アキラとリンが乗った救助ヘリは、ホロウを脱出して新エリー都に降り立つ。まだ、建造途中のこの都市の病院はまだ完全に機能していない。野戦病院の如く、医療用テントが乱立している。
ヘリから降りたアキラとリンは近くのテントに入り、温かい飲み物と非常食を渡される。ボンプたちも足元で休んでいる。
「助かったんだね⋯」
「ああ⋯」
二人の心は助かって良かったという喜びと、ヘーリオス研究所を襲った者たちがまた襲ってくるのではという不安感、そして自分たちを助けてくれた治安官への心配など様々な感情が入り乱れていた。
二人はしばらく震える体を寄せあい、休んでからテントの外に出る。
遠くには今も少しずつ拡大しているゼロ号ホロウがある。
「どういうことだ!」
突然、誰かの怒鳴り声が聞こえる。
声の聞こえた方向を見ると、そこには、共に脱出した救急隊員が軍人と言い争っている光景があった。
「増援を出せないだと!?」
「ああ⋯今回のゼロ号ホロウの拡大は異常だ。全軍投入しても縮小できるかわからん。我々は、ここで戦力を失うわけにはいかんのだ」
増援を出せない。それは、今もホロウで戦っている先遣隊や治安官を見捨てるということである。
「先遣隊と治安官は軍の増援を信じて、市民救助やエーテリアスと戦っている! 救急隊は一人でも多くの命を救おうとしている! 消防隊も必死に街を火から守ろうとしているんだ! みんな、まだ戦っているんだぞ! あの地獄で!!」
救急隊員はゼロ号ホロウを力強く指さす。
「⋯命令だ」
「命令の為に仲間を見捨てるのか!?」
「防衛軍が今戦力を失えば、他のホロウが拡大した時に対応できなくなる!」
「なら、撤退命令は!?」
「ホロウ内外の通信は困難だ⋯先遣隊には伝えるつもりだが」
「じゃあ⋯お前らは撤退命令すら出さず、諦めたってのか?」
「⋯そうだ」
「⋯テメェ!!!」
救急隊員は軍人の胸ぐらを掴む。周囲の軍人が取り押さえるが、救急隊員は睨んだまま怒鳴りつける。
「お前ら軍人が逃げてどうするんだ!!」
軍人たちは無言のまま救急隊員を引き離す。その場の空気は重く、張り詰めた緊張が痛いほどに肌に刺さる。アキラとリンはテントの影からその様子を見つめ、言葉を失っていた。
しばらくして、軍人の一人がぽつりと漏らす。
「我々だって、仲間を見捨てたくはないんだ……」
その声には、押し殺した怒りと悔しさ、そして無力感が滲んでいた。
「可能なら今すぐゼロ号ホロウに入って、仲間を助けたい! だが、これは軍の上層部の命令なんだ! 軍人が命令に逆らえば、組織が崩壊してしまう⋯⋯すまない」
「⋯くそっ」
やがて、隊員と軍人はそれぞれの任務へ戻っていく。だが、その背中はどこか重く、苦悩を背負っているようだった。
「お兄ちゃん⋯アベルさんとシュヴァルツさん、大丈夫かな」
「信じよう⋯きっと、無事に帰って来るって」
アキラとリンはゼロ号ホロウを見つめながら、自分たちを助けてくれた二人の治安官の無事を祈っていた。
エリー都 ライアー小隊&銃器対策部隊生存者
「くそっ、増援はまだなのか」
「耐えるしかないだろ!」
ライアー小隊はエーテリアスの侵攻を止めるために戦っていた。既に大通りは壊滅し、軍の基地も陥落したが増援が来ると信じて戦っているのだ。
今はエリー都中央部で湧き出るエーテリアスを抑えるために、その場に居合わせていた銃器対策部隊の生き残りと共に戦っている。
「軍人! 増援部隊はまだか!?」
「まだだ!」
「⋯弾が持たないぞ」
必死に戦っているが、やはり弾には限りがある。特に銃器対策部隊は軍人と違って、所持している弾薬の量も多くない。弾切れを起こした者は、前衛として防弾シールドやナイフで戦っている。
「マズイ! デュラハンが来る!」
「任せろ! 頭下げとけ!」
デュラハンに対して、ステュクスがロケットランチャーを構える。引金を引くと、ロケットが真っすぐデュラハンへと向かって飛んでゆき、大爆発を引き起こす。
「ステュクス! 残りの弾薬は!?」
「残り三発だ!」
「そうか⋯アケロン! まだ耐えられるな!?」
「大丈夫っ⋯よ!」
アケロンは返事をしながら、迫りくるエーテリアスを斬り裂く。
そんなアケロンに背後からタナトスが弓矢で撃ち抜こうとするが、コアを吹き飛ばされる。
トリガーが後方から援護しているのだ。
「ありがとう! トリガー!」
「頼りにしてるぞ!」
「任せてください! 私がみんなの背中を守ります!」
トリガーは必死にプレゲトーンで仲間たちを援護しながら戦っている。だが、彼女は気づいていなかった。仲間を守るという思いが強すぎた結果、自らを狙うエーテリアスに気づけなかったのだ。
数が多すぎるっ⋯でも、私がみんなを守らないと!
トリガーはスコープ越しにエーテリアスを狙撃し、仲間を守るのに必死になっていた。
アルペカの放った液化弾がトリガーへと向かう。当たる直前でトリガーは自分に危機が訪れている事に気付いたが、時既に遅い。
「くっ!」
トリガーの目に液化弾が当たり、力無く倒れる。
「トリガー!! 貴様ぁ!」
カロンはアルペカを仕留めてから、急いでコキュートスと共にトリガーの元に駆け寄る。
「待ってろ! すぐに治してやる!」
コキュートスは医療道具を取り出して、トリガーの治療を開始する。エーテル侵食がすすまないよう、エーテル阻害薬を打つ。
「トリガー、絶対に意識を手放すなよ!」
「うっ⋯⋯っ⋯」
「まずい! 大型エーテリアスの反応が近付いてくる!」
レテがそう言うと、上空から大型のエーテリアスが現れた。女性的な体を持ち、顔面や腰部のスカート部分も花開いた花弁のように見える。まるで、ホロウに咲いた麗しき大輪ともいうべき存在。
「他のエーテリアスも来る!」
「退くぞ!」
カロンの指示のもと、レテとコキュートスはトリガーを運んで装甲車へと向かう。だが、エーテリアスたちは逃げようとする背中を猛獣のように追いかける。
「⋯おい! お前ら軍人は早く負傷した仲間を連れて下がれ!」
銃器対策部隊の隊長が叫ぶ。
「何だと!?」
「俺たちはここで食い止める!」
「何を言っている! お前らは重火器すら、持っていないだろ!」
「だからって逃げるわけにわいかねえよ⋯それに、俺たちの車はもう壊れてんだ。徒歩でコイツから逃げられるか?」
「っ!」
銃器対策部隊の装甲車はエーテリアスの激しい攻撃により、既に壊れていた。ライアー小隊の装甲車はまだ無事だが、一両では全員は乗せられない。
「早く行け!」
「っ⋯すまない!」
隊長の男は微笑んでから、再び大型のエーテリアスの方へと向く。
「よし、ここから先に行かせるな!」
「「「「了解!」」」」
銃器対策部隊を背にライアー小隊の面々はトリガーを装甲車に乗せ、後方へと下がる。装甲車の中ではトリガーが必死に痛みに耐え、コキュートスが治療をしていた。
通信機から彼らの怒声と銃声が聞こえる。
『撃ちまくれ!』
『エーテリアスが! エリー都から出て行け!』
『うおおおお!!!』
『攻撃が来るぞ!』
『くそったれぇぇ!!』
銃器対策部隊員が戦っていると、先ほどの大型エーテリアスのうめき声が聞こえる。そして、その直後に大きな爆発音とノイズが鳴り響き、何も聞こえなくなった。
「⋯くそ!」
ステュクスは車の壁を強く叩く。
「レテ⋯エーテリアスの少ない場所に向かってくれ」
「ああ⋯だが、残りの燃料が少ない。遠くまでは行けないぞ」
装甲車は振動を伴って地面を駆け抜けていた。レテが操縦桿を握りしめ、必死にハンドルを切る。周囲ではまだエーテリアスの影がちらつき、予断を許さない状況だった。
「持ってくれよ⋯」
レテの表情は険しい。車内では、コキュートスがトリガーの容体を必死に確認している。トリガーの目はうっすらと開いていたが、焦点が合っていない。
「トリガー、聞こえるか? 俺たちがそばにいるからな⋯絶対に、死なせない」
「う⋯⋯あ⋯⋯ごめ⋯⋯ん⋯⋯な⋯⋯さ⋯⋯」
かすれた声が漏れる。トリガーの言葉に、カロンは首を振る。
「謝るな。守ってくれて、ありがとう。だから、今度は私たちがお前を守る番だ」
装甲車は、街の中心部から外れた場所へとたどり着いた。ここは、災害初期は仮設拠点だったのだろう。医薬品や弾薬、そして治安官の死体が転がっていた。既に拠点は崩壊しているが、瓦礫などが一時的な防壁となる。
「ここなら、少しは休める」
レテが車を止めると、すぐにステュクスとカロン、アケロンが周囲を警戒する。
「周囲にエーテリアスの反応⋯無し」
「よし、ここで少し休もう」
ライアー小隊の面々はトリガーを運び、休み始める。コキュートスはトリガーの目を治療しレテとアケロンは警戒、カロンは通信機で味方がいないかを確認し、ステュクスは治安官の死体を片付ける。
「⋯くそ、繋がらない⋯コキュートス、トリガーは大丈夫か?」
「命に別状はありませんが、ちゃんとした設備が整った場所で治療しないと⋯失明の可能性が」
「そうか⋯レテ、燃料は残りどれくらいだ?」
「⋯今ので使い切った。ここからは、徒歩移動だ」
「⋯とりあえず、今は休もう」
ライアー小隊は瓦礫に背を預け、先ほどの戦いの疲れを癒す。脳裏に自分たちは見捨てられたのでは、この街から脱出できないのではという不安感を抱きながら。