トリガー、カロン、ヴァルチャーは再びリンが操るイアスの案内のもと、依頼人から送られてきた位置情報のホロウの入口に来ていた。
今のところエーテリアスの気配はないが、三人は周囲を警戒しつつ進むと、電源のついた小型の通信機がテーブルの上に放置されていた。
周りのものと比べて、劣化が進んでおらず積もっている砂塵も少ない。つまり、つい最近置かれたものであるということだ。
「通信機⋯⋯誰かが落っことしたわけじゃなさそうだね」
「状況的には、ここに私たちを呼び出した者が置いていったのでしょう」
「罠は⋯⋯なさそうね。少なくとも手に取った瞬間、爆発したりはしないわ」
「⋯⋯どうするか」
この通信機を取るかどうか、悩んでいると通信機越しから声が聞こえてくる。
『よお、こんな出所も怪しい位置情報に来てくれて嬉しいよ。ライアー小隊⋯⋯いや、臆病者共』
男の声が辺りに響く。
「何者だ貴様」
『おいおい、随分と怖い声じゃないかカロン⋯⋯おや、隣にいるのはネメシスの残党じゃないか。それに、大切な幼馴染を置き去りにしたトリガーも』
トリガーは何も言い返せず、黙り俯いてしまう。
「これ以上私の部下を貶すな⋯⋯楽に死ねないぞ」
カロンは思わず通信機を手に取り、怒りの籠もった声で返事をする。
「あんた誰なの」
リンが通信機の向こう側の人間に話しかける。
『自己紹介がなってないなプロキシ。相手に名前を聞く場合は、まずは先に名乗れ⋯⋯まあ、今回はいいだろう。俺のことは"ゴースト"とでも呼びな』
この位置情報にいるというのとは、依頼人は既にゴーストによって誘拐されたのだろう。
リンは考えながら次の質問を飛ばす。
「ゴースト⋯⋯あんたが今回の殺人事件の犯人なの」
『そのとおりだ。リストに沿って殺してる⋯⋯安心しろ。お前らライアー小隊もネメシスの残党もそのリストに入っている。すぐに、仲間の所に送ってやるよ』
その時、トリガーはイアスを抱いて、カロンとヴァルチャーも急いで物陰に隠れる。隠れた瞬間に自分たちがいた場所に複数の弾丸で飛んできて、近くの廃車を吹き飛ばす。
「対物狙撃ライフル!」
「口径20mm、マシンガンのように連射してる⋯⋯気を付けて。相手は予想以上の化物よ」
ヴァルチャーはすぐに相手が、とんでもない狙撃能力と身体機能を持つ者であると判断した。トリガーは即座に体を一瞬だけ出し、弾丸が飛んできた方向にプレゲトーンを放つ。
だが、通信機からは相手の声が返ってくる。
『お前の目がどれだけ特別だろうと、俺を撃ち抜くことはできないと思った方がいいぞ?』
「どうやら、言葉での解決は無理そうですね」
「別にいいわ。こっちには、狙撃手が二人いる」
『来てみろ。依頼人の痕跡があるかもな⋯⋯ああ、そうだ。実は贈り物も用意しておいたんだ。それを見ても、まだ威勢を保っていられるかな』
「お前の眉間を撃ち抜いてやる」
ヴァルチャーがそう言うと、ゴーストは笑いながら通信を切った。
「行くぞ、奴に代償を払わせる」
カロンを先頭にして先へと進む。道中、小型のエーテリアスたちが襲ってくるが、彼女らにとって敵でもない。むしろ、一番危険なのは時折飛んでくる20mmの弾丸だ。
「くっ、なんて奴だ」
「あそこなら、射線が通りません」
三人は壁に背を預け、射線から身を隠して少し休む。
『おーおー、よくもまあエーテリアスに襲われながら狙撃を避けたものだ。旧都を生き延びた実力か? いや、お前らは自分の力で生き残ったわけじゃないか』
「減らず口が⋯⋯」
「お前の狙撃が下手なだけよ」
『口が達者だなヴァルチャー。だが、今回はお前らの実力だ。ほら、そこの木箱を開けてみな。贈り物だ』
自分たちの隠れている場所に、これ見よがしに置かれている大きな木箱。中には何が入っているのか。
『カロン、開けてみろ⋯⋯ああ、安心しろ。罠じゃない。そんな、つまらん方法で貴様らを殺してなるものか』
「⋯⋯」
カロンは黙ったまま、木箱を開ける。
中には血だらけのアーマーとバイザー付きのヘルメット、そして破れた制服が入っていた。
『お前が見捨てた銃器対策部隊のものだ⋯⋯そうだろカロン? お前が逃げる為に、見捨てた命だ。お前らがニネヴェに捧げた生贄だ』
カロンの拳が震える。無言のまま、彼女はヘルメットを手に取る。その表面には、血でにじんだ部隊章がかろうじて残っていた。
「⋯⋯黙れ」
『ああ、思い出がよみがえったか? 目の前で仲間が⋯⋯自分より若い、治安官たちが死んでいくのを、何もできずに見ていた自分の姿を⋯⋯お前に教えてやるよ。彼らの最期、ニネヴェのレーザーで体を貫かれ、動けなくなった隊員は小型のエーテリアスに蹂躙されていた。一番若い隊員の言葉は「お母さん!」だったぞ』
「黙れと言っているっ!!」
カロンは通信機を投げようとするが、その手をヴァルチャーに止められる。
「挑発にのらないで、これじゃあゴーストの思う壺よ」
「⋯⋯すまない」
ヴァルチャーは通信機をカロンから取り、ゴーストに話しかける。
「ずいぶんと悪趣味ね」
『俺は真実を教えてやっただけさ。俺を殺したくなったか? 次のポイントで待ってるぞ』
再び通信機を切られる。
静寂が戻った。しかしそれは、ただの一時の凪にすぎなかった。カロンは深く息を吸い、拳を握り締めたまま木箱の前に立ち尽くしていた。
「⋯⋯行こう」
「カロン隊長」
「大丈夫だ。それよりも、これ以上の犠牲者を出さないために、やつを止めなければならない」
ヴァルチャーがスコープで偵察しつつ、カロンに報告する。
「弾道的にあの建物なんだけど⋯⋯もう移動してるわ。屋上には誰もいなさそう。逃げ足の速いやつね」
「エーテルサイトにも反応なし。どうやら、遠くに離れていったようです」
「進もう」
再び三人は前へと進む。道中のエーテリアスたちは、変わらないが自動追尾タレットが設置されていたり、高濃度エーテルタンクが置かれていたりと、こちらの足を止める罠がいくつもはられていた。
トリガーが罠を排除し、カロンがエーテリアスを倒し、ヴァルチャーはゴーストからの狙撃を警戒する。
『よお、ちと遅かったな』
「ゴーストッ!」
ゴーストの声と共に、またしても木箱が姿を現した。荒廃した通路のど真ん中に、わざとらしいほどにぽつんと置かれている。
カロンが静かに歩み寄り、箱の前に立つ。彼女の目は冷たく、それでもその奥には言い知れぬ感情の波が揺れていた。
ゆっくりと蓋を開けると、中には一つの銀色のバッジが入っていた。丸みを帯びた六角形のそれには「治安官」の刻印があり、エーテルで象られた紋章が今なお微かに光を放っている。
その隣には、千切れた手袋。小さなサイズのそれは、血と埃にまみれ、ちぎれた指先からは肉片の名残すら見えた。
「⋯⋯これは、治安官の⋯⋯」
トリガーの声が掠れる。目を伏せたままの彼女に代わって、ヴァルチャーが通信機を持ち上げ、ゴーストに声を投げた。
「これも見せ物のつもり? あんた、本当にただの人間?」
『違うな。俺は"死者の代弁者"さ。お前らが忘れた死者の声を、こうして教えてやってるんだ』
「ふざけるなっ!」
カロンが叫ぶ。拳を握り締め、歯を食いしばっていた。彼女にとっても、これは他人事ではない。共に戦い、そして共に失われていった者たちの記憶。それを玩具のように扱うゴーストの態度は、怒りと悲しみをかき立てるには十分だった。
『そのバッジの持ち主は四葉武流、最後まで住民を守り、仲間のためにゼロ号ホロウに戻った勇気ある治安官だ。“戦略的撤退”と称して逃げ、そして武流をホロウに出向かせたお前らと違って』
「やめろ……っ」
『武流の最期を知ってるか? 式輿の塔爆破を知らせるために、旧都を走り回った。だが、アベルの元に辿り着く前に、ジェペットに捕らわれたんだ。そして、エーテリアスに嬲られた。最後には、何度も何度も、顔が原形を留めないほど殴打され、エーテリアス化した愛馬に体のほとんどを喰われ』
「やめろと言ってるだろうがああああっ!!」
カロンが地面を叩くように吠えた。怒り、悔しさ、無力さ。すべてを声に乗せて吐き出すしか、今の彼女にはできなかった。
トリガーは震える手で、箱の中のバッジを取り上げる。そして静かに、通信機に向かって言った。
「ゴースト。貴方の目的は何です。憎しみ、復讐、それとも、ただの悪趣味ですか」
『全部だ。正義を語る奴らの偽善も。誓いを立てた者たちの裏切りも。俺は全部、見てきた。そして全部、裁いてやる。お前たちはそのリストの中でも、特に優先度が高い』
「言いたいことは、それだけか」
『いや、まだあるさ。次で最後の贈り物だ。お前たちの"罪"の証明だ。そこまで来れたらな』
ピッ、と音を残して通信が切れる。
しばらく、誰も言葉を発せなかった。風に舞う砂塵と、遠くで鳴るエーテリアスの咆哮だけが、その沈黙を埋める。
「進もう。あの男に引導を渡す」
カロンがそう呟いた時、彼女の目にはもう迷いも怒りもなかった。ただ、静かに、確かに――意志が灯っていた。
そして、ライアー小隊は再び歩き出す。最後の贈り物が待つ場所へと。