「アベル! 急いでトラックの所に行け!」
シュヴァルツはトラックの鍵をアベルに押し付け、トラックの方へと向かうよう突き飛ばす。
「しかし!」
「いいから早く! 行け!」
「⋯⋯はい」
ペアになって一年間、ずっと笑顔だった先輩の鬼気迫る表情を見たアベルは鍵を握りしめ、トラックの元へと向かった。
シュヴァルツの背後で、トラックが土煙を上げながら遠ざかっていく音がした。それと同時に、彼は深く息を吐く。安堵と決意の入り混じったその吐息が、死地に立つ覚悟を静かに刻む。
「⋯⋯よし」
アベルはまだ若い。これからの人生、まだまだ色んなことがある。アイツは色んな人から愛されているんだ。ここで、死なせていい人間じゃない。
ここで死ねば、トリガーちゃんもライアー小隊のメンバーもアキラもリンもみんな悲しむ。
だから、俺が犠牲にならないとな。
「⋯⋯これで良かったんだ」
小さく呟いたその声に、返事はなかった。だが次の瞬間、乾いた靴音と聞き慣れた声が背後から聞こえてくる。
「いいえ、これで良くありません」
振り向いた先に立っていたのは、トラックに乗ったはずのアベルだった。
「なっ、どうして!?」
「兄弟の兄の方が免許を持っていたので、彼らには自分で脱出してもらうことにしました」
「馬鹿野郎! 何のために俺が残ったと思って⋯」
「僕を助けようとしてくれたんですよね」
「なら、なんで戻ってきた! ライアー小隊⋯ネメシスの生き残り⋯アキラにリン⋯お前が死ねばどれだけの人間が悲しむと思っているんだ! トリガーちゃんを置いて逝く気かテメェは!!!」
シュヴァルツはアベルの胸ぐらを掴む。大型エーテリアスの前だということを忘れ、思わず怒鳴ってしまう。
アベルは掴まれたまま、黙ってシュヴァルツの怒気を受け止めていた。だがその目は、怯えるでもなく、ただ静かに、真っ直ぐにシュヴァルツを見返していた。
「先輩言ったじゃないですか⋯⋯ずっとペアでいようぜって」
「っ! それは⋯」
「それに、僕は死ぬ気はありませんし、先輩を犠牲にする気もありません。このエーテリアスを倒して、二人でホロウを出ましょう」
「お前⋯」
アベルの表情を見てシュヴァルツは声を詰まらせる。
決して絶望に屈していない。
恐怖も抱いてない。
今だ希望に満ち溢れた表情だ。
この地獄でも、希望を捨てていないのだ。
「それに⋯⋯先輩は報告書、書けないでしょ?」
アベルは静かに、和らかく微笑む。
「⋯は⋯はは⋯⋯あははは! ほーんと生意気で可愛くない後輩だよ、お前は」
シュヴァルツは思わず笑ってしまう。そして、いつものおちゃらけた雰囲気と表情に戻った。
「でも、優秀でしょう?」
「ああ、優秀な後輩を持てて嬉しいよ」
「グオオオ⋯⋯」
エーテリアスが唸ると、周りを飛んでいた小型エーテリアスやビルの隙間から現れた中型エーテリアスが二人を取り囲む。
アベルとシュヴァルツは武器を構える。
「なあ、アベル!」
「なんですか?」
「⋯⋯最期くらい、格好つけようぜ」
「⋯⋯はい!」
燃え盛るエリー都の中、二つの影が背を並べる。
迫りくる絶望に、希望を込めた銃声が鳴り響いた。
それは、終わりではなく——彼らの誇りの証だった。