旧都陥落の日   作:IamQRcode

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インタビュー記録 とある医師

 

 

 古びた総合病院の一室。白いカーテン越しに薄い光が差し込む中、一人の医師が椅子に座って語り始める。

 

 

 ⋯⋯あの日、私は中央総合病院の急性期棟にいました。勤務表では半休のはずだったんですが、妙に胸騒ぎがして、そのまま残ったんです。偶然か、運命か⋯⋯いずれにせよ、帰らなくて正解だった。もし帰っていたら、今こうして話すこともなかったでしょうから。

 

 

 —当時の病院の状況を教えていただけますか?

 

 

 混乱、という言葉では到底足りません。あれは“崩壊”です。ホロウの拡大が始まったと報せを受けたのは、夕方のことでした。それから数時間もしないうちに、怪我人と避難民が押し寄せ始めました。廊下にまで担架が並び、処置室はすぐに埋まり、あふれた人々が階段や駐車場で震えていた。外はもう、黒煙と火の手が上がっていて、遠くから爆発音が何度も響いていました。

 

 

 最初は“災害対応”の範囲だと思っていたんですよ。地震か、局地的なものだろうと。けれど、すぐにそれがまったく異なる“何か”だと分かりました。エーテル侵食です。通常の火傷とは違う、皮膚がただれ、体内から発光するような症状。心肺は生きていても、自我が消えている。まるで魂ごと持っていかれたような⋯⋯。

 

 

 —病院は、機能していたのですか?

 

 

 最初の数時間は、まだ“人の手でなんとかなる”と思っていました。でも、やがて点滴やエーテル阻害薬は枯渇し、麻酔も尽き、電力供給も途絶えました。人工呼吸器も、除細動器も、冷蔵保存していた血液パックも、全て使えなくなった。地下にあった予備発電機も、ホロウに侵されて沈黙しました。

 

 

 ⋯⋯その時から、私たちは“医師”ではなくなったのかもしれません。いや、“祈るしかできない者”になったと言うべきでしょうか。

 

 

 —具体的には、どのような行動を取られていたのですか?

 

 

 私は、若手の看護師やインターンたちを守るため、処置棟を閉鎖し、診療棟に人員と患者を誘導しました。重傷者を下に、軽傷者を上に。階段は一つしか使えず、運ぶにも人手が足りない。私は自分の背丈ほどある男性患者を、一人で抱えて階段を移動したこともあります。

 

 

 それでも、患者は減らない。むしろ、増え続けた。市民だけではない。戦っていたはずの治安官や消防隊たちも、負傷しながら担ぎ込まれてきた。焼けただれた腕、脳震盪、エーテリアスに噛まれたような裂傷⋯⋯。誰もが地獄から這ってきたような顔をしていた。そして、彼らは尋ねるんです。「家族は無事ですか」「まだ外に出られますか」「俺たちは勝ってるのか」と。

 

 

 私は⋯⋯そのたびに、嘘をついていました。

 

 

 —やむを得ない選択だったのでしょう。

 

 

 ええ。希望を与えなければ、人は死にますから。でも、同時に思っていました。「これは延命処置じゃない、“希望中毒”だ」と。私たちは生き延びようとしていたのではない。ただ、終わり方を選ぼうとしていた。

 

 

 —その後、どうやって生き延びたのですか?

 

 

 あの時、病院はほぼ完全に敵地の中にありました。正面出入口はすでにエーテリアスたちがやって来ており、いつ陥落してもおかしくない状態だった。患者の中にはすでにエーテリアス化している者もいて、泣き声やうめき声が常に響いていた。自殺を図った看護師もいました。

 

 

 そんな中、ある治安官が私のもとに駆け込んできたんです。「トラックがここに来る可能性がある」と。確証はなかった。だが、私はその情報に賭けることにしました。生き残りの職員や残った担架など含め、駐車場まで運べる人数には限りがありました。移動可能な者とトリアージの低い者を数人選び、それ以外の人には「後で必ず迎えに戻る」とだけ伝えて。

 

 

 ⋯⋯信じてくれたんです。誰一人、私を責めなかった。私の白衣を掴んで「また来てください」と泣いた子もいた。その子の名前は、今でもカルテに書き残してあります。届けられなかった約束として。

 

 

 —トラックは、実際に到着したのですか?

 

 

 ええ。ほんの一分の違いで、全員が死んでいたでしょう。駐車場に出てきた私たちに、ニネヴェの巨影が迫ってきていた。もう、言葉では説明できないほどの存在でした。私は医師ですが、“死”を視覚で見たのは、あの時が初めてでした。

 

 

 トラックの扉が開いた時、私は乗り込んだ誰よりも泣いていました。⋯⋯喜びではありません。“見捨ててきた命”の重さが、白衣にずしりと乗ったんです。あれから毎年、私はその日を“記憶の日”として過ごしています。診察は休み、誰にも会わず、カルテを一枚一枚読み返す。それが、私にできる“供養”なんです。

 

 

 —あなたにとって、あの病院、そして旧都とは何だったのでしょうか?

 

 

 ⋯⋯“信仰”だったのかもしれません。科学や医学の話じゃない。あそこには、人の痛みを引き受け、少しでも前に進ませようとする信念があった。笑い、涙し、叫んだ患者たちの生が、確かにあった。

 

 

 だから私は、誰もあの地を口にしなくなった今でも、毎日白衣を着て診療を続けています。いつか誰かが「中央総合病院で助けられた」と思い出してくれるかもしれない。その時に、ちゃんと答えられるように。

 

 

 —⋯⋯本日は、心からのお話をありがとうございました。

 

 

 こちらこそ。あなたが聞いてくれたことで、あの病院にいた“名もなき命”たちも、少しは報われるかもしれません。

 

 

(医師が静かに立ち上がり、棚の上にある古びたカルテの束に手を添えた)

 

 

(インタビューは、白衣の袖口が静かに揺れる中、幕を閉じた)

 

 

 

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