治安局
建物周辺にはエーテリアスと治安官の死体が積み重なっていた。
局内も戦闘により、壁や床が破損しており、返り血などで汚れていた。廊下やオフィスには最後まで戦った治安官の死体が転がっている。
既に生き残りは極僅かだ。
「長官、ヘリが燃料の問題からこれが最後になるとのことです」
新米治安官のロンが敬礼しながら言う。
「そうか⋯行かせろ」
「はい」
局内にはまだ市民が三人と救急隊員が一人残っている。だが、ヘリは限界まで乗せた。出発してもらうしかない。
「陸路で逃がすしかないか」
「ですが、かなり困難です」
治安官の生き残りはロンとダーラン長官含め、残り五名である。この人数でエーテリアスがひしめく中央部から逃げるのは、至難だろう。
だが、やるしかない。
どうやって陸路で逃げるか。長官が考えていると、扉を開けて女性治安官が入ってくる。
「長官! 無線です!」
「何?」
「軍のヘリが向かってるとのこと」
「馬鹿な」
軍はとっくに逃げ、増援も打ち切ったと思っていたが救助に来てくれるとは。これなら、市民も逃げれるだろう。
「どれくらいで着く?」
「あと10分程で着くと」
「そうか。君は市民を屋上に誘導したまえ。ロン、君は少しここに残ってくれないか?」
「はい」
女性治安官が出て行った後、ダーラン長官はパソコンを起動し、今回のゼロ号ホロウ拡大の過程や過去の事件の情報など様々な情報をUSBにまとめる。
「これを持って君も逃げなさい」
「えっ、で⋯ですが長官は?」
「私は責任を取らねばならん。エリー都を守れず、多くの犠牲を生んだ責任を」
ロンは察してしまった。ダーラン長官はここに残り、そして死ぬ気だ。
「ま、待ってください! 今回のエリー都陥落は長官の責任ではありません! 誰も予想できなかった不測の事態⋯災害なんです!」
「不測の事態だからと、言い訳をして逃げるわけにはいかんよ。私は全ての治安官を束ね、街の治安を守る最高責任者なのだから」
「しかし!」
「君のような若者が遺志を継いでくれるのなら、私も安心して逝ける」
「長官⋯⋯お願いです。共に脱出しましょう⋯⋯我々にはまだ貴方の力が必要なんです」
「⋯⋯多すぎる部下を失った。私だけ、のうのうと生きるわけにはいかん。私の意志を尊重してくれないか?」
ダーラン長官の意志は固く、そして表情は哀しげだった。
「⋯⋯わかりました」
ロンは涙を流しながら敬礼をする。
「ダーラン長官⋯⋯短い間でしたが、貴方のもとで働けたことを光栄に思います」
そう言ってロンは長官室から出て行った。ダーランは煙草に火を着け、一口だけ吸う。
あの日、この街がエーテリアスに蹂躙される夢を見た。当時は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、何度も見るうちに正夢なのではと思った。だから、車両を多く納入した。そして、重装備も調達しようと思っていたが。
「間に合わなかったか」
結局、納入する前にゼロ号ホロウが拡大してしまった。
多くの部下が犠牲となってしまった。
もっと、早く動いていればエリー都は守れたのだろうか。仮に守れなかったとしても、今よりも犠牲者を減らすことができたのではないか。
「⋯⋯過ぎたことを考えても無駄か」
結局、我々は負けたのだ。
ホロウとエーテリアスに奪われたのだ。
ダーランは煙草の火を消してから、テーブルの引き出しに入れていた小型拳銃を取り出す。安全装置を外し、スライドを引いて薬室に弾丸を入れる。
拳銃を確認してから、無線機を取る。
「ダーラン長官より、全治安官へ告ぐ。諸君らの働きに感謝する。エリー都は陥落した。生き残った者は、ゼロ号ホロウからの脱出を目指せ」
無線機をオフにしてから机へと置く。拳銃の銃口を頭に向ける。
良い部下たちを持ったものだ⋯⋯私のような無能が長官であったばかりに、彼らの多くを死なせてしまった。若者たちが死ぬのなら、ついて行く大人が必要なのだ。
ダーランは最期に家族との写真を見てから、引金に指をかける。
「⋯⋯願わくば生き残った者たちが、この事件の真相を解明し、安心して暮らせる世を作れるよう願う」
パァン!
乾いた音と薬莢が転がる音が部屋に響いた。
屋上では生き残った三名の治安官と三人の市民、救急隊員一人がヘリを待っていた。そこに、ロンが階段を登ってやってくる。
「お待たせしました」
「新入り、長官は?」
ロンと共に戦ったバンとケビンが駆け寄ってくる。
「長官は⋯⋯務めと責任を果たしました」
「⋯⋯そうか」
「⋯⋯少なくなっちまったな」
治安局に増援や救援を求める無線や報告の無線も、もうどこからも来なくなった。治安官の生き残りは、もう自分たちだけなのではと思ってしまう。もし、仮に自分たちだけでもこの事件を後に伝えなければならない。
「あっ、来ましたよ!」
女性治安官がそう言うと、ヘリがローター音を立てながら近付いてきた。市民と救急隊員は泣きながら喜び、治安官たちも安堵の表情を浮かべる。
だが、その時階段から異形のうめき声が聞こえた。
「まさか⋯⋯くそっ、エーテリアス共だ!」
エーテリアスが生き残りを殺すべくやって来たのだ。群れの中には、小型以外にも中型も多くいる。
「止めるぞ! 弾薬を使い切る覚悟でだ!」
治安官たちは残った弾を使ってエーテリアスたちを押し止める。
ヘリポートにヘリが着陸する。
「早く乗るんだ! ロン!」
「兄さん!?」
ヘリを操っていたのは、隊長に頭を下げて単身ゼロ号ホロウへと向かった軍人だった。弟であるロンと生存者を助けるべくやって来たのだ。
「市民を誘導しろ!」
「は、はい!」
バンの命令を聞いた女性治安官とロンは市民と救急隊員をヘリに乗せる。あとは、自分たちだけだがエーテリアスの波は止まることを知らない。
「ちぃ、このままじゃ弾切れだ」
「⋯⋯お前らは逃げろ!!」
ケビンが後ろを向いて叫ぶ。
「し、しかし!」
「誰かがここで押し止めなきゃならねえ! なら、やるのは若者じゃなくて俺たちおっさんだろ!」
「ですが、それだと先輩方は!」
死んでしまう。そう言おうとしたが、ロンはバンとケビンの目を見て言えなかった。二人とも、なぜか希望に満ちた目をしていたから。
「お前らが生きれば、いつかこの事件の原因も解明する!」
「俺たちはそれで充分だ!」
「先輩⋯⋯」
「さあ、行けぇ!!!」
ヘリの扉が閉まり、ヘリポートからユックリと浮かぶ。
「兄さん! まだ先輩たちが!」
「これ以上、ここにいるのは無理だ! あの二人が作ってくれた時間を無駄にはできない!」
ロンは奥歯を噛みしめながら、去りゆく屋上を見つめた。バンとケビンの姿が、エーテリアスの群れに向かって銃を構えているのが、ヘリの窓から見えた。
「くそ⋯⋯ッ!」
ヘリは上昇を続け、ついに治安局の建物の屋上が見えなくなる。ローター音が重く響く中、誰も言葉を発しなかった。市民たちは泣きながら肩を寄せ合い、女性治安官は手を合わせて祈っていた。
ロンは目を閉じた。だが、まぶたの裏には先輩たちの背中が焼き付いて離れなかった。
——必ず、生き延びてみせる。
——そして、あの人たちの思いを無駄にしない。
やがて、ヘリはゼロ号ホロウの外縁部に差し掛かった。崩壊した街並みと、そこを覆い尽くすエーテリアスの群れ。まるで悪夢が地上に具現化したかのような光景だった。
「兄さん……」
ロンが小さく呟くと、操縦席から兄が声を返す。
「言いたいことは分かってる。だが、今は耐えろ。お前が生きて伝えなきゃ、あの人たちが何のために死んだか、分からなくなる」
ロンは黙って頷いた。
——ダーラン長官、バンさん、ケビンさん……。
——必ず、生きてこの真実を伝えます。
そして数十分後、ヘリは防衛軍が築いた臨時拠点の一つに到着した。ロンたちが降り立ったその地は、負傷者と難民でごった返していたが、それでも人々はまだ生きていた。
ロンは荷物の中から、ダーラン長官に託されたUSBを取り出し、強く握りしめる。
「ここからが、始まりだ」
そう、小さく呟くと、彼は拠点の司令部へと歩き出した。
——エリー都陥落は、終わりではない。
——それは、新たな戦いと真実の始まりだった。
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ダーラン・マルクス(54) 長官
旧都陥落時に治安局の指揮者として、的確な指示を出して多くの市民を助けた。治安局防衛の際には自ら、前線に出て戦闘も行った。最期は多くの部下を失い、エリー都が陥落した責任をとり自決し殉職。
バン・グエン(32) 警部補
旧都陥落時に治安局で市民の手当てをしていた。治安局防衛の際には、多くの同僚や仲間を失ったが新米のロンと警部のケビンと共に数多のエーテリアスを倒し、侵攻を遅らせた。最期はロンに希望を託し、ヘリの脱出時間を稼ぎ、エーテリアスの波に飲まれ殉職。
ケビン・ウォーレン(33) 警部
旧都陥落時に治安局でゼロ号ホロウ拡大の原因についての資料をまとめていた。治安局にエーテリアスが侵攻してからは、頭部を負傷しながらも銃をとり防衛戦に参加する。最期はバンと同じくロンに希望を託し、ヘリの脱出時間を稼ぎ、エーテリアスの波に飲まれて殉職。
その他殉職者多数