ライアー小隊を救助したアベルたちは、もと来た道を戻ってゆく。コキュートスに変わって、アベルがトリガーを背負っている。そして、他の者は二人を守るように周囲を警戒していた。
「アベル⋯⋯来て⋯くれたんですね」
「ああ、もう大丈夫だよ。僕が君を絶対に守るから」
「⋯ありがとう」
トリガーはギュッとアベルの体を抱きしめる。あの戦いの怪我で心に染み込んだ死という恐怖を和らげるように。もう、二度と彼から離れたくないという思いを叶えるように、力強く。
しばらく歩いていると、トラックに着く。
「よし、みんな乗ってくれ」
トリガーをカロン隊長へ任せ、全員が乗ったことを確認してから助手席へと移る。エンジンをかけようとした時、無線機から声が聞こえた。
「ん? なんだ?」
『こちら⋯⋯中央総合病院⋯陥落した⋯⋯すまない。生存者はバラバラに逃げた⋯⋯ごめん⋯俺は⋯もう⋯この地獄を耐えられない⋯⋯⋯⋯頼む⋯みんな生きてくれ⋯』
直後に銃声が聞こえた。
「⋯あとは治安局だけか」
防衛軍基地、消防局、市役所、総合病院、全てがエーテリアスの手に落ちた。
「はい」
エンジンをかけて街を進む。もう、この街に安全な場所は存在しない。一刻も早く、彼らを安全圏に運ばねばならない。
「まさか、一晩でエリー都が陥落するとはな」
レテは燃える街を見ながらそう呟いた。仲間たちと、共に過ごした街、幼少期を過ごした公園など全てがホロウに飲まれていった。
「でも、なんとか私たちは生きている。生き残った者として、この事件を後世に伝えなければならない」
「そうね」
カロンの言葉にヴァルチャーが頷く。
「そういえば、名前を聞いていなかったな」
「私はヴァルチャーよ。ネメシス小隊の生き残り。そして、あの二人に助けられた」
「同じくネメシス小隊突撃兵のハヤブサだ。僕とヴァルチャーはエーテリアスに囲まれた所を、アベルくんとシュヴァルツさんに助けてもらったんだ」
そう言われると、なんだがむず痒い。僕は治安官として当たり前のことをしたまでだ。
「貴方は?」
アケロンがもう一人の治安官に名を聞く。
「俺はジムだ。装甲ドーザー隊に所属してたが、隊は全滅してな。何かできないかと、塞がれた道を開けてたら、アベルたちに出会ったんだ」
「ふっ、みんなこの二人に助けられたか。改めて助けに来てくれてありがとう」
トラックの中で自己紹介を始める。共に戦い、あの地獄を生き延びた彼らは、今に限ってはどんな小隊よりも強く、連携が取れるだろう。
「なあ、アベル」
「はい?」
「このゼロ号ホロウ拡大で、俺たちは多くのものを失った」
「⋯⋯そうですね」
生まれた故郷も、住んでいた家も、職場、そして大切な友だちも多く失った。
「けど、大切なものを全て失ったわけじゃない」
「はい」
ライアー小隊のみんなも、トリガーも助けられた。僕らは何もかも失ったわけじゃない。
「今あるものを数えよう。そして、一緒にこれから何ができるか考えよう」
「そうですね」
そうだ。きっと、今回の事件で壊滅した治安局を再建しなければならない。新エリー都もまだ未完成だから、それにも労力を割かねばならないだろう。
失ったものは大きい。
だけど、失ったものばかりを思っても前には進まない。
「これからも、頑張りましょう先輩」
「おう」
その時だった。トラックに搭載していたレーダーが、どこからから何かの信号を捉えたのだ。
「これは⋯救助信号!?」
「生き残りがまだいるのか!」
この街の状態では、長く持たないかもしれない。早く助けなければならない。反応は⋯⋯ここから、数ブロック先か。となると、数kmは離れている。
「どうする。このまま行っても乗れない可能性がある。それに、負傷者の容体も考えると」
どうすればいいか、考えていると曲がり角から救急車と騎馬治安官が飛び出してくる。治安官の方は見知った顔だった。
「武流!!」
アベルは窓から顔を出して叫ぶ。
「アベル!」
救急車と武流は停まる。
「状況は?」
「無線を聞いたと思うけど、中央総合病院が陥落した。だから、病院から逃げてる救急車を護衛していたんだ」
「⋯⋯中に人はいるか?」
シュヴァルツが武流に聞く。
「いません。運転手と助手席の救急隊員だけです」
中に人はいないのか。それなら、荷台にいる人は全員乗せられるかもしれない。
「頼みがある。救急車に人を乗せたい」
「わかりました」
「今から救急車に移ってください」
トラックの荷台を開け、トリガーを補助して降ろす。そして、ライアー小隊とヴァルチャーとハヤブサを救急車に乗せる。
「ジム、お前も先に脱出してくれ」
「おいおい、俺も治安官だぜ?」
「お前、さっきの戦闘でエーテリアスの弾丸をくらって腕を負傷したろ?」
「あー、バレてたか」
「ああ、見え見えだぜ」
「オーケー、先に脱出する。だが、あんたらも絶対に生きて脱出しろよ? もう⋯⋯仲間を失うのはこりごりだ」
「おうよ」
「えっ、アベルくんたちは?」
アケロンが心配そうに尋ねる。
「僕らは救助信号の元に行きます。一人でも多く救いたいですから」
「それなら、私たちも」
「いえ⋯皆さんはもう限界のはずです。先にゼロ号ホロウから脱出してください。僕らも後を追います」
「待てよ。若いのに任せて、俺ら大人が逃げられるわけないだろ!」
ステュクスはアベルと共に救助に行こうとしていた。それは、助けてくれた恩返しでもあり、大人としての責務を果たしたいからだ。アベルは未成年、法的に見ればまだ子どもなのだ。それなのに、自分だけ逃げるのはプライドが許さない。
「駄目です。娘さんと約束したんですよ。必ず貴方を助けると」
「約束って⋯妻と娘は無事なのか?」
「ええ、災害初期に新エリー都方面に避難させました。だから、すぐにホロウから出て抱きしめてあげてください。二人とも心配していましたから」
「⋯⋯わかった。でも、絶対に帰ってこいよ」
「もちろんです」
ステュクスも救急車に乗り、最後にハヤブサが乗る。
「決して無理はしないでね。アベルくん。それと、その軍用剣も持っててくれていいよ」
「はい、ありがとうございます」
アベルとシュヴァルツの覚悟を決めた目を見て、もう誰も何も言わなかった。ただ一人を除いて。
「待って⋯アベル⋯」
「トリガー?」
「お願い⋯⋯行かないで⋯⋯貴方を失ったら⋯私は⋯」
アベルは笑顔を浮かべながら、安心させるようにトリガーを優しく抱きしめる。
「大丈夫。絶対に戻って来る⋯だから、トリガーは先に脱出して。僕と先輩もすぐに追いつくから」
「でも⋯⋯」
「これ、持ってて」
アベルはトリガーに手帳を渡す。手帳にはトリガーとの写真やライアー小隊の写真、同期の王明やゼレフとの集合写真などが入っていた。
「必ず取りに戻る。だから、安心して」
アベルはトリガーを離し、トラックへと向かう。その背中にカロンは声をかけた。
「アベル、絶対に帰ってこいよ」
「⋯はい!」
アベルが離れてゆく。ようやく、この地獄から共に抜け出せると思っていたのに離れてゆく。殆ど見えないトリガーの視界には、アベルの背中がボヤけて映っていた。
「行か⋯ないで」
涙を流してしまう。
もう二度と会えない気がしたから。
これで、最後になってしまう気がしたから。
もう、帰ってこない気がしたから。
トリガーは手を伸ばすが、無情にも救急車のドアは閉まり動き出す。
「行くよ。アベル、後で合流しよう」
「ああ、救急車の護衛は頼んだ!」
ライアー小隊、ネメシスの生き残り、ジムを乗せた救急車は武流の護衛のもと、ゼロ号ホロウの外へと向かって走り始めた。
救急車が遠ざかるのを見送ったアベルは、深く息を吸い込んだ。胸の奥に広がる不安を押し込めるように、拳を強く握る。
「先輩、行きましょう」
「ああ。奴らがまた現れる前に、急がないとな」
二人はトラックに乗り込むと、レーダーに表示された信号の位置を再確認する。反応は、小学校の近辺――住宅街が建ち並んでいる場所だ。
トラックのタイヤが瓦礫を踏みしめる音が、無人の街に虚しく響く。
「アベル。さっき、トリガーが泣いてた」
「⋯⋯見えてたんですね」
「⋯⋯大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。トリガーは強いですし、ライアー小隊の皆さんもいます。それに⋯」
アベルは燃える街を見ながら言う。
「一人でも多く⋯⋯救いたいですから」
シュヴァルツは運転しながらも、アベルの横顔を見た。
かつて、新入りだった頃とは違い。頼れる治安官になっている。人が一年間でここまで成長するとは、思ってもいなかった。
「アベル、これからもずっとペアでいようぜ」
「もちろんですよ。先輩」
二人は小さく微笑みながら、救助信号の元へと向かった。