次の日、僕と先輩は不審者の対応にあたることになった。何でも軍の基地の前に大声でわけの分からないことを叫んでいる人がいるらしい。
基地の中に入っているわけでもなく、危害を加えられているわけでもないので軍としては逮捕できない。そのため、僕らが介入することになった。
「基地前で怒鳴るなんて度胸あるな」
「酔っぱらいですかね?」
「だったら、面倒くさいなぁ」
基地前に着くと、一人の男が確かに基地の前で怒鳴っていた。何を言っているかはわからないが歩哨の軍人は無視しているがウンザリしているようだ。
「⋯一応、ベストだけ着ていくかね」
「そうですね」
あまり必要ではないと思うが、防弾ベストを着てからパトカーを下りる。
「さあて、楽に終わるといいが」
「ですね」
不審者の男に近づく。どちらかというと、若い男で見た目も清潔で外見においては特に不審味を感じられない。
「この都市はもう終わりだ!」
「はい、お兄さん。どしたの?」
先輩はとりあえず温和な雰囲気で話しかける。
「何だあんたら!」
「治安局の者です。どうかなさいましたか?」
「治安官なら話は早い⋯この都市はもう終わりだ! はやく皆を避難させるんだ!」
しっかりと立てているし、吐く息からはアルコールは感じられない。恐らく酔っぱらいではないだろう。だとすれば、逆に面倒くさい。
酔っぱらいなら暴れる原因がアルコールで、酔いが覚めたら多くの場合は普通の人に戻る。だけど、こういうタイプは何をするかわからないから逆に怖いのだ。
「はいはい⋯⋯酔っぱらいではなさそうだな」
「ですね。薬とかでしょうか?」
「薬なんてやってるわけないだろ!!」
「お兄さん、どこから来たんですか?」
とりあえず、この人がどこの誰かなのかを判断しないとな。
「そんなことはいいんだよ! この都市はもう終わりだって言ってるだろ!!」
不味いな⋯話が通じない。
「⋯そうか⋯了解した」
「どうしたんですか?」
「通信だ。病院から精神病患者が一人、抜け出したらしい」
「ああ…病院ですか」
よく見るとこの人は鞄もなければ、靴もスリッパだ。更に腕にはリストバンドも巻いてある。恐らく抜け出したのはこの人だろう。となると、保護して病院に連絡しないといけない。
「俺が本部に連絡する」
「どうします? 手錠で拘束するわけには⋯」
「とりあえず、パトカーに乗ってもらおう」
「お兄さん、少しこっちで話しましょう」
「うるさい! 何だ!? お前らも俺を異常者扱いする気なのか!?」
声が大きいな。確かにこれはずっと聞き続けたら、歩哨の人もウンザリしそうだ。
「そうじゃないですよ。ただ、ゆっくりとお兄さんの話を聞きたいだけです」
「ゆっくり聞いてる暇なんてあるか! もうこの街は終わりだ! なのに、皆して俺のことを異常者扱いして、病院に入れやがって!」
「お兄さん落ち着いて」
「うるさい! うるさい! 俺は見たんだ⋯この街が燃え、大勢の人が死ぬ姿を! 巨大なエーテリアスに蹂躙されるエリー都の姿を!!」
うーん、暴れられたら困るから強引にパトカーに乗せたくないんだよな。
「大丈夫ですよ。何かあれば防衛軍が街を守ってくれますから」
「黙れぇぇ! この分からず屋がぁぁ!!」
そう言うと男はズボンのポケットから黒色の何かを取り出した。それは、何度も見たことがあるが市民⋯特に病院の患者が持つこと自体があり得ないものだった。
拳銃だ。
「なっ!」
まさか、拳銃を持っているとは思ってもいなかった僕は反応が遅れる。
パァンという乾いた音が基地前で鳴り響く。
「がっ⋯」
「アベル!!」
シュヴァルツが自分の拳銃を取り出して男に狙いを定めた瞬間、更に連続して銃声が鳴り響く。撃ったのは歩哨に立っていた軍人の一人だった。撃たれた男は力なく倒れる。無力化には成功したが胸に少なくとも5発以上、頭部に2発は弾丸を食らってるように見える。
「こちらシュヴァルツ! 通報のあった基地前で銃撃戦が発生! 犯人の無力化には成功したがアベル巡査と犯人が撃たれた! 急いで救急車を呼んでくれ!」
シュヴァルツはパトカーから救急セットを取り出して急いで二人のもとに駆け寄る。
(頼むから生きててくれよアベル! トリガーちゃんを置いて逝くんじゃねえぞ!)
「アベル! おい!」
「くっ⋯ごほっごほっ⋯⋯だ、大丈夫です」
撃たれた箇所は幸いにも防弾ベストで守っていたため、怪我もしていないようだった。
「そうか⋯くっ」
シュヴァルツはアベルを撃った男の方に目をやる。あれはもう死んでいる。
「どうした! っ!?」
銃声を聞きつけたのか基地の中からライアー小隊や軍の面々が飛び出すように出てくる。
彼らの目の前には何をどうしたらいいのかわからず、狼狽えているライフルを構えた歩哨と血だらけの地面、その地面に倒れる謎の男と必死に心肺蘇生をするシュヴァルツ、そして息の荒い倒れているアベルが目に映る。
「アベル!!」
トリガーは叫ぶように名を叫びながらアベルの元に駆け寄る。衛生兵のコキュートスも続いてアベルに近づく。
「大丈夫です。僕は怪我もしてません。それよりも、早く彼を!」
「彼は⋯もう駄目だ」
「っ! くそっ⋯」
アベルは立ち上がって男を見る。手には小型拳銃が握られており、ポケットに隠すには確かに十分だ。
油断した⋯酔っぱらい相手のように対処してしまった。しっかりと危険物を持っていないかを確認するべきだった。事前に発見して取り押さえれば、この人が死ぬこともなかった。
「⋯アベル」
血だらけのゴム手袋を取りながら先輩が近付いてくる。
「先輩⋯油断しました⋯拳銃を取り出した瞬間に体術でも警棒でも使って無力化させるべきでした。俺が狼狽えたから⋯この人は死ん⋯」
「やめろ!」
初めて聞いた先輩の怒鳴り声に思わず、体をビクリとさせてしまう。
「お前のせいじゃない⋯誰も悪くない。この男はお前を殺そうとした。だから、こうなったんだ」
「⋯すいません。気が動転してました」
「よし、とりあえず救急車が来るまで出来ることをするぞ」
「はい」
その後、救急車と応援としてバイロンさんや他の治安官が来た。その場で男の死亡判定が下され、応援に来たバイロンさんにここで何が起きたかを話した。
「そうか⋯何はともあれアベル、君が無事で良かった」
「対処する前に防弾ベストを着ていて良かったです。それにしても、なぜ彼は拳銃を⋯」
とても、病院内で隠し持っていたとは思えない。ということは、病院から脱走してからこの基地に来るまでの間に拳銃を手に入れたということになる。
「これは⋯俺たちが使ってる拳銃じゃねえな」
「軍もこのタイプの小型拳銃は使っていません」
軍でも治安官でもなければ何処から流れ出て、どうやって彼の手に渡った?
「拳銃は証拠品として保管庫に置いておく」
「僕らも報告書を作ってから治安局に戻りましょう」
「だな」
パトカーに戻ろうとした際に背後から誰かに抱きつかれる。誰だろうと後ろを見ると、抱きついていたのはトリガーだった。
「アベル⋯良かった」
「⋯トリガー?」
「心配したんですよ⋯銃声が聞こえて基地の外に出たら⋯血が飛び散った地面に貴方が倒れていた⋯⋯それを見た時、私は貴方が⋯貴方が⋯⋯」
トリガーはポロポロと涙を流した。孤児として共に幼少期から過ごした大切な人を、自分の見ていないところで失うところだった。
「⋯ごめん」
思わずトリガーの頭をポンポンと撫でる。すると、トリガーの抱きつく力が強くなる。その様子をライアー小隊の面々は黙って見ていた。
数十分程そのままにしていると、トリガーは顔を赤くしながら離れる。
「すいません⋯動揺してて」
「いや、いいよ。心配してくれてありがとう」
まさか、泣かれるとまでは思ってもいなかったけど。
「⋯あー⋯アベル⋯そろそろいいか?」
先輩が気不味そうに話しかけてくる。そうだ、早く報告書を作って治安局に戻らないと。
「すいません、すぐに報告書を」
「いや、報告書は作っておいたよ」
「えっ、先輩報告書作れたんですか⋯って、もっと丁寧に作ってくださいよ」
「あー、じゃあ手直し頼むわ」
この人⋯久々に尊敬しかけたらこれだ。いや、人としては尊敬はしているよ? だけど、仕事面ではね?
「じゃあね、トリガー」
「はい」
僕と先輩はパトカーに乗り、治安局へと戻った。