カロンとトリガー、ヴァルチャーの三人は、最後の箱が待つ場所へとたどり着いた。
それは崩れかけた劇場跡のような建物だった。客席はもはや瓦礫と化し、ステージの上に一際目立つように――最後の木箱がぽつんと置かれていた。
「ここが⋯⋯終点、ね」
ヴァルチャーが呟くように言う。周囲は静まり返っていた。だが、静寂が不気味に響く。まるでこの場そのものが、ゴーストの手で演出された“舞台”のようだった。
トリガーが慎重に前へ出る。そして、最後の箱の前で止まり、ゆっくりと膝をついて蓋に手をかけた。
「開けます」
木のきしむ音とともに、箱の中身が露わになる。
中にあったのは、かつてトリガーと共に任務にあたっていた旧治安官の野戦帽――二人分。血に濡れて黒く変色し、布のほつれからは鋭利な刃物か、強力な圧力による破損の跡が見て取れる。そしてその下には、赤黒く染まった戦闘用ベストと制服の残骸。胸部には深く抉れた痕があり、まるで心臓を狙って撃ち抜かれたかのようだった。
沈黙が落ちる。
風が瓦礫の隙間を吹き抜け、遠くから微かにエーテリアスの呻き声が響いた。その不穏な環境の中で、箱の中身は圧倒的な存在感を放ち、過去の傷と後悔を三人の胸に抉りこむ。
トリガーは言葉を失ったまま、帽子の一つに手を伸ばす。埃を払うその手が、微かに震えていた。
「これは⋯⋯アベルのですね」
彼女の声はかすれていた。怒りではない。憎しみでもない。ただ、痛みが滲んでいた。
『そうだ。最期まで市民救助を行った英雄だ。そして、お前の幼馴染であり最愛の人間⋯⋯忘れたとは言わせんぞトリガー? お前が⋯⋯お前らライアー小隊が逃げ、二人を地獄に置いていったことを』
「私は⋯⋯」
『二人共強かったそうだ。体中からエーテル結晶が生え、頭の中がエーテル侵食で無茶苦茶になっていたの最期まで戦った⋯⋯目を怪我しただけで逃げたお前とは大違いだなぁ?』
「もうやめて!」
リンが思わず叫んでしまう。
「トリガーの最愛の人を貶して、揺さぶりかけるなんて⋯⋯いったい、どれだけ侮辱すれば気が済むの!!」
『⋯⋯俺はただ真実を話しているだけさ。プロキシ、お前もあの日の夜は忘れられない地獄を経験しただろ? それは、俺も同じなんだ』
ゴーストは落ち着いた声で話す。
『なあ、トリガー。お前だって軍に復讐したくてたまらないんじゃないのか? 最愛の人間を奪った奴らを』
「私は⋯⋯」
トリガーはその瞬間、即座に振り向いてプレゲトーンを構えて発砲する。
重い銃声が鳴り響く。
『おいおい⋯⋯危ないじゃないか。だが、お前の狙撃じゃ俺を撃ち殺せねえよ』
「貴方のエーテル波動を見たかっただけです。そして、役者のような貴方でも死への恐怖があることがわかりました」
『⋯⋯てめぇ』
「そしてもう一つ。アベルは作戦行動上行方不明です。貴方に何を言われようと、私は彼が今もどこかで生きていると信じています」
『くっ⋯⋯くははは⋯⋯お前のその目は幻想を抱くためのものか? それとも、現実を直視できず壊れたか? あの、ニネヴェと戦って生きているとでも?』
ゴーストの嘲笑が劇場跡にこだまする。まるで壊れたスピーカーのように、不協和音のような笑い声が空間を満たしていた。
『幻想だ。お前は幻想にすがってるだけだ、トリガー』
「たとえそうでも⋯⋯信じることをやめたら、私は本当に壊れてしまうから」
トリガーの声は静かだったが、芯が通っていた。震える手の中で、アベルの野戦帽が僅かに揺れている。カロンが一歩踏み出し、トリガーの肩にそっと手を置いた。
「⋯⋯信じることは、弱さじゃないわ。幻想でも、誰かの命を繋いでくれることがある」
だが、ゴーストの声は冷酷そのものだった。
『もう十分だ⋯⋯芝居の幕は閉じる時が来た』
その声とともに、ステージ上の瓦礫が不自然に震え始める。亀裂が床を這い、紫色のエーテルが染み出してくる。それはまるで舞台装置の幕引きを告げるような、終わりの合図だった。
空気が一変する。次の瞬間、エーテリアスの群れが三人に襲いかかってきた。
「くっ、来るぞ!」
カロンが即座に防御陣形を取り、エーテリアスを迎え撃つ。
『ここで終わらせてやる。俺の物語の中で、お前たちは“敗者”として死ぬんだよ』
「みんな、こっちだよ!」
リンが叫ぶ。彼女の後方――崩れた客席の一角に、空間の歪みが生じていた。裂け目だ。まるで誰かが“逃げ道”として開いたような、時空の継ぎ目が、そこに口を開いていた。
「トリガー、走れ! カロン、援護を!」
「了解! いけ、トリガー!」
トリガーはアベルの帽子を抱えたまま、仲間と共に瓦礫を跳び越え、裂け目に向かって走る。背後ではゴーストの嘲笑が聞こえてくる。
『逃げるのか!? またか!? あの日と同じように!!!』
「違う⋯⋯今回は、戻ってくる!」
トリガーの叫びとともに、三人は裂け目に飛び込んだ。
世界が反転する。重力がなくなり、色彩が溶け、時間すら意味を失ったような混濁の中を、彼らの体が浮かぶ。
目を開けた時、そこは全くと言っていいほど別の場所だった。