薄暗い部屋。インタビュアーと、旧都陥落事件を経験した一人の救急隊員が対面している
俺の当時の任務は、主に搬送と応急処置だった。火災、事故、ちょっとしたケガまで、日常的な通報に対応してな。まあ、普通の一日だったんだよ。通報も少なくて、救急車の洗車でもしようかって話してたくらいだ。
—その日、何が起きたのでしょうか?
突然、消防局と治安局からの緊急指令が入った。「ゼロ号ホロウ拡大、複数負傷者発生の恐れ大いにあり」。最初は正直、いつもの“過剰警戒”かと思った。だが、それが“日常の終わり”だった。
出動した先で最初に見たのは、血を流して倒れてる子どもだった。顔をしかめる暇もなかった。無線が飛び交い始めて、あちこちで「ホロウが出た」「エーテリアス確認」って声が上がった。こっちは武器なんて持ってない。あるのは、救急箱とストレッチャーだけだ。
—恐怖はありましたか?
そりゃ、あったさ。俺たちは戦う訓練はしてない。ただ、人を助ける訓練しかしてこなかった。でも、だからって止まれなかった。叫んでる人がいて、助けを求めてる声があって、それだけで体が勝手に動いてた。
—実際の現場は、どのような様子だったのですか?
地獄、だったな。道路は割れ、煙とホロウの粒子で視界は真っ白。悲鳴と咆哮と、崩れ落ちる建物の音が混じって、何がどこで起きてるのか、まるで分からない。
それでも俺たちは、治安官や消防と連携しながら、負傷者を担架に乗せて運んだ。中には、もう息をしていない人もいた。でも、生きてるかもしれない、って思って運ぶんだよ。祈るような気持ちでな。
—"ニネヴェ"については、何か見ましたか?
見た。忘れられるわけがない。遠くの建物の影が、突然動いたんだ。巨人、って言葉じゃ足りない。ただ動くだけで、周囲の空気が押し潰されるような圧。爆音も火もないのに、人がバタバタ倒れていった。
あれを前にした時、俺は思ったよ。「もう駄目だ」ってな。でも、隣で泣いてる子供がいたんだ。血まみれの母親にしがみついてさ。それ見た瞬間、自分の命よりその子を連れて逃げることしか考えられなかった。
でも、本当に恐ろしかったのニネヴェじゃないと思ってるんだ。俺が一番怖かったのは"ジェペット"だな。
—ジェペット⋯ですか。
ああ、軍の基地前に仮設の医療場が設営されてな。負傷者はそこで治療を受けてから、脱出していたんだ。そこは、軍と治安官が守ってくれていたから一番安全な場所だと思っていたさ。
—安全ではなかったと?
ジェペットが現れて一気に地獄に変わったさ。アイツに操られたエーテリアスは、まるで人間みたいな動きで襲ってきた。治療中の市民も何人も殺されたさ⋯⋯治安官や俺たちがパトカーや救急車で散り散りに逃げだけど、その大半はゼロ号ホロウの中で息絶えた。
—救助活動はうまくいきましたか?
うまくいったとは言えねえな。助けられた人より、助けられなかった人の方が多かったと思う。避難所まで連れて行った人も、その後どうなったか分からない奴がほとんどだ。でも、それでもいい。あの時、自分が命を懸けて誰かを守ろうとしたって事実があれば、それで十分なんだ。
—その後、どうされたのですか?
生き残った数少ない救急隊は、避難民の応急支援に回されたよ。テントで応急処置、衛生管理、水の確保。資材も人手も足りなくて、やれることなんてたかが知れてた。でも、それでも「ありがとう」って言ってくれる人がいた。その言葉が、俺の心を繋ぎ止めてくれた。
でも、みんながそうしたわけじゃない。あの日の恐怖に耐えられず、PTSDを発症したり、仲間の後を追って自殺した救急隊員だっている。
—旧都陥落は、事後も数多の犠牲者を生んだのですね。
ああ、多くの人が死にすぎた。
—復興について、どう思われますか?
うわべだけだな。新しい建物が建っても、誰も“旧都”の話はしない。あの日のことを語ると、まるでタブーみたいに黙られる。だが、それじゃいけないんだよ。忘れたら、また同じことが起きる。救急隊も、市民も、治安官も、消防隊員も、みんながあの地獄で戦ったんだ。記録されなくても、その想いは本物だった。
—あなたにとって“旧都”とは?
⋯⋯命を学んだ場所、だな。助ける命も、助けられなかった命も、全部ひっくるめて、俺の人生の中心にある。忘れたくても忘れられない。あそこにいた一人一人の顔が、今でも、夜に浮かぶんだよ。
—本日は、貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそ。こうやって話すことで、あの人たちの“声”が、まだ届くかもしれないからな。
(部屋の時計が、静かに午後を告げる)
(インタビューは、静寂の中で幕を閉じた)