かりました!」
お礼を言った市民たちは、駆け足で新エリー都に向って進む。
「さあ、戻るぞ」
まだまだ助けるべき市民は大勢いる。それに、仲間たちがエーテリアスと戦っているのだ。急いで、中央に戻らなければいけない。
トラックに乗り、中央部へと向かう。市民たちが大通りへ向かって避難している。つまり、まだエーテリアスの侵攻とホロウの拡大を受け止めているというわけだ。
「今はまだ何とかなってるが⋯⋯大丈夫か?」
「やれることをやるしかありません」
「こちら、エリー都中央部! エーテリアスの攻撃が激しく負傷者多数! 増援を求む⋯増援を!!」
「急ぐぞ!」
「はい!」
ライアー小隊
軍の基地からは、既に先遣隊が派遣されていた。その中にはライアー小隊もおり、装甲車に乗ってエリー都の中央部へと向かっていた。
「治安官たちの無線だ⋯聞くぞ」
傍受した治安官の無線が車内に流れる。
「こちらムーア! 弾薬補給を要請する!」
「劇場で多数の市民を発見した! バスを送ってくれ!」
「負傷者が多い! 中央総合病院に運ぶ!」
「市役所にエーテリアスが大量に来てる! 増援を求む!」
無線から聞こえる治安官たちの怒号と銃声は、必死に市民とエリー都を守る為に戦っている証拠だ。だが、状況はかなり厳しいのが無線から伝わってくる。
「治安官にしては頑張っている方だ」
レテの言う通りだ。対エーテリアス戦闘法どころか、エーテリアスと出会ったことすらない者もいるはずだ。なのに、ゼロ号ホロウの拡大を少しでも抑えようと奮闘している。
「我々の作戦目標は治安官と共同で市民を救助し、ゼロ号ホロウの拡大を抑えることだ」
「増援は?」
「後から来るそうだ。増援部隊の支援攻撃に市民が巻き込まれる可能性があるからな。まず、我々は中央部へと向かう」
カロンが作戦を説明していると、トリガーの視界にあるものが映る。それは、火災現場で消防隊員と治安官たちが救助活動と鎮火活動をしている場面だ。だが、問題なのはそれではない。燃えているビルの屋上にエーテリアス、トラキアンがいたのだ。
トリガーは思わず装甲車の窓を開ける。その時にカロンも気づく。
「上です!!」
「っ! 治安官、そこから離れろぉ!!」
「え?」
トラキアンはビルの屋上から飛び降り、真下にいた治安官を槍で突き刺す。刺された治安官は声すら上げられず、絶命した。
「エ、エーテリアス!?」
「バートン!! この、クソエーテリアスがあ!!」
その場にいた二名の治安官は持っていた拳銃とサブマシンガンを連射する。トリガーも窓から、プレゲトーンでトラキアンを狙い撃つ。
「ギャア! グバァ!」
トリガーの放った弾丸数発がコアに命中し、トラキアンは壁にもたれるように倒れ、エーテル粒子となって消えた。
「バートン! バートン⋯⋯先輩を置いて先に逝くなよ」
「あれは⋯もう駄目だ」
コキュートスは悔しそうな表情を浮かべながら言う。素人目で見てもわかる。心臓を一突きにされて、生きている人間がいるだろうか。
「レテ⋯進むぞ。早く中央部に向かへ」
「もう殉職者が出てるのか」
「アベル⋯」
目の前で人が死んだ⋯⋯バートンと呼ばれていた彼の人生は今まで様々な出来事があったはずだ。色んな幸せがあったはずだ。それらを、一瞬で全て奪われた。人はあんなに呆気なく死ぬのだ。
アベルは⋯アベルは大丈夫だろうか。一足先にホロウへ向かったアベルは生きてるだろうか。
「トリガー⋯」
「は、はい!」
「今はあまり深く考えるな。任務に集中するんだ」
「はい⋯」
そうだ。今は任務に集中しなければならない。油断すれば自分の命も危ういのだから。
新エリー都方面大通り
アベルたちが去って数十分後、大通りは混乱を極めていた。避難する車でごった返し、大渋滞が起きているのだ。全員が助かりたい一心のため、譲り合いの心は二の次である。
「落ち着いて! 落ち着いて避難してください!!」
「大型車はこちらの道路を使ってください! バイクの方は歩道を使わないで!」
派遣された治安官のロバートとキャンベルは交通整理をしていた。しかし、とても二人で捌ける量ではない。増援が欲しいが治安官の大半はホロウで市民を救助し、エーテリアスと戦っている。
「皆様、落ち着いて規律ある行動をとってください!」
「ちょっと、道路の真ん中に車を乗り捨てないで!」
市民は必死に逃げ、治安官の声は中々届かない。
「くそ⋯治安局からの通信は?」
「応答がない。混線して不安定だ」
「チッ⋯こんな時に」
ロバートは深く舌打ちをしながら額の汗を拭う。叫び続けたため喉が渇き、焦燥とイラつきで頭が締め付けられそうだが、市民を守りつつ安全にエリー都まで行ってもらわねばならない。
「キャンベル、お前は交差点に行ってくれ。恐らくだがホロウの影響で信号がイカれてる。せめて、交通の流れだけでも作らないと。ここで立ち往生していたら、後続の避難車両が詰まり続ける」
「わかった!」
ロバートはキャンベルの背中を見送ってから、深呼吸をして再び交通整理へと戻る。
「次、そこの小型車両は前へ! バスは一時待機だ! この混雑じゃ曲がれない! 次!」
混乱の中でも何とか限りある人数と力で、秩序をギリギリで保っていた。
しかし、その時――
エリー都中央部から鈍い、耳を抑えたくなるような音と爆発音が鳴り響く。空気が張り詰め、焼け焦げる臭いが鼻を刺す。
「⋯まさか」
ロバートが顔を上げる。彼の視線の先にはエリー都中央部を凄まじい勢いで飲み込むゼロ号ホロウがあった。
「なっ!?」
なんで急に速く⋯確かに異常なスピードで拡大はしていたが、あれはいくら何でもおかしい! まるで、ホロウが意思を持っているかのようじゃないか!
「い、いやぁぁ!!」
「ホロウが来る! 早く逃げろ!」
「どけ!」
「エーテリアスに殺されるなんてごめんだ!」
市民の叫びと同時にパニックが広がる。中には車を捨てて走って逃げる者も現れる。だが、その廃棄車両のせいで道幅は狭くなり、さらなる渋滞と混乱を引き起こす。
ロバートはメガホンを掴んで、無我夢中に怒鳴る。
「落ち着け! 車を乗り捨てるな! 子どもとお年寄りが乗っているバスを優先させる!」
だが、その声はもはや市民たちの混乱の声と悲鳴にかき消される。
「こちら中央部担当より全治安官へ! ホロウの拡大スピードがさらに速くなっている! エーテリアスの増殖スピードもだ!」
「こちらミネルヴァ区担当、ヘーリオス研究所で子ども二人を保護した! エーテリアスに追われてる! 増援を!」
ロバートは通信を聞きながらも、必死に秩序を元に戻そうとする。混乱の中でも、誰かが動き続けなければならないのだから。
そして、渾沌となっているてあろう中央部に戻りつつあるアベルにもさらなる戦いが待ち受けていた。
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バートン・ヘス(18) 巡査
旧都陥落初期、火災現場での救助活動中にトラキアンの奇襲を受けて殉職。治安官育成学校を出たばかりの新入りで、今回が初めてのホロウ災害下での業務だった。