アベルたちはヘーリオス研究所に向かっていた。救助信号が出ており、どうやら子ども二人が身動きが取れなくなっているようなのだ。
北区へと向かうと、道端の死体の数も多くなってくる。死体の中には先遣隊であろう軍人のものもあり、ここらがどれだけ危険かを伝えていた。
「エーテリアスと会わねえように祈らねえとな」
「ですね」
しばらく進んでいると無線が入ってくる。それは、王明たちからの無線だった。誰かに向けたものではない、全体に向けたもの⋯嫌な予感がする。
「⋯⋯こちら、王明とカズキ⋯⋯任務完了だ」
その直後、エーテリアスたちのうめき声と共に無線が途絶えた。
この無線からわかったことはただ一つ。王明とカズキは最期まで市民の乗った列車を守り、そして死んだのだ。
「⋯⋯王明⋯」
アベルは平静を装うとしていた。だが、銃を持つ手は震え目から涙が溢れる。
「ぐっ⋯うぅ⋯⋯」
駄目だ⋯僕以外の人も大切な人や友達を失っているんだ。悲しいのは僕だけじゃない。なのに⋯なのに⋯⋯涙が止まらない。
治安官として泣いてはならない。そう理解していても、涙が勝手に溢れてくる。
「アベル⋯」
「すいません⋯先輩⋯」
「いや、お前はこんな経験初めてだろうからな。泣くなってのが無理ある⋯⋯けど、市民に泣いてる姿は見せられない。だから、今のうちに涙を流しとけ」
「ずいまぜん⋯」
アベルは目を抑えながら泣く。王明とはゼレフと共に治安官育成学校で青春を過ごした。教官に怒られたり、成績を競ったり、たまに喧嘩したりと毎日楽しかった。
それが⋯この一夜で消えた。
生きてきた証、思い出、全て消えてしまったのだ。だけど⋯だからこそ。
「⋯決して無駄にはしない」
アベルは涙を拭き取る。大切な友を失ったという痛みと重さは消えない。それでも、進まなければならない。王明たちは最期まで市民を守りきった、彼らの死をただの悲劇にしないために。
「大丈夫か?」
「はい⋯もう落ち着きました」
「そうか⋯アベル、お前の友人を想う気持ちは何も間違っちゃいねえ。むしろ、人として正しい反応だ。それを忘れるなよ」
人の死は悲しいものだ。だが、残酷なことに人間には慣れというものがある。人の死を感じすぎて、中には誰かの死や自分の死もどうとも思わない人間がいるのだ。
アベルは優しいからそうはならねえと思うが⋯慣れってのは怖いからな。
「忘れません⋯絶対に」
「ならいい」
シュヴァルツの運転するトラックは、ヘーリオス研究所から少し離れた建物の前に停まる。救助信号はここから出ていた。
トラックから降りて周囲を警戒する。エーテリアスはいないが、迅速に動かなければならない。建物を背に入口へと近づく。
「⋯行くぞ」
「はい」
互いに死角を補い合いながら、建物の中に入る。幸いにもエーテリアスはいない。だが、要救助者の姿も見えなかった。
「治安官だ! 生存者がいるなら出てきてくれ!」
シュヴァルツが叫ぶ。建物内は静寂だけが包まれていたが、十秒ほど待っていると奥から何かが現れる。
「ボ⋯ボンプ?」
現れたのは一体のボンプだった。
まさか、この子が救助信号を?
そう思っているとボンプは足元まで来ており、こっちに来てと言わんばかりに引っ張る。奥まで行くと、そこには二人の子どもと、さらに二体のボンプがいた。彼らが救助信号の発信者だろう。
良かった⋯生きていた。
「治安官です。救助信号を出されていた方ですか?」
アベルは銀髪の男の子に話しかける。もう一人の暗めの青い髪の子は泣いていたからだ。
「はい⋯ありがとうございます」
子どもながら、しっかりとしている。
「さあ、トラックに行こうぜ。もちろん、お前らもな」
シュヴァルツはボンプを抱えてトラックに戻る。
「君たちのお名前は?」
「僕はアキラ」
「⋯私はリン」
アキラくんは周囲をチラチラと見て落ち着かない様子であり、リンちゃんはボンプを抱きしめていた。ずっと、あそこにいたから不安なのだろう。
「アキラくんとリンちゃんだね。すぐに安全な場所まで送るから」
シュヴァルツはトラックのエンジンをかけて運転を始める。それと同時にアベルも地図を開けて避難ルートの確認をする。
「大通りは渋滞中です。どこから、行きましょうか」
「瓦礫まみれで、遠回りになるが安全な裏から行くしかねえ。トラックが揺れるが我慢だな」
「ですね⋯少し揺れるかもだけど我慢してね」
「はい」
シュヴァルツはトラックを動かして裏道へと向かう。さっきのように、トラックを守ってくれる者はいない。エーテリアスと遭遇しないようにするしかない。
地図を折り畳んで後ろをちらりと見る。アキラくんとリンちゃんは身を寄せ合いながら、ポンプと共に静かに座っていた。
「怖かったね。もう大丈夫だから」
「⋯うん」
アベルの言葉にリンは頷き、アキラは視線を落としたままだ。リンは泣き止んだが、手は震えたままである。
「あの⋯治安官さん」
「僕はアベルだよ」
「俺の名前はシュヴァルツだ」
「アベルさん⋯実は僕たちヘーリオス研究所にいたんです」
「ヘーリオス研究所に?」
研究所に子ども⋯もしかして、研究所の関係者の子どもだろうか?
「それで、いつもと変わらない日を過ごしていたら⋯謎の兵士と白い手が研究所を襲ってきて」
「兵士と白い手?」
「はい⋯今回のゼロ号ホロウもそれが関係してるんじゃないかって」
ヘーリオス研究所を襲撃するだなんて⋯いや、待てよ。そういえば⋯。
アベルは王明の発言を思い出す。
『⋯⋯実は怪しい宗教団体らしき組織が、ヘーリオス研究所を襲撃するという匿名の通報があったんです』
そうだ。明日の10時に僕と王明たちは匿名の通報があったから、その宗教団体に乗り込むはずだった。まさか、あの通報は真実だったのか? その宗教団体がヘーリオス研究所を襲撃したのか?
でも、人為的にゼロ号ホロウを拡大なんてできるだろうか。
頭の中が疑問でいっぱいになるが、今はそれを整理している時間はない。
「そう⋯ありがとう。教えてくれて。君たちはよく頑張ったね」
アベルは安心させるように微笑んでから前を向く。
「ヘーリオス研究所の襲撃⋯狙いは何だろうな?」
「わかりません。もしかしたら、この子らも狙われていたんじゃ⋯ん?」
裏道を進んでいると、目の前にある集団が現れる。そこにいたのは、ライフルを持った兵士たちだ。軍人だろうかと思ったが服が違う。だからといって、SATや銃器対策部隊にも見えない。
「あれは⋯」
不思議に思ったアベルの脳裏にアキラの言葉が蘇る。
『謎の兵士と白い手が研究所を襲ってきて』
「まさか⋯⋯っ先輩!」
「頭下げろ!」
アベルがシュヴァルツに警告しようとした時、兵士たちは突然銃口をこちらに向けて発砲してくる。装甲トラックであるため、何とか弾丸は貫通せずに済んだ。だが、後方からも兵士が現れ撃ちながら近付いてくる。
「くそっ! 奇襲かよ!」
「アキラ、リン! 絶対に頭を上げないで!」
そう言われ、アキラはリンを庇うように覆い被さった。そして、その上をボンプたちが庇うように被さる。
「くっ」
アベルは窓から手を出して兵士たちのいる場所に、拳銃のフルオートを撃ち込む。一人の兵士を倒したが、敵の数は予想以上に多い。兵士たちは制圧射撃を繰り返しながら、ゆっくりと近付いてくる。
この動きは素人じゃない!
「ちぃ! 何かに掴まってろ!」
シュヴァルツはこのままでは、包囲されると思ったのかトラックを急スピードで発進させ、目の前にいる兵士たちの集団に突っ込む。
「どけえぇぇぇ!!」
何人かの兵士を跳ね飛ばして先へと進む。だが、兵士は今の集団だけでなく他にもいた。建物の影や中からトラックへ向け弾丸を浴びせる。シュヴァルツは狭い裏道と瓦礫の間を縫うように運転し、アベルは応戦する。
「これは、ただのテロリストじゃありません! 軍隊並の装備と練度です!」
「だろうな! くそっ、まさか例の宗教団体か!?」
「わかりません! それより、どう振り切りますか!」
「危険だが表の道を使う!」
裏道から表の通りに出る。兵士たちも追いかけてくるが、それを見たシュヴァルツはニヤリと笑う。
通りにはエーテリアスがおり、スピードのあるトラックではなく兵士たちに襲いかかる。兵士たちは応戦するが、エーテリアスの数は多い。
「飛ばすぜ!」
「案内は任せてください!」
アベルは再び地図を広げて避難経路を言う。そして、シュヴァルツは必死に運転しながら、安全圏へと向かう。後ろから聞こえる銃声は遠のき、しばらく走っていると完全に聞こえなくなった。
再びトラックを裏道に入れて停める。
「はぁ⋯はぁ⋯」
「はぁ⋯まさか⋯敵が人間とはな⋯」
「二人とも大丈夫?」
後部を見て二人が無事のことを確認してから大きく息を吸って、吐く。
「ア、アベルさん⋯腕が」
「え? うわ⋯」
左腕を見ると血が出ていた。どうやら、弾丸が掠ったらしい。
いつの間に⋯まったく気づかなかった。
救急セットを取り出して、消毒をしてからガーゼを貼り、包帯を巻く。
「今の兵士⋯多分、ヘーリオス研究所を襲った奴らだろうな」
「でしょうね」
ヘーリオス研究所の襲撃⋯まさか、あの匿名の通報が本当だったとは。だとしたら奴らの目的は何だ? 何の為に研究所を襲ったんだ? 何の為にこの子たちを襲ったんだ?
そして、もしもゼロ号ホロウの拡大が奴らのやった人為的なものだとしたら⋯王明とカズキ⋯マルコフ⋯いや、この災害で亡くなった全ての人が奴らに殺されたことになる。
「王明⋯」
許すものか⋯⋯許されるものか! いつもの日常を壊し、平穏な明日を奪う権利が誰にある!
アベルは思わず銃を持つ手に力を入れる。
「⋯はぁ」
駄目だ⋯感情的になるな。まずは、この子たちを安全な場所に送り届けるのが先だろう。
「⋯とりあえず、彼らを安全圏に送りましょう」
「だな」
シュヴァルツは再びトラックを動かし、安全圏へと向かった。
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