旧都陥落の日   作:IamQRcode

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遺された者たち

 

「⋯⋯まだか」

 

 カロンは落ち着きなく、基地の入口を彷徨いていた。武流がゼロ号ホロウに向かってから、もう50分程経つ。あと少しで式輿の塔が爆破され、エリー都完全に分断されてしまう。

 

 早く⋯⋯早く帰ってきてくれ。

 

「隊長、少し休んだ方が」 

 

 アケロンが心配そうな表情で尋ねる。事実、彼女はずっと働いており、ゼロ号ホロウでの戦闘の疲れも取れていない。

 

「いや、せめてアベルが帰ってきてからだ」

 

 カロンが不安そうな表情を浮かべていると、治安局の小型トラックが向こうからやって来た。

 

「帰ってきたか!」

 

 カロンやライアー小隊の面々、サリィにジータ、ハヤブサにヴァルチャー、ジムは入口に駆け寄り、嬉しそうな表情でトラックが停まるのを待つ。

 

「⋯カロン隊長、まだ私たちは全てを失ったわけじゃないんですね」

 

 アケロンがカロンに聞く。

 

「ああ⋯また、ゼロから始めよう」

 

 都市を失ってもまた作ればいい。

 

 でも、大切な人は失ったら戻らない。

 

 今は大切な人が戻ってきたことを喜ぼう。そう思っていると、トラックが停まり中から二人の男性と犬を抱えた女性が降りてくる。

 

 アベルとシュヴァルツ、武流は降りてこなかった。

 

「⋯⋯え」

 

 カロンの顔から喜びが消え、不安が襲ってくる。冷や汗が全身から溢れ、背中をスッと落ちてゆく。

 

「お前たち!」

 

「あなた!」

 

「父さん!」

 

 式輿の塔の爆破を指揮していた隊長の男と三人が抱き合う。生き延びた者たちの感動の再会であるが、アベルの帰りを待っていた者たちにとっては違う。

 

 カロンは重い足取りで、降りてきた女性に近づく。

 

「す、すまない」

 

「はい?」

 

「このトラックの持ち主⋯治安官が二人いたはずなんだが⋯どこに?」

 

 まだ荷台にいると、別の車で脱出したと……どうか、そう言ってくれ。カロンはその願いにすがるしかなかった。

 

「⋯⋯お二人は⋯⋯私たちの⋯⋯」

 

「巨大なエーテリアスから、俺たちの逃げる時間を稼ぐ為にホロウに残った」

 

 兄の方が罪悪感の籠もった声と表情で言う。

 

 大型エーテリアス⋯恐らく、軍の先遣隊や銃器対策部隊を壊滅させたやつだろう。戦闘のプロでも傷一つつけられなかったエーテリアスに、二人の治安官が挑む。

 

 結果は誰が見ても明らかだ。

 

「っ!!」

 

 カロンはライフルを取って走り出そうとし、警備の兵士に止められる。

 

「どこに行く気ですか」

 

「ホロウに決まっているだろ! アベルを⋯あの二人を助けるんだ!!」

 

「もう間に合いません。式輿の塔が爆破されます」

 

 警備の兵士がそう言った瞬間、遠くから爆発音が聞こえた。塔が爆破されたのだ。エリー都は完全に切り離され、捨てられたのだ。

 

「そんな⋯⋯」

 

「⋯⋯クソっ!」

 

 ステュクスは近くにあった装甲車に拳をぶつける。

 

 愛する妻と娘の命を助けてもらい、挙げ句自分の命も助けてもらった。それなのに、自分は恩返しの一つもせず、ホロウから逃げた。

 

 残るべきだった。

 

「アベルくん⋯⋯」

 

「嘘よ⋯⋯」

 

 ハヤブサは俯き膝から崩れ落ちる。アケロンもその場に立ち尽くし、震える唇を押さえながら、何も言えずにいた。

 

「⋯⋯くそっ」

 

 ヴァルチャーもライフルを握る手に力を入れてしまう。

 

「⋯⋯もう⋯⋯仲間を失うのはこりごりだったんだがな⋯」

 

 ジムは帽子を深くかぶり、涙を隠す。

 

 辺りには重く沈んだ沈黙が流れ、先ほどまでの再会の歓喜が嘘のように霧散していた。誰もが信じたかった、あの二人が無事に帰ってくることを——。

 

 だが、運命は無情にも彼らの命を奪った。

 

 自分たちが助かった代わりに、アベルとシュヴァルツの命は散った。

 

 全員が涙を流すか、悲観に暮れていた。

 

「アベル⋯?」

 

「ト、トリガー⋯⋯」

 

 テントの中からトリガーが現れる。包帯を目に巻き、何も見えないトリガーはコキュートスに補助されながら、カロンの元へと行く。

 

「カロン隊長⋯⋯アベルはどこですか? どこに⋯⋯」

 

「トリガー⋯⋯聞いてくれ」

 

「アベル⋯言いましたよね。必ず帰ってくるって⋯私に手帳を預けて言いましたよね⋯⋯抱きしめて言ってくれましたよね」

 

「アベルは⋯⋯」

 

「映画を見に行った時も言ったんですよ⋯⋯傍にいたいって⋯守りたいって⋯⋯私を置いていくなんて、そんなことあり得ませんよね」

 

 トリガーの声が震える。

 

「嘘ですよね……カロン隊長……アベルは、きっと、きっと帰って来ますよね⋯⋯」

 

 カロンは唇を強く噛みしめた。喉の奥から絞り出すように声を出そうとするが、どうしても言葉にならない。目の前の少女に、現実を突きつけるにはあまりに残酷すぎた。

 

「カロン隊長⋯⋯? 答えてください⋯⋯アベルは⋯⋯アベルは⋯⋯っ!」

 

 トリガーの両手が震え、目の前の虚空を掴もうとする。だがその手が掴むものは何もない。

 

「⋯⋯アベルは、戻らない」

 

 その一言が、静かに、しかし確実に突き刺さった。 

 

 トリガーはその場に立ち尽くし、何も言わず、まるで時間が止まったかのようだった。周囲もまた、誰一人として言葉を発せなかった。

 

「嘘⋯⋯嘘っ!」

 

 小さな声とともに、トリガーは膝から崩れ落ちた。

 

 コキュートスが慌てて彼女を支えようとするが、トリガーはそれを振り払って地面に座り込み、顔を両手で覆う。

 

「嘘です⋯⋯アベルが⋯⋯私を置いていくなんて⋯⋯そんなの⋯⋯!」

 

 泣き声が、抑えきれない嗚咽へと変わっていく。

 

「アベル、帰ってくるって言ったじゃないですか⋯⋯っ、私を守るって⋯⋯ずっと一緒だって⋯⋯!」

 

 涙が止まらない。包帯の下からも、熱い涙が流れ落ちていた。

 

「トリガー⋯」

 

 カロンが慰めの言葉をかけようとしたが、それを遮るように、トリガーが叫ぶ。

 

「⋯帰ってきてアベル⋯⋯ねぇ、お願い⋯⋯私、まだ⋯⋯まだ伝えたいこと、いっぱいあるのに⋯⋯っ!!」

 

 叫びは空へと吸い込まれ、返事はどこからも返ってこなかった。

 

 沈黙の中で、誰もが感じていた。大切な仲間を、家族を、自分たちは失ったのだと。

 

 そしてその痛みは、これからも癒えることはないのだと——。

 

 トリガーは、地面に崩れ落ちたまま、泣き続けた。

 

「お願い⋯⋯帰ってきて⋯⋯⋯⋯」

 

 その涙が尽きるまで⋯⋯

 

 アベルの魂に届くまで⋯⋯

 

 

 

 

 

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