軍仮設基地、新エリー都に建てられた防衛軍の拠点では、本来増援として派遣される主力部隊が待機させられていた。
「上層部は何故、増援派遣を打ち切ったんだ!」
「仲間が死んでいってるのに⋯」
待機命令を受けて何時間も経つ。増援部隊はいまだに何も命令しない、上層部に対して不信感とイラつきを覚えていた。自分たちの仲間がエリー都で戦っている。家族や友人が取り残されている。自分たちが来るのを、今か今かと待っているのだ。
「隊長! まだ命令は来ないんですか!?」
隊員の一人が叫ぶ。
「まだだ⋯上層部は何も言ってきていない」
隊長の男も焦っていた。部下の不満はたまり、今にも爆発してしまいそうだ。自身の心にも限界が来ていた。なぜなら、自分の家族もエリー都に取り残されている。
何をしてるんだ上層部は⋯後手に回れば被害が大きくなるだけだぞ。主力を初動で全力投入していれば、今回のホロウ災害もとっくに終息していたかもしれないのに。
「隊長! 上層部からの命令です!」
「おお、ようやく来たか!」
やっと、ゼロ号ホロウにいる仲間を助けられるのか。
「命令⋯⋯人為的に作った渓谷によるゼロ号ホロウの拡大阻止を行う。工兵隊は直ちに式輿の塔にエーテル爆弾を仕掛けろとのこと」
「なんだと! そんな馬鹿な!」
通信兵から命令書を奪い取る。目を凝らして何度も見返しても、内容は何も変わらなかった。
「軍上層部は生存者を見捨てる気なのか!?」
「恐らく⋯」
「この腰抜け共が!」
隊長の男は近くにあった椅子を投げ倒してしまう。待機命令で仲間が戦っている間、ずっと指を咥えて待たされた。そして、ようやくおりた命令は「切り捨てろ」というもの。
「我々は軍人だ! 力無き者を守り、助け、故郷を守るのが役目なんたぞ! この命令は我々や今もなお戦っている全ての者への侮辱だ!」
「しかし、上層部は『必ず遂行せよ』と⋯」
「くそったれ!」
命令は命令だ。ゼロ号ホロウが新エリー都を飲み込めば、人類は終わる。上層部はその未来を防ぐために、誰かを犠牲にする決断をした。理屈は理解できる。歴史は、それを「正しかった」と言うだろう。
だが――納得はできない。
軍人としては間違っている。だけど、苦楽を共にした仲間を見捨て、市民救助を行う治安官たちを見殺しにしていいわけがない。
だけど⋯だけど⋯
「⋯⋯工兵隊に命令だ。エーテル爆弾を式輿の塔に設置しろ」
「⋯了解」
隊長の男は水を一杯飲んでから、待機している部隊の前に立つ。今から命令するのは、仲間を見捨てて自分たちは生きれという命令だ。
「総員傾注!」
そう言うと、部下たちはビシッとした姿勢になる。目には各々が何かを覚悟したような決意が入り混じっていた。隊長は、喉の奥で何かが詰まるような感覚を抱えながら、声を張った。
「我々は今より、式輿の塔へ向かい、エーテル爆弾を設置する任務に就く! この命令の意味は⋯⋯みんな、分かっているな」
沈黙が場を包む。
誰も返事をしない。いや、できなかった。
隊長はその静寂の中、拳を強く握りしめる。
「⋯⋯これは、我々の誇りを試す命令だ。軍人である前に、人であるかが問われている! だが我々は、背くわけにはいかない。これは⋯⋯人類の未来を賭けた選択だ!」
その言葉に、幾人かが苦渋の表情で静かにうなずいた。
しかし、突然静寂を打ち破る者が現れる
「俺は行けませんっ⋯⋯!」
一人の若い隊員が立ち上がる。目には涙が浮かんでいた。
「俺の弟が治安官としてエリー都に残ってるんです! 爆弾を仕掛ければ、あいつは⋯⋯あいつはぁ⋯⋯!」
「黙れっ!」
別の上官が怒鳴るが、隊長はそれを制した。
「言わせてやれ」
静かに、しかし強い口調だった。
「まだ間に合うはずです! 我々が決死の覚悟で戦えば、ホロウだって抑えられるはずです! みんな、助けられるはずなんです!!」
隊長は若い隊員の前に歩み寄ると、その肩に手を置いた。
「気持ちは痛いほど分かる。俺の家族も、エリー都に残っている⋯⋯だが、命令は命令だ。悲しいが、俺たちは全てを救えない」
青年は歯を食いしばり、拳を震わせた。
「それでも⋯⋯俺は、最後まで信じたい! 俺だけでもいい! お願いです⋯エリー都に⋯ゼロ号ホロウに行かせてください!!」
青年は地面に膝と頭をつけて隊長に懇願する。
おかしな話である。
家族を救いたい。それだけの願いに、なぜ膝をつき、許しを乞わねばならないのか。
それでも、軍とはそういう場所だ。
規律、命令、作戦、全ては統制された意志のもとに動かねばならない。だが、目の前で地面に頭をつける青年の姿は、あまりにも人間らしかった。
隊長はしばらく黙っていた。手のひらには、強く握りしめすぎて白くなった拳の痕が残っている。
沈黙の中、隊長は一歩前に進み、隊全体を見渡した。
「聞け。俺たちは軍人だ。命令に従い、犠牲を厭わず、未来のために戦う。それが俺たちの誇りだ⋯⋯だが」
そこで言葉を切り、青年の方へと目を向ける。
「誇りとは、従うことだけではない。時に、命令に背いてでも守りたいものがあるなら⋯⋯それもまた、誇りだと俺は思う」
その瞬間、部隊の空気が一変した。驚き、困惑、そして一部の者たちの目に宿る、微かな希望。
「お前に、命令違反を推奨するつもりはない。だが⋯⋯俺は見なかったことにする。行け、命を賭けてでも守りたい者がいるなら」
青年は顔を上げ、信じられないという表情を浮かべた。
「隊長⋯⋯!」
「ただし、お前が戻ってくるまでに任務が始まれば、それまでだ。俺たちは予定通りエーテル爆弾の設置に向かう。文句は言うな。それでもいいなら、行け」
青年は唇を強く噛みしめ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 必ず、必ず戻ってきます!」
涙を流しながら、青年はヘリへと向かった。
「⋯式輿の塔に向かう! 工兵隊は直ちに準備せよ!」
命令を聞いた軍人たちは動き始める。
我々はきっと地獄に落ちるだろう。多くの者から非難されるだろう。「なぜ見捨てたのだ」と「なぜ戦わなかったのだ」と。だが、軍人である以上覚悟している。
式輿の塔の爆破、それは終わりを告げる鐘であり、希望への楔でもあった。
「工兵隊、準備完了しました!」
「よし、出撃だ!」
――やがて、歴史は語るだろう。
あのとき、彼らがどんな選択をし、何を守ろうとしたのかを。
だが、それは未来の話だ。
今はただ、命を賭けた決断が、静かに世界を揺らしていた。