「ハァ⋯ハァ⋯ハァ⋯」
必死になって逃げていた。
燃えるエリー都に周囲には市民や仲間の治安官、消防隊員の死体が散乱し、ここがいかに地獄かを物語っている。
最初はいつもと変わらないホロウ災害だと思っていた。いつものように、残業してその愚痴を仲間と言い合うんだと思っていた。けど、実際はゼロ号ホロウの拡大とエーテリアスの増殖を止められず、エリー都は完全に放棄された。
仲間はほぼ死んだ。
マカロフに王明、カズキ、ロバートにキャンベル、星宇、仲の良い同期や頼りがいのある先輩、新しく入ってきた初な後輩、みんなみんな死んでしまった。
弾も残り少ない。
警棒は戦闘で折れてしまった。
頼れる者も何も無い。
「あっ!」
近くに扉の開いたパトカーが乗り捨てられいた。運転席には、顔を吹き飛ばされ、無線機を持った治安官の死体が放置されていた。
「⋯⋯すまん」
死体をどけてパトカーのエンジンをかける。
燃える街を進み続ける。この、ゼロ号ホロウから脱出する為にだ。どれだけ進んでも、炎は収まる気配はなく、生存者も見つけられない。
無線から声も聞こえなくなり、この街に生存者は極僅かしかいないのだろう。
「なんで⋯⋯こんなことに」
守れると思っていた。
街も市民も家族も、みんな守れると思っていた。
いや⋯⋯守れるはずだった。
軍が増援を寄越さなかったらこうなったんだ。
軍が俺たちに撤退命令を出さずに、自分たちだけ早々にホロウの外に脱出したからこうなったんだ。
火の粉が宙を舞う。
パトカーのヘッドライトが、廃墟と化した街並みを切り裂いて進んでいく。かつて賑わいを見せていた商店街のアーケードは骨組みだけを残し、火に焼かれて崩れ落ちていた。
治安局は完全に陥落し、エーテル結晶の生えたおどろおどろしい建物に変わっている。
もうこの街に安全な場所はない。
その時だった。
——ギィ⋯⋯ッ!
ブレーキを強く踏んだ。目の前に、焦げた古い邸宅が広がっていた。その一角から、かすかな光と煙が立ち昇っている。
「行かないと⋯⋯」
なぜか、ここで止まらなければならないと思った。
ここに生存者がいるのではと思った。
もちろん、勝手な想像だし直感だ。
それでも、なぜだかここを見過ごしたら、後々大きく後悔するような気がした。
車を降りる。焼け焦げた瓦礫の中、崩れた門柱には「星見」の表札がかろうじて残っていた。胸がざわめいた。
軋む音。炎の間を抜け、屋敷の中に足を踏み入れた瞬間——
「うっ⋯⋯!」
鼻を突く血と煙の臭い。床に倒れている女性の遺体。焼け爛れた服、胸元には刀傷が深く走っていた。すでに息はない。
だが、そのすぐ傍らにいた。
少女だ。ボロボロの着物に身を包み、手には長すぎる刀を握っていた。その手は震えている。
年の頃は、十歳にも満たないだろう。顔は煤にまみれていたが、目ははっきりと生きていた。
「⋯⋯近づくなッ!」
少女が叫んだ。震える声だが、瞳には鋭さがあった。死にかけの獣のように、必死に牙を剥いている。
「⋯⋯俺は敵じゃない」
ゆっくりと構えていた拳銃を地面に置く。手を見せ、しゃがみこむ。
「もう戦わなくていい。ここは危険だ。一緒に逃げよう」
少女は刀を握ったまま、母親の亡骸をちらりと見る。頬が小さく震えた。
「お母さんは⋯⋯わたしを守ってくれた……でも……お母さんは、もう⋯⋯もう⋯⋯」
嗚咽が、言葉の後ろから漏れた。堪えきれず、刀を取り落としたその瞬間、俺は駆け寄って震える少女を抱きしめた。
「大丈夫だ。俺が⋯⋯守る」
まるで、自分に言い聞かせるように。
少女は泣きながら、小さく頷いた。
◆
少女を後部座席に乗せ、再びハンドルを握る。ゼロ号ホロウの境界はすぐそこだった。
燃える街を背にして、俺たちは走り続けた。
この地獄を抜け出すために。
◆
数日後——
俺は仮設住宅の一室で鏡を見ていた。
死の地獄となり、炎とホロウに呑まれたエリー都。見向きもされない名も無き英雄たち。記録には残されなかった死者たち。
すべてを見捨て、逃げた連中。
俺たちを切り捨てた「軍」。
助けられなかった仲間たちの顔が脳裏をよぎる。あの少女の震える手。母親の遺体。
静かに、胸に誓う。
「⋯⋯絶対に許さない」
軍服を着た人間たちに。
権力に隠れ、責任を取らぬ上層部に。
そしてこの街の腐った構造そのものに——
復讐を、誓った。
これにて、旧都陥落編は終わりです。いくつか、閑話を挟んでからトリガー秘話編に移ります。
もしも、あの時何かが違えばアベルが生き残るのであれば、皆様はそれを見たいですか??
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見たい。トリガーとアベルを幸せにしたい
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見たくない。殉職者を静かに眠らせておく