旧都陥落の日   作:IamQRcode

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ライアー小隊救助へ④

 

 ライアー小隊を救助したアベルたちは、もと来た道を戻ってゆく。コキュートスに変わって、アベルがトリガーを背負っている。そして、他の者は二人を守るように周囲を警戒していた。

 

「アベル⋯⋯来て⋯くれたんですね」

 

「ああ、もう大丈夫だよ。僕が君を絶対に守るから」

 

「⋯ありがとう」

 

 トリガーはギュッとアベルの体を抱きしめる。あの戦いの怪我で心に染み込んだ死という恐怖を和らげるように。もう、二度と彼から離れたくないという思いを叶えるように、力強く。

 

 しばらく歩いていると、トラックに着く。

 

「よし、みんな乗ってくれ」

 

 トリガーをカロン隊長へ任せ、全員が乗ったことを確認してから助手席へと移る。エンジンをかけようとした時、無線機から声が聞こえた。

 

「ん? なんだ?」

 

『こちら⋯⋯中央総合病院⋯陥落した⋯⋯すまない。生存者はバラバラに逃げた⋯⋯ごめん⋯俺は⋯もう⋯この地獄を耐えられない⋯⋯⋯⋯頼む⋯みんな生きてくれ⋯』

 

 直後に銃声が聞こえた。

 

「⋯あとは治安局だけか」

 

 防衛軍基地、消防局、市役所、総合病院、全てがエーテリアスの手に落ちた。

 

「はい」

 

 エンジンをかけて街を進む。もう、この街に安全な場所は存在しない。一刻も早く、彼らを安全圏に運ばねばならない。

 

「まさか、一晩でエリー都が陥落するとはな」

 

 レテは燃える街を見ながらそう呟いた。仲間たちと、共に過ごした街、幼少期を過ごした公園など全てがホロウに飲まれていった。

 

「でも、なんとか私たちは生きている。生き残った者として、この事件を後世に伝えなければならない」

 

「そうね」

 

 カロンの言葉にヴァルチャーが頷く。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったな」

 

「私はヴァルチャーよ。ネメシス小隊の生き残り。そして、あの二人に助けられた」

 

「同じくネメシス小隊突撃兵のハヤブサだ。僕とヴァルチャーはエーテリアスに囲まれた所を、アベルくんとシュヴァルツさんに助けてもらったんだ」

 

 そう言われると、なんだがむず痒い。僕は治安官として当たり前のことをしたまでだ。

 

「貴方は?」

 

 アケロンがもう一人の治安官に名を聞く。

 

「俺はジムだ。装甲ドーザー隊に所属してたが、隊は全滅してな。何かできないかと、塞がれた道を開けてたら、アベルたちに出会ったんだ」

 

「ふっ、みんなこの二人に助けられたか。改めて助けに来てくれてありがとう」

 

 トラックの中で自己紹介を始める。共に戦い、あの地獄を生き延びた彼らは、今に限ってはどんな小隊よりも強く、連携が取れるだろう。

 

「なあ、アベル」

 

「はい?」

 

「このゼロ号ホロウ拡大で、俺たちは多くのものを失った」

 

「⋯⋯そうですね」

 

 生まれた故郷も、住んでいた家も、職場、そして大切な友だちも多く失った。

 

「けど、大切なものを全て失ったわけじゃない」

 

「はい」

 

 ライアー小隊のみんなも、トリガーも助けられた。僕らは何もかも失ったわけじゃない。

 

「今あるものを数えよう。そして、一緒にこれから何ができるか考えよう」

 

「そうですね」

 

 そうだ。きっと、今回の事件で壊滅した治安局を再建しなければならない。新エリー都もまだ未完成だから、それにも労力を割かねばならないだろう。

 

 失ったものは大きい。

 

 だけど、失ったものばかりを思っても前には進まない。

 

「これからも、頑張りましょう先輩」

 

「おう」

 

 その時だった。トラックに搭載していたレーダーが、どこからから何かの信号を捉えたのだ。

 

「これは⋯救助信号!?」

 

「生き残りがまだいるのか!」

 

 この街の状態では、長く持たないかもしれない。早く助けなければならない。反応は⋯⋯ここから、数ブロック先か。となると、数kmは離れている。

 

「どうする。このまま行っても乗れない可能性がある。それに、負傷者の容体も考えると」

 

 どうすればいいか、考えていると曲がり角から救急車と騎馬治安官が飛び出してくる。治安官の方は見知った顔だった。

 

「武流!!」

 

 アベルは窓から顔を出して叫ぶ。

 

「アベル!」 

 

 救急車と武流は停まる。

 

「状況は?」

 

「無線を聞いたと思うけど、中央総合病院が陥落した。だから、病院から逃げてる救急車を護衛していたんだ」

 

「⋯⋯中に人はいるか?」

 

 シュヴァルツが武流に聞く。

 

「いません。運転手と助手席の救急隊員だけです」

 

 中に人はいないのか。それなら、荷台にいる人は全員乗せられるかもしれない。

 

「頼みがある。救急車に人を乗せたい」

 

「わかりました」

 

「今から救急車に移ってください」

 

 トラックの荷台を開け、トリガーを補助して降ろす。そして、ライアー小隊とヴァルチャーとハヤブサを救急車に乗せる。

 

「ジム、お前も先に脱出してくれ」

 

「おいおい、俺も治安官だぜ?」

 

「お前、さっきの戦闘でエーテリアスの弾丸をくらって腕を負傷したろ?」

 

「あー、バレてたか」

 

「ああ、見え見えだぜ」

 

「オーケー、先に脱出する。だが、あんたらも絶対に生きて脱出しろよ? もう⋯⋯仲間を失うのはこりごりだ」

 

「おうよ」

 

「えっ、アベルくんたちは?」

 

 アケロンが心配そうに尋ねる。

 

「僕らは救助信号の元に行きます。一人でも多く救いたいですから」

 

「それなら、私たちも」

 

「いえ⋯皆さんはもう限界のはずです。先にゼロ号ホロウから脱出してください。僕らも後を追います」

 

「待てよ。若いのに任せて、俺ら大人が逃げられるわけないだろ!」

 

 ステュクスはアベルと共に救助に行こうとしていた。それは、助けてくれた恩返しでもあり、大人としての責務を果たしたいからだ。アベルは未成年、法的に見ればまだ子どもなのだ。それなのに、自分だけ逃げるのはプライドが許さない。

 

「駄目です。娘さんと約束したんですよ。必ず貴方を助けると」

 

「約束って⋯妻と娘は無事なのか?」

 

「ええ、災害初期に新エリー都方面に避難させました。だから、すぐにホロウから出て抱きしめてあげてください。二人とも心配していましたから」

 

「⋯⋯わかった。でも、絶対に帰ってこいよ」

 

「もちろんです」

 

 ステュクスも救急車に乗り、最後にハヤブサが乗る。

 

「決して無理はしないでね。アベルくん。それと、その軍用剣も持っててくれていいよ」

 

「はい、ありがとうございます」

  

 アベルとシュヴァルツの覚悟を決めた目を見て、もう誰も何も言わなかった。ただ一人を除いて。

 

「待って⋯アベル⋯」

 

「トリガー?」

 

「お願い⋯⋯行かないで⋯⋯貴方を失ったら⋯私は⋯」

 

 アベルは笑顔を浮かべながら、安心させるようにトリガーを優しく抱きしめる。

 

「大丈夫。絶対に戻って来る⋯だから、トリガーは先に脱出して。僕と先輩もすぐに追いつくから」

 

「でも⋯⋯」

 

「これ、持ってて」

 

 アベルはトリガーに手帳を渡す。手帳にはトリガーとの写真やライアー小隊の写真、同期の王明やゼレフとの集合写真などが入っていた。

 

「必ず取りに戻る。だから、安心して」

 

 アベルはトリガーを離し、トラックへと向かう。その背中にカロンは声をかけた。

 

「アベル、絶対に帰ってこいよ」

 

「⋯はい!」

 

 アベルが離れてゆく。ようやく、この地獄から共に抜け出せると思っていたのに離れてゆく。殆ど見えないトリガーの視界には、アベルの背中がボヤけて映っていた。

 

「行か⋯ないで」

 

 涙を流してしまう。

 

 もう二度と会えない気がしたから。

 

 これで、最後になってしまう気がしたから。

 

 もう、帰ってこない気がしたから。

 

 トリガーは手を伸ばすが、無情にも救急車のドアは閉まり動き出す。

 

「行くよ。アベル、後で合流しよう」

 

「ああ、救急車の護衛は頼んだ!」

 

 ライアー小隊、ネメシスの生き残り、ジムを乗せた救急車は武流の護衛のもと、ゼロ号ホロウの外へと向かって走り始めた。

 

 

 

 

 救急車が遠ざかるのを見送ったアベルは、深く息を吸い込んだ。胸の奥に広がる不安を押し込めるように、拳を強く握る。

 

「先輩、行きましょう」

 

「ああ。奴らがまた現れる前に、急がないとな」

 

 二人はトラックに乗り込むと、レーダーに表示された信号の位置を再確認する。反応は、小学校の近辺――住宅街が建ち並んでいる場所だ。

 

 トラックのタイヤが瓦礫を踏みしめる音が、無人の街に虚しく響く。

 

「アベル。さっき、トリガーが泣いてた」

 

「⋯⋯見えてたんですね」

 

「⋯⋯大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよ。トリガーは強いですし、ライアー小隊の皆さんもいます。それに⋯」

 

 アベルは燃える街を見ながら言う。

 

「一人でも多く⋯⋯救いたいですから」

 

 シュヴァルツは運転しながらも、アベルの横顔を見た。

 

 かつて、新入りだった頃とは違い。頼れる治安官になっている。人が一年間でここまで成長するとは、思ってもいなかった。

 

「アベル、これからもずっとペアでいようぜ」

 

「もちろんですよ。先輩」

 

 二人は小さく微笑みながら、救助信号の元へと向かった。

 

 

 

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