アベルたちが謎の兵士を撒いた頃、大通りを続く道を封鎖していた機動隊は今だ阻止線を守っていた。
第一波のエーテリアスの侵攻を防いでから、すぐに第二波、第三波が来たのだが、それも放水車と協力して何とか追い返した。今は休憩中であり、負傷者の手当てをしている状態だ。
そんな中で星宇は燃え盛る街を見つめていた。
さっき⋯無線で王明の声が聞こえた。
星宇も王明の最期の無線を聞いた一人だったのだ。
治安官になったから、自分の死や仲間を失う覚悟はしていた。機動隊に入って精神も鍛えたつもりなんだけどな。
「でも、戦わないと」
悲しいのは俺だけじゃない。みんな、この災害で何かを失うはずだ。なら、その失うものをできる限り少なくするのが俺たちの役目だ。俺たちは自分の感情や思いは二の次にしなければならない。
だから、この涙は悲しいからじゃない⋯火災で目が乾燥してるからだ。決して友が死んで悲しいからではない。決して⋯
「星宇」
「あっ、先輩」
星宇は先輩にバレないように溜まった涙を拭う。
「何とか一旦、落ち着いたな」
「ええ⋯ですが」
星宇はチラリと負傷者たちが集められている場所を見る。軽傷者が多いが、中には重傷者や殉職者もいる。仲間たちのうめき声が聞こえてくる。
「負傷者が増えてきましたね」
「ああ⋯中央綜合病院はエーテリアスの襲撃にあっているらしい。だから、重傷者はホロウの外に運ばねえと」
「⋯エリー都を守れるでしょうか」
軍の増援はまだ来ない。本来なら、とっくに来てもおかしくないのに⋯先遣隊も俺たち治安官も限界だぞ。
今までと同じなら、ゼロ号ホロウが拡大して30分以内に先遣隊を出し、一時間程で主力が来てエーテリアスを掃討する。そして、ゼロ号ホロウの拡大を抑えるはずなのだ。
星宇の頭に嫌な考えが浮かぶ。
俺たちは捨てられたのだろうか。このホロウに呑まれたエリー都と共に最期を迎えるのだろうか。
「先輩⋯俺たちは見捨てられたんですかね」
治安局もエーテリアスの猛攻にあっているという。弾薬も不足してきており、次のエーテリアスの猛攻を防げるかどうかだ。それなのに、大通りは今も避難民で溢れかえっている。
「⋯軍を信じよう。きっと、救援に来てくれる」
「⋯はい」
そうだ⋯今は信じるしかない。
「おい⋯あれって」
機動隊員たちが休憩していると、エンジンから火を上げる小型の旅客機が飛んでくる。その旅客機はエーテリアスの攻撃を受けていたのか、そのままビルへと突っ込んで大爆発を引き起こした。
その光景を機動隊員たちは、ただ見つめるしか出来なかった。
「⋯くそっ、ここは地獄かよ」
流石にあれでは、生存者はいないだろう。
ビルが崩れ、火柱が夜空を貫いた。瓦礫と煙が舞い、風に乗って血と油の混じった臭いが広がる。それは、機動隊員たちにも届く。
「⋯っ!」
星宇は歯を食い縛る。悔しさ怒りが混ざり合った感情が喉元までせり上がってくる。目の前で人の命があまりにも容易く、消え去ってゆく。
人の命はここまで脆いものなのか。
「なんで⋯なんでホロウ災害なんかが!」
「星宇⋯」
「あんなのに⋯ホロウなんかに全てを奪われるなんて!」
「落ち着け!」
先輩の大声に星宇はハッとする。
「今はやれることをやるだけだ。俺たちのは役割は、ここを守って大通りへの侵攻を防ぐことだ。ここを突破されてみろ⋯エリー都は陥落する」
「⋯はい」
そうだ。ここを守るのが俺たちの役割なんだ。みんな最期まで役割を全うしたんだ。俺たちが、その役割を守らないでどうする。
星宇が再び覚悟を決めた時だった。
「グオオオオオ!!」
空気が震えた。どこか、遠くから何かが来る。大きな質量が動いているような―そんな、鈍く重い音だ。バスの上で警戒していた機動隊員が叫ぶ。
「エーテリアスが来るぞー!」
そう言った瞬間、曲がり角から音の正体が現れる。そいつは、建物のような巨大な体に侵食され、巨大な斧のようになった道路標識のような物を持ったエーテリアスだ。
「あれは⋯何だ?」
「デ、デッドエンドブッチャー⋯!」
その名を聞いた瞬間、空気が凍りついた。
「持ち場に付け! 絶対に阻止線を突破されるな!!」
星宇もすぐに装備を整えて最前列に立つ。拳銃に弾は殆ど無く、盾も先ほどの第三波との戦闘でヒビが入っている。それでも、退くわけにはいかない。
「来るぞー!!」
ブッチャーは暴れ狂いながら、突進してくる。乗り捨てられた車を薙ぎ払い、瓦礫を潰しながら突っ込んでくる。バスの上の機動隊員が射撃し、放水車が高圧の水を放つが、構わず突き進んでくる。そして、機動隊員たちがいる場所に斧を振り下ろす。
「うわぁぁぁ!!」
「ぐぁあ!」
直撃をくらった機動隊員はプレス機で潰されたかのように体を叩き潰され、周囲に血肉を撒き散らす。コンクリートの破片で周りの機動隊員も吹き飛ばされる。
「グオオ!!」
さらに、ブッチャーは斧を横に薙ぎ払う。バスと放水車が横転し、機動隊員たちも巻き込まれる。星宇も吹き飛ばされた隊員が当たり、倒れる。
「ぐっ!」
星宇が起き上がる。目の前には先輩たちや同僚が吹き飛ばされ、成すすべもなくブッチャーに蹂躙される光景が広がっていた。
このままじゃ大通りにあいつが⋯どうすれば。
星宇がどうしようかと考えていると、倒れた装甲車から何かが落ちているのに気づく。それは、念の為にと持ってきた高性能爆薬だった。
「やるしかない!」
急いで爆薬の元に駆け寄り、導火線などを繋げる。
「くそぉ! 退けぇ!」
機動隊員たちは後ろに下がるが、ブッチャーはそれを許さない。斧で機動隊員たちを吹き飛ばし、潰し、切り裂いてゆく。
「よしっ⋯⋯おい! こっちを見ろ!!」
ブッチャーは声の方へと体を向ける。
そこには、体に爆薬を巻きつけ、左手に起爆装置を持った星宇が立っていた。星宇は震える右手で無線機を取る。
「⋯⋯こちら、星宇⋯⋯阻止線は突破された⋯ごめん⋯みんな⋯生きてくれよ」
無線機をオフにする。
「うおおおお!!」
デッドエンドブッチャーに向かって走る。
星宇はわずかに生き残った、仲間たちの声を背に走る。爆薬の重みがずっしりと体にのしかかるが、その足取りは迷いなくデッドエンドブッチャーへと向かう。
「グオオオ!!」
ブッチャーは斧を振り下げる。星宇はギリギリで回避するが、コンクリートの破片が腹にめり込み、目を傷つける。それでも彼は止まらない。
「人間を!」
そして、とうとう懐に入り込んだ。
「舐めるなぁぁぁぁ!!!」
起爆スイッチを押した瞬間、爆音が夜空を切り裂いた。
目も眩む閃光と共に爆風が辺りを巻き込み、空間そのものを揺るがせるような衝撃が街に響く。瓦礫が吹き飛び、炎が天を焼く。それはまるで、神の雷鎚が降ってきたような壮絶な光景だった。
一瞬の静寂の後、煙の中で誰かが叫んだ。
「ブッチャーが膝をついてる!」
あの化物が⋯恐怖の化身が片足を失い、力無く膝をついている。散々暴れ回ったあいつが弱っている。
「今だ! 仲間の死を⋯星宇の死を無駄にするな!」
生き残った機動隊員たちは武器を持ち、星宇の遺志を継ぐようにブッチャーへと立ち向かう。仲間の死と街の炎、そして機動隊の意地、全てが彼らの背を押す。
「うおおおお!!」
全員が叫びながら突撃する。誰もが恐怖に震えながらも、足を止めることはなかった。拳銃、警棒、残った全ての武器を使い目の前のエーテリアスを倒す。
ブッチャーは立ち上がろうとするが、爆薬の影響で足がちぎれており、上手く動けない。怒りに満ちた声で斧を振るい、近くにいた隊員を吹き飛ばす。
「ぐはぁ!」
「怯むな!」
「くたばれエーテリアス!」
生き残った放水車は猛スピードでブッチャーに突っ込む。残った足も失い、完全に身動きが取れなくなった。だが、ブッチャーも抵抗し、放水車の運転席にいる治安官を手で潰す。
両方とも命をかけて殺し合う。
どれほどの時間が経っただろう。
大通りへと続く道には、ボロボロになり、横転したバスや装甲車、放水車が散らばり、機動隊員たちの死体が辺りを埋め尽くす。倒れているデッドエンドブッチャーは徐々にエーテル粒子となって、消えてゆく。
「⋯勝った」
たった一人の機動隊員だけが立っていた。
傷を負い、ボロボロの状態の機動隊員は目の前で消えゆくブッチャーを見届けてから、瓦礫を背に倒れるように座る。
「みんな⋯やったぞ」
涙と血が混ざり合い、頬を伝って地面に落ちる。
多すぎた犠牲、機動隊は生き残りは自分と逃げた者含めても極僅かだろう。
辺りを見渡していると、奥からエーテリアスたちがやって来るのが見えた。第四波だろう。だが、あの軍団を止める者は既にいない。
無線機をオンにする。
「こちら機動隊⋯全滅⋯阻止線防衛は失敗した。生き残りは極僅か⋯エーテリアスが来た⋯⋯⋯⋯さようなら」
ゼロ号ホロウ拡大から3時間30分⋯⋯機動隊全滅
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星宇(19) 巡査
旧都陥落時に大通りへと続く道を封鎖しエーテリアスの侵攻を三波防ぎ、多くのエーテリアスを倒し避難民の為に時間稼ぎを行う。その後、デッドエンドブッチャーが現れ、自身の体に爆薬を付け自爆し殉職。
その他機動隊員の殉職者多数